表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/40

第7話 パートナーという言葉の意味

 触れ合う唇は熱く、長い口づけはより深くなり──許容範囲を超えた私は、慌てて彼から離れると悲鳴にも似た声を上げる。


「い、い、いきなりなにをするんです?」

「無事に声は出たようだ」


 心臓の鼓動がうるさく、混乱していた私していたのですが、「あ」と自分の声が出ていることに遅まきながら気づいたのです。


「言った通り、ルーン文字の上書きをした」


 ファンヴァラ様は平坦な声で答えていたので、恥かしさのあまり頬が熱くなりました。ああ、もう穴があったら、今から入りたい。そして埋葬して欲しい。


「どうかしたか?」


 そう言ってファンヴァラ様は小首を傾げました。彼にとってキスとは──たぶん深い意味はないのでしょう。人工呼吸だとか、魔法を使うためのもので──それ以上でもそれ以下でもない。勘違いをした自分が情けなくて、恥ずかしくてしょうがありませんでした。


「あー、いえ」


 呪縛が解けたせいか周囲の色彩が明るくなった気がします。ふと彼の服装に目がいきました。今までは黒い外套を羽織ったと見えていたのですが──今は燕尾服姿(えんびふくすがた)で、白いベスト、蝶ネクタイ、白い手袋に、黒の革靴と十八世紀のイギリスの貴族にも劣らない格好でした。年齢は二十代後半でしょうか。海外の俳優さん顔負けの凛々しい姿でした。威圧感は変わらないままですが。

 目を逸らしながらも私は精一杯状況確認をしようと口を開きます。


「あの……先ほど言っていたルーンの上書きって、き、キスとなにか関係が?」

フィリ(キス)には、呪縛を解く効果がある。分離(オシラ)パートナー(ゲボ)のルーンを施した──が、何かまずかったか?」


 ファンヴァラ様は少し困った顔で、私を見つめ返しました。無自覚というのは、なんと厄介なものなのでしょう。とはいえやるならやるで一声をかけて欲しいものです。いえ、声をかけていざやる方が恥ずかしいような……。


「……どうした?」

「い、いえ! その急だったんでビックリして……」

「そうか。承諾は得ていたので問題ないと解釈していた」


 あー、思った以上に前向き。素直? なのかもしれません。


パートナー(つがい)を得るのは初めてだからな。……私もまだ実感していない」

「は、はあ……」

「そもそも私が《死の精霊王》である以上、あまり良いイメージはないからな。だからお前が嫁ぐと言った時は驚いた」

「ふぁ?」


 いま「嫁ぐ」って言いませんでした? いや気のせいかもしれません。とつぐ……どつく。


「………………」


 パートナーという言葉の捉え方に、齟齬(そご)があるように思えたのですが──もう手遅れな気がしました。今更「契約はビジネスパートナとしての契約ですよね?」とは言えません。ええ、言えませんとも。

 言ったらどうなるかわかりません。ここは大人の対応をとっておきましょう。


「あーえっと、…………改めて呪縛を解除していただき、ありがとうございます」


 私は深々と頭を下げました。


「いい。パートナー(つがい)になったのだから、畏まらなくていい」

「はぁ。ファンヴァラ様がそうおっしゃるなら、わかりました」


 こうして私は近々で直面していた問題から脱したのでした。とりあえずは。



 ***



 私はファンヴァラ様に支えてもらいながら、屋敷の外に出ました。「領土の景色を見てもらいたい」と彼が提案したからです。

 私もその意見に賛同し、今に至ります。

 空は夕暮れ色から宵闇に変わり、柔らかな月の光と星々の輝きが広がっていました。

 秋は日が落ちるのが早いのですぐに、暗闇が夕焼け色を追いかけて染めていきます。ひんやりとした風が私の頬を掠りました。


 屋敷は古く廃墟ともいえるほど長い間、手入れがされていませんでした。屋敷の庭も、丘から見える領土も主の不在だったからか、草はぼうぼうに生え、そして鬱蒼と生い茂る森はどこか薄暗く嫌な気配を放っています。

 あれがファンヴァラ様のいう《領土の死》というものなのでしょうか。


「眠気は?」

「ありません。それになんだか頭がスッキリした気がします」


 私は少し外の寒さに身震いをしていると──彼は羽織っていた黒の外套を掛けてくれました。


パートナー(協力者)とはいえ王様の外套(がいとう)を私がかけてしまってよいのですか?」

パートナー(つがい)なのだから、問題ないのでは?」


 同じ言葉なはずなのですが、気のせいでしょうか。やはり別の言葉に聞こえているような……。いえ、ファンヴァラ様が優しいので私の勘違いかもしれません。これ以上恥の上塗りは是が非でも避けたいいところ。


「妖精界とは、そういうものなのでしょうか……?」

「先ほども言ったが、幽世(アストラル)の影響で、この領土は死に向かっている。それを回避するために、お前の力が必要だ」


 なんの飾り気もない言葉でした。しかしどこまでも真剣で、まっすぐで他の誰でもない私に頼んでいる。私は短命なホムンクルスで、なんの力もないというのに──。


「そういえば、その、どうして私によくしてくれたんです? たしか予言がどうのって言っていましたよね?」


 彼は中庭へと視線を向け──噴水のあった場所へと私を案内しました。石造りの噴水はとても大きく立派なものでしたが水が枯れて、どこか哀愁が漂っているのを感じます。また噴水の傍までくると──薔薇の枝でしょうか。枯れていました。


「白薔薇の精が朽ちるときに『ある予言』をした。この丘を蘇らせるには私とある娘の力が必要だと」

「それが私?」


 なんとも釈然(しゃくぜん)としない返答でした。私がその『予言の娘』という条件が当てはまるのか謎です。私の不安を察したのか、彼は言葉を続けました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ