5 正直、女の顔などどうでもいい
正直、女の顔などどうでもいい。
常々そう思っているケントだが、一人だけ、とても気に入っている少女がいる。
目下、もっとも可愛がっているともいえる、とてもかわいらしい存在だ。
家族のみでなく周りにいる者全てに疎まれ、その力だけを求められ、ぎりぎりのところで生きている姿は実に美しく、可憐だ。
そんな少女のいたいけな腕に針を刺す時の快感と言ったらない。
空の管に魔力が通り、少女の体から余剰な力を抜き始める瞬間、少女の頬はわずかだがバラ色に染まる。
そんな姿を見られるのは辺境伯でも夫人でもイノブタによく似た双子でもない。自分だけの特権だ、ケントはほくそ笑んだ。
王宮から追い出されたのは自分のせいではなく、周りの人間に嫉妬されたからだ。
ケント=ボールトマンはいつもそう思っている。
思えば魔法大学在籍時に今の魔法伯であるサミュエルと同学年だったのがよくなかった。奴さえいなければ、自分の地位は不動だった。どんな魔術も思いのまま、魔力の量はけた違い、しかも他国で認められて帰国した元留学生で、王家の信頼も厚い、そんなサミュエルがいれば自分が常に次席なのは仕方ないことだ。
一学年違ったら、ケントはよくそう口にしていた。
あながち間違いではない。
それだけ優秀な生徒だったのは成績表が証明している。倫理観の授業に不可が付いたほかはすべて満点の成績だった。
生まれた時代が悪かった。運がなかったのだ。
本人はそういうが、実際は根本が違っている。
魔法大学の教えは基本的に『人の役に立つ魔法』だったが、彼の求める魔法は『文明を壊して再構築する魔法』だった。
文明が完成すれば国は亡びる。もっと上を目指すためには完成してはいけない。完成したものは叩き壊すべきだ。
それが彼の持論で、常に難しく大量に魔力を使う魔法を研究していた。危険なために禁忌としている魔法まで手を付けたため、卒業が一年遅れれば学校から退学になっていただろう。ある意味いい時代に生まれたのだ。
大学を出たのちはサミュエルと同じ宮廷魔術師となったが、ほどなくして追放された。宮廷図書館の奥で鍵付きの部屋に置かれている禁書を持ち去ろうとした罪だ。
そこには魔力を生き物から搾り取る方法が書かれており、結果として生き物の命を奪い取るため神殿と法で禁止された術が載っていた。初めは魔力過多の対処法として書かれたものだったそうだが、実験の結果、この方法で魔力を摂取し続けると最終的には魔力が凝集されて固まり爆発することが分かったのだ。
この件でケントは王宮を追われ、流れの魔術師となって各地を回っていた。自意識過剰なケントはどこに行っても長続きせず、各国を回って飢えをしのぐような生活をしていたためやさぐれていった。まあもともとやさぐれ気味な性格だったので、変わらなかったともいえるか。
その際、たまたま辺境伯に拾われた。
初めは魔物の魔石処理をする魔術師に欠員が出たので補充されただけだったのだが、辺境伯の私生児だと言われた少女を見て一変する。
魔術師にしかわからない極上の光に包まれている少女。その清らかな光の中ならば普通は生き生きと幸せな感情を内外に放出しているはずだが、少女にはそれがなかった。識者か見れば明らかに魔力過多とわかる。苦しげな顔は魔力のコントロールができないことを証明しているようで、思わず笑みがこぼれた。
禁書とか言っていたが、ちゃんと役に立つではないか。
「魔力過多の娘の魔力は搾取して使える」
そう進言した時の辺境伯の顔は思い出すと今でも笑える。禁書を読んだとはもちろん言わない。自分は元王宮魔術師で、魔術を使わない人が魔力を使う方法を研究していると言ったら、もろ手を挙げて歓迎された。バカはありがたい。
そうして、今に至る。
娘を実験材料として使えたため、禁書に載っていたさまざまな記録(もちろん禁書はすべて書き写していた。見つからないように隠して持ってきていたのだ)を確認することができ、魔力を搾り取るためのより充実した装置を作ることもできた。
次第に環境に慣れてきた対象への気配りとて忘れない。いかにすれば効率的に魔力を出させるか、今の研究テーマだ。
それについては先ほど仮説が証明された。
イノブタ姉妹に対象に対する嫌がらせを強化させた結果、恐怖という感情が刺激されて魔力の質と量が上がったのだ。
その後、対象の体、特に女性が悦ぶ胸の先などを刺激すると、恐怖の感情の振れ幅が大きくなり、より多くの魔力を吸い上げることができることが分かった。
だがこれはケントだけの秘密にした。変態の辺境伯や豚婦人に知られれば壊されるかもしれないからだ。
せっかくの実験体、粗末に扱われては困る。さらに言うとそれは研究者であるケントだけの楽しみにしたかった。実験体が美しい緑の瞳に嫌悪と恐怖を浮かべ、うっすらと涙を滲ませる姿にはそそられる。
しかし、そんな楽しい日々はそろそろ終わりそうだ。
ケントの実験は噂となって王宮に届いてしまったと聞く。そうしたらきっと奴、魔法伯が出しゃばってくるだろう。研究の成果をすべて取り上げられてはたまらない。
というわけで、ケントは最後の仕上げにかかることにした。
「今日でお別れだよ」
言いながら、少女の胸を優しく撫でまわす。女性らしくなってきた丸みと柔らかさを堪能できるのがこれで最後だと思うと残念だが、辺境の地と心中するつもりはない。
いつもより執拗に動く手に、少女のくぐもった声が応える。腕に刺された管にはいつもの倍以上の量の魔力が流れ始めた。
そのときだった。
少女の体の中にしこりのように魔力の塊が作られ始めたのは。
ケントは満足し、ゆっくりと離れた。
この魔力が体の中で大きな塊になり爆発するまで大体一日。荷物はすでにまとめてあるし、ひそかに一人用の魔法転送陣も用意した。あとは他国に飛んでのんびりとテイナ辺境領が爆発四散して姿を消すのを楽しめばいい。
この領地を魔力で満たした結果、砦にはたくさんの魔法が行き渡り、皆が満足した。
それでは向上心がなくなる。あの変態や豚一家はこの辺で一度滅んでおくべきだ。そうしたら残った領民や王家が新しい辺境伯を迎えるだろう。こんな腐った領主に治められるよりは良い領土になるのだ。
これか文明を再構築すると言うこと、えらい人はそれがわからんのですよ、とケントは微笑む。
「楽しませてくれてありがとう。来世でも逢おうね」
そう言って少女の頭を一撫でし、床にたたきつけてから、ケントはウキウキと小屋を出ていった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
これで鬱展開はいったん終了。次回からは救出に入ります。意外に長くなってしまいました。地味にケントが書きやすかったです。