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怪物のいる街  作者: こうみ
滅鬼師
11/26

第二話

 祭りの日がやってきった。林道にある階段を上ると、賑やかな声と活気づいた雰囲気がそこにはあった。夜とは思えないほど明るく、神社にはたくさんの人々が集まっている。青月もそのうちの一人であった。人を避け、屋台並ぶ一本道を進んでいく。

「青月さん」

 背後からの声に振り返った。紫陽花咲く浴衣を着る日向のすがたがあった。

「来ていたんですね」

 青月はじっと、彼女の浴衣すがたを眺めた。一度も見たことのない娘のそのすがたは、彼に笑みを与えた。

「似合っているね、それ」

「え、そうですか? あんまり着たことなくて心配だったんですけど」

「充分似合っているよ。その浴衣、どうしたの?」

 しまったと思った頃には、日向の顔がきょとんとしていた。

「ああ、お母さんが出してくれたんですけど」

 口走った自分に叱咤する。

「……ごめん、変な質問した」

「大丈夫ですよ。でもなんで、聞いたんですか?」

 浴衣をあげた覚えがないから。そんな言葉が青月の喉まで上ってきた。ぐっと堪える。日向に背を向けて、奥へと進んでいった。

「青月さん、待って」

 日向が青月の傍に駆け寄ってきた。わいわいがやがやした中で、二人は肩を並べる。落ち着かない青月に対して、日向は目を輝かせていた。

「私、初めてお祭りに来ました。朝からずっとワクワクしてて」

「そうなんだ。ひとり?」

「いえ、友達と。待ち合わせの時間までまだあるんです。青月さんはなにを?」

「人形を飾るから、その手伝いかな」

「行ってみていいですか?」

「いいよ」

「やった!」

 そうして二人は、人形が飾られる展示場所を目指す。

 一本道の途中にある曲がり角を曲がれば、すぐに辿り着いた。看板が置かれている建物に入れば、作業途中の人たちが目に入った。と、その中に黒鋼を見つける。

「黒鋼」

「おう、青月。おっと、これはこれは綺麗なお方を連れていらっしゃる」

 お世辞なのか、それっぽい口調で日向に言う黒鋼だった。青月は横で厳しく睨んだ。

「怒んなよ。にしても日向、その浴衣似合ってんな」

「ありがとうございます、黒鋼さん」

「おうよ。さて、目の補……癒しに会えたし、手伝いに戻りますか」

 黒鋼は手を振りながら、奥へと戻っていく。

「じゃあ俺たちも、手伝おうか」

 青月と日向は、人形を飾るスペースに作品を並べた。それぞれ違った立ちすがたや表情をする人形たちに、日向は興味津々だ。それを横目で静かに見守る青月であった。もしも、親子としていたなら、もっと楽しかったに違いない。などと考え、すぐに止めた。余計なことを思う必要はない。そう割り切って、青月は止めていた手を動かす。

「そういえばずっと気になっていたんですけど」

「なんだい」

「青月さんの作業部屋に大きなガラスケースがありますよね。ちょうどあれぐらいの」

 彼女が指さすほうへ視線を移す。真ん中にある空っぽのガラスケース。

「あのなかって、もしかして人形が飾ってあったりするんですか?」

「……まあ、ね」

「じゃあ今度、見てもいい――」

「あれは駄目だ!」

 彼自身でも驚くほどの大声だった。

 はっとしたときには、日向が謝っていた。

「ごめんなさい」

「……驚かせたね、ごめんね」

「いえ。……友達がくるので、これで」

 愛娘は逃げるようにその場を去っていった。

 いけないことをしたと反省するも、遅かった。彼女の幻影を見つめていると、黒鋼がぽん、と肩を叩いてきた。

「びっくりさせてどうするんだ。最近のお前、ヘンだぞ」

「……気持ちの整理がつかないだけさ」

「そうかい。まあ、あんまりあの子を困らせるなよ」

「ああ、気を付けるよ」


     ×


 青月と別れた日向はその後、律華と初対面の鬼島幸介と合流する。ガラスケースを見たいといったときの青月の態度が気になるものの、それは祭りの盛り上がりによってかき消されていくのだった。

 初対面である幸介とも打ち解け、友人たちとともに祭りを満喫する。一番に勢いがあったのは律華だった。普段より興奮しきっている彼女に驚きを隠せない日向は、負けずに活気の中へ飛び込んでいく。回れば回るほど、お面や綿菓子、水風船などが三人の手元にやってくる。射的を終え、ベンチに座ってかき氷を頬張る。

「ん~、美味しい!」

「律華、さっき綿菓子食べてたよね?」

「ふふ、別腹よ」

「はは、律華は昔から変わらないね」

「昔から!?」

「そうよ~。かき氷はデザートなんですもの」

 別腹、別腹、おほほほ。まるでお嬢様に似た口調で話す律華。そんな羽目を外した友人を見た日向は、少しだけ引くのだった。

 と、日向が残りのかき氷を食べているときだ。

 雑踏のなかに、霧生を発見する。目が合って、名前を呼ぼうとした。けれど、霧生はどこかへ行ってしまった。

「あれ、だれなの?」

 律華と幸介も霧生のすがたを目にしていたらしい。どう説明しようか言い淀む。

「えっと、知り合いなの」

「へえ。見かけない顔だったね」幸介が言った。

「この辺の人じゃないの。あ、ほら、氷溶けちゃうよ」

 話を逸らす。ちらりと、霧生のいたほうを一瞥する。

 会うと約束した。それを破ってしまった。

 謝りにいかなくちゃ。

 日向は理由をつけて、ふたりと別れた。急いで霧生を探しに行く。しかし、彼のすがたはどこにもなく、いつの間にか神社の裏手に入っていた。

「わ、真っ暗……」

 身を縮めながら、明かり一つない林道を進んでいった。自分の足音以外はなく、ただひたすらに無音が広がっている。月明かりも祭りの賑わいもない。途中で足を止め、引き返そうとしたときだった。

「よう」

「うわわわ!!」

 突然の声に飛び上がる日向。来ないで、来ないで、美味しくないからといっていると、くすくすと笑い声がする。なんだと思い顔を上げれば、そこには霧生のすがたがあった。

「霧生じゃない」

「はは。お前びっくりしすぎだろ。怖がり」

「怖がりってなによ。そっちがいきなりきたんじゃない!」

「おおっと怒んなよ。せっかくの宴が白けるだろ」

「宴?」

 日向は小首を傾げる。霧生が親指で林道の奥を指した。

「ついてきな」

 霧生に手を引っ張られながら、日向は暗闇を歩く。この先にある光景に胸が躍った。

 暗闇を抜けると、そこにはなんとも現実離れした場面があった。人間ではなく、鬼たちが酒盛りをしているではないか。日向がいた祭りの場となんら変わらない盛り上がり様だ。日向はあんぐりと口を開け、驚きを隠せない。その横顔を見た霧生が、口元を緩める。

「す、すごい。なんなの」

「なにって、鬼たちが祭りで騒いでいるだけだよ。天炉だって凱氣だっている。みんないるんだ。日向、お前も来いよ」

 霧生が一目散に鬼たちの中に走っていった。日向も続こうとするが、一歩を踏み出せない。

「ほら、こいよ。なんにも怖くないって」

 霧生が手を振り日向を呼ぶも、肝心の日向はただ佇んでいるだけである。彼の隣へいこうとしなかった。その様子に、霧生は肩を竦める。

「来ないのか」

「ご、ごめん。大丈夫。緊張しているだけだよ」

 いつものことだった。初対面であると必ず、日向は躊躇する。慣れてしまえばどうってことはないのだが、そこまでに時間がかかる。

「おっせーよ」

 日向が遅いことに我慢できなくなった霧生が、地を蹴って跳躍した。それに驚く日向の前に着地し、ひょいっと抱き上げる。

「きき、霧生!?」

 彼女を抱いたまま、鬼たちのいるところへ着地する。

 霧生の手から下ろしてもらうと、天炉が出迎えにくる。

「お二人とも、来たんですね。おいら嬉しいでさあ」

「天炉さん、こんばんは」

「こんばんは。日向さん、その浴衣とっても似合っていますね」

「え、いえいえ。そんなことは」

「本当だって」霧生が言った。「似合ってるよ、日向」

 日向は頬を赤く染めるのだった。

 霧生たちと時間を忘れて、小さな祭りを満喫する。今まで感じたことがなかった興奮を十分に味わった日向であった。はじける笑顔で、心から楽しんだのだった。

 そうしたなか、霧生がふいに耳打ちをしてくる。

「なあ、こっち」

「え?」

 またも手を握られ、どこかへ案内される。されるがままついていくと、神社が一望できる開けた場所に辿り着く。柵に近づき、霧生と日向は並んで眼下の風景を眺めた。

「わあ、綺麗」

「だろ。俺のお気に入り」

 日向は、遠くから聞こえる祭りの音に耳を傾け、じっと景色を眺めた。

 月が、二人を静かに照らす。

「なあ、俺いくつに見える?」

 唐突な質問だった。

「えっと、二十歳くらいじゃ……」

「残念。俺、こう見えて十四歳なんだよ」

「え!? 私より年下? でもなんで」

 霧生がくすりと笑い、夜空を見上げた。ゆっくりと、真実を告げた。

「俺が半人半鬼なのは、異形に噛まれたからだ。それが十四の中学二年、春ぐらいのときなんだ。その日から俺は、すがた形が変化しなくなった。吸血鬼みたいなもんさ。人間が鬼の力を宿すと、そのときのままになる。それが、俺なんだ」

「そうだったんだ。すがたが変わらないって、よく……わからないよ」

「人間は時間が経つ度にすがたが変わる。でも俺はそうじゃない。俺は、半分が鬼なんだ。だから、鬼の仲間でもある」

「鬼、か」

「そう。俺は人間じゃないから、そう簡単には死なない。異形みたいに、ここを二回、貫かないといけないんだ」

 霧生は胸のあたりをぐっと握りしめた。

「……だれも、霧生を殺さないよ」

「でも、いつかそういうときがくる。ナナシだって、同じだ」

 霧生は視線を下げ、さらに続ける。

「俺をやりやがった異形、ナナシも半人半鬼だ。けど、俺とは違ってコントロールができていない。いつ暴走してもおかしくない。あの異形の大量発生だって、飢えたあいつがやったことだろうな。ナナシもちっさいときに喰われて、ああなったんだろう」

 霧生の話が進んでいく度、日向の胸が締めつけられていった。どういった感情で聞けばいいかわからず、日向はただ、なにもいわずに霧生の言葉を聞いた。

「……俺のこと、怖くなったか」

「全然。半分が鬼でも、霧生は霧生だから」

 それを聞いた霧生は、真剣な面持ちになった。

「日向、お前のことが好きだ」

「――え」

 今、彼はなんといったのだろうか。

「……ずっと、言いたかった。でも、お前が俺のことを知って離れていくんじゃないかって怖かった。お前が俺のことを俺だと言ってくれた。だから、決心がついた」

 胸が張り裂けそう。鼓動が速まる。

 いきなりのことに混乱する彼女は、霧生から視線を逸らした。

 嬉しい。けれど、返事ができない。

「好きなんだ」

 日向は頬を桃色に染めた。

 言えない。たった一言で思いが伝わるのに――。

 言葉に詰まっている隣では、霧生が返事を待っている。

 彼の眼差しを、彼女は受け止める。

「――返事は、できない」

 振り絞った結果だった。

「……そうか。わりい。俺がいきなりすぎたな。ごめん」

「あなたのことが嫌いってわけじゃないの。ただ、なんて言えばいいか」

 俯いたときだった。彼の腕に優しく、包まれた。

「待ってやる。ずっとな。返事はいつでもいい。その代り、絶対に返せよ」

「うん。うん。ありがとう」

 言葉にできなかったけれど、互いの心に届いた思い――。

 日向は霧生にその背を見送られながら、林道を下りていく。

 胸に手をあてがった。まだどきどきとしている。彼からの夢のような言葉を、噛みしめる。

 ――今度こそ、ちゃんと返事をしよう。

 ぐしゅり。

 肉が喰われる音に、日向の背筋が凍った。

 ここは闇一色の林の中である。もしも異形がいたのなら、格好の餌食だ。

 だが、彼女の足は音のするほうへ進んでいった。

 息を殺して、木陰から様子を窺う。

「――食べ、て、いるの」

 血の気が一気に引く。思考が停止する。逃げろと、本能が警鐘を鳴らした。

「え……」

 人ならざる形をした怪物が、だれかを喰っている。あさがおが真っ赤になり、浴衣が破れている。原形のないそれは、異形の口に運ばれていった。

「りつ……か」

 日向は、力なくその場に座り込んだ。異形が、こちらを向く。

「――……」

 低くうねる声。液体に染まる口。変形した四肢。まさしく、怪物といえる代物だった。けれど日向の目は、あさがおの浴衣をきたそれに奪われている。

「……嫌」

 ――あれは、さっきまで一緒にかき氷を食べていただれか。――だれかってだれ?

 ――あれは、いつも一緒にいてくれた友人。――名前は? 嘘、嘘、違う。

 ――あれは嫌、嘘うそ嘘嘘嘘うそう嘘嘘そあれは嘘嫌嫌嫌泉田嘘違う違う律華違う――。

「いやあああぁぁあああぁああ!!!!」

 真っ白だったあたまに、現実が描かれていく。日向は涙を流し、静寂を裂く叫びをあげた、何度もかぶりを振った。現実ではない、夢だ。そういうように、目を強く閉じる。

けれど、それを嘲るように異形の咆哮が響き渡った。一直線に日向の元へ跳躍する。

「やめて、やめて」

 身体が硬直しきっている日向は、その場から動けなかった。異形が彼女を喰わんとしていることさえ気づかない。

 異形が大きく口を開けた――そのときである。

「荒れ狂う心よ、沈まれ」

 五芒星の印が空に刻まれる。それと同時に異形の足元に青白い光を放つ星が浮かぶ。異形が結界の中に封じられた。

「……え」

 日向はようやく状況を把握する。異形は結界の中で身を小さくしている。

「大丈夫かい、日向」

 耳に馴染む東堂の声に、日向の涙腺が崩れる。ぽろぽろと、涙を零した。

「東堂さん……律華が」

「わかっている。すぐにあいつを祓うよ」

 東堂が呪を詠唱する。

 異形が次々と鋭利な刃で斬り刻まれていった。二撃の急所を受け、怪物は散る。

 異形がいなくなったと同時に、日向は立ち上がり、肉塊の傍に寄った。

「律華……」

 返事はない。

「ねえ、律華ってば」

 共に祭りを楽しんでいた友人は、もういない。

「ついさっきまで、一緒にいたよね」

 無残なすがたの肉塊を、揺する。

「返事してよ……まだ、祭り終わってないよ」

 いくら待っても、返事はない。

 そこへ、青月と霧生がやってくる。涙を流す彼女を見、肉塊を見た。

「マジ、かよ」

「……日向」

 霧生がすぐに彼女へ駆け寄った。肩にそっと手を置き、日向を慰める。

「なあ、日向」

「霧生……どうしよ、どうしよ。律華が、律華が」

 霧生の袖を力強く掴んだ。そして、親友の死に慟哭する。彼女の声が、静寂の夜に響き渡るのだった。ただひたすら、涙が枯れようとも。

 その後、霧生に手を握ってもらいながら祭りの会場へと戻る。放心状態のまま、幸介と合流する。

「日向!」

 日向を発見した幸介が息を切らして走ってきた。日向の様子を見た途端、よろしくない顔色になった。

「なにか、あった?」

「お前と日向が一緒にいた、律華って人……死んだよ」

 代わりに霧生が答える。びっくりする幸介を置いて、続けた。

「あんた、律華ってやつと一緒にいなかったのか?」

「えっと、律華が日向の様子が気になって神社の裏手にいったんだ。すぐ戻るっていっていたけど、戻ってこなくて。……まさか、本当に? でも、だれに? なんで?」

 幸介の問いかけが、日向の脳裏に先刻の状況を蘇らせた。息がどんどん浅くなってく。

「今は答えられねえ。……思い出しちまう」

 霧生が日向を視界に置く。察した幸介が、右手で口を塞いだ。

「ごめん」

「……いいの。もう、大丈夫だから」

 枯れ切った涙がまた、日向の目を潤ませる。顔を伏せ、声を殺して嗚咽を漏らす。

 すると、なにか暖かいものに包まれる。優しく触れる手に、抱き寄せられる。

「……幸介、くん」

「辛そうな顔しているじゃないか。どこが大丈夫っていうんだ」

 幸介が、ぐっと彼女を抱きしめる。日向は彼の肩に顔を埋めた。

「律華、もういない」

「うん」

「さっきまで一緒に笑っていたのに……」

「うん」

「私、これからどうしたら……」

「忘れないであげよう」

 幸介の言葉に、日向は反応する。

「律華の笑顔、絶対に忘れないであげようよ」

「……忘れ、ない」

「そう。僕たちが憶えてあげていれば、ずっと生きているよ。だから、もう辛い顔はやめるんだ。僕がいるし、律華もいる。笑って、鈴」

「――幸介」

 彼女の心に温かい光が輝く。

 そうだ、憶えていよう。憶えていれば、律華は生きているのだから。

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