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怪物のいる街  作者: こうみ
邂逅
3/26

第三話

 青月は見回りののち、東堂の店に戻った。東堂の店は、昼間は華やかな歴史を感じさせてくれる。夜は一変して、周囲に明かりという明かりがないため、暗闇に溶け込んで店の実態はよく伺えない。営んでいるのは、人形売りだ。多種多様な人形たちを作り、それを欲しがるあやかしたちに売るという商売をしている。そんな店に住み込みで東堂の仕事を手伝っている青月である。昼は人形作り、夜は鬼狩りの日々を送る。

「戻ったね、青月」

 東堂のいる部屋に入ると、ソファに楽な姿勢でいる東堂が声をかけてきた。

「ただいま戻りました、師匠」

 青月は東堂の前に座る。

「おかえり。彼女は?」

「家に、帰りました。すぐ近くだったので」

「そうか」

「異形と一体遭遇しました。それで彼女、なにか思い出しかけていました」

「ほう。興味深いね」

「明日にでも、あなたに聞きにきますよ」

「それは楽しみだ」

 東堂は、湯呑みに入っている茶を口に含む。愉快げな顔色になった。

「お前のことだ。すぐに追い返すと思ったが、すんなり受け入れたな」

「断る理由は、ありませんでした」

「それだけか?」

 その言葉に、青月は言葉を詰まらせかける。すぐに「はい」と答えた。

「ふむ。お前があの辺り――あの子がよく通る道を見回るようになったが、それは理由になるのではないのかね?」

 ぴくりと、青月は反応した。見抜かれてしまった。

「さすがですね、師匠」

「くっくっく。弟子のことぐらいわかるさ」

 青月は夜の挨拶をして、東堂の部屋を出た。二階にある自室へと入り、髪を束ねていた結いを外して、ベッドに寝転んだ。艶のある女性さながらの髪が、シーツに広がる。

 天井を仰ぎながら、日向鈴のことを思考する。人見知り、怖がり、臆病。それでいて、鬼が見える。異形と遭ったときの彼女の様子から、過去に鬼と関わっているのは確かだろう。ただの女子学生ではなくなった少女が、青月や東堂のいる世界へと踏み込もうとしている。

「死なせたりはしない……絶対に」

 ぽつりと呟いて、青月は服を着崩す。

 ゆっくりと深い眠りに落ちていった。

 翌日。

 眠気を振り払ってベッドから起き上がり、姿見の鏡の前に立った。白いシャツに黒いパンツと少しだけ跳ねている黒髪すがたの自分が、そこに映る。ぼうっと向き合ったあと、着崩した服を整えて下へ降りる。

「おはよう、青月」

 事務机に座ったまま、東堂が挨拶をした。それに会釈をする。手櫛で髪をまとめ、いつものように束ねる。人形が棚のところから見下ろしてくるその部屋を抜け出して、青月が使う作業場に入った。電気をつけ一室を照らす。

「……」

 棚や机といったものには、ほとんど作業道具か作りかけの人形と人形の模型が置かれている。まともな片付けをされたことのない部屋は、ごちゃごちゃしていた。けれど、奥のガラスケースには、美しい着物に身を包んだ一体の女性の人形が飾られている。丁寧に保管されており、周りには物ひとつない。青月は、その人形に近づいた。

 女性の人形は、赤を基調とした着物を着せられている。着物には、華麗に咲く花が装飾されていた。壁に背をつけ、膝の上に両手を添えている。脇には一本の刀があった。人形とは思えないほど麗しいすがたの目は、慈愛に満ちている。青月はほころぶ。

「今日も綺麗だね、紗耶」

 その言葉に、返事はない。

「まだ、きみをここから出すときじゃないんだ。だから、もうしばらくここにいて」

 彼女を撫でるように、青月はガラスにそっと触れる。そして、すぐにケースを覆う幕を下ろす。気持ちを切り替えて、その一室を出た。

 いってきます。黒いケースを持ち、店を出る。

 そして向かった先は、日向が通う私立高校が一望できるビルの屋上だ。ケースを柵にもたれさせ、自分も腕を組んで柵の上に置く。学校では、通学してくる生徒たちが挨拶を交わして校門をくぐっていた。たくさんの生徒の中から、青月は日向を発見する。遅刻をせず、友人たちと談笑しながら通学している。そのすがたを見て、ほっとする青月であった。

「はっは~ん。あいつが日向鈴か」

 と、横から声が発せられた。見なくても、青月にはわかっていた。隣にだれがいるのかを。

「んー、かわいいねえ。食べていいか」

「ふざけたら突き落とすよ、ヨウスケくん」

 ヨウスケと呼ばれた青年が、くつくつと笑った。

 柵の上にバランスよく乗って膝を曲げている青年、霧生ヨウスケ。青月と同じく東堂の下で鬼狩りをしている。いわば、青月の相棒のような存在だ。飄々と軽い性格だが、きっちりとした面もある。

「食べねえって。ほかの異形とは違うんだし」

 霧生は、半分だけ鬼の血を引いている。生まれながらというわけではない。不運にも鬼に噛まれ、鬼としての血を注がれたのである。ゆえに、半人半鬼なのだ。鬼の力を使えるが、体力が一気に失うため、本人は使うことを避けている。

「それで、なにしているんだい」

「散歩。あと、見回り。お前は?」

「俺は……」青月は、日向のいる学校に目をやる。「見回りだよ」

「日向を追っているストーカーの間違いだろ?」

 どん。霧生は、鳩尾を強く殴れた。

「いっ……。悪かった、そんなに怒るなよ」

「今度いったら、どうなるかわかっているんだろうね」

 鋭く尖った目で見下しながら、青月がいい放った。

「はい。すみませんでした」

 膝を曲げ、額をコンクリートに押しつけて霧生は必死に謝った。

 学校の予鈴が鳴る。

 霧生が顔を上げて、青月を見上げた。

「なあ、あいつのことどう思っているんだ?」

「どうって」

「俺ら側にきたらあぶねえのに、なにも思わないのかってことだ」

 すっと立ち上がって、霧生は伸びをする。

「別段なにも思わないよ。彼女が決めたことなんだ、俺はなにもいわない。それに、結果がどうなろうと知らないよ」

「おー、冷たいねえ」


     ×


 六限目まである授業を終え、日向はぐっと伸びをした。あとは帰るだけとなり、鞄に荷物を詰め込む。友人と肩を並べて、校舎を去った。

 夕刻。部活を行う生徒とすれ違いながら、学校のグラウンドを横切る。

「あれ?」

 ふと、足を止めた。校門付近に、小さな影がこちらをまじまじと見つめている。人間――ではなく、鬼のようだ。日向が襲われたそれと比べるととても小さく、小学生と同じくらいである。

「リン、どうしたの?」

 友人に声をかけられ、はたと我に返った。

「あ、なに?」

「ぼうっとしてる。なにかいた?」

「え? あ――」鬼がいるといいかけて、さっと口を閉ざした。「ううん、なんでもないよ」

「ならいいんだけど」

 止めていた歩を進めて、ふたりは帰路につく。※

 しばらくしたのち、友人と別れた日向はきた道を戻った。校門前に辿り着けば、まだ小さな鬼がきょろきょろしている。そっと、抜き足差し足よろしく、慎重に近寄った。

 はっと、目が合った。

 硬直する。ピタリと、少しの間だけ二人に流れる時間が停止する。

「あ」

「ひ」

 そして、同時に大声をあげて驚くのであった。鬼は掠れた声で、日向は甲高い声で、叫んだ。それに驚いた周囲の視線が彼女に集中する。それに気づいた日向の顔は、恥ずかしさで沸騰しかかる。鬼はジグザクに走りながら逃げていった。

「あ、待って!」

 鬼を追いかけようと、周囲の視線から半ば逃げるように日向は走り出す。

 鬼の背中を追って来てみれば、いつの間にか賑やかな商店街にいた。

 小さな鬼は角を曲がり、細い路地へと入る。日向も人ひとり通れる道を進んでいく。

 日向は、走りながら鬼を見た。時たまこちらを振り返る鬼のすがたは、実に奇妙なものだった。目はくりくりの大きな一つ目で、肌は深緑色。ちょこっと生えている角が可愛らしい。

「これは、怖くないかな」

 昨夜とは違い、小さな鬼に好奇心を懐く。

 見失わないよう、小さな身体から目を離さなかった。

「おいかけてくる、おいかけてくる。ニンゲン、おいかけてくる」

 鬼はそう繰り返しながら、飛び跳ねたりして角を曲がった。

 彼女も慌てて角を曲がった。目に飛び込んできたのは、小さな鬼とは別の大きな三つ目の鬼だった。日向の全身に、ぞくりと悪寒が走った。さっきまであった自信は恐れに塗りつぶされていく。ただ立ち竦み、小刻みに震えた。動けないまま、浅い呼吸をする。

「……」

 三つ目の鬼は、ただじっとこちらを物珍しそうに観察している。首を傾げて、日向を簡単に包んでしまう手を伸ばした。

「い、いやだ――」

 捕まる。日向は目を瞑り、目の前の恐怖から逃避する。けれど、それは杞憂に終わった。ゆっくりと目を開けると、視界に赤い手ではなく人間の背中がある。竹刀袋を携えて、三つ目の鬼と対峙している。

「ちょっと待ってくれ。こいつのところから離れてくれないか、凱氣がいき

 凱氣と呼ばれた三つ目鬼は、すぐに手を引いた。申し訳ないとでもいうように、頭を垂れる。

 二体の鬼はすっと、すがたを消す。

 鬼がいなくなって緊張の糸が途切れる。日向はすとんと、地面に座り込んだ。

「おうおう、なに意気消沈してんだ」

 顔を上げる。そこには、赤いバンダナをしている青年が立っていた。日向と同い年ぐらいで、上下を動きやすい服装で身を包んでいた。その青年が、手を差し伸べてきた。

「あ、ありがとう」

 手を借り、日向は立ち上がる。

「小柄な鬼のときは平気で、でかいほうは駄目ときたか。別にあいつら、悪い鬼じゃないんだぞ? お前、さては相当のビビリか?」

 けらけらと笑う青年。

「っと、俺は霧生ヨウスケな。ヨウスケは片仮名。霧に生きるできりゅう」

「私、日向鈴。日付に向くでひゅうが。風鈴の鈴でリンだよ」

 日向の名前を聞いた霧生は、まじまじと彼女を眺めた。

「な、なに? 私になにかついてるの?」

「なんも。そのうさぎの耳みたいに立ってやがるアホ毛を除く」

「え、ええ!?」

「毟りたいな」

「癖なんだから仕方ないの!」

 初対面でこんなこと、いわれたことない。日向はそのアホ毛を手で押さえる。

 と、ようやく落ち着いた日向にまた、背中を撫でる寒さが走った。鼓動が早くなる。

 日向を庇うように霧生が刀を構えて、眼前を睨んだ。鞘からわずかに刃を覗かせて、警戒心を強めた。

「次から次へと……」

 日向の足裏に、振動が伝わる。なんの振動かは予想できた。先ほどの三つ目鬼を見たときとはまったく違った恐ろしさを感じる。あれは、あの角からすがたを現すのは、異形だ。異形が足音を立てながら、その異彩な格好を現した。

 それを目撃した霧生は、刃を抜いて地を蹴った。先手を取らせまいと、異形の懐に潜り込んだ。異形の急所である胸部を狙おうと刃を突くも、寸でのところで交わされた。異形の変形した腕が、霧生を殴りかかろうと振るわれる。それを刃で受け流して、霧生は後退した。そして、迎撃へと向かう。

 そんな光景を目の当たりにしている日向はというと、ただ呆然としていた。ありえないことが起こっているせいか、理解ができない。自分と変わらない人があのおぞましいものと戦っている。日向は、なにがなんだかわからなくなっていた。

「こんのやろ」

 一方霧生は、変わらない戦況に苛立ちを含んだ笑みを浮かべた。一歩を踏み出して、手に力を籠めた。自分を殴らんとする腕を、刃で弾く。一瞬だけできた相手の隙につけ込む。刃を垂直にし、異形の胸部目がけて勢いよく突いた。溢れ出てくる黒い泥の吐き口となる胸部から刃を離してから、もう一度急所を攻撃する。

 奇声を発して、異形が蒸発していった。

 霧生は刀を鞘に戻し、袋の中へ入れる。

「お、終わった」

 緊迫した中で溜まっていた息を、日向は一気に吐いた。

「おう、今度は気絶しなかったのな」

「そう何度もしないよ」

「嘘つけ。めちゃくちゃ怖がっていただろ」

 ぷくくく。霧生が手で口を押えて、嘲笑する。

 恥ずかしさと怒りが、日向の顔を真っ赤にした。ぷくりと頬が膨らむ。

 その顔に腹をよじらせた霧生が、すぐに真剣な面持ちになる。

「おかしい」

「え?」

「おかしいんだって。俺、鬼狩りして長いけど、こんな連続して鬼と異形に遭ったことないぞ」

 霧生のいうことがなんなのかわからない日向は、小首を傾げた。

「どういうこと?」

「鬼も異形も、絶対に同じ種を喰ったりしない。同族喰いはしないんだ」

「それと連続して遭うっていうのとは、関係ないんじゃ?」

「ある。同族喰いをしないってことは、同じ場所に現れる確率が低いはずなんだ。だけどさっきのは、偶然にしてはおかしいんだ。これは、東堂さんに報告だな」

 霧生が東堂のもとへ行こうとしたそのとき、

「待って!」

 日向が霧生の竹刀袋を引っ張った。霧生は、がくんと仰け反る。

「なんだよ、もう用はねえんだ。帰らせろ」

「待ってってば。私、さっぱり意味がわかんない!」

「わかないんなら東堂師匠に聞けって」

「え? 東堂さんを知っているの」

「あー……」霧生は、面倒臭そうな色になる。「説明めんどい。いろいろ省くけど、俺、青月と同じく東堂さんのところに居候中」

「つまり、青月さんと仲間なの?」

「そう」

「へえ。じゃあ、一緒に……あんな怖いのと戦っているんだ」

 日向の脳裏に、昨夜の光景がよぎる。ただ立っていただけの彼女とは反対に、青月は人形を操り、戦っていた。今も目の前にて、年の変わらない霧生が刀を手にして鬼と対峙していた。しかし日向はまたしても、恐れに打ち勝てなかった。悔しくなり、表情を曇らせる。

 見かねた霧生が日向のあたまをくしゃくしゃと撫でた。

「なにもできなかった、なんて思っているならお門違いだ。あれと普通に戦えているほうが異常なんだ。怖いのが普通だって」

「……でも私、手伝うって東堂さんに言った。だけど昨日もさっきも、突っ立っていただけだし。このままじゃ、嘘になっちゃう」

「別に、武器を以て真正面から敵を倒すのがすべてじゃない。情報を集めたり、潜入したり、誰かにやらせたり――って、さすがにできないか」

「ちょっと無理があるよ……」

「ああ、落ち込むな! そうだな、そう。まずは目的を持てばいい!」

 びしりと霧生の人差し指が日向の鼻先に向けられた。

「目的?」

「俺や青月さんのいる場所に立った以上、ただ手伝うだけじゃなんもできない。具体的な目的を――いや、決意を今ここで言え!」

 決意。語気を強くして言われたそれが日向の心を揺さぶった。そして自然と、少女は決意を口にする。鬼。異形。人。戦う。怖い。武器でなくてもできること――。

「私は――救う。あの怪物たちに縛られている人たちをみんな、助ける」

 少女の確固たる意思が告げられた。

 それをしかと耳にした霧生は微笑んだ。

「おう。危なくなったら、俺が守ってやる」

 青年の拳に、少女の色白い拳があてがわれる。

 それは、夕日が地平線に沈みきった時刻のことだ。

 ひらひらと手を振り、霧生は街中に去っていった。

 ひとりになった日向はというと、拳を空に振り上げる。

「絶対、絶対に逃げたりなんかしない。今度こそは、変わるんだ」

 

     ×


 からんからんと、ドアの開く鈴の音が聞こえた青月は、呼んでいた本から視線を外す。

「よう。お前が心配している日向と会ってきた。決意を言えって言ったらあいつ、なんて言ったと思う?」

 言いながら霧生は、青月の座るソファに腰かけた。

「さあね。俺にはわからない」

 再び読書に戻ろうとする青月を、霧生が遮る。

「聞けって。日向のやつ、〝鬼に縛られているみんなを救う〟ってはっきり言ったぞ」

 無色が、関心の色になった。

「ふうん。あの臆病な子がそんなことを口にしたなんて、にわかに信じがたいね。きみが言わせたんじゃないの、ヨウスケくん」

「馬鹿。俺がそんなことするかよ。――だけど、大丈夫なのか。俺たちと同じ場所にきたからには、生半可なままなら怪物に喰われるし、死ににくるようなものだろ。守ってはやるが、限界があるだろうし」

「あれ、もしかしてきみ、あの子のことが好きになったのかな?」

「はあ!? そ、そんな風に見えるか? 目が腐っているだろ、青月!」

「人の目に敏感なきみがやけに興味津々だからね、そう見えてもおかしくない」

「きょう、興味があるだけだ! ニンゲンなんて嫌いだ」

 思いきり図星を突かれた霧生はわずかに赤くなった顔を隠しつつ、部屋を飛び出す。

 彼のすがたがなくなり、青月は文字の羅列を目で追った。最中、日向の意思を復唱する。

「救う、か。なら……俺も救ってくれるのかな」

 それは淡い期待か。それとも叶うものか。

 曰く、神のみぞ知る。


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