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怪物のいる街  作者: こうみ
滅鬼師
10/26

第一話

 滅鬼師たちの集う神道会総本山、京都。

 津雲川とナナシの起こした異形の増殖は、ここまで届いていた。

「今回の件は、我々神道会も黙っては見過ごせません」

 華やかで開放的な一室に、張り詰めた空気が流れた。

「秋くぅん、いうことはわかるけど、あれは津雲川の独壇場に等しいよ」

 安倍秋の隣に座する芦木吉満がため息を漏らす。

「自分がいい出した実験だ。処理だってあいつに押しつければ計画的だよ」

「どこが!?」

「いちいち、一人のことに組織が動く必要ないじゃないか。面倒くさい」

 ぱちんと、なにかが音を立てる。

「おやめなさいな。見苦しいですよ、芦木殿、安倍殿」

 艶めかしく甘い、よく通る声の主、蜜月八羽が言った。

「鬼……いえ、異形があれだけ出現したということは、私たちの責任でもありますわ」

 組織の与り知らぬものとはいえ、津雲川ひとりが独断で行った増殖には、大勢の犠牲者が出たことから眉を寄せることとなった。なぜそのようなことをしたのかは、不明だった。

 ふと、蜜月と秋の目が合った。

「そういえば安倍殿、あなたは津雲川を尊敬していましたね」

「……それが、なにか」

 閉じていた扇を開け、蜜月は口元を隠す。

「あなたに命を下します。津雲川の動向を探りなさい。なにかあれば、報告するのです」

 安倍は黙り込んだ。どう返事したものか、わからなかった。

「返事はどうしました?」

「はい。わかりました。その命、この安倍秋が承ります」

 秋は、蜜月の言葉に困惑しながらもあたまを垂れる。

 このなかではまだ若い秋は、津雲川宗生を心から尊敬している。強く、堂々とした立ち居振る舞い。曇りのない真っ直ぐな眼差し。揺らぐことのない忠誠心。そんな彼に憧れていた。そしてそれは、津雲川がナナシという少女と関わり急変しても、変わらない。

 あの半人半鬼の少女はなんなのか。

 なぜ、津雲川は切羽詰まったような、辛そうな顔つきをしているのか。

 秋は一度それを問うたことがあった。けれど、関わるなの一言が返ってきた。

 その一室を出て、青空を仰ぐ。

「津雲川様、なんで」


     ×


「おっはよーリン! って、めちゃくちゃ暗い!」

 家を出てしばらくしたところで律華と合流した。日向の顔を見た律華が、おそるおそる彼女を覗き込んだ。

「またなにか、あった」

「なにもないよ。なんでもない」

 嘘だった。二週間前のことで、日向の胸中は曇っている。時間は経っているけれど、彼女の心はまだ二週間前にいた。

「それならいいけど」

 学校に向かう道。同じ学校に通う生徒たちで賑わっている。朝の挨拶が飛び交い、何気ない雑談がそこにはあった。だが日向には、歩きづらい場所である。正面から目を離して、おもむろに横を見る。すると、奇妙な場面に出くわした。足を止め、じっと凝視する。

 現代には全く見かけない容姿をした人影が数個。顔は札かなにかで隠されており、性別ははっきりしなかった。狩衣を着た人影は、なにか作業をしている。

「なんだろ、あれ」

 目をさらに凝らしてみると、人影の足元には液体に汚れた身体があった。

「――ひっ」

 あれは、異形に喰われた人間だ。幸い腕しか見えていない。視線を外して、先を行く律華の隣に立つ。

「リン?」

「なに?」

「最近、元気ないよ。なにかあるなら、相談に乗るよ?」

「うん。ありがと」

 わけを話せないことを心中で謝る日向。落ち着かないまま、一日がスタートする。

 ぼんやりと授業を受けながら、二週間前のことを振り返った。自分はただ呆然としているだけだった。けれど、あの場で自分ができることはない。守られるのが正しかった。それでよかったんだと、日向は納得する。

「……青月さんの顔、怖かったな」

 ナナシと呼ばれていた半人半鬼の少女を見た瞬間、青月の顔には怒りがあった。なぜ怒っているのかは、わからない。

「人形……か」

 青月の正体を知った。まだ釈然としない自分がいる。どんな顔で会えばいいのか、はっきりしなかった。自分には決して理解できない目的があって、生きているのだろう。生き返ってまで果たさないといけない目的があるのだろう。日向のあたまに、ぐるぐると疑問が回る。

 厚い灰色の雲が垂れ込めて、雨が降り始める。次第に雨足が強くなっていった。

 しばらくして予鈴が鳴る。やっと授業から解放された生徒たちが、がやがやと賑わい始めるのだった。

「リン。授業中ずっと上の空だったよ。なにか考え事?」

「うん」

「そっか。あ、ねえ知ってる?」

 なにを? と日向が首を傾げると、律華が自慢げに語り始めた。

「二週間前にあったあれ、怪物が出たってニュース」

「え? 怪物? そんなの出たんだ」

「知らないのー。結構テレビでやってたよ」

「見てないかな、はは」

「もう。怪談話の怪物が出たってもっぱらの噂だよー」

 日向は白を切った。もちろん、テレビで騒がれていることは知っている。生徒たちの間では〝怪談話〟として持ち切りだった。あの場にいた彼女にとっては複雑、耳を塞ぎたいものだった。けれど、瞬く間に広まったそれはおさまらず、聞かざるを得なかった。

 幸いだったのが、だれも日向や青月たちのすがたを見ていないことだった

「でもなあ、一回見てみたいかも」

 律華の言葉に、日向は驚いた。

「や、やめときなよ。怪物っていうぐらいなんだから、きっと怖いよ。食べられちゃうよ」

「怖がりだなあ、リンは。ちらっとだけも見たい」

「ダメだって。絶対に止めておいた方がいいよ」

 律華は頬を膨らませる。

「わかった。止めておく」

 腑に落ちない様子だった。

「そうした方がいいよ」

 よかった。これで、友人が異形に襲われるという最悪な出来事は避けられた。

 いや、そんなことは起きないでほしい。

 予鈴が鳴り、次の授業を担任する教師が入ってくる。

「そういえば……」

 ふと、日向は考えた。霧生が会わせてくれた天炉という鬼はどうしているのだろう。喰われてはいないだろうか。

「いってみよう」


     ×


 彼女と夜道を歩いていた。

 その日は祭りかなにかあったはずだ。それにいこうとしただけのことだった。

彼女は笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに。

けれどそれは、一瞬だけだった。

どうして死んだのが、自分ではないのか。

どうして死んだのが、彼女なのか――。

 かつんと、東堂が煙管で机を叩いた。その音に、はっと我に返る。

「なにを考えていた」

「いえ、なんでもありません」

 青月は、東堂に渡された資料を持ったまま佇んでいた。

「日向がきてから、なにか思い出しているようだな。そんなに懐かしいか、愛娘に会うのは」

「……嫌味ですか。会えて嬉しいですが、そこまでは」

 持っていた資料を、元あった場所に戻す。珈琲を淹れ、ソファに腰を下ろした。

「ふふ、私には昔の思い出に浸っているように見えるがな」

「師匠……」

「わかった、わかった」

 東堂は声を殺して笑う。煙管を口に含んだあと、再び口を開いた。

「ナナシのことだがな」

「なにか、わかりましたか?」

「すぐに飛びつくな。まだはっきりとしたことはわからない。暁華や黒鋼が調査しているが、進展はない。霧生以外に半人半鬼がいたとはな。今の時代、いるはずがないと考えていた私の失態だ。改めねばいかんな」

「ナナシは、何者なんです? 俺が初めて遭ったのは十何年も前のことだ。なのに、見た目は少女のままだ」

 東堂の顔色が変わる。

「そうだったな、お前も知らなかったな」

「なにをですか?」

「……青月、霧生はいくつに見える?」

「背は低いですけど、二十歳前後でしょうか」

「そう見えるかもしれんな。実は、あいつの成長は十四歳で止まっている。なぜだと思う?」

「十四歳ということが初耳です。なぜかといわれても、わかりません」

 東堂は間を置いて、物語る。

「あいつが異形に噛まれたのは、中学のときだ。死には至らなかったものの、異形の力を持ってしまった」

「それは知っています。本人からも聞いています」

「ここからだ、青月。半分とはいえ鬼になった以上、容姿がその当時のままになるんだ。鬼に大きいものと小さいもがいるのは、その形で生まれたからだ。それ以上のことはない。それでいえば、鬼の力を得たものは、姿かたちが変わらなくなる。そのままなんだ」

 青月には、初めて耳にする話だった。

「ナナシにも同じことが言えよう。幼きときに鬼の力を得て、成長が止まったのだ」

「……そんなことが」

「ふふ、驚いているな。このことを知っているのは、数少ないんだ。聞けてよかったな」

「どう思えばいいか、わかりません」

「だろうな。……鬼の力を得た以上は、鬼も同然だ。人間じゃない。ただ壊すだけの能力から解放されるには、永眠するしかないだろう。そうして初めて、人間になれる。お前もそうだぞ、青月。人形でなくなるには、死ぬしかない。その覚悟、身に宿っているか?」

「ナナシを殺しに殺し尽くしたら、いさぎよく壊れますよ」

 虚言を吐く。それは本心ではなかった。

「壊れたら、直せばいい」

 独り言のように言った東堂の意味深長な言葉を、青月は聞こえなかったことにした。

「もうすぐだな、あの祭りが」

 あの祭り。あの日――。青月は回想しかけて、止めた。

「彼女の命日と同じというのも、なにか運命を感じるな。ああ、そんな怖い顔をしないでくれ。からかってはいないよ」

「さっきから俺をからかっているでしょう、師匠」

「さて、どうだか。どうする、日向も誘うか? 一大イベントとなれば、すぐに知られるだろう。せっかくの祭りだ、呼ばないということはないだろ?」

「そんなことはしませんよ」

 青月は珈琲で喉を潤したのち、席を立った。

 人形を作る機材が部屋を占領している一室に戻る。ガラスケースに近づいて、奥にいる彼女を愛でる。ガラス越し、ゆっくりと指で彼女の輪郭を形作った。二度と開かれることがない唇に手を添えて、寂しげに微笑む。

「きみを殺した異形、やっと見つけた。絶対に、仇を取るからね」

 ――生きて。

 耳の奥に残る優しく透き通る声が、空っぽの彼女から聞こえた――ような気がした。

 ふと、青月の脳裏にナナシが浮かび上がる。あの異形に勝てるだろうか。勝たなければいけない。仇を取らなければ、生き返った意味がないのだから。しかし、あれを倒せるだろうか。ぐるりと、自問自答の悪循環に入り込んでいく。

「……殺し尽くしてやる」


     ×


 いつもより短く感じた学校を終える。紅色の太陽が日差しを注ぐ時刻のことだ。

 律華と早々に別れた日向は、霧生に以前案内してもらった天炉という鬼がいる場所へ向かった。うろ覚えながらも、辿り着く。

「あ、日向さん。どうも」

 丁寧に会釈をする天炉。

「天炉さん、こんにちは」

「こんにちは。で、今日はなんの用で?」

 椅子に座った日向は二週間前、ここに異形が来たのかを問う。

 すると、天炉がぽっと頬を赤くした。

「異形なら来ましたよ、来ました。でも、とても美人な滅鬼師さんがおっぱらってくれたんですよ。作り物みたいな顔で着物がよく似合って、優しい人でした」

 美人さん。どうやら、津雲川宗生以外の滅鬼師がここにきたようだ。

「隠れていたおいらたちを見つけても、『悪い鬼ではないようですね』なんて言って、そのままどっかいきました。もしもほかの人だったら今ごろ、おいらたち退治されていましたよ」

 天炉やほかの鬼たちが無事だとわかった日向は胸を撫で下ろす。

 ふたりはしばし談笑に浸った。ほとんどが、天炉の一目惚れしたという美人滅鬼師のことだった。気になって、名前を知っているかといえば、

「名前はえっと、秘密の密と月、八つの羽、それでみつづきやつばと名乗っていました」

 と返ってきた。

 日向は天炉の書いたその字をまじまじと見つめる。

 その横で天炉が饒舌にその人物について美人さん、美人さんと繰り返す。

「……鬼が赤面するぐらい、きれいな人なんだ」

 蜜月八羽という名前を、あたまに刻む。

「鬼だって赤面するって。ちゃんと心があるんだからな」

 声のほうへ振り向くと、霧生がそこにいた。

「霧生! もう動いて平気?」

「まだそこまで本調子じゃないが、大丈夫だ」

「よかった。あ、まだお礼言ってなかったね。何度も助けてもらったのに」

「いいよ、そんなの。照れくさいし。にしても、珍しいな。ここにいるなんて」

「天炉さんに聞きたいことがあってね」

 あえて、異形のことは伏せた。けれど霧生はどこか察したような色を浮かべた。

「ふうん。――そうだ。もうすぐ祭りがあるんだ。どうだ、一緒にいかないか?」

「ごめん。たぶん友達からも誘われると思うんだ。祭りの会場で会えないかな」

「おう、いいぜ。……ダチか。いいな、そういうの」

 霧生の表情が気になったけれど、ふたりと別れて帰路についた。

「楽しみだなあ。早く一週間経たないかな、なんて」

 ルンルン気分の彼女の髪を、そよ風が撫でた。そして、日向は足を止めた。

 音無く現れたのは、津雲川宗生だった。ナナシはいないようだ。

 警戒して相手を見据えていると、津雲川が肩を竦めた。

「なにもせんよ。俺が殺したいのは青月だけだ。あいつ以外に興味はない」

「ならどうして。私、家に帰るんです」

「聞きたいことがあるのだ。お前、なぜ鬼を魅了することができる?」

 まただ。それがわかっているなら、とっくに話している。

「同じことを訊かれたことがあります。私にはわからない。逆に教えてほしいぐらい」

 津雲川がふむ、と手を顎に添える。

「自覚なし、か。しかしナナシが興味を持ったのは間違いないんだがな」

「なんですって?」

「その様子だと、なにも知らないようだな。――お前、何度か怪物に襲われていないか?」

「そうです、けど」

「それがなぜか、教えてもらっていないか?」

「いいえ。東堂さんは、死がどうとかって言っていましたけど」

「鬼や異形が興味を持つのは、その死だ。死とは恐ろしい。時間と共に死者は忘れ去られてしまうからな。だがときに、死者を忘れず強く思う者がいる。その尊い心に魅了され、怪物はその人間に興味を持つのだ」

「それなら、だれだってそう思っているはず」

「甘い考えだな。だれもがそうだとは限らんぞ、小娘。お前はどうなのだ、日向鈴?」

 日向は思考を巡らす。亡き人を忘れず、強く思うだろうか。

「忘れない……。私なら、忘れない。絶対に」

 日向の真剣な眼を見た津雲川は、面白いとばかりに口角を上げた。

「では聞くぞ。お前の身近で、だれかが亡くなったりしたか?」

 日向は自問する。思い当たる節ならあった。けれど、そのことを津雲川に話す必要があるのかと躊躇った。

「躊躇する必要はないだろうに。まあいい。要するにだ。お前がだれよりも死者を忘れまいと強く思っているその心に、怪物は魅かれているんだ。せいぜい、喰われんようにするのだな」

 一瞬の突風ののち、津雲川がその形を消した。辺りを慌てて見渡すも、あるのは日向の影だけだった。

「なんだったの……」

 腑に落ちないまま、次の日を迎えた。

 津雲川の言葉に悩まされていると、律華がずいと顔を近づけてくる。

「ねえリン、祭りいくでしょ?」

「あ、もうすぐだったね」

「そうそう。リンは一回も行ったことないんだよね。私と幸介も行くから、一緒に」

 うん、といいかけて知らない名前があることに気付く。

「幸介?」

「鬼島幸介。私と同じ中学で、家も近所なの」

 律華と、初対面の幸介と行く祭り。不安はあるけれど、

「どう? 行く?」

「行く!」

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