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怪物のいる街  作者: こうみ
青月
20/26

第一話

 ナナシが去ったことで異形の数が減っていった。増えることはせず、すがたを消していく。時を同じくして鬼たちも、人里よりその影を潜める。月日が流れていくにつれて、怪物の存在は街から薄れていった。〝鬼がいる〟という都市伝説はいつしか、人々の口から囁かれなくなった。一部を除いて、鬼の存在を知る者はもういない。

 少女りんとの戦闘から一か月が経った。東堂が経営する店のドアが、心地よい鈴の音を響かせ開かれる。

「青月さーん」

 名を呼ばれて、青月は作業を止めた。来店したのは、久しぶりに顔を見せる日向であった。

「おはようございます」

 日向は丁寧に挨拶をして青月の作業場に入る。青月は歓迎し、作業台へ彼女を手招きする。

「わあ、また人形作っているんですね」

「時間が前より空いたから、暇でしょうがくてね」

 青月は肩を竦める。怪物がいなくなったため、彼の仕事はもうないと言ってよかった。異形の残党狩りは黒鋼と暁華、そして鬼断師が行っているのだ。時たま出ていくこともあるが、数えるほどである。時間が空くようになったので趣味である人形作りに没頭していた。

「もう、人形を使って戦わないんですか?」

「そうだね。このままなにも起こらなければ、そうなっちゃうかな」

「……じゃあ、もう全部終わったんですね」

 首を横に振りかけてやめた。彼女をこれ以上巻き込まないためだった。彼女のなかではもうすべてが終わっているのだから、ノーと答えるわけにはいかない。青月は日向を横目に、ナナシこと少女りんとのあの日を回想した。幼き子を倒し――否、救って、美月紗耶の仇を討った。日向鈴にとってそれがすべての終わり、しかし青月にとっては通過点にすぎない。まだ、この手でやらなければならないことがある。待っているだけでは、事は起きない。

「青月さん」

「なに?」

「本当は、青月さんがナナシを倒したかったんじゃないですか?」

「本音を言えば、俺自身の手で葬りたかった。やっと復讐が果たせる機会が巡ってきたからね。でも、俺がやったところであの子は救われていなかったよ。後味の悪い結果になっただろうし。きみの判断は正しかったんだよ。あの子の本心と向き合って決めたんだろう? 俺にはできないよ」

 青月は作業を再開する。人形の胴体と作業道具を持つ。

「あのときは、無我夢中で。りんを救いたいとしか考えていませんでした。一体だれが、りんをあんな風にしたんだろう」

 日向が顔を曇らせる。出来上がったばかりの人形を手に取った。

「ひとり、思い当たる人がいるんじゃないのかい、日向」

「……東堂さんがそんな酷いことをする人には見えません」

「きみには黙っていたけどあの人、ただの実験好きの変人だよ。生物であれ鬼であれ、中身を知りたがる。それでいて人形が作れるんだから、酷いじゃ生温いよ」

 みるみるうちに日向の顔色が悪くなった。初めて知る素顔をイメージしたのだろう。

 青月にも、長く東堂の下にいるが彼の正体は知らない。常人ではなく、柔和な笑みの底には恐ろしい企みがあることしかわからない。死者の復活、人間への鬼の力の付与、いるはずのない異形の誕生と増殖をその男がたった一人でやり遂げた。人間業ではなし得ないことを為したのだから、人間ではないのかもしれないと青月は思っている。

「ん……ごめんなさい、ちょっと気分が」

「ごめん、俺が悪かったよ。そこに座って。なにか淹れるよ」

 珈琲とホットミルクが置かれたテーブルを挟んでふたりはソファに座った。

「もしも、もしもですよ? 東堂さんだったとして、どうしてこれまでのことを計画して、実行したんでしょうか。ただ人殺しを楽しんでいるわけじゃないと思うんですけど」

「さてね。一度死んだ人間を生き返らせてまですることなんて、いくら考えても本人にしかわからないよ」

「……青月さんは、その、普通の人じゃないんですよね」

 自虐的に出た言葉が、彼女をためらいぎみにそう言わせた。驚き、返事に困った。知らないままでいてほしかったけれど、もうそういうわけにもいかないようだと、青月は悟る。ほんのわずかに唇を震わせてそうだよ、と返す。日向は彼を凝視した。驚愕と真実を求める瞳だ。言葉を選んで、ゆっくりと話を始めた。

「俺は無くなった部位を、不気味なほど人間の生身に近い作り物の部位で補ってもらった。部位だけじゃなくて、神経や肉もね。本物と作り物を繋ぎ合わせたらしいよ。そうして、生きた人間と同じ状態でいられているんだ。想像しにくいかもしれないけれど、要は義手や義足をつけているようなものだよ。半分生身の半分作り物で在る俺には、ひとつだけないものがある。わかるかい?」

「……心臓」

 頷く。日向の顔色が悪くなった。さっとホットミルクに手を伸ばし、喉を潤す。

 かなり衝撃を受けている。話をやめようとしたが、続きを促される。青月は彼女の様子を見ながら話を進めた。

「それだけは、あの人にも作れなかったらしいんだ――本当かどうか怪しいけどね。生命の源である心臓がない以上、俺はどちらかと言うと人形に近いかな。心があっても、だれかに作り直された物だからね」

 自分に関する言葉は自虐的になると、初めて理解する。たぶん、黒鋼の前であったら殴られているかもしれない。津雲川の前であったら殴られて燃やされるだろう。

 心臓がないゆえ、壊れはするが死なない身体である。どこかの臓器がつぶれようとも、直せばいいだけだ。かといって、何度も壊れることは許されない。修復不可能までいってしまえば、青月は意識を失って去ることになる。

 カップを唇につけたまま視線だけを上げた。日向は俯いたまま、虚空を見つめている。青月は、彼女の気持ちを慮って話を変えることにした。

「話を変えようか」

「あなたは、人形なんかじゃりません」

「日向……だけどね」

「心臓がなくったって心があるのなら、生きている証拠です。作られた身体でも、私から見れば青月さんは人間です。きっと霧生だって、黒鋼さんだって、暁華さんだってそう言います。自分を人形だなんて……言わないでください」

 ぐさりと胸に刺さった。言葉を返せずにいると、日向が帰ろうと立ち上がった。

「待って!」

 彼女がドアノブに手を置いた瞬間、彼自身も驚くほど大きな声で呼び止めた。とっさだったため、次が続かず気まずくなる。おかしな沈黙を破ろうと、無理矢理話を引っ張り出す。

「ひとつ聞きたいことがある。りんが最後に残した言葉、きみはどう解釈する?」

 ――あなたが忘れていない人、一番近くにいる。今度はその人を救ってあげて。

「私が憶えていなくて、でも忘れていない人だと思うんです。一番近くにっていうのは、私が今まで出会ってきた人のなかにいるって意味で解釈しました。だけど……だれだかまったくわからなくて」

 黒鋼が口にした皮肉が脳裏をよぎった。だれだろう? 俺だろう。俺であってほしい。

「だから私、探そうと思うんです」

「なんだって?」

「一番近くにいて、私が救うべき人を探します。きっと見つけ出します」

 ぺこりとあたまを下げて、日向は行ってしまった。

 ひとりになった青月は静寂にならないよう息を吐いた。

 りんが残した言葉が示す人物が自分自身だとしたら――その可能性が大なのだが――日向は青月を目指す。そして真実にたどり着く。父親が為した愚行、母親のすがたを知ることに。駄目だと首を振りかけて、いや、と否定する。もういいのかもしれない。そのときがやってきたのだ。複雑な気持ちだけれど、もう怖がってはいられない。

 彼が自身を人形だと自虐的にたとえるのは、まだ言えないからだ。思えないからだ。

 そう言わせてくれるのは、人間だと思わせてくれるのはきっとあの子だ。

「待とう。待つよ。きみも一緒に、紗耶」


     ×


 日差しがさんさんと注がれる時刻。

 東堂の店をあとにした日向は、花屋に寄ってからある場所へ足を運んでいた。花束とメモ用紙を片手に、長く伸びる坂道を上っていく。平らな道に出ると目の前に木々に囲まれた墓場が見えた。律華と康介の墓がある。

「二人とも、遅くなってごめんね」

 墓石の前で手を合わせ、自分はもう大丈夫だと伝えた。花を添えて、そっとひんやりとする墓石に触れる。

「ごめんね、律華。でも、もう大丈夫だからね。いつまでも、過去には囚われないから」

 次に、康介の墓石の前で屈む。花を添え、手を合わせた。

「康介、ごめんね。守れなかった。この後悔は忘れない」

 伝えたいことは山ほどある。けれど、日向はあえて短い言葉にまとめた。前にいく、そのことだけを二人に伝えるのだった。

 墓場から出て、ふと山を見上げる。深緑に染まる山には、霧生と鬼の天炉たちがいる。りんがいなくなってから、霧生は鬼たち共にいることを選んで山へと移った。日向はここしばらく彼の影を見ていない。

「いってみようかな」

 日向は坂道を下らずに、山にいくための道に足を向ける。久しぶりに会える霧生のことを思いながら、軽快な足取りで進む。

 山の入口に立つ。くぐると、いそいそと小さな鬼たちが走るのが見えた。歩いて後を追った。先を行く鬼たちが時たま、こちらを一瞥する。手を振り笑んでみる。びっくりしたのか、小さな鬼たちはさっとすがたを隠した。

「あれ、怖がられたかな」

「恥ずかしがっているだけさ」

 すると、耳に馴染んだ少年の声が聞こえた。けれどすがたはない。

「ここだ、ここ」

 一回り大きい木の枝に、その少年がいた。

「霧生!」

「ひっさしぶりだなあ、日向!」

 下りてきた霧生は彼女の手を握った。

「みんないるんだ。いこう」

「うん」

 ふたりは肩を並べて木漏れ日のなかを走った。

 しばらくして、鬼たちが集まる開けた場所にたどり着く。以前訪れた廃墟とは違ってそこが本来いるべきところだと思わせる現実離れした光景だった。新しい世界にいるような摩訶不思議な感覚が少女から言葉を奪った。

「みんな、やっぱり人里よりこっちがよかったみたいなんだ。ここなら人は来ないだろうからって俺が教えたんだ。そしたら気に入ったみたいで毎日お祭り騒ぎさ」

「そうなんだ。確かに、ここのほうがいいかもね」

 霧生が少しだけ握る手に力を込めた。どうしたのかと問おうとしたが遮られる。

「これはこれは、珍しい客人だ」

「天炉さん、こんにちは」

「こんにちは。お久しぶりですね。いろいろ大変だったと頭領から聞きました」

「頭領って? もしかして」

「俺のことだよ。こっちにくる成り行きなんだがな、どうしてもって言われてよ」

「へえ、霧生がリーダーか。なんだかかっこいいね」

「お、おう……」

「頭領、顔がものすごく赤いですよ」

 鬼たちがどんちゃん騒ぎの真っ只中、霧生はするりと繋いでいた手を放す。

「なあ、日向。ちょっとだけ俺の話を聞いてほしいんだ」

 彼の顔を見、彼女は真摯な面持ちになって頷いた。

 日向は地面に腰を下ろし、霧生は膝を曲げる。それから本題に入った。

「俺さ、もう街には戻らないことにしたんだ」

「えっ、どうして」

「まあ、最後まで聞いてくれ。――選ばなきゃいけないんだって思った。あいつを、りんを見ていたら、俺もいずれいつか、ああなってしまうって実感してよ。暴走してだれかを傷つけて、俺の心臓を貫いてくれる人に辛い思いをさせる……そんなのは嫌だ。りんのときの繰り返しになる。暴走しても仲間が止めてくれるなんて甘い考えを捨てたかった。止められるたび仲間を危険な目に遭わせていたんじゃダメだ。だから俺は、半人半鬼って中途半端な俺は選んだ。俺自身が一番怖がっている鬼を、鬼として生きる道を」

 一言一句聞き逃さなかった日向は彼の告白を噛みしめた。

「ごめんな。みんなが嫌いになったわけじゃないんだ」

「謝らないで。あなたが決めたことだもん。それは正しい選択だよ」

「そう言ってくれると嬉しいな。あ、そういえば、まだ返事もらってないな」

「え? ああ、祭りのときの」

「おう。……んで、返事は」

「好き。でも、友達として」

「だと思った。なんだ、あっさり言えたじゃねえか。あのときは顔が真っ赤だったくせに」

「あれはびっくりしたんだもん。だって急に好きだなんて言われたのよ?」

「はは、そうだったな。俺もあのときは顔が熱かった気がするよ」

 くすりと微笑む日向の横顔に、霧生は安堵を憶えた。

「よかった。元気そうで。友達がいなくなって元気がないんじゃないかって心配だった」

「まだ受け止めきれてはいないけど、もう大丈夫。くよくよしないで前に進むよ」

「……前に行くってことは、いつかそのふたりを忘れることになるんだぞ。俺はもう、間違って殺しちまったダチの顔すら思い出せないんだ。お前にだって、その日がくる」

「顔も声もすがたも思い出せない日がくるのは、正直怖いよ。でも、私が一番怖いのは、その人が居たってことを忘れてしまうことなの。だから、私はその人の存在をずっと先まで憶えていたい」

「お前とまったく関係ないやつが、いなくなってもか?」

「関係ない人でも、すれ違ったり会っていたりしているはずだから、記憶に残しておきたい。と言っても、世界中となると大変なんだけどね」

「なるほど。もしかしたらお前が、世界で一番死者を大切に思っているのかもな」

「大げさだよ、世界で一番なんて」

「そんなことないだろ。なあ、どうしてそんなこと言えるんだ?」

「うーん、なんて言うか、生きていたときだけ記憶に在って、いなくなったら忘れるとかが嫌なの。学校で例えるなら、クラスメイトが転校しちゃってそれから名前も呼ばれなくなるのが寂しくてね。ずっと一緒だったんだから、いなくなっても憶えていたほうがいいじゃない?」

「そうかあ。その心があるから、りんも安心して眠ったのかもな」

「そうだと、いいな」

「そういえば、りんが最後に言ったのってだれのことだったんだ?」

「なんとなくなんだけどね、私の両親のことじゃないかなって思うの」

「お前の親?」

「うん。親の顔とか声とかわからなくても、居たってことは忘れていないから」

「じゃあ、探したりするのか?」

「そのつもり」

「お前の親って……いや、がんばれよ。俺も力になるからさ、いつでも呼んでくれ」

「うん、ありがとう」

 顔も声も名前すらも知らない本当の両親を探す。だれに訊くのが一番いいだろうか、と考えながら山を下りる。はぐらかされるのはごめんだ。答えてくれそうな人から訊いて回ろう。何人か思い浮かぶなかから、日向が最初に訊いたのは養子として育ててくれた母親だった。足早に自宅へ戻ったあと、短く告げる。

「お母さん、教えてほしいことがあるの」

 それだけで事足りる。多くを語らずとも、養母は見抜いた。

「あなたの両親のことは黙っているように言われたけれど、あなたはもう十五だものね」

 養母である真里と日向はテーブルを挟んでソファに落ち着いた。

「『この子が幸せであるためには、真実を知らないほうがいい。きみの手で育ててほしい』って言われてあなたを預かった。なんのことかさっぱりだった。でもあとから、私の親友が死んだと知って……それを隠すためだったと悟ったのよ」

「お母さんの親友って?」

 俯いてしばし黙ったのち、真里はリビングを出ていった。数分後、アルバムを片手に戻ってくる。机に広げ、たくさんの写真から一枚を指さす。青年ふたりと少女ふたりが写るそれを。

「この人たちって――」

 ひとりは養母だとすぐにわかった。その後ろにいるむすっとした青年と端正な顔立ちの青年も、少し思考を巡らせただけでだれなのか理解できた。そして、真里の隣にいる少女については、とあるものと重なる。電撃が走った感覚に襲われた。日向のなかで時間が止まった。

 たった一枚の写真は、彼女に真実を教えた。

「その様子だと、だれかと会ったのね。って……鈴? 泣いているの?」

 涙が少女の頬を伝ってアルバムの上に落ちた。ごしごしと拭ったあと、日向は顔を上げる。

「ありがとう、ありがとうお母さん。あの、あのね、あっと……えっと」

「落ち着いて。今は、あなたがするべきことをしなさい。話は、あとでたくさん聞くわ」

「うん、うん。私――いってきます」

 いってらっしゃい。養母の言葉を背に、日向は家を飛び出していった。

 昂ぶっている日向は考えるより先に、行動に移した。あの人を、あれを、よく知るであろう人物と接触を試みた。店はからっぽだった。どうしても今会いたいがため、隠れ家にいた暁華にその人と会えるよう連絡をとってもらった。近くの公園で待ち合わせる約束をし、そこへ向かった。先に着いた彼女はブランコに座り、深呼吸をした。胸に手を当ててみると、心臓がばくばくと脈打っていた。真実がわかった興奮とこれからわかる事実の昂ぶりを象徴している。

 ややあって、エンジン音を耳にする。ヘルメットを外し、バイクから黒鋼が下りてきた。

「黒鋼さん……」

「ストップだ。みなまで言わなくても、その顔見りゃだいたいわかる」

「だったら」

「知ってどうする?」

「あの人を過去から現在いまへ戻します」

「でかいことを言うようになったな、日向。――戻すと言っても、あいつはそう簡単にいかないぞ? なにせ十五年間、復讐だけを考えて生きてきた男だ」

「ですが今は違います。あの人は吹っ切れているけれど、まだ前へ進めないんです。復讐を果たしたけど、まだあっち(過去)に居る。だから、私がこっち(現在)へ引っ張ります。そのためにも、教えてください――美月紗耶さんのことを、青月さんのことを」

 黒鋼は少女を正視したのち、首を縦に振った。ブランコの柱にもたれて、再び口を開いた。

「まずお前に訊きたい。どこでなにがあって、ふたりを知りたいと思ったんだ?」

「私を育ててくれた今のお母さんが、写真を持っていたんです。ふたりを知りたいって……本当の両親を教えてほしいって言ったら見せてくれました。そこに、ふたりが写っていました。青月さんはすぐにわかって、美月さんも……青月さんが津雲川さんと戦っているときに使っていた人形とおんなじ顔だったから。それで、ふたりのことをもっと知りたい、ううん、知らなきゃいけないと思ったんです」

「俺が思っていた以上に、お前は深いところまで知ったんだな。ああ、いいだろう。少し長くなるが、構わないか?」

「はい。お願いします」

「最初は、そうだな――お前が思っている通り、青月が使っていたあの人形は美月紗耶だ。彼女の死を受け入れきれずに、あいつが元の身体の一部を使用して作り上げた。あいつの部屋に大きなガラスケースあっただろう? そのなかにいつも置いてあるんだ。普段は見えないよう覆ってあるがな。

 それから話はずっと昔に遡る。まだ異形の存在が怪談話程度だった頃、ふたりはそれに遭遇しちまった。その襲った異形がナナシ、りんだった。紗耶は即死、青月は心臓を抉られたりしたが東堂師が助けて今に至る。紗耶は青月の婚約者でな、その分あいつのショックは相当だったらしい。あんな風に人形まで作るほどにな。

 ここからがお前が一番知りたいところだろう。ふたりは襲われたが、子供は病院に預けてあったから無事だった。あとから聞いた話じゃ、なんでもその日、紗耶が急に外を歩きたいと言ったそうだ。それで、そういう目に遭っちまった……。今話したことはすべて、十五年前のことだ。嘘偽りのない本当の話だ。もうわかると思うが、十五年前の奇跡的に助かった子供というのは――日向鈴、お前なんだ」

 淡々と告げられた真に、日向は呼吸を忘れて聞き入っていた。

 話が終わると――十五年前の青月と美月紗耶の子供が自分だとわかると、ふるりと身が震えた。実感が湧きあがる。今までのことがフラッシュバックする。両手で自分の身体を抱き、流れるように全身を巡る震えに耐えた。

「日向? 大丈夫か?」

「はい、はい……ごめんなさい、なんだか急に。私、ずっと傍にいたのに気付かなかった」

「そりゃそうだ。あいつはずっと隠していたんだからな」

「もっと、私、はやく知っていれば……」

「いや、それは違う。はやいから良いってわけじゃねえ。今だから、お前は涙を流せたんだ」

「きっと今じゃなかったら、私は青月さんをもっと傷つけていたかもしれません。それこそ問答無用で追い出されたかも」

「俺もそう思うぜ。復讐に駆られた頃のあいつが真実を知ったお前を許すはずないからな」

 すくっとブランコから立ち上がり、日向は黒鋼と向き合う。あたまを下げて言った。

「黒鋼さん、ありがとうございます」

「おう。あいつを、頼んだぜ」

「はい!」

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