第2話 ホムンクルスは賭けをします
さてどうすれば生き残れるのか、考えなければなりません。
精霊魔術師レムルの製造予定だと、エーティン様として相応しい妃になる為、英才教育の時間を半年ほど見積もっているようです。
期日から逆算して考えると──数日後にはこの水槽から出される可能性が高い。英才教育として少なくとも食事のマナー、ドレスの着こなしに歩き方、ダンスなどエトセトラ。人間社会とは異なりますが、やはり妃となるのは大変なようです。
ここで私は後回しにしていた問題について、回収しようと考えました。
私を含む十三人のホムンクルスを製造して、一人はエーティン様となる。では、残り十二人は? 現実的に考えてどこかに売り飛ばされるか、破棄──つまりは殺されるのではないでしょうか。
精霊魔術師レムルも、私たちホムンクルスを作るために、人間の世界──闇市で、材料を買っていたかと。
旦那様の記憶を覗く限り、時代は十八世紀ごろのヨーロッパでしょうか。世界史の教科書や映画で見たまま貴婦人は裾の長いドレス、男性は黒や茶のロングコートを羽織っており、シルクハットを被っていました。
濃霧と赤レンガの地下街に存在する奴隷オークション会場。そこが私の終着点の可能性はあります。
ここから逃亡するのは確定だとして、問題は残る十一人です。さすがに残っているホムンクルスたちも含めての脱出は現実的ではありません。もしかしたら奴隷となったホムンクルスを助けてくれる王子様や、貴族がいるかもしれません。まあ、過度な期待はしない方がいいかもしれませんが。
ひとまず私は残る十一人のホムンクルスの安全を確保できるかは私ではなく、彼女にかかっているでしょう。未来のエーティン様となる方なら──発言力はあるのではないか。
私はそう考えてエーティン候補者、第一位のホムンクルスへと顔を向けます。
──もし、あなたがエーティン様として選ばれたら、みんなを助けてあげて欲しいのです。絶対に奴隷にしないでください。
──どれい? とはなんです?
「え、そこから?」と私は口元の笑みが引きつりました。どうやら彼女には、私のような知識はもちろん人間社会での常識も無いようです。まあ、エーティン様はミデル様の妃になられるので、人間の常識や道徳は必要ないかもしれませんが……。
──ええっと、奴隷というのは、ホムンクルスでありながら所有物とされる者を指しまして……。人間としての名誉、自由、権利諸々を認められず、所有者の絶対的な支配に服しされます。労働も強制、譲渡に売買まで対象となるのです。
とまあ、二十分ほど「ホムンクルスであっても人権はあるのです!」……などと講演を行い、最後にこう付け足しました。
──同じ目的で製造された私たちは、姉妹みたいなものでしょう。ですから、もし助けられるなら……。あなたから妖精丘の王ミデル様に、お願い出来ないでしょうか?
自分だけ逃げる後ろめたさに、途中から彼女の顔を見られなくなりました。私一人が逃げたら、他のホムンクルスに、迷惑がかかる可能性が高くなるからです。
彼女はしばし考え──。
──その言い方ですと、あなたが人数に含まれていないように思います……。どうするおつもりですか?
鋭い言葉に私は微苦笑した。
──私はここを出て、誰かが決めたレールに乗ってではなく、自分で決めて生きたい……! 今なら見つからずに逃げられる……と思うの。
言葉にすればするだけ、なんだか言い訳染みていく。もごもごする私に、彼女はエメラルドグリーン色の瞳を伏せた。揺れる長い髪も同じ色で、僅かなランプの灯りが反射してとても美しい。
──我儘ね。……私たちは造られた者として、その責務を全うすべきじゃないかしら?
──そんな時間は……!
私は本当の事を言いかけて──唇を閉じました。
なにもしなければ私たちは、四年しか生きられない。しかし、それを彼女に告げることは出来ませんでした。どうにか長く生きられる方法を見つけなければ、残りの子たちも同じ運命を辿る。だからこそ、ここを早く出て方法を探す必要があるのです。
私は意を決して、彼女を見つめ返した。
──それはそうかもしれません。けれど、私たちは親を選べない。造ってもらった事には感謝しますが、言いなりになる気はありません。
──創物主である方の意向を無視するなど、私たちには許されません。もし、あなたがそのような態度で居続けるなら、他の子たちに悪影響を与えてしまうかもしれませんね。
──そう……ですね。否定はできません。
私はホムンクルスの特性を完全に失念していた。人間と違い製造時間は短い。そしてほとんどのホムンクルスは、創物主である術者に絶対的服従が組み込まれている。私は転生者だからか、その傾向が薄いのかもしれません。
精霊魔術師レムルとの交渉も考えましたが、私の記憶にある限り難しいでしょう。交渉材料もありませんし……。私が転生者だと知れれば、実験と称して解剖とかするかもしれません。彼の記憶にそれらしいものがあったので、可能性大です。
──………。
彼女は再び思案しているようでした。どのくらい時間が経ったでしょう。数分、数十分?
私は彼女の返答を待ちました。そして──
────でも、あなたはここに、留まらない方が良いでしょう。