7 次の瞬間には風景が一変していた
次の瞬間には風景が一変していた。
正確に言うと「しすぎていた」かもしれない。なにより到着した場所には足場がなかった。
「いっけね、高さ座標間違えた、テヘ」
「待てい!!」
辺境の砦のすぐ裏の森の真上に到着した男たちは近くにあった木々を利用しながら勢いを殺して落ちていく。かなりの高さだ。砦の城壁よりずっと高く、鳥になった感覚で全体を見渡せる。
それが結果的には良かった。
高い位置から見渡せたので砦の全貌がよくわかる。辺境の地は魔物がたくさん出るため、常に兵が見回っており、隠れて潜入するには死角を探さなくてはならないのだ。
先にサミュエルの手の者がいるとはいえ、油断はできない。誰にも見つからずに行動するにはテレンスの結界を使う必要があるかもしれない。
そんなことを思っていた四人は完全に肩透かしを食った。
悪い意味で、だ。
「な、んだ、ありゃ?」
眼下に広がる異様な光景に、全員が息を飲んだ。
夜の間も昼のように明るく魔力灯が照らしているとは聞いていた。しかし、砦全体がまばゆく光り輝くほどとは聞いてない。黄金の輝く光は砦だけでなく周辺の森までも照らしている。照らすというか灼くというか。あまりに苛烈な光に物陰でない場所では自分の影すら見えないに違いない。
砦の中はいたるところで火の手が上がり、時折爆発も起きている。光の中では飛んでくる破片が見えないらしく、至る所で悲鳴が上がっている。
建物の壁を破ってものすごい音を立てて吹き出したのは水か? 真っ白い湯気が空に上がっている。
ボコンとものすごい音がして地面が凹んだのが見えた。まるで見えない巨人が歩いているようだ。ボコボコと足跡のように無数のへこみができていき、砦が傾く。
「せ、潜入にもってこいの環境だな」
テレンスが軽口をたたいた。結界で全員の体を包み込み、枝から身を守る。おかげで全員が無傷で地面に到着した。
移動魔法を使ったリンジーだけがバランスを崩して背中から落ちたが、先に地面についていたサミュエルがうまく捕まえる。
「サムにお姫様抱っこされるなんて。プププ」
「やめてよー。不覚だよー」
「まあ、ケガしたところで私がすぐに治しちゃいますがね」
「わかったから静かに下りてくれ」
急いで裏口に行くと、男が待っていた。サミュエルの手、ヒューゴーだ。
ヒューゴーはサミュエルを見つけると寄ってきて膝をついた。
「ご無事で何よりです。しかし、ここから先は危険。私としてはこのままおかえりいただきたいところですが……」
よく見ればひどい怪我をしている。左手からは血が滴っているし、ついた膝の反対側の足は甲から先がありえない方向に歪んでいた。イーサンが走り寄り、治療する。
「なにがあった?」
痛みがなくなったことで気が緩んだの倒れかけたヒューゴーを支える。ヒューゴーは一瞬体を強張らせたが、すぐにぐったりとサミュエルの肩にもたれかかった。
「魔力炉が暴走したようです。砦で使っている魔法がすべて制御不能になり、最大出力で動いています。魔力灯の出力が高すぎてほとんど前も見えない上に、建物にかけられていた温度調整の魔法の暴走により壁や床が負荷に耐えられず破裂しました。あちこちで地盤が液状化して底なし沼のようになっているため移動も危険です。暖房の火が業火になり、あちらこちらで爆発して、居住区はほぼ火の海です」
「そうか。お前が無事でよかった。早速で悪いが、案内を頼めるか?」
「怪我を治していただきましたので問題ありません。こちらです」
ヒューゴーはサミュエルから身を離し、深く頭を下げた。
砦からはひっきりなしに悲鳴と爆発音が聞こえてくる。地獄だなと誰かが呟いた。
だが、悪臭が残る厩舎周りは建物から離れているからか、ほとんど被害はなかった。むしろ何かに守られているように見える。立ち入り禁止の結界魔法のせいかと思ったが、そちらはとうに解除されているようだ。
厩舎の隣の小屋は一段と明るく輝いており、目を閉じても金色の光が焼き付いているほどだ。
彼らは布で目を庇いながら進んだ。
輝きが焼いたのか、悪臭は想像していたほどひどくはなかった。それでも強い刺激臭が目に染みる。時折禁止結界の名残の炎がこちらに向かって飛んできたが、すべてサミュエルが弾き飛ばした。この程度ならテレンスの結界に頼らなくても対応できる。
小屋に近づくに従い、光が納まってきた。その場の魔力が低いからではない、むしろ逆だ。輝く魔力は密度を増しつつ一か所に吸われていく。たくさんありすぎて何もないように見えるのが怖い。
「これは、すごいですね」
すべての根源がある小屋は闇に包まれている。今まで明るかった分、目を開けても何も入ってこない。目が慣れるまでに時間がかかりそうだ。
「これでは動きが取れません。治療しますから集まって」
はぐれないように腰に結んでいた紐を手繰り、全員がひと固まりになったところでイーサンが魔法をかけた。すぐに視界が戻る。離れたところで輝く砦のおかげで、小屋がとてもよく見えた。
ボロボロの小屋には扉らしきものが見当たらない。
馬丁の話では老婆が通っているとのことだから、入り口はあるはずだ。だがぐるっと回っても扉はない。
人が入っていないように見せかけているのか、ケントが扉を潰したのか。
「仕方ない、突破するか」
言うが早いか、サミュエルは足に強化魔法をかけ、壁を蹴りつけた。
バアン!!
大きな音がして壁が壊れる。
同時に飛び込んだ。
「ここか!?」
中を見渡し、絶句する。
そこには足に太い鎖をつけられた少女が横たわっていた。
生きているのかわからない。命をほぼ感じられないほど衰弱した少女はありえないほど痩せていた。今にも折れそうな足首をつかむように枷が付けられている。
腕には光り輝く管が付けられており、その先に大きな瓶がある。瓶にはきらきらした液体がもうすぐ溢れるほどたまっていて、きらきらと波打っていた。
「うっ!!」
「な、なんてひどい……」
続けて飛び込んだ三人もあまりの酷さに立ち竦んでいる。
建物の中は窓もなく、壁の隙間からわずかに光が差し込むだけだったが、瓶に溜まった輝きが中を明るく照らしていた。
ところどころ血が乾いたような跡がある床。
走り書きのメモ。
異臭を発する皿。
隣の厩舎からの悪臭は小屋の中に渦巻いているようで、呼吸もままならない。
こんなところでよく生きられた、全員が思ったその時。
瓶の中身が溢れた。
途端、少女の体が輝きだす。溢れた瓶の中身は眩しく光りながら少女を包み込み、繭のように包み込んだ。その中で少女の体が浮かぶ。
「まずいな……」
サミュエルたちを取り巻く魔力は魔法が使えない者でもはっきりと圧として感じられるほどになっていた。ここにいるのは全員が魔術師なので、圧倒的すぎる魔力に頭を押さえつけられているような重圧を感じる。
「ぷちっ、と行きそうー。何とかしてー」
魔法陣の書かれたマントに潰されそうなリンジーが悲鳴を上げた。テレンスが結界で全員を覆おうとしているようだがうまくいかない。歪んだシャボン玉のようになり、何度も弾けている。
少女の口から光が束になって溢れてきた。
そろそろ爆発しそうだ、と誰もが思った。今から逃げても間に合いそうもない。このままではこの辺境の地と一緒にはじけ飛ぶことになる。
「一か八かやるか」
言いながら、サミュエルは一歩飛び出した。
「全員小屋から撤退。リンジーはいつでも飛べるように転送魔法陣を準備しててくれ。イーサンとヒューゴーはともに待機。テレンスは俺を包む結界を。俺は、あの魔力を何とかしてくる」
身にまとっていたマントを脱ぐ。光の神の守護の魔法が書かれたそれを取ると、魔力の塊が全身を焼いた。かなりの激痛だがそれどころではない。
手を伸ばし、光の中に浮く少女を捕まえると、礫のように光が襲い掛かってきた。最後の力なのか、少女は弱々しく身をよじって逃れようとする。
「怖がるのは当たり前だが、助けに来たつもりだ。大丈夫」
サミュエルはなるべく優しくマントを少女に巻き付けた。マントの内側からも光が溢れてきたが、かまわずに抱える。
「怖くない、と言いたいところだが、俺は怖くないと言えるのか? 壁を蹴破って押し込んだ男だぞ。あからさまに不審者じゃないか。困ったな……」
少女をなだめるつもりで何か言おうとしたが、言葉が見つからずに困るサミュエル。
一瞬、光が固まった。
その隙を見逃さずに作ったテレンスの結界が二人を包み込む。先ほどは失敗したが、今度はうまくいった。
七色の光が揺れる結界が完成した瞬間、内側で光が爆発した。