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第3話 ホムンクルスは逃げ出します

 ──あなたはここに留まらない方が良いでしょう。


 それは予測通りの返答でした。確かに正常なホムンクルスならそれが模範解答なのでしょう。


 ──ですよね。私も同意見です。

 ──あなたの提案ですが……、わたしにどれだけの事が出来るかわかりません。しかし、同じ目的で生まれた姉妹たちをドレイにはしませんわ。


 ふわり、と笑った彼女は気高く、心強く感じられた。


 ──ありがとう。


 そう呟いたが、私はうまく笑えていたでしょうか。

 絶対的服従という仕組み(システム)が予め備え付けられているとしたら、奴隷と何が違うのか。最初から選択が奪われた人造人間(わたし)たち。


 ここで分かったことは、私以外のホムンクルス(姉妹)たちは自分で道を選ぼうとは考えないでしょう。恐らくその考えには行きつかない。

 そう求められ──作られたのだから。


 ──では、私はもう行きますね。


 そう告げると私は水槽のガラスに両手を当てました。


 ──この魔法の液体を触媒に、理解──分解──再構築を発動。


 線香花火のような煌めきで目が眩んだ瞬間、魔法の液体とガラスの水槽は一瞬で消え去りました。

 残ったエネルギーを使い、衣服へと変換させます。簡素ですが下着一式、半そでのワンピースに、顔を隠すための灰色のローブ。


 それと裸足では危険なので、隣の倉庫部屋から使われていない羊皮紙を集めて、革靴を再構築しました。これも精霊魔術師レムル(旦那様)の知識と、記憶から得たからこその成果といえるでしょう。錬金術とはなんとも便利です。


「うん、これでばっちり」


 実際に知識や、やり方などを理解していても実際に試してみるのは勇気がいるものです。下手したら失敗だってありえますからね。


 ──あなた、その力……。


 彼女は私の力にかなり動揺をしているようでした。まあ、私も彼女の立場だったら同じような反応をしたでしょう。


「エーティン様。他のホムンクルスたちを、よろしくお願いします」


 私はスカートの(すそ)をつまむと、深々と頭を下げた。たしか昔の淑女は、こんな感じで挨拶をしていたはず。


 ふと他のホムンクルス(姉妹)たちの水槽が反射して、私の姿が鏡のように映りました。翡翠色(ひすいいろ)──いや、薄緑色の長い髪、外見は十五、六歳でしょうか。思ったよりも子供っぽい顔をしています。他のホムンクルスたちとは、顔のパーツは多少似ていますが……。体つきは──貧相。ほっそりしているのは、たぶん栄養が胸に行っていないだけだと思いたい。


 私は体の動きを確認するため、軽くストレッチをしました。ホムンクルスとはいえ、生まれてすぐに歩くだけの筋力が備わっているわけではありません。そもそもずっと水槽で浮いていただけなら、歩くだけの筋力がつくわけはないので……。


 しかし私の場合は、精霊魔術師レムル(旦那様)の知識によって得た《古代ルーン》の術式を使えばなんとでもなりました。《(ウルズ)》の脚力の強化、《戦士(テイワズ)》の物理的防御、気配遮断を行います。なんとも素晴らしい恩恵。


 人間の世界ではマナが十分なければ発揮しませんが、ここは妖精世界。マナに満ち溢れているので言ってしまえば使いたい放題なのです。


 ──これで逃亡の準備は完璧ですね。


 幸いなことに精霊魔術師レムル(旦那様)は外出中。工房の見取り図もありましたし、泥棒避けのゴーレムの見回りも把握しているので、なんなく工房を脱出したのでした。



 ***


 一人のホムンクルスは自由を手に入れ、幸せに暮らしました。めでたしめでたし。──とならないのが現実です。


 妖精都市ムリアス。

 工房として使っていた屋敷は、妖精都市ムリアスの中心部近くでした。地下の裏口から出ると、素早く細い道を通って大通りへと歩きます。


 ──たしか精霊魔術師レムル(旦那様)の知識だと、大通りを突っ切れば《ノックマの丘》に繋がる森に入れるはず。……に、しても妖精って小人をイメージしていましたが、普通の人間とあまり変わりませんね。


 大通りを歩く妖精たちは、中世ヨーロッパの市民服を着ている人が多いようです。私と同じようにフードを被った妖精も居れば、見事な工芸品を作る妖精ドワーフ、半人半馬のケンタウロス、アイルランドの妖精レプラコーン、外見は人間の女性と変わらないニンフたち──と様々です。


 それにしてもドワーフがいるからでしょうか。町の建造物は中世ヨーロッパ、中でも水の都と呼ばれたヴェネツィアを彷彿させる造りで、小さな水路に合わせて建物や橋がありとても芸術的でした。


 ──と、見惚れている場合ではありません。

 私はフードを深々と被ると、大通りに出て妖精たちの中に紛れ込みました。



 ***



 妖精都市ムリアス郊外。

 妖精たちの出入りは多かったので、すんなりと大通りを抜けて森まで来ることが出来ました。

 空は柔らかな水色で、雲はありません。太陽の日差しも眩しくはなく、優しく包まれるような温かさ。


 ──ふう。森までもう少し急ぎましょう。


 森が近づくと妖精界の季節が秋だと分かりました。緋色のカエデに、銀杏の木々が色鮮やかに生い茂っていたからです。


 妖精たちが多かったのは、収穫祭が近いからでしょうか。しかし何故でしょう。お祭りならば、楽しそうな雰囲気があるはず……。しかし、都市の雰囲気はどこか緊迫したような。

 私たちホムンクルスの製造とは関係ないと思いますが、この時妙な胸騒を覚えました。


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