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ガタン、という揺れで目を覚ました。窓の外を眺めると、外はまだ薄暗くぼんやりとした薄闇が世界を覆っている。見慣れない建物が視界から流れていくのが目に入る。
そこでようやっと寝ぼけた頭が覚醒し始めた。今は電車での移動中であり、行き先はこれから通うことになる学校だ。車内を見回すと、僕以外にも新入生と思しき生徒の姿がちらほらと視界に入る。
各々思う所があるのだろうか、その表情は期待よりも不安の方が大きそうだ。...これから通うことになる学校のことを思えば、それも当然か。
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「ご乗車、ありがとうございました。終点、天神橋駅、天神橋駅。御手荷物のお忘れにはご注意ください。」
無機質な合成音声が車内に響くと同時に扉が開いた。人々がぞろぞろと流れ出す。故郷から持ってきたキャリーケースと手提げのバッグに手を掛け、他の乗客に便乗するようにふらふらと歩み出す。改札を抜けて近くの駅員さんに道を尋ねてから駅を出た。
「へぇ、流石に都会か。人が多いわ建物は高いわ...ま、校舎から殆ど出られないからあんまり関係ないけどね。」
駅前の大通りにはちらほらと浮浪者が見られ、そのすぐ近くではバンドマンが路上ライブを行っている。街を歩く人々の幾人かは立ち止まって聴いていたが、多くの人は視線を向けるだけに留めていた。
人々の喧騒に紛れるようにして雑踏を歩く。春を迎え、新生活を始める者が多いこの時期は街を歩く人々の表情も比較的明るい。すれ違う人々の顔を見ながら、今自分はどんな顔をしているだろうと考えた。たぶん、明るくはないと思う。
そのまま暫く歩くと人通りが少なくなり、地面も舗装されたものではなくなっている。視界の端に看板が見えた。『この先、崖注意』と書いてある。やっと目的地に着いたらしい。
看板の通り、少し進むと崖が現れた。崖の淵に片膝をついて下を眺めるが、霧が濃くて何も見えない。僕は立ち上がり、崖から距離を取る。
そして覚悟を決めた。
崖に向かって疾駆し、荷物を持ったま飛び降りる。重力に従って身体は下に落ちること数秒。永遠にも思えた時間は終わりを告げ、僕の身体は地面と接触して爆散━━━━
することなく、いつのまにか着地していた。瞑っていた目を開けると、視界は城のような建物に覆われていた。十分に距離はあるはずだが━━いや、距離があるからこそその威容が見て取れる。話には聞いていたが、本当に大きいな。
「よく来たね、新入生くん!驚いて声も出ないかな?」
建物に圧倒されていた僕に声がかけられた。暗い色のローブをマントの様に羽織った女性が話しかけてきた。コスプレでもなんでもなく、この『学校』における正装、すなわち制服である。
「えぇ、聞きしに勝ると言いますか...この学校の校舎、本当に大きいですね」
「......」
女性が何やら面食らったような顔をしている。何かおかしなことを言っただろうか。
「......?えっと......」
「あ、あぁいやごめんね?崖から飛び降りて無事だったこととか、そもそもなんで飛び降りなきゃいけないのかーとか、そういう非日常的な部分への感想が出てくるものだと思ってたから......君、ずいぶん肝が座ってるのね?」
「あ、なるほどそういうことでしたか。多少は驚きましたけど...普通じゃない学校に普通に入れるとは、初めから思ってなかったので」
「それでもすごいわ、私なんて去年は飛び降りるための心の準備を整えるのに2時間も...って、そんなことはどうでも良いわね」
自分語りを始めようとした女性だったが、小さく一つ咳払いをすると此方へと向き直り、仕切り直すように言い放った。
「ようこそ、魔導学園へ!」