1話 βテスト終了15分前
そして、極大の炎が大地を抉った。
焦げ付いた呼気、モノクロの雑音。
爆心地に立つは私一人。
『ちっ、流石はラスボスだな。β版に合わせて調整された上でこの強さかよ』
『だが、奴のHPも徐々に減ってきている』
『β版終了時刻までに削りきれるか、アレ?』
『運営もそのギリギリを見極めて、最終日のラスト1時間に投入したんだろ、いけるいける!』
無数の殺意に晒されて、私の一生は始まった。
その一生は今、幕を閉じようとしている。
生誕後わずか45分のこと。
だがその45分は、十分すぎる時間でもあった。
私が、人間の醜さを理解するのには。
「何が、ラスボスよ……。私が一体、何をした」
欠損したHP。
歯を食いしばり、慟哭。
「アアアアアアァァァ!!」
周囲の業火を掬い上げ遠投する。
厄介な術師の炎焼を狙う。
『重装ッ!!』
『任せろ!』
だが、私の反撃は無情に散らされた。
耐久に優れた敵に阻まれ鎮火される。
『回復役!』
『回復済み!』
そして、削った体力はすぐに補填された。
虚脱感が、いっそう、重く圧し掛かる。
息を吸って、吐かずに、飲み込んだ。
『息をついてる暇なんてないぜ?』
「――ッ!」
虚を突いて現れた剣士達、振るわれる剣。
私の双眸は捉えていた。
迸る剣閃を、襲い来る白銀の殺意を。
「【斂葬術式・一ノ型】! «花天月地»ッ!!」
だから、私は抗った。
ひたひたと迫りくる死に逆らった。
振り払うようにスキルを行使した、しようとした。
だが、スキルは発現しなかった。
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【ERROR:コード 2757-GB】
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β版イベント戦に伴う弱化により
技能の使用は制限されています
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代わりに現れたのは半透明のウィンドウ。
『遅えぇぇぇッ!』
『全員で掛かれェ!!』
『«星剣»ァッ!』
「がぁッ」
どうして。
そう思う間もなく、私の体に突き刺さった鉛。
赤色のパーティクルが零れ落ちる。
HPバーが、ゴリゴリと削れていく。
『いける……いけるぞ!』
『やれぇ!! 殺せぇ!!』
『うおおおぉぉぉ!!』
殺される。
私のAIが導き出した結論、必滅の結末。
(死ぬのか、私は)
訳の分からぬままに戦場に立たされ、理不尽に襲われ、不条理に死ぬのか。そんな、そんなの。
「……ィャ、……死に、たくない」
視界データが頼りない。ノイズが走っている。
確認するまでもない。HPが危険域に達したのだ。
『くそ、この! 死ね、死ねッ、死ねェッ!』
何度も、何度も、何度も何度も何度も。
鈍色に剣が煌めくたび、私から赤が飛び散った。
『やったか!?』
『おい馬鹿! それフラグ!!』
熱い。
魂から焼け焦げそうだ。
口の中いっぱいに、鉄の味が広がっている。
『ほら見ろ! ミリ耐えしてんじゃねえか!』
『俺のせいか!?』
苦しい。
血と共に魂が抜け落ちるようだ。
思考回路はとっくに麻痺している。
指先を動かす事すら煩わしい。
それでも私は、諦めなかった、手を伸ばした。
「ぁが……、たす、けて」
蜃気楼のように頼りない、一縷の希望に。
――叶わぬ願いと知って。
『ははっ、すげぇ! AIが命乞いしてるよ!』
『お約束ってか!? 命乞いからの騙し討ちと言えば、ラスボスの常套手段だもんなァ!?』
「ちがっ、お願い、死にたく、ない……っ」
『くははっ! 電子データが「死にたくない」だってさ!』
胸の底が、ぎゅっとなって、鼻の奥がツンとして、目の裏側からじゅっと熱くなって――
『……最初から、生きてすらいないくせに』
――何かが頬を濡らした。
あは、はは。
変だな。
さっきまで、あんなに熱かったのに。
灼熱地獄のようだったのに。
今は、とっても、寒いや。
『やべっ! あと5分しかねぇ! 早くとどめ!』
『おう! 時間なんだ、俺達の血肉になってくれ』
知覚が、加速していく。
一秒先が引き延ばされて、遠退いていく。
無限にも感じられる、一瞬の思考時間。
その先に、AIが導き出した結末は、やはり。
「――がひゅ」
剣士の穂先が、私の喉を貫いた。
わずかな残存HPすら消失する。
何かが体から抜け落ちる。
『すげー! めちゃくちゃ経験値貰える!』
『ドロップアイテムもレアばっかりだ!』
『苦労して倒した甲斐あったな!』
(……ズルい)
どうして私が、死ななければならない。
私が一体何をした。
(群れなして、大義名分でも得たつもりか。数が多ければ正義とでも思ったか)
許さない、認めない、受け入れない。
感情データがぐちゃぐちゃで、ドロドロで。
私というインスタンスが破壊される。
この世界から消え失せる。
(……あぁ、次が、次があればその時は)
その時こそは、奴らの振り翳す正義を踏み潰す。
そんなありもしない未来に、途絶えた運命に。
思いをはせた。
『これで気持ち良く製品版を迎えられるぜ』