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怪物のいる街  作者: こうみ
鬼と異形
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第一話


 学校の予鈴が鳴るに伴って、日向は荷物をまとめて教室を出た。友人に曖昧な返事をしたのち、一目散に向かったのは東堂の営む店だった。うろ覚えな記憶を頼りに進み、大通りから外れた閑静なところにその店を発見する。

「これが入り口? お化け屋敷みたいね……」

 店の前にはガラス越しに、客人を妖艶な瞳で手招く二体の人形がある。その間をくぐり、日向はおそるおそるなかへ入った。来店を知らせる鈴が鳴る。すると、奥から煙管を手にした東堂が出迎えた。

「ようこそ、日向。私の店へ」

「こんにちは」

 日向は改めて入る店内をぐるりと見渡す。机上や棚、壁を彩るものはすべて、人や動物などの造形物。可愛らしいものや凛々しいもの、奇妙なものまである。大小さまざまなそれのうち、日向は掌よりも小さい人形を手にとった。

「可愛い」

「気に入ったかい?」

 東堂がカウンター席から立ち上がって、日向に歩み寄った。

「はい。これ全部、東堂さんが作っているんですか?」

「そうさ。でも、青月が作ったものもあるんだ。あれが、そうだよ」

 東堂が指さす先にあるのは、日向よりも一回り大きい人形だった。作りものというより人間さながらである。和服に身を包み、両手は前で重ねられていた。

「失敗作だと彼は言った。だが、一人に作ったにしては上出来すぎるものだよ。充分出来ていると言ったら彼は、『戦わせることができない』と壊そうとしたんだ」

「そういえば青月さんは、人形を操っていた……どうして、あんなことが」

 日向の疑問に先回りをして、東堂が答えた。

「青月の家系は代々、存在するものを操る能力を授かるそうだ。不可視の糸、つまり肉眼では見えない糸で人形を自由自在に操ってみせる。詳しいことは、本人に聞くといいよ」

 青月がどうやって鬼や異形と対峙していたのか。しなやかな指を滑るように動かし、人形をひとつの武器としていた。動揺のあまりぼんやりとしか思い起こせないけれど、日向のあたまにはそう残っている。

「普通、じゃないのかな」

「いいや。それは違うよ。生あるものは、姿かたちが異なろうとも、それぞれにとっては普通なんだよ。人からみれば鬼は奇妙な存在だが、鬼たちのなかではきみの言う〝普通〟だよ」

 穏やかな声音で語り、東堂は煙管を口に運ぶ。紫煙を吐いた。

「鬼も人も変わらない――あ、そうだ。東堂さんに聞きたいことがあるんだった」

「おや? それはなにかな、楽しみだ。立ち話もなんだから、奥へおいで」

 店の奥へと話し場所を移す。向かい合ってソファに座り、麦茶と紅茶を挟んで本題に入った。

「はじめて異形に襲われたときに、気付いたんです。鬼とか知らない、無関係だって思っていたんですけど、急にそうじゃない、知っているってなったんです。なんていうかこう、忘れていたものを思い出したというか」

「なるほど。きみがしばしの間忘れていた記憶が蘇ったということか」

「たぶんそうだと思います。でも、具体的にはわからないんです。その記憶が、どんな内容かわかりません。でも、鬼と関係しているのは確かです。確かに私は昔、鬼と……」

 会っていた、と言いかけて頭痛が襲う。そしてふと、その会っていた鬼と眼前にいる東堂とが重なった。

「鬼と、どうしたんだい?」

「いえ、なんでもありません」

「そうかい。しかし、私にもわかりかねる。きみがどこでどんな鬼と会っていたのかわかれば、手伝えるかもしれんが」

「すみません。もっと詳しくわかったらいいのに」

「焦ることもないだろう。ゆっくり思い出せばいい」

「そうですね」

 話に一区切りがつくと、東堂がそうだ、と言った。

「霧生くんから聞いたよ、きみの決意」

 ぼっと日向の顔が真っ赤になる。

「あ、あれはなんというか! 霧生さんが言えっていうからつい、出てきた言葉を言っただけで、そんな、……」

「恥ずかしがることないじゃないか。立派なことだと思うよ? 私の弟子たちはすぐ敵を倒すの一点張りでね。きみみたいに人を想う心を口にする人はいないんだ。胸を張っていなさい」

「はい。努力、します」

「うんうん、それでよし。厳しい道のりになるかもしれないけれど、頑張ってね」

「わかりました」


     ×


 異形とは、人間が鬼に憑かれたすがたをした者を示す。人間が持つ負の感情を好む鬼が、その隙に入り込み、人間の形を変えるのだ。意思の疎通は皆無である。異形を元に戻すことも不可能であり、異形を倒すことは人を殺めることといえる。いつ現れるのかわからないそれは、怪談話程度で人々に認知されていた。

 そんな得体の知れないものと戦える人間は、ごく僅かである。

 皮が破れる音が路地に木霊する。空が紅色に染まり切った時刻のことだ。断末魔とともに、異形が蒸発していった。

「ふう」

 青月は肩の力を抜き、人形をケースの中にしまう。ケースを肩にかけ、見回りを再開しようとしたときだった。

「死体風情が歩くなよ、青月ぃ」

 ぴたりと足を止める。ぐっと眉間に皺を寄せ、声のするほうへ振り向いた。

 嫌悪感丸出しの青月に反して、その男はにやにやと笑う。

「久しいな」

「会いたくなかったよ、津雲川。今までどこでなにをしていた」

 津雲川宗生。鬼退治を専門とする滅鬼師の一人。高飛車な物言いや横暴さが目立ってしまうものの、忠誠心溢れる男である。青月とは長く切っても切れない腐れ縁だ。

「なあに、ここの管轄を離れて総本山に戻っていただけのことだ。どうだ、一戦交える気はないか。上の連中の言葉ばかり相手にしていたからな、うっぷん晴らしだ」

「丁重にお断りする。どうせ説教だったんだろう。お前のことだ、やり過ぎて――」

「燃えろ」

 津雲川の手より狐のすがたをした式神が現れた。狐は炎を纏って突進する。

 青月は人形を出すことなくそれを回避した。

「口を慎め、青月。私はやれと言われたことをしているだけに過ぎん」

「それをやりすぎて横暴扱いされているんじゃないか」

「灰にされたいか、人形が」

 津雲川が右手に力を込めると、妖気が付与される。そして炎のごとく輝く。

「待ってくれ。俺はやる気なんてないんだ。このまま帰らせてくれ」

「ちっ。まあいいだろう。ではな」

「二度とその顔を見せないでくれ」

 ふたりは互いに背を向け、踵を返した。


      ×


「あの、東堂さん」

 口に麦茶を含んだ日向が、ふと問うた。

「滅鬼師たちはどうやって戦っているんですか?」

「ふむ、きみにわかやりやすく言えば、ここを使っている」

 東堂は咥えていた煙管を胸に添える。同じく日向も、手を胸に置く。

「ここ? もしかして、自分の命?」

「察しがいいね。端的に言うならそれだ。滅鬼師たちは精神と肉体を極限まで鍛えた強者ばかり。そんな彼らは、自らの生命を削り、妖気を生み出して戦う。自分の身体に付与するのが基本だ。一番やりやすいからね。慣れてくれば、こうやって――」

 東堂の持っていた煙管の先端に、妖気が付与された。爛々と金色に光る。

「うわあ。すごい」

「こうやって物に付与することができる。だいたいみんな、愛用している物を使うよ」

「なるほど、なるほど。でもそれって、その人たちしか扱えないものなんじゃ。東堂さんも滅鬼師なんですか?」

 わずかなとき、東堂の目が鋭くなった。

 日向に気付かれることなく、すぐにもとの色になった。

「違うよ。昔かじっていた程度だ。知り合いにその職に就いているものがいてね、適当に習っただけさ。教えることはできても、私自身は本業のように戦えない」

「教えること、できるんですね」

 彼女が次になにを言い出すのか悟った東堂は険しい顔つきになる。

「まさか、自分にできないか考えているのかい、日向」

 考えを見抜かれた日向は苦笑する。

「残念だけど、これを使えるのはきみの言った通り、滅鬼師だけなんだ」

「でも、もし使えたら鬼と戦えます」

 日向は身を乗り出した。

「駄目だ。安易に使うものではない。さっきも言っただろう、あれは自分の生命を削る。生半可な気持ちで使用すれば、死んでしまうよ」

「……でも、私」

「戦いたいという意思は受け止めよう。だが、きみは滅鬼師とは違う。きみは学生だ。我々と同じように戦える人間ではないのだよ」

 武器はない。戦い方も知らない。青月や霧生のようにあの恐怖の塊に飛び込んでいけない。東堂の言った戦える人間ではないという言葉に、日向は悔しくも納得する。方法はないかと一考したけれど、あたまを振った。

 かちり、かちり、と針が時を刻んでいく。声なき人形たちが、俯く彼女を見下ろす。

「どうして、そこまでして戦いたいと思うんだい?」

「それは――」

 ふいにまた、忘れていた記憶が掠める。

 なぜ、過去の記憶なのかはわからない。ただ、そこに彼女を戦いたいと望ませる意味があった。眉を寄せ、瞼を閉じ、頭痛を堪えて、その記憶に手を伸ばそうとする。

「鬼が、えっと……」

 あれはなにをしていたのだろうか。そう、食べていた。食べていた? なにを?

「鬼がどうかしたのかい?」

 はっとする。ぱっと目を見開き、肩の力を抜く。

「……わかりません」

「そうか。また今度、聞かせてくれるかい」

「はい。答えられなくて、すみません」

「謝ることじゃないさ。気分転換に、霧生を探してきてくれないか。散歩しているだろうから」

 とぼとぼと、日向は肩を落として街中を徘徊する。せわしなく歩き続ける人の波に逆らって、重い足取りで歩を進めた。角を曲がって大通りから離れる。

 しばらくして顔を上げれば、霧生と出会った。

「おう。どうした?」

「東堂さんにいわれて、霧生さんを探しきたの。なにしていたの?」

 あれ。といって親指を自分の後ろに向ける霧生。その方向を見れば、ぼんやりと映る鬼が道を横切っていった。

 短い悲鳴を上げて、日向は口を塞いだ。

「そんなに驚くことはないって。現に、怖いとかそういうのないだろ?」

 彼の言う通り、悪寒や恐怖心はない。日向は口から手を離して胸を撫で下ろす。

「……なんで」

「鬼が実体化するのは夜だけなんだ。普段はああやってぼんやりとしかわからない。見えているのだって俺たちか滅鬼師たちぐらいだ。だから、人中を歩いても誰も気づきはしない。そんで俺は、迷子になっていたあいつに道案内していたってわけだ」

 迷子。鬼でもそんなことがあるのか。と、既視感を憶える日向であった。

 その鬼を見届けながら、霧生は言った。

「あいつらより、一番厄介なのが異形だ。いつどこで憑くかわからない。滅鬼師たちならわかるみたいなんだがな」

「霧生さんたちはどうやって、見つけるの?」

「こうやって毎日見回りをするんだ。まあ、大体鬼も異形も、夕方から出てくるけどな」

「……夕方」

 その時間帯はまだ、学校に生徒と教師がいるときではないか。もしも学校に異形か鬼が現れでもしたら……。ふるふるとあたまを振って、想像しかかった最悪の状況を忘れる。けれど不安は拭いきれず、日向の心を蝕んでいった。

 すると霧生が、彼女のあたまにぽん、と手を置いた。

「大丈夫だ。お前の友人が喰われるようなら、俺が守ってやる」

「ありがとう」

 日向は感謝をするも、霧生にほんの僅かだけ嫉妬する。

 戦えるから、守ると言える。羨ましい――。

「そうだ。いいところ、案内してやる」

「え、ちょっと」

 霧生に腕を引っ張られながら辿り着いたのは、廃墟ビルだった。コンクリートが剥き出しの丸裸で寒々しい。

 ここに、なにがあるのだろう。日向は不思議に思いながら、霧生の後を行く。

 階段を上っていく最中、霧生がここにきたわけを言った。

「俺の仲間に会わせてやるよ。あと、鬼が怖くないってことも教えてやる」

 そうして連れてこられたのは、鬼たちが集まっているビルの三階だった。

「鬼、ばっかり」

 鬼とひとくくりにしても、見た目はさまざまだ。目が一つだったりいくつもあったり、角も一本だけ、二本だけだったりする。身体つきは人間と同じく一体、一体異なる。そんな存在がわいのわいのと騒ぐ光景を目にした日向は、ぽかんとする。

 慣れた足取りで霧生は、鬼の集団のなかへ入った。

天炉てんろ、今日も賑やかだな」

 天炉と呼ばれた三つ目に一本角の赤い鬼が振り向く。

「ああ、ヨウスケさん。お久しぶりです」

 のそのそと巨体を揺らして近づく天炉に日向は驚いて硬直する。さらにほかの鬼たちまでもがこちらを向いた。日向の心臓が、鼓動を速める。

「ん? そちらの娘さんは、もしやニンゲンですか?」

「そう。日向鈴。生粋の人間だ。鬼が怖いものだって思い込んでいるから、その誤解を解いてもらうために連れてきた。ま、仲良くしてやってくれ」

 ぎょろりと大きな三つ目が日向を正視する。日向はおもわず身を退く。

「ニンゲンさん、おいらが怖いようで」

「そんなに怯えることはないって。ここにいるみんなは、俺の友達なんだ」

「と、友達?」

「そう。俺が半分鬼になったときからのな」

 なんだ、そうか。と納得しかかったときだ。日向のあたまに疑問符が浮かぶ。

「半分鬼って、どういうこと?」

「なんだ、師匠から聞いてないのか。俺、半分鬼なんだよ。半人半鬼だ」

 知らない言葉を耳にした。どう反応したらいいかわかない。

「そう、なんだ……」

「気にすることはない。お前と同じ人間だって思えばいい」

「うん、わかった」

 どんちゃん騒ぎを再開した鬼たちの横にて、天炉がヨウスケに言った。

「ヨウスケさん、あなたの耳に入れたいことがありまして」

「なんだ?」

「おいらたちの中で出回る噂です。近頃、一匹の異形がヒトを食い荒らしているらしいんですが、鬼も襲われたとか。異形とはいえ中身は鬼ですし、同族を食うなんてあり得ないんですがねえ」

 同族を襲うことはない鬼。けれど天炉の口から出たのは、同族を襲う異形の噂だった。

 それを聞いた日向は胸騒ぎを憶えた。ざわざわと、嫌な予感があたまをよぎる。

「異形が増えているのと原因がありそうだな。ありがとう天炉」

「おいら、お役に立てて嬉しいです」

 にっこりと、天炉が三つ目に笑みを浮かべた。

「鬼にだって、人と一緒でいい奴と悪い奴がいるんだ。極端な話、いい奴は天炉たちみたいに大人しくて、逆に悪いほうは、人を異形化させてまた人を襲う。人間の存在を嫌っている鬼もいるってことさ。お前も気をつけるんだぞ」

 ビルを去りながら、霧生が語った。

「人も鬼もそっくりなのね。――ねえ、さっきの、えっと」

「天炉?」

「うん。天炉さんが言っていた異形、探すの?」

「そりゃあな。狩るのが俺たちの仕事なんだし」

 ぴたりと日向が足を止めた。

「私も、手伝っていいかな」

「駄目だ。お前じゃなにもできない」

 できない。はっきり言われてしまった。日向は下唇を噛んで、上がってくるなにかを出さまいとした。

 しまった、と霧生が慌てて声をかける。

「ああ、すまん。落ち込まないでくれ。できないんじゃなくて、あれだ」

 そう、と言って彼は続けた。

「できることを探せ。きっとなにかあるはずだ」

 ぱっと少女の色が明るくなる。

「うん。私、見つける! ありがとう、霧生さん」

「霧生」

「え?」

「さん付けじゃなくていい。年は近いんだし」

「霧生……よろしくね」

 にひひと、霧生は笑みを浮かべた。

「おう」

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