親というもの
直径5km程の小さな小島、
世界地図で探しても見つけることが非常に困難な程に小さな島がある。
そこは極彩色の鳥が高らかに歌い、密林には果物などが鬱蒼と生い茂っている。
そんなありきたりな小島の中心にはひっそりと洞窟が存在する。
周りには人の気配などなく、その洞窟は少し異質な雰囲気を漂わせていた。
入口付近には、人間が存在しないにも関わらず祭壇のような造形物が門を構えている。
内部は一切の光が届いておらず、完全なる暗黒に閉ざされている状態だ。
動物ですら近寄らないその洞窟だが、意を決して少し足を踏み入れればほんのりと洞窟が光を帯び始める。
そう、洞窟には魔力の蓄積された魔力鉱石が多数存在するのだ。
魔力鉱石はいずれも青白い淡い煌めきを宿しており、
面白みのない洞窟にほんのりと化粧を施し幽幽たる雰囲気を醸し出す。
その魔力鉱石は、洞窟を進めば進む程にいたるところで発見することができ存在感を増していく。
更に最深部あたりでは一面に魔力鉱石が群生しており、より一層妖艶な美しさを漂わせていた。
最深部には、数百年も経過したであろう記念碑や支柱のようなものが存在しており、その巨大なモニュメントは天蓋のように直径5メートル程の泉を囲っている。
ところどころ経年劣化しており、文字のようなものは決して読み解けるものではない。
泉の底にはひときわ大きな魔力を宿した魔力鉱石が存在していて、泉全体にぼんやりと明かりを灯している。
静寂に包まれたその場は一切の生物の存在を感じさせず、非常に神秘的な雰囲気を放っていた。
生物が存在しないのにも理由があり、特に濃度の濃い魔力を含んだ魔力鉱石は、生物に対して多大な影響を与えるため、一般的な生き物だけでなく魔物にも有毒となりうる存在なのだ。
したがって洞窟には生物が本能的に近寄らないため、今でも洞窟は興味深い美しさを維持している。
そんな最深部の泉でちゃぷんと波紋が広がった。
「んん〜〜!!やっとなのね!!」
そこには女神のような美しい雰囲気を放ちつつ、
かつ妖艶な色気をも持ち合わせる女性が、豊満な体躯を泉に惜しげも無く広げていた。
女性はため息を吐く、ため息を吐く姿すらも見惚れるほどに美しい。
「はぁ、いったいどんな方なのかしら、早く会いたいわ。」
「うん、きっと素敵な方に違いないわね!」
そのまま、スゥーっと身体を泉に漂わせる。
「とてつもなく素敵な方なんだから一目見たらわかるはずだわ!!でも、まずは自己紹介をしなくちゃね、相手は私の事をわからないかもしれないし!うんうん。」
「それで、もしそのままお情けを頂戴するような事になってしまったらどうしましょう。」
女性は自らの身体をくねらせ始めた。
晴雲秋月がごとく凪いでいた水面も水しぶきを立てて波打つ。
「あ~~、そしたらそのまま強引に抱きしめてもらってあばあがばばばばばっ」
「ズビッ、あ“〜〜鼻入った、うぅぅ、グスン。。。。。はぁ、上がろう。。。」
女性がよろよろと泉から上がると、泉の奥底に沈んでいた魔力鉱石の光がフッと消失した。
消失したというには語弊がある、吸収されたのだ。
吸い出された魔力は注がれるように女性の体に流れ込んでいく。
明るかった周囲もだんだんと光を失っていった。
「うん、これで少しは魔力も戻るわね、それより着るものをどうにかしないと~。」
「う~~ん、どんなタイプが好みかしら?清楚系?セクシー系?デーモン系かな?でもビースト系かも?でもでもでも。。。。」
女性は口元に手を当て、ぶつぶつと魔法を唱えるかのように呟き、試案を巡らせながら出口へと歩を進める。
彼女が通ると、魔力鉱石の光が一つまた一つと吸収されていき、最後には洞窟の光を全て奪い去り完全なる闇に変えていった。
「あ!!アンデット系もあるわね、でもそうなると。。。」
村でも一回り大きな家には、木でできた腰丈程の簡素な門があり、その庭には家庭菜園等もある。
煙突からは湯気も上がっており家庭の暖かさを感じさせる。
ガチャりと玄関のドアが開く。
「ただいま〜〜、ミラ〜?いないのか~~?」
「あ、師匠!お帰りなさいませ!!」
栗色の髪をした女の子が元気よく玄関まで飛び出してきた。
「師匠!師匠!!アルフォンス君は!?」
興奮を抑えられないのか、後ろで束ねた髪の毛がピョンピョンと揺れる。
「まあ慌てるな、剣術も同じだが慌てたら相手の力量を誤るぞ。お前の悪い癖だ。」
「そ、そうでしたね、失礼いたしました。まずはエリーゼさんにお祝いの言葉を申し上げないと!」
ミラはふんすと鼻から息を出し頷いた。
玄関には、太陽の光をうけてブロンドの髪を輝かせるエリーゼの姿もあった。
手には小さな子供抱えている。
「奥様、この度はおめでとうございます。」
ミラは両手でスカートの端をちょんとつまみゆっくりと頭を下げた。
「ミラ、ただいま。留守の間はありがとうね!大変だったでしょう?」
「いえ、滅相もございません、これも使用人のしご。。務めですから。奥様もお元気そうで何よりです。」
「あらら、私のいない間に少し板についてきたんじゃない?様になってるわよ。」
「これなら、安心してアルフォンスのお世話もお願いできるわね。」
エリーゼは聖母のように笑いかける。
「ほんとですか!?ヤッタ!」
ミラはグッとガッツポーズをした。
「へへへ、エリーゼさんありがとうございます!でもまだカインさんのところのアヤタン師匠の足元にも及
ばないのでもっともっと精進します。」
彼女のいう''師匠''という存在を思い出しミラは眼を輝かせ野心を燃やしている。
アヤタン・ロールズという人物はカイン邸の使用人だ。
ミラは剣術の修行のためにエドワードの弟子となったのだが、初めてアヤタンに会った際、自分の理想像のような女性のアヤタンに衝撃を受けたため、その場で女性としての弟子入りを懇願した。
しかし、彼女はただの使用人のため弟子をとるつもりはこれっぽちもなかった。
それでもミラは食い下がるため、現在ではアヤタンも根負けし、
ミラからの一方的な想いによってできた師弟関係を築いている。
ミラの熱意に押されて渋々主人のカインに許しをもらい、週に数回は教鞭をとっているようだ。
「そうね、アヤタンさんからは私も学ぶことが多いから女性として尊敬するわ。」
「それはそうとミラ、準備はいいかしら?」
ミラの瞳がパッと輝いた。
「は、はい!いつでもいいです!!」
ミラの前に、紺碧の空のように澄んだ蒼い瞳の子供が現れる。
「わぁ〜〜!かぁわい~~~~~!!」
「綺麗な瞳〜〜!かわい〜〜〜〜!!ちっちゃ〜〜〜〜い!!」」
小さな手や足をふにふにと触る。
「こんにちわアルフォンス君!」
ミラが改めて覗き込むとアルフォンスも澄んだ瞳で彼女を見つめ返した。
瞳の向こう側には自由を象徴するような青空が広がっている、その瞬間ミラの体をブワッっと爽やかな風が駆けていったような幻想をみた。
「え、あ、この子。。。きっと将来すごい事すると思う。。。。。。ふえ!?」
自分でも気付かない程、ミラの口から自然と出た言葉だった。
本人も自分で発した言葉に驚きを隠せずにいる。
「わわわ?すみません、なんかよくわからないけどそう思うのです!!」
「本当か!?ミラもそう思うか!?」
「そうなんだよ!!オレもエリィも同じ事を感じたんだっ!!」
息を潜めていたエドワードが堰を切るように話し始めた。
「アルフォンスからは目には見えない不思議な力を感じるんだ、なんだかわからないけど人の心に触れる力がある気がするんだよ!!」
「わ、わかります!きっとアルフォンス君は歴史に名前を残すような事をすると思います!」
「そうだろ!なんせおれの子供だからな!!わはははははは!!」
2人の話は熱を帯びていき隠した興奮を抑えられずにいた。
親の子供自慢というものは他人から見たらどうでもいいような話がほとんどだが、
ミラも思うところがあるのか、増長して話を膨らませ始めた。
「ふふふ、2人ともとりあえず家に入りましょう。」
優しく朗らかな声が妄想の世界に舞い上がる2人を現実に連れ戻した。
「そそそうですね。」
ミラは正気に戻った。
「エリーゼさんもアルフォンス君も疲れているでしょうから、お部屋でゆっくりして下さい。ベットのシーツもしっかり洗濯しております!あと、お昼ご飯も準備しておりますので!」
我に返ったミラの振る舞いは、年齢の割にしっかりとした水準に達しており。、
使用人としても最低限の及第点は与えることができるほどだった。
「ありがとう、あ~ミラの料理楽しみだわ〜〜。」
「あ、あまりハードルはあげないでくださいっ!!」
私の名前は、アヤタン・ロールズ。
カイン・デオワルド様に使える使用人でございます。
奴隷であったこの私を旦那様に救われて以来、私は心身を旦那様に捧げて使えております。
この度、旦那様のご子息のギルフォード様がお生まれになったため、
今後の家事全般をすべて奥様のリーズレット様に変わって行っていきます。
さっそく、旦那様と奥様がギルフォード様を連れてご帰宅されました。
お2人は仲睦まじくとても幸せそうで、私も自然と笑顔がこぼれてしまいそうでした。
奥様は嬉しそうにわたくしにギルフォード様を紹介してくれました。
恐れ多くも奴隷の時代に多くの乳幼児を育ててきた私は、
子育ての経験はそれなりにありますし、普通の方より多いと自負しております。
よほどのことがなければ子育てに動揺したり狼狽えるなどといったことはありません。
しかし、私はギルフォード様を一目見た瞬間、エメラルドのような美しい瞳に一瞬理性を失いかけました。
それは何を言われても従ってしまいそうなほど美しく、心が吸いこまれていく麻薬のような感覚でした。
もちろん、ギルフォード様のお願いであれば断るつもりもありませんし、旦那様のお許しが頂ける範囲であれば何でもするつもりではあります。
しかし、翡翠の瞳には思考的ではなく衝動的に本能的に心の底から従ってしまいそうになるのです。
こういったものを魔性の瞳「魔眼」とでも言うのかもしれません。
もちろん、旦那様も奥様も魔族の系譜は無いので魔眼でないと思います。
お二方のいずれの家系にも緑色の瞳を持った方はおりませんが、
覚醒的な遺伝というものもあるという事ですので、さして気にはされていないご様子です。
見れば見るほど吸い込まれていくようなこの気持ちをもしかすると母性愛と言うのかもしれません。
ということは、不肖な私にも母性というものが芽生えたのでしょうか、
かような崇高な贈り物を頂いたからには、
私も全力でギルフォード様にお仕えしようと思う所存でございます。
しかし、そんなギルフォード様ですがまったく手がかかりません。
これには私も驚きを隠せませんでした。
普通であれば、些細なことで何かと泣き出すのが乳幼児のはずですが、
ギルフォード様は泣きません。
エドワード様のご子息は常に泣き立てているそうですが、それが当たり前の事なのです。
お腹が減った、お尻が不快、母親はどこ、あれは何、これは何といった些細な事で乳幼児というものは泣いてどうにか親に伝えようとするものです。
しかし、ギルフォード様はお粗相をされた際に若干の涙を目元に溜めた時しか泣きません。
それも、すこし申し訳なさそうに小さな声で泣かれるのです。
そんな姿も尊く、非常に愛おしくなります。
私としてはもっとギルフォード様のお役に立ちたいのですが、なかなか出番がありません。
いっそのこと私にも母乳が出ればリーズレット様に代わって授乳もする事が出来るのですが、
妊娠をしていない私にはとてもできないことです。
なら私も旦那様に寵愛を頂いて妊娠すれば、今以上にギルフォード様に触れることができるのではないでしょうか?
旦那様は非常に高潔な方ですので、そういった事はまずないと思いますが、
不敬な私にはそういった矮小な感情や願いが芽生えてしまうこともあるのです。
はあ。。。。
どうすれば、
いつになれば、
この母性を発散できるのでしょうか。。。
こういった思いを日々抱いておりますが、すくすくとギルフォード様は育っております。
非常に聡明なご子息で2歳になるころにはすでに一通りのことができるほどになりました。
幼馴染であるアルフォンス様は未だにたどたどしくエリーゼ様に依存しておりますが、
ギルフォード様はすでに1人立ちをしております。
奥様もまだまだギルフォード様を溺愛しており、いわゆる子離れができていないのですが、
そんな想いとは裏腹にほとんどのことをご自身で行ってしまいます。
余談ではありますが、奥様の寂しそうな顔を気遣ってか、たまにワザと甘えている気もするのですが、
さすがにこれは私の考えすぎだと思っております。
最近はミラ様と一緒に語学や歴史等を勉強されており、稚拙ながら私が教鞭を振るわせて頂いております。
ギルフォード様にいつも以上にお仕えすることができる機会ですので、私としても非常に喜ばしいことです。
意欲的に学ばれる姿勢はとても凛々しく、まるで旦那様のようでした。
特に魔法に関しては深い興味がおありのご様子で私の話も熱心に聞いて頂けます。
お勉強の際はあの美しい瞳にまっすぐと見つめられるので、心の奥まで裸にされてしまいそうな甘美な感覚に支配されてしまい、少々理性を忘れそうになりますが、その場とは言え教師の立場ですので分別はわきまえております。
魔法に関しては一般知識をお教えすることはできても、実際に使うことができないため実技は教える事が出来ず少々歯がゆさを覚えております。
いつかは私もお役御免となってしまうかもしれません、その時は魔法の実験相手にでもなるしかないでしょう。
私としてはギルフォード様のお役に立てるのであれば本望でございます。
今まで多くの方を見てきましたが、ここまで才能が目覚ましい方は初めてです。
きっと旦那様に似て聡明で崇高な方になられるに違いありません。
将来が非常に楽しみでございます。
そういえば、本日はミラ様に礼儀作法を教える日でした。
ギルフォード様ほどではありませんが、彼女にも光るものがあります。
師匠になったつもりはありませんが、デオワルド家に使える使用人として、
どこに出ても恥ずかしくない一人前の淑女になれますようお手伝いせねばなりませんね。
やっと、2歳ですよ。。。
そもそも本当はいろいろ考えていたんですが、
結局長くなってしまうので少し短くしました。
人の人生っていうのは長いですね。
とりあえず、次の話から少しずつ進んでいくとは思いますので、お付き合いいただければ幸いです。