第六話
翌日の午後、再びみなが顔を合わせた。各々が得た情報を順番に言っていく。
「霧生にはさっき言った通り、津雲川と安倍秋が東堂にやられた。口封じか、使えなくなったから捨てたか。はたまた再利用かはわからないけれど、これは事実と見ていい。おそらく、昨日の夜に実行されたはずだ」
昨日の夜、という単語に黒鋼と暁華が反応する。ふたりは暗い表情になった。それを見逃さない青月ではない。
「その様子だと、ふたりは神道会総本山にいたのかな?」
語気を強めて問われる。暁華がゆっくり口を開く。
「いや、いたにはいたんだが、その時間帯ではない。夜にはもうこちらへ帰っていた。くそ……もう少し滞在していれば、防げたのか」
暁華が悔しげに歯軋りをした。
「仕方がない。それに、俺たちがいたとしてもあの人は津雲川と秋を手にかけただろう」
「だがっ!」
「はいストップ。過ぎたことは気にしない。ところで、どうしてふたりはそこにいたんだい。まさか、りんや東堂久々津の正体を探っていた、とか?」
じろり、と青月が睨む。しばし黙っていた黒鋼が、観念する。
「お前の絶対零度の眼差しは怖いな、相変わらず。ああ、そうだ。俺と暁華はりんと東堂師の情報を集めていた。なにもしないと言ったが、じっとしていられなくてな」
日向と霧生の顔がぱっと明るくなる。
「黒鋼さん、暁華さん、協力してくれるんですね!」
「よかったぜ、ふたりが敵にならなくてよ! 集めた情報、はやく教えてくれよ」
「そう急かすな、霧生。順を追って説明するぞ」
黒鋼はこほん、と咳払いをする。
「十五年前まで話は遡る。ナナシこと津雲川りんは生まれつき鬼が見える子だったので、神道会側が将来の滅鬼師候補として保護した。箱入り娘同様に育てられたそうだ。このとき、教師だったのが東堂師だった。初めこそしっかり指導はしていたそうだが、ある日、ふたりがいなくなった。すぐに戻ってきたものの、りんが半人半鬼になっていた。東堂の仕業と判明した瞬間、組織は東堂師を追放した。そのとき、りんも一緒に去ったそうだ。空いた席を埋めるように、りんの兄津雲川宗生が幹部の座についたんだ。……これ以上は話さなくとも、青月ならわかるはずだ」
「組織を抜けてから、俺のフィアンセを奪ったのか。ちょっとむかつくね」
「……そのちょっとが本当にちょっとであることを祈る」
「ふっふふふ。いいよ、続けて」
「……はいよ。話を戻すとだ。それから五年が経ったとき、この街に異形が現れはじめた。原因は言わずもがな、半人半鬼になったりんが食事のために街へ出てきたからだ。東堂は止めるどころか、そうするよう仕向けた。結果、鬼の力に耐えられない一般人は異形と化して、数を増やした。まれにりんや霧生のような半人半鬼もいたそうだが、神道会が保護したのち、適切な処理をしたそうだ。そういや霧生、お前がそうなったのもその頃じゃなかったか」
霧生は記憶の糸を辿る素振りを見せた。
「俺の年から数えるから――ああ、そうだぜ」
「その頃は半人半鬼も、ヨウスケくんとりん以外にもいたんだね」
「ああ。神道会の記録によれば、数こそ十にも満たなかったようだが、いたのはいたらしい」
「へえ! 会ってみたかったなあ。いやでも、ちょっと複雑だな。異形に襲われたわけだし」
「悪いが霧生、お前の望みは叶わないぞ。神道会の調査では、半人半鬼はりんとお前、神道会側が保護している数人しか現在はいないそうだ。残りはすべて、東堂が仲間にしたとよ。ま、東堂側にいた者は、もうお前しかいない」
「なっ……くそ。だいたいどうなったか想像できちまうぜ。俺も、そういうところは見ていないわけじゃない」
だん! 霧生の座っている台がややへこんだ。
青月はひとり、今まで得てきた情報や見聞きしたものをパズルのピースのように思い浮かべてどう繋がるのか、思考を巡らしていた。
半ば不死身となった彼と半人半鬼の霧生やりん。異形と化した一般人。みな変わり者ばかりだ。普通の人間から逸した存在だ。東堂は、ただの人間ではなくそうした者たちの末路を見届けることで、死後がどういったものなのかを確かめていた。東堂が人ではないから、人を人ならざる者にして観察を行っていたのだろう。
「そんなことをしたって、わかりっこないだろう」
どこかにいる東堂へ向けて、青月はめらりと静かに怒りの炎を燃やす。
×
「俺と暁華が神道会で得た情報は以上だ。ほかになにかあるか」
霧生が手を挙げた。日向は彼を見上げ、そして窓のほうへ視線を移した。
「はい、質問。なんで東堂さんがここまでするのか、いまいちわからない。復讐とか、人間をみんな食べるってわけでもなさそうだし」
なにかいる。少し離れたところにある木を登る影がある。
「それには俺が答えるよ、ヨウスケくん。あの人は俺に似て、いや、俺以上に死に敏感で臆病な性格をしている。だから自分の死後が気になって仕方がなかった。そこで、一連の計画を思いつく。あの人は普通じゃないから、もちろん実験に使う素材も普通であってはならない。それゆえ、俺やりんみたいな実験台を作り、利用していた。ま、俺がこうして生きているから思惑通りではないだろうね」
窓際に近づく。はっきり影の正体が目に映る。背中になにか背負っている小さな鬼だ。なにを持っているのだろう?
「そんなことを、あの人は知りたかったのか……だれにも、わかんねえよ」
「そうだな、だれにもわからない。正しい答えがない。死後なんざ、その人の生き方次第でどうとでも変わる。喜んでいるやつもいれば、悲しんでいるやつもいる。そんなところを見たって安心もなにもないだろうに」
小さな鬼と目が合った。すると向こうが背負っていたものを差し出してくる。怪しいものではなさそうだ。
「青月は、その計画を……東堂がしている答えのない答え探しを止めるのか?」
「ああ。今更引けないよ」
折りたたまれた紙が差し出される。受け取りをためらっているうちにそれは窓の隙間に挟まれた。小さな鬼は手を振ってどこかへ消えた。日向はおそるおそる紙を引っ張り出して、広げた。紙には短い文章が達筆に書かれている。
「暁華、きみには少し複雑かもしれないが、やらせてもらう」
「ふん、私をバカにしないでくれ。尊敬する人が間違った道へ行ったのなら、正すべきだ。東堂師は道を踏み外した。私では力不足だが、青月ならできるだろう?」
「きみの期待は裏切らないさ。――ところで、さっきから鈴はなにを読んでいるんだい?」
唐突に声をかけられ、びくりとする。その合間に持っていた紙は取り上げられる。
「えっと、なになに……って、これは!」
「〝こちらの準備はできた。今日の午後九時、私の実験室へ来い〟か。果たし状なんて初めて送られたよ。挑発されている気分だなあ。ちょっと、むかつく」
「お前のちょっとはちょっとじゃないだろって。んで日向、それどうしたんだ」
「さっき、小さい鬼が持ってきたんです。いなくなっちゃいましたけど」
暁華が窓を開け、辺りを見渡した。
「もう後は追えないだろう。おそらくあの人が手懐けた鬼だな」
青月は果たし状をびりりと数枚に破り、机に置いた。みな、あっと声をあげた。
「なに、みんなして俺を見て。ああ、これ? 別にいいだろ、いらないんだし」
果たし状を送った本人がここにいなくてよかった。そう思う日向たちであった。
破られたそれの通りならば午後九時までの七時間は敵襲なしと判断。指定された時間に、指定された場所で落ち合う約束を交わしたのち、解散する。
時間があるというわけで、日向はとある話を青月に持ちかけた。
「よかったら、私の家に来ませんか?」
それが彼にとってどういう意味か、だれに会うのか、わからない彼女ではない。
しかし、会わせたかった。どうしてもふたりを会わせたかったのだ。
気乗りしない青月を連れて、日向は帰宅した。
「おかえりなさい。――あっ」
彼女と目が合って反射的に逸らす青月だった。踵を返しかけたけれど、日向がそうはさせなかった。彼の手を掴んで、養母の手を掴んで、家のなかへ移った。
戸惑うふたりを向かい合わせでソファに座らせる。
日向はまず養母真里に、
「ただいま、お母さん」
帰ってきた挨拶をする。それから青月へ、
「無理矢理連れていきてごめんなさい。でも、会えないままにしたくなかったんです」
そう告げた。
決戦までの時刻に敵襲がないならば、だれも邪魔立てしないだろう。青月に真里と会ってもらうには今しかない。最後になるかもしれない。青月の戦いの妨げになるかもしれない。しかしそれでも、壊れたままの友情を放っておけなかった。美月紗耶が彼らを引き寄せた。今度は自分の番だ。美月紗耶の血を引く私が、もう一度ふたりを引き寄せるんだ――。
「それじゃ、ごゆっくりどうぞ!」
お邪魔虫は退散、退散。日向はふたりを残して、リビングから自室へ。
「ちょっと、鈴」
「待ってよ、鈴」
その声を振り切り、二階の自室に入った。
ふたりがなにを話すのかはわからない。もしかしたら思う通りに友情を修復できないかもしれない。心配半分、期待半分な日向であった。
「この日を最後にしないでくださいね、青月さん」
×
愛娘の意図が読めた。けれども青月は、下を向いて無言を貫く。
東堂との因縁にもうすぐ決着がつく。因縁を断ち切れたらまた会えるだろう。断ち切れなかったらこれが最後になるだろう。日向は最後にさせないために彼をここへ連れてきた。戦いの妨げになるプレッシャーは感じていない。むしろ刃がさらに研ぎ澄まされたような気分になっている。この場をこのまま沈黙で終わらせるのはせっかくの機会を無にする行為だ。なにか話題を持ちかけなければ――。
「久しぶりね。こうしてふたりきりで会うのは」
声をかけられて反射的に顔をあげる。ぱちりと目が合った。逸らしかける。視線を戻す。
「そうだね。うん」
ぎこちない態度に、真里はくすりと笑う。
「緊張しているの? 実は私もなの。ずっと会っていなかったからかなあ」
「あの日以来、だよね」
「うん。紗耶がいなくなった日以来ね。ふたりともどこかに行ったきりだったし。私だけ置いてけぼりにされたみたいで、ずっと寂しかったのよ?」
「ごめん……いろいろあったんだ」
「謝らなくていいのに。ちょっぴり寂しかっただけだから」
「いや、謝らせてくれ。あのときの俺はどうかしていた。紗耶がいなくなってあたまがおかしくなっていたんだ」
「……黎くん、自分を責めないで。あれは事故だったんだから! たまたま、神様かなにかが紗耶をあそこへ呼んだのよ。それだけなの。だれも悪くないわ」
「それでも、俺があのとき忘れようなんて言わなければばらばらにならなかっ――」
ぱちん! 真里の平手打ちの音が響いた。
「だれも悪くないって言ったでしょ。自分を責めるのだけはやめて。あなたの悪い癖よ」
「真里……きみ、泣いているのか」
はっとした彼女は顔を隠してソファに座り直した。
「思い出しちゃったみたい。ごめんなさいね。ほっぺた、大丈夫?」
「俺のほうはいい。きみこそ、大丈夫かい?」
「うん。久しぶりにあなたと会って話をしたからかしら、いろんなもので胸がいっぱいなの。学生時代のこと、紗耶のこと、あの日のこと……忘れかけていた。だけど今、いっぱいあたまのなかに流れてきたの」
青月は彼女の隣に移ってそっと抱き寄せる。
「紗耶はいない、宗くんもどこにいるかわからない。もしかしたらもう昔みたいに戻れないんじゃないかって思ったわ。一度はばらばらになったけど、あなたはきたわ。あんなこといっていたあなたが、一番にね」
友の涙を、男は親指の腹で拭った。
初めのときにあったぎこちなさはもうどこかへ吹っ飛んだ。再会の喜びが彼を微笑ます。
「ありがとう、黎くん。待っててよかった。きっと昔みたいに戻れるって信じてた」
「もうきみをひとりにはしないよ。絶対に」
壊れてなどいなかった。離れ離れにはなっていたけれど、ひとりの友が想い続けたからこうして出会えた。愛娘の言う通り、そう簡単には壊れない。なにがあっても、かたく強くある。そう実感する青月だったが、心の隅では複雑な気持ちを抱えていた。四人いた友も、今や自分と真里のふたりになってしまった。津雲川がいなくなった事実をどう伝えるべきか、悩む。
それからふたりは談笑する。青月から話せるほとんどの内容は鬼や異形といった怪物たちとの戦いばかりなため、真里が話して彼が相槌を打つことが多かった。そんななか、やはりというべきか、真里が津雲川はどこにいるのかと問うてくる。さて、どうする?
「知らないのならいいのよ。気になっただけだから」
「知っては、いるんだ。ただ、……」
言いよどむ。青月の顔から悟った真里は、悲しげに笑んだ。
「いいわ。無理をして言う必要ないわよ」
「彼は、もういないんだ。紗耶のところへ……行ったよ」
友の絶句する表情から目を逸らした。
「そう、なんだ……」
「もっとはやく、教えたかったんだけど」
「いいの。あなたがいるんだもの、もう寂しくないわ。みんなが揃わないのは残念だけど、思い出は生きているわ。忘れても、この街が憶えてくれている。ここは私たちの青春が詰まっているんですものね!」
「そう。俺たちのなかで生きている。想い続けた分ずっと、生きていられる。――それでお願いがあるんだ」
「なあに?」
「俺もこれが、この時間が最後になるかもしれない。だから――」
「忘れないわ。友達を忘れるなんて残酷なことはしない」
ああ。ああ、その言葉がどれほど勇気をくれることか!
戦って死す恐怖よりも戦って未来ある世界へ行く意思が勝る瞬間だった。
「あなたが私の知らない世界で戦っているのは、あなたを見ていればわかる。宗くんもそうだったのかもね。なにも言わずに行っちゃったのは、あなたと同じだったからかしら」
「同じ、だったさ。戦っていたんだ、守るために」
「世界って不思議。私がのんびり暮らしているとき、ふたりは必死で戦っていたのね、私じゃ見えないなにかと。宗くんが守るためなら、黎くんはなあに?」
なんのために戦うか。答えが導き出されるまで時間を割く必要はなかった。
「愛娘のいる世界で生き、紗耶が生きたかった世界を歩むために」
彼の志を、真里は聖母マリアのように微笑んで受け止める。
「あなたらしいわ。がんばってね」
「もちろんだとも」
あら、もうこんな時間。夕飯を作らないと。そうだ、黎くん食べてって、久しぶりに。ご馳走になるよ。それじゃ、鈴と三人で夕飯にしましょう。
二階へ降りてきた日向はふたりの見えない陰で小さくガッツポーズをする。
そのすがたを見ていた青月と真里は顔を見合わせて笑む。
「いつからこんなこと思いつく子になったのかしらね」
「成長したんだよ」
「お養母さん? お父さん? なにか言った?」
「なんでもないわ」
「なんでもないよ」




