第1話 絶望的な未来
次に目覚めると、私は人一人分ほどのスペースのある水槽の中。
こういう転生ものの場合は、貴族の令嬢やらお姫様などが相場だと思うのですが──あいにく私にはそのような幸運はありませんでした。残念。
──さて、どうしましょう。
私は現状を理解するため、周囲を見渡しました。
世界は薄緑色に見えるのは、この水槽いっぱいにある液体の影響のようです。最初は息が出来ないと慌てたのですが、魔法によって調合されたもので、呼吸はすぐにできるようになりました。
──と、話が逸れてしまいました。
この部屋──工房は学校の教室分ぐらいの広さで、そこに皆似たような顔の人造人間が、同じように水槽の中に入って眠っています。その数は全部で十二人。部屋の温度は、この場所を維持するためなのか十五度とかなり寒い。地下だからでしょう。
周囲を見ただけで、なぜ地下だと分かったのか。
此処がどこなのか──その疑問はすぐにわかりました。それはこの液体の効果らしく、私の知らない知識が頭に浮かぶのです。簡単にいえばネット検索すると感覚でしょうか。
「ここはどこか?」とか「この液体は何か」と頭の中で疑問を浮かべると、その回答に近い知識が私の中に入ってくる。なんとも便利な。
それで分かったことその一。ここは妖精都市ムリアス。
水の都として栄えており、精霊魔術師レムル──私たちの生みの親に当たる人が、『妖精王の妃の生まれ変わり』の製造依頼を受け持ったため、作り出された工房だったのです。
依頼主は、丘の妖精王のミデル様。
最愛だった妃エーティン様を蘇らせる事を強く望んだそうです。
エーティン様は遥か昔、妖精でした。しかし人間に飲み込まれて人間に生まれ変わり、その後妖精界に戻った──と、ここまでは伝承にあります。妖精界にもどった彼女は妖精に戻れず、人間の寿命のまま亡くなった。それが私の記憶にもぼんやりとありました。
私はホムンクルスの一人。人間と異なる点は、妖精寄りの構造で、寿命は四年持つかどうかということ。ミデル様の妃エーティン様と選ばれるなら、延命できるでしょう。選ばれなければ──考えるのは、やめておくことにします。
せっかく転生したのだから、どうにかして生き延びたい。そうポジティブにいきましょう。
出来るなら、花屋の仕事を──。
それに妖精の国にいるなら、花々も綺麗だろうし見てみたいものです。
しかし私の中にある知識というのは万能ではなく『妖精の国の花』という情報はありませんでした。この魔法の液体から得られる知識は、どうして生まれたのか、そしてエーティン様と妖精王との思い出。
そしてこの工房と魔術師レムルの研究内容と、古代ルーン文字について──。なんとも数分前に「便利だ」と思ったことは多少撤回しなければなりませんね。
ボコッ、ボコ……。
妙な音が聞こえたので視線を向けると──隣の水槽で眠っていた女性が目覚めたのです。
長い髪がゆらゆらと揺れて、見開いた瞳はエメラルドグリーンよりも輝いていました。肢体の発育はよく外見は二十代、豊潤な胸、くびれた腰回り、白い肌、十三体の中でもっと美しい人だと断言できます。おとぎ話に出てくる人魚姫を彷彿させるお姿でした。
──んんっ。ここは……。
頭の中で声が聞こえました。
鈴のような優し気な声に、私はドキリとしながらも話しかけてみることにしてみました。
──ええっと、ここは工房です。唐突な質問ですがエーティン様の記憶や、魔術的な知識などありますか?
──エーティン自身の記憶ならあるわ。でも、それ以外は……ないわね。
──そうですか。
目覚めて早々、しっかりとした口調、大人びた雰囲気。
本当に私と同じ工程で製造されたのでしょうか。それに彼女は自分がエーティンの生まれ変わりだと、認識しているようです。私とは大違い……。もっとも、製造過程でエーティン様の魂が使われたのですから、生まれ変わりというのは、合っているのではないでしょうか。
──ん?
という事は、これもう彼女がエーティン様の生まれ変わりで決定ではないでしょうか。どう考えてもエーティン様として、選ばれる要素があります。私なんて──体つきは貧相だし、記憶にある王妃の美貌には遠く及びません。
もはや月にすっぽんレベル。これはお払い箱確定でしょう。
──はあ。
私は軽く落ち込みながらも、死の運命から逃れるべく思案を巡らせることにしました。