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2 ケネス=テイナ辺境伯には魔力過多の三女がいるというのは王宮の魔術師たちに広がる噂話だった

 ケネス=テイナ辺境伯には魔力過多の三女がいるというのは王宮の魔術師たちに広がる噂話だった。

 噂話、というのは辺境伯には二人しか娘がいない上、二人とも魔法の素質がまるでなかったからだ。

 辺境伯とその妻にも魔力適正はなく、せいぜい生活魔法が一つ二つ使える程度。魔力過多という世にもまれで貴重な者が生まれるはずがない。そんなわけで、あくまでも噂話なのだ。


 しかし、そのような噂話が広がるにはそれなりの理由がある。

 辺境伯の治めるテイナ領は魔力を含む魔鉱石の算出が皆無なのに、辺境伯の砦では魔力をふんだんに使った生活がされているからだ。

 領民が言うには、砦は夜でも昼間並みに明るく、火打石がなくても火が付き、いつでも温かい湯が出る風呂があり、水で流す便所があるそうだ。そこまでの生活、王宮以外では公爵家でもほとんどない。


 故に、誰もが『その魔力はどこから生み出されているか』を議論し、結果として出たのが『魔力過多の者がいて定期的に魔力を供給しているのではないか』だった。

 魔力過多の者が出す魔力を結晶もしくは液状化し、魔力炉に注ぐことで快適な暮らしができるのは王宮の魔術師たちが証明している。湯水を使うがごとく魔法が使えるのは、きっと、あの砦の中に魔力を提供できるものがいるからだ、という推測がまことしやかに流された。


 そこで問題になるのか『誰が』魔力を提供しているか、だ。

 ここまできてようやく、辺境伯の三女という存在が浮かび上がる。


 辺境伯自身が否定している『三女』の噂、出どころはたまたま辺境伯の砦を訪れた使者の馬丁だった。


 その日、王宮からの手紙を届けに来た使者を載せた馬車の馬丁は、飼い葉を分けてもらおうと厩舎に向かったが、敷地内で迷ってしまった。

 歩き過ぎてどこに自分がいるのかすらわからない。砦に着いたときにつけられた召使は食事の時間になると姿を消してしまった。一緒にいろと執事にきつく言われていたはずだがなあ、と馬丁はため息を吐いたがそれだけだ。よそ者を押し付けられた召使たちはきっと面倒だったのだと思うことにした。逆の立場だったら王都からの人間などスカした嫌な奴としか思えないと知っていたのだ。


 うろうろしてうるとものすごい悪臭が風に乗ってくる。

 厩舎は臭いものだと知っているがこの悪臭は今までに嗅いだことがなかった。きっと魔物のための厩舎だろう、と馬丁は期待に胸を膨らませた。生粋の王都っ子である馬丁は魔物を見たことがなかったので、土産話のネタとしてぜひ拝んでおきたいと思ったのだ。

 そんなわけで、鼻をつまみながら臭いのする方向に進んだ。


 厩舎らしき建物がやって見えるところまで行ったとき、隣の小屋に入っていく老婆を見かけた。腰が曲がり、動きにくそうにしているのに、重そうな木桶を運んでいる。老婆を気の毒に思った馬丁は、木桶を持ってやろうとあとを追いかけた。

 しかし意外と距離があったのか、ゆっくり歩いていたはずの老婆は馬丁が追い付く前に小屋に入ってしまった。


 小屋は傾いてあちこち隙間が空いていて、こんなところに老婆が一人でやってきたのが馬丁には不思議だった。

 単なる好奇心、それだけだ。

 足音を立てずに近づき、隙間から覗くと、そこには小さな少女がおり、老婆からもらった何かにかじりついていた。

 その間、老婆は端にあるキツイ臭いのする壺の中身を厩舎の裏に捨て、床を掃いている。


「ああ、汚い子だね」


 言いながら、老婆は木桶の中身を少女の頭の上でひっくり返した。

 ばしゃん、と音がして、少女の全身がずぶぬれになる。中身は汚れた水だった。

 そろそろ冬になるこの季節。濡れれば風邪をひくどころではないだろう。

 だが老婆は一向にかまわず、乱暴に少女を蹴りつけると、何事もなかったように空になった木桶をぶら下げて出ていった。


 馬丁はしばらく様子をうかがっていた。


 老婆がいなくなって少し経つと、白い服を着た男が大きな瓶を抱えて現れた。

 あの白い服、魔術師か神官かそのあたりのお仕着せだ、と馬丁は思った。

 そのまま覗き見ていると、白い服の男は少女の体をまさぐったのち、少女の近くにあった瓶と持ってきた瓶を取り換えた。

 大事そうに抱えられた瓶はきらきらと光る液体がほぼ満杯になるほど詰まっている。

 男は少女を蹴りつけてから、小屋を出て鍵を閉めた。

 にやにやしつつ瓶に頬ずりする。


「ふふふ、魔力過多の者は数多いが、ここまで純粋な魔力を効率よく取り出す仕組みを作った俺は天才に違いない。辺境伯も罪なことだ。私生児とはいえ生かさず殺さず、限界まで魔力を吸い上げろとはな」


 誰もいないのにわかりやすい解説をありがとう、と馬丁は思った。

 だがすぐにそんなことを独り言で言うやつがいるか!?と思いなおし、身を縮めて息を潜めた。自分で自分を天才と言い、ほくそ笑んでいる、そんな奴に見つかったらどうなるか、考えるだに恐ろしい。


 しかし、男は馬丁に全く気付いていなかったようで、スキップしながらその場を去った。

 たぶん白い服の男は毎回同じことを呟いているのだろう。自己顕示欲を一人で満たしているらしい。

 なんというか、背筋の寒くなる光景だった。

 馬丁はそのまましばらく息を詰めて隠れ続けた。


 王都に戻った馬丁は酒の肴程度の気持ちで仲間たちにこの話をした。

 話はあっという間に広がり、王宮の魔術師たちに届いた。

 魔術師から宰相に話が行き、そのまま王の耳にも入る。

 王は辺境伯を呼び、問いただした。


「なんのことやらわかりませぬ。我が家には娘は二人しかおりませぬ故」


 辺境伯は王の問いにこう答えた。そして無責任な噂でとても迷惑していると逆に訴えた。


「我が砦が魔力で溢れているというのも言いがかりでございます。我が領は魔物多き辺境故、体内に魔石を有する魔物がたくさんおります。さらに勇猛果敢な兵たちがおりますれば、魔石を集めることなどたやすいこと。大きなものは王宮に献上いたしますが、基準を満たさない雑魚石がたくさんあり、それを利用しているまでのことです」


 一理ある、と誰もが思った。

 だが、宮廷魔術師たちの長である魔法伯は違った。

 魔物から取れる雑魚石では魔力炉に入れても魔力は取れない。元が0だから一万個でも同じなのだ。

 だが、サミュエル=ウィンバリー魔法伯はそれを口にせず、辺境伯が悠々と退出するのを見送った。


 それから二週間後。

 魔法伯の手は辺境に飛んだ。

 






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