一、起床。
一、起床
夜が明けた。
いつも通りと変わらない夜が訪れ、時間とともに去っていく。そして、いつもとかわらない朝が訪れる。
いつもの一日が始まるはずだった朝は、いつもと変わらない静かな朝のままだった。
時計の針が、刻々と時を刻んでいく。そう、一秒、一秒と。 デジタル時計は、五時五十九分を示している。時計は時間を重ね、六時になったと同時に周期的なサイクルのデジタル音を鳴り響いた。
「……もう朝」
さゆみは体を捻り、ベッドから右上にあるデジタル時計が目に入る。
四十の年齢を重ねて、皺を刻まれた右手がデジタル時計に片手を伸ばし、目覚ましのボタンを押した。
部品と部品が擦れて機械音をさせると同時にデジタル音も止まった。
「康義さん。康義さん。起きて下さい。もう朝ですよ」
時計とはある逆の方向に体を捻り、康義の体を両手で揺らす。
「朝? 早いなぁ」
ゆっくりと体をさゆみの方向に動かし、言葉を返す。
「そうですよ。起きて下さい。今日も大学に行かなきゃ駄目ですよ」
康義はゆっくりと体を起こし、骨を鳴らし首を捻った。
「できれば、いきたくないもんだね」
康義は文句を漏らし、視線をさゆみに移す。
「そんなことを言わずに、我が家の為にお金を稼いでくださないな」
さゆみは、情けない康義の励ます言葉を投げかける。
「はい。はい」
康義は両足をベッドの外に出すとベッドに腰をかけ、ゆっくりと大きく体を伸ばした。
それでも、完全に眠気は去ってはくれない。
目をごしごしと擦り、眠気を晴らそうとするがあまり効果がなかった。
さゆみも上半身を起こし、左右に体を捻ってベッドをでた。そして、そのまま部屋を出て行く。
「ああ。眠い。眠い」
だるさ満開の小言をこぼしながら、完全に眠気が晴れないまま立ち上がる。
歩き出す一歩もまあ遅く、体の動き自体が眠気に絡まれたものであった。
それでもなんとか足を一歩一歩前に進ませて、康義も寝室を出た。
体をぐらぐらと左右に揺らしながら、洗面台へと向かっていく。
さゆみとすれ違いになりながら、洗面台へと辿りつく。
洗面台の前にたった康義は、白髪交じりの頭を書きながら、自分用の青い歯ブラシを手にした。
蛇口を開き、水を垂らしブラシを湿らせた。そして、量が減ったために真ん中がへこんだ、使い込まれた歯ブラシを片手にした。
そのまま口にもっていき、歯ブラシで歯を研磨していく。口内でブラシと歯がこすれ合い、泡立ちが起こる。
その間に溜めておいた水道水が入っていたプラスティック製のコップを顔の近くに持っていく。
そして、いままで歯を磨いていた歯ブラシの動きを止め、口内に水道水を口に流しこんだ。
口に含んだ水を激しく上下左右へと動かす。
少しの間、口の中で同じ動きを繰り返し、そのまま流し口に吐き出した。
ゲボッ! ゲボッ!
もう四十代を為か、歯を磨くたびにどうしても咽て咳き込んでしまう。
康義はその度に自分の老いをしみじみと実感してしまうのであった。
そんな康義の背後でドタドタと大きな足音をさせながら近づいてくる人影があった。
「もう恵かぁ」
康義の視界にある鏡に恵の姿が映った。
「あっ、お父さん」
ロングの髪型を寝起きの為か、少し寝癖をつけ乱れさせていた。
康義は一歩身を引き、恵に洗面台を譲る。
そして、タオルで顔を拭きながら、恵に話しかける。
「今日も仕事か?」
「うん。そうだよ。今日は外回り」
「そうか。社会人は大変だな。。父さんは今日も大学の仕事だよ」
康義は溜め息混じりの言葉がでてくる。
「そう言えば、司は?」
「さあまだ寝ているんじゃない?」
「そうか。そろそろ起こさないとな」
康義は、洗濯機にタオルを放り投げて、洗面台の近くを離れた。