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怪物のいる街  作者: こうみ
戦えない
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第五話

 あたまが真っ白になった。我が目と耳を疑った。ナナシが正気に戻り、なにかを愛娘に託したように見えた。しかし途端に理性を失ったかと思いきや、説得していた彼女を襲った。考えるよりも先に、青月は操る人形へ、攻撃態勢に入るよう指示を送った。怒りに任せた白刃の一撃にて、敵の腕を貫く。黒い液体が飛び散り、人形の服を汚した。

 遅れて、黒鋼と霧生が臨戦態勢になる。だが、ふたりの同時攻撃をもろともせず、空いている手で払いのけた。その手で人形を掴み、勢いよく放り投げた。続けざまに日向も。

「鈴!」

 片手で人形の体勢を整え、日向とぶつからないようにする。飛んできた娘を受け止めた青月は状態を見る。あたまと脇腹から出血しているが、死には至っていないようだ。それでも戦闘を長引かせるわけにはいかないと判断する。日向を安全な場所に避難させた。堪忍袋の緒が切れた青月は唇を歪めて笑う。

「いたぶり殺してやる。大丈夫、死なせないよ。鈴がなにかをしたそうだったからね」

 両手に血管が浮き出た。見てしまった黒鋼はさっと目を逸らした。触らぬ神に祟りなし。

 佇んでいる青月の背に向かって、ナナシが戦えと訴えるような声を発する。地響きを立て、青月に突進していった。

青月は振り向きざま、華麗な手捌きにて人形を操作し、ナナシへ刃を振るう。

そうして、再びナナシ討伐戦が繰り広げられる。

もはや戦えない状況のナナシはそれでも、己が朽ち果てるまで止まらぬ勢いだった。

「こいつ、いつになったら止まるんだよ」

「さあな。直接聞いてみな」

「できるかって! おい青月、なんか良い方法ないのか!?」

 霧生の声で怒りに沸騰していた青月が冷静に戻った。

「ないね。俺にはないけれど、あの子ならあるかもしれないね」

「日向、か。あいつ、なにしようとしていたんだ?」

 猛烈なる攻めを、霧生は刀で受け止めた。足が地面にめり込む。

「重い……くっそ、こうなったら俺も」

「それはやめておけ! お前まで暴走しちまったらどうしようもねえ!」

 銃弾を放ちナナシを霧生から離す。黒鋼の言葉に、霧生は異形化する選択肢をあたまのなかから消した。柄を持つ手に力を込めて応戦する。

「それで青月、どうするんだ?」

「急所を避けて戦おう。日向が目覚めるまで時間を稼ぐんだ」

「そうするしかなさそうだな。だがそれだと、彼女にトドメを任せることになるが」

「それが一番、ナナシを救う良い方法だと思うんだ。どうかな? 俺の娘に、すべてを託してほしい。あの子ならきっと、ナナシを鬼の呪縛から解放できるから」

「おうおう、いきなりパパさんになって。いいぜ、彼女に託そう。霧生、聞こえるか!?」

「おあ!?」

「日向が目を覚ますまで時間稼ぎだ! 急所は避けろ!」

 日向鈴にトドメを、と悟った霧生は、笑みを浮かべて頷いた。

「了解! バテないでくださいよ、黒鋼さん!」

「はっ! そっちこそやられるんじゃねえぞ!」

 ナナシを救う道が開けた。喜びの反面、その先で迎えるであろう出来事に、青月は複雑になった。きっと、日向は涙するだろう。それを乗り越えられるだろうか。迷いが生まれてトドメを刺さないかもしれない。そのときは自分が、彼女に変わってナナシに刃を突き立てよう。

 ナナシが正気に戻ったとき、〝ころして〟と言っていた。幼き半人半鬼の最後の望み。ふと青月は思う。初めて師匠に会ったあの雨の日、その言葉を告げていればよかったのか? フィアンセのところへいけた。復讐心に苛まれることもなかった。――否、断じて否。昔の彼ならばその考えに至って思考停止。今は違う。愛娘を置いて先にあの世へいくなど愚行。

 青月は雑念を払いのけた。

「はやく、はやく目を覚ますんだ、鈴!」


     ×


 川の流れる音がした。重く、鉛のような流れだった。その川に足が浸っている。

 向こう岸へ渡ろうとした。すると、後ろから腕を引っ張られる。だれかとだれかが彼女を引き戻そうとしている。振り向けば、友人と――そうあたまが認識する――彼が――そうあたまが伝達する――いた。どうしてここにいるのか、と自然に言葉が出た。なぜそう聞いたのかはわからない。あたまがぼんやりしていてわからなかった。

 岸に無理矢理あげられた。川を渡ることができなかった。

 いつの間にか川は濃霧に包まれて見えなくなった。あるのは三人が立つ野原。野原もまた霧で視界が怪しい。目を凝らさなければふたりを見失う。

 友人が言った。

「あんたはこっちに戻るの」

 彼が言う。

「きみはやるべきことがあるはずだ」

 彼女がかぶりを振った。

 なにを言っているの。私は向こうへ行く。行かなくちゃ。

 友人が怒った。手を握られた。

「ちがーう! あんたはこっち! こっちに行くべきなのよ!」

 彼が微笑んだ。手を握った。温度は感じられない。

「自分の名前を言って。自分がだれなのか思い出して。なにをしようとしていたのか、するべきことはなにか、はっきり言葉にするんだ。そうすればきみは目を覚ますから」

 言う通りにした。

 私は、彼女の名は、日向鈴。

 彼女は、私は臆病だけど、もう逃げたりしない。

 私は、彼女は、怪物に縛られた人々を解放したい。

 彼女は、私は――ナナシを救う。望みを叶えるんだ。

「そうだっ、私、気絶したんだった……」

 我に返る。ぼんやりとしていた意識が、あたまがはっきりする。

 突然、景色がぐにゃりと曲がった。

「なにが、起こって……きゃぁっ」

 ふわりと身体が浮く。見ていた景色が流れていった。

 身を切り裂く勢いのなにかが彼女を襲う。気を抜けば吹き飛ばされてしまう。

 前へ行けずにもがいていると、背中にあたたかな手が触れる。ぐっと、背を押してくれた。

「あ、律華、幸介くん」

 眩い光が差し込み、視界を覆った。

 そうして彼女は、落涙とともに目を開ける。

 戻ってこられた。そう安心したのも一時だけだ。耳をつんざく叫び声がする。どしゅり、と重く鈍い音がした。頭痛に堪えてあたりを見渡したさい、ナナシが投げた刃が眼前に突き刺さった。白刃に、日向の顔が映った。意を決した覚悟の色だ。

「それでトドメを、鈴」

 青月の言葉に頷き、柄を掴んで立ち上がった。刀を構えて、ぼろぼろのナナシの傍に行く。

 ナナシはもう動けそうになかった。人のすがたになってもきっと、幼い身体は傷だらけだ。弱々しい目でこちらを見つめている。涙をこぼし、頷いた。

 この子を貫いたら、楽にしてあげられる。しかし、わかっていても手が動かない。震えている。手から力が抜けそうだ。すると、青月が手を重ねてきた。

「落ち着いて。このまま真っ直ぐ、貫けばいいんだ。雑念を払って。いいかい、余計なことを考えて手が鈍ったら彼女に悪いよ。さあ」

 泣きたい気持ちを抑えて、じっとナナシを見据える。刃をナナシの胸にあてがった。

「……りん」

「え?」

「りん。わたし、の、なまえ」

「そう。そうなのね。私もりんっていうのよ」

 少女りんが微笑んだ。ほろり、と涙が頬を伝う。

 柔らかな感触、貫いたという振動が日向の手に伝わった。

 一歩下がり、式札を手に。

「――荒ぶる魂よ、鎮まれ」

 ――あなたと会えてよかった。私はあなたのことを決して忘れない。

 少女りんはほころぶ。

「りんの心、とってもきれい。わたし、すき!」

 鈴は少女りんを抱きしめる。ちいさくて、おさなくて、かわいらしい子。

「あなたがわすれていない人、あなたの大切な人、いちばんちかくにいるよ。こんどはその人を、救ってあげて」

 するり、と腕になかにあったあたたかなものが落ちてゆく。

「う、うう……」

 さらり、と風に乗って少女りんは青空へとゆく。

 日向、青月、黒鋼、霧生。みな、彼女を最後まで見届けた。

「ぜったい、ぜったいに、わすれないんだから」

 ごしごしと涙を拭く。潤んでいない澄んだ瞳で空を仰いだ。

「リン、また会おうね」

 満面の笑顔をする日向。

 そよ風が吹く。彼女の声に返事をするように。


     ×


 戦いは終わった。ほっと肩の力を抜く。

 ふと、愛娘がこちらを向いた。

「青月さん、私やっぱり……戦えません」

 驚きはしなかった。

「どうしてって、聞いていいかな?」

「辛いからとか、悲しいからとかじゃないんです。私は救いたいばかりで、救うべき人のことをまったく考えていなかった。みんなみたいに武器を以て怪物たちと戦いたい、戦えるようになりたいとしかあたまになかったんです。目標と考えていることが矛盾していたんです。救うと戦うは違う。戦うのはあくまで手段。目的は救うことなんだって、わかりました。――だから私、武器を以て戦いません。あの貫いたときの感触には、耐えられません。ですが、武器を以てして戦えませんが、私は私なりの方法でみんなと戦います。そして、怪物に縛られた人たちを救います」

 確固たる意思が彼女の口から、淀みのない澄んだ瞳から、はっきりと伝わる。

 青月は口元を緩める。ぽん、と日向のあたまに手を置く。

「えっ、ええ」

 わしゃわしゃと撫でる。

「きみがてっきり怖くなったから戦えませんっていうのかと思った。もしもそんなことを言っていたら、ほっぺたをひっぱたいていたよ」

「そうだったんですか!?」

「真っ赤になったきみのほっぺたは美味しい林檎みたいだろうね」

「へんなこと言わないでください!」

「ふふ、冗談だよ。――強くなったね、鈴」

 最後のほうの言葉が、風に運ばれる。日向の耳には届かなかった。

 ぽかんとしている彼女に、霧生が駆け寄ってくる。

「ひゅーが! 帰ろう。暁華さんが待ってる」

「そうだね。青月さんも」

「うん。帰ってゆっくり休もうか」

 日向と霧生が走って石段を下りていく。そのあとを青月と黒鋼が続いた。

「ひとついいか」

「なんだい」

「ナナシ、いや、りんが言っていた日向の救うべき人が近くにいるって言葉、お前ならどう解釈する? だれだと思っているんだ?」

「それ皮肉かい。きみは俺だって言うんだろう」

「まあな。お前をよく知る人間なら、そう思うさ」

「どうだろうね。あれをどう捉えるか、彼女に任せるよ」

 じっと少女の背を見据えた。

 もしも彼女が救ってくれるなら、きっと新たな一歩を踏み出せるかもしれない。

 長く囚われていた過去の呪縛から解き放ってくれる。愛娘にはその力がある。

 どうかその力を、死と忘却を恐れる己に振るってほしい。

 もしもそのときがくるなら、きっと声を大にして言える――。

「ふうむ、信じているようだな、青月」

「当たり前だよ、自分の子を信じないわけないだろう、黒鋼」


 こうして、男の復讐劇に幕が下ろされた。

 幼き少女の尊き死は、解放と力と道と、生命いのちを与える。

 そして始まるは、与えられたそれらをどうするのか、彼ら彼女らのゆく先を描く物語――。


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