6 頼みがある、とサミュエル=ウィンバリー魔法伯に呼ばれたのはテレンスだけではなかったようだ
頼みがある、とサミュエル=ウィンバリー魔法伯に呼ばれたのはテレンスだけではなかったようだ。部屋に向かう途中で見慣れた、というか悪友二人がそれぞれこちらを見て手をあげている。
「よお、イーサン、リンジー、お前らも呼ばれたのか」
「ああ」
「三人で任務ってのは久しぶりだが、それだけの任務なのかねえ」
三人は王宮でも指折りの魔術師である。
テレンス=カーナルは王宮魔術師で一番の結界魔法の使い手で、大きな城を丸々ひとつ封じ込めてしまうほど強力な結界を作ることができる。専門分野以外のことは苦手だが、その結界は極上だ。王都を魔物から守っているのは彼が作り出した結界で、維持のために巡回もしているので王宮にいることはとても少ない。
リンジー=バクスターは移動魔法の専門家。基本、魔法転送陣で飛べる場所は術者が一度行ったところだけなのだが、リンジーは座標だけでその場に移動することができる。また、個人で大掛かりな魔法転送陣を持つただ一人の魔術師だ。
イーサン=ウィルズは大神官から直々にスカウトが来るほどの治療魔法の達人で、信仰心の薄さを理由に神官にならなかったが、今でも頻繁に神殿に呼ばれている。癒し魔法中心の神官では使えない高度な治療魔法は死人をも生き返らせるのではと言われている(死んでしまったら治療はできないと本人は言っているが)。
三人は軽口をたたきながら執務室の扉を叩いた。
直属の上司の部屋はその重責に似合わずこじんまりとしていて、ほかの執務室にあるような応接セットすらない上に、三人が入るとほぼいっぱいになる。ただでさえぎゅうぎゅうなのに、決裁が必要な書類や魔法本があちこちに置かれているので身の置き場を探すことが難しい。
「参上しました」
書類がたくさん積まれた執務机に座ったままの魔法伯に向かい、三人は魔術師の礼を取った。両手をクロスして胸に当て、お辞儀をする。魔法は使っていませんし使いませんというサインだ。
「噂のことはどこまで知っている?」
魔法伯は書類から顔を上げずに尋ねた。カリカリと何かを綴る音はその間も途切れない。
「最近はやりの噂と言うと、辺境伯の三女のことですよね?」
イーサンが尋ねる。無言は肯定だ。テレンスはリンジーと顔を見合わせた。
「サミュエル様はあれが真実だと思っているってことですか?」
魔法伯の名前をわざわざ呼んで確認すると、ようやくサミュエルは顔を上げた。
続けてちょいちょいと手招きする。三人は興味津々で顔を近づけた。
「テレンス、悪いが結界頼む」
「りょーかいっすー」
小さくつぶやいて指を鳴らすと、机の周りに半円状の光の膜ができた。
「男四人じゃきつくね?」
ぎゅっと肩を寄せる形になり、リンジーが口をとがらせる。
「つーか、この部屋狭すぎだろ? 魔法伯って虐げられてんのか?」
「そんなことないぞ」
「いや、ある。みんなサムが悪い」
結界ができた瞬間、文句を言い出した悪友たちを見て、サミュエルは思わず吹き出した。
実はこの四人は魔法大学で同じ師に学んでいた、いわゆる学友だ。隣国に留学し、魔法大学に入りなおしたサミュエルだけは他より10歳年上だが、見た目が若いのでほぼ同い年に見える。
仲良く切磋琢磨した四人は、卒業後、それぞれの道に着いた。
サミュエルは魔法全般に秀で、魔力過多一歩手前の強力な魔力を保持している上に、それを使いこなすことができるので、ほどなく魔術師の長となった。
王宮魔術師には爵位はない。爵位がある家に生まれても捨てなければ王宮魔術師としては働けない。家同士の争いや爵位の上下を魔術に係わらせないためだ。
だが、その長は違う。一代限りではあるが、国王と直接話をしたりするため、魔法伯という特別な爵位を得る。
そんなわけで立場的には爵位を持つ身であるサミュエルだが、このメンバーになると気が緩んでつい砕けてしまう。それがばれないようにという理由で、テレンスに結界を張ってもらうのが常だった。
「で、さっきの話なんだけどさ、テイナ辺境伯のとこ、怪しいんだろ?」
早速話し出したイーサンは学生時代と同じ話し方でサミュエルに聞いた。
「ああ。俺の探知魔法で探ったらものすごい量の魔力が常時湧き出しているのが確認できた。あれが魔物の魔石などありえん」
「魔物の魔石だったら波があるもんね」
リンジーが同意する。リンジーは魔物狩りに駆り出される第三部隊に所属しているので魔石についての知識はここにいる誰より多かった。
「もちろん手の者だしてるんだろ? どんな感じだって?」
テレンスの問いに、サミュエルは机の書類を一枚抜き出して渡した。
「噂になっていた砦に毎夜つく明かりなどはすべて真実だったよ。水洗便所も確認したそうだ。なかなか快適だったと報告が来ている」
「使ったんかい!」
「うちの手は優秀だからな。確認の取れないことは報告しないさ」
「何をそんな得意げに……」
呆れる三人だがサミュエルは当たり前のように部下を自慢している。
「噂を流した馬丁も確認できた。思った通り、使いに出ていたセッター子爵のところの馬丁だったよ。話が広がりすぎて怖くなっていたそうだ。噂の発信源は内密にするし身柄は保護すると言ったら安心して思った以上のことを話してくれた」
言いながら、ほかの書類を引っ張り出す。
それはテイナ辺境伯が居城する砦の見取り図だった。やたらと大きな砦だが、その分人の目が届かない場所が多いらしい。目指す場所は魔物が住む森に寄った壁の厚い場所にあるため、ほとんど誰も入らないそうだ。
赤く丸が書かれた場所を見つめながら、リンジーはその上を叩いた。
「詳しい座標は?」
「すまん、わからん」
「優秀な手が調べてたんじゃないの?」
「そうなんだが、その周りだけ立ち入り禁止の結界が敷かれているんだそうだ。許可された者以外が足を踏み入れると警報が鳴り火の玉に襲われるタイプのやつでな」
「なるほど。ひっかかったら探ってるのがばれるな」
「それもあるが、その場所は隣にある厩舎が魔物解体用でものすごい悪臭がするからと、召使もよほどのことがない限り近づかないらしい。そんなところで見つかったら疑いどころじゃないとの報告がある」
魔物の解体の部分で全員が鼻に皺を寄せた。悪臭にもいろいろあるがあの悪臭は特別だ。体に染みつく以上に精神が凹む。
「ここに少女がいるそうだ。なんでも虐待されているらしい。馬丁には早く助けてやってくれと懇願されたよ」
こんなところに、とイーサンは呻いた。悪臭だけでも十分に虐待なのに。早く治療をせねばと焦るイーサンの肩をテレンスが叩く。
「というわけでしばらく探らせていたのだがな、陛下が辺境伯を尋問するためにこちらに呼んだだろう?」
「どうせサムが宰相殿を使って陛下に進言したんだろ?」
「まあそれはさておき」
「おくんかい!」
「疑いを持たれたが無実だととっても憤慨してお帰りになったがな、呼びつけた日からずっと、最低限の魔法しか使われていないと報告が来ている。クズ魔石から魔力を絞り出していると言ってしまったんで、目をつけられないように自制しているらしいぞ」
サミュエルはにやりと笑った。
そして素早く見取り図にある砦の裏口らしき戸口の真上に数字を書き込む。
「砦の座標だ。手の者が使う裏口の座標なのでここまで走らねばならないが、もちろん一緒に走ってくれるよな?」
三人は目を見合わせたが、すぐににやにや笑った。
「魔法伯自ら行くのかよ?」
「危険だよー」
「私たちに任せる選択肢ないのかい?」
悪友たちの悪い笑みに、サミュエルは大仰なため息を吐いた。
「いやー、実はもう一つ嫌な報告があるんだよ」
ぴらり、と走り書きのメモを見せる。
三人は心から嫌そうな顔をして呻いた。
「あの変態……」
「こんなとこにいたんだ……」
「最悪ー……」
そこには『ケント=ボールトマンを見つけた』と書かれている。魔法大学で共に学び、王宮魔術師になった時も同じ仲だが、たくさん難がある相手なのでできれば関わりたくない。
そのとき、三人は同時に気づいたことがあり、サミュエルを見た。
「そうだ」
こくりと頷く。
「奴は禁書にあった実験をしたのだろう。禁書なので噂で聞いただけだが、そこには生物から魔力を搾り取る方法が書いてあると言う。馬丁からもケントが「ここまで純粋な魔力を効率よく取り出す仕組みを作った俺は天才に違いない」と言っていたと聞いている」
「相変わらずの自意識だな。さすがケント=ボールトマン」
「だな。だから俺は探知できた魔力は魔力過多の三女のものだと確信している。そして、奴は辺境伯が呼ばれた時点で自分の実験が俺にばれたことに気づいていると思う。絶対に何かしたはずだ。もしも魔力暴走が始まっていたら、テレンスの結界に閉じ込める必要があるが、それだと中で破裂するだろ? 俺が魔力を何とかし、イーサンには少女を治療してもらわなくちゃならん。だから俺も行く」
結界の中で破裂する少女の姿を想像すると胸が悪くなる。三人は覚悟を決めた。
「じゃあ急がなくちゃいけないね」
そういうが早いか、リンジーはマントを脱いだ。
裏側にはびっしりと魔法陣が書かれている。緊急用に持ち歩いている簡易魔法転送陣だ。5人くらいなら世界の果てまででも一瞬で移動できる。
リンジーは指先をかじって血を出し、書かれた座標を書き込んだ。
「ケントに会ったら嫌だなあ」
「そん時は俺が結界に閉じ込めてやるさ」
「そりゃ心強い」
四人がにやりと笑ったその瞬間。
ぱっと魔法陣が光った。