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サーガの未来に光あれ

作者: UFO

とあるコンテストに応募するために書いてて、締め切りに間に合わず断念した作品です。()

超絶ボリュームの作品ではありますが、是非ご覧下さいませ……!


 「はぁ……」

 

 昼休みに入り、クラスメイト達が続々と購買に向かう中、私━━━嵯峨(さが) 綾火(あやか)は一人、席で頬杖をついてボーッとしていた。5月に入って少しだけ暖かくなり始めていたので、室内ではブレザーを脱いで、代わりにピンク色のカーディガンを羽織るのが私流のスタイルなのだが、それにしても今日は特に暖かい。カーディガンもいらないかな……と思ってしまうほどのポカポカ陽気が、コンクリート壁で覆われた福野町高校(ふくやまちこうこう)の校舎全体を包み込んでいた。

 都市開発の過程で建設されたたくさんのビルが建ち並ぶこの宮胡市(みやこし)は、全国的にも雨が少なく、カラッとした暑い日が多い街として有名だった。日射し、紫外線、乾燥した空気……どれもこれも、イマドキのJKの天敵ばかり。そこかしこのビルの窓ガラスが、日射しをバシバシ反射させているのも、そういった問題を引き起こしている原因の一つだ。太陽光発電の何かでも始めて、環境整備の方にも力を入れてくれれば良いのに……と、一市民として声を挙げたいところだ。

 

 

 「……もしもーし、なーにボケッとしてんの? 昼休みだよー、パン売り切れちゃうよー?」

 

 と、机に突っ伏す私の頭上で声がした。敢えて頭を起こすような事はせず、私はそのままの姿勢で返事をする。

 

 「うっさいなー。 パンなら今朝のうちにコンビニで買ってきたからいーの」

 

 「なぁんだ。 ……あ! これって新発売のオレンディーノティーじゃん! ちょいちょーだい!」

 

 「ちょっ!? それまだ私飲んでないんだからダメ!」

 

 とまぁこんな風に、教室の端っこで私と他愛ない会話に付き合ってくれているのは、クラスメイトの園部(そのべ) 世奈(せな)だ。健康的なポニーテールの茶髪をゆらゆらと靡かせて、彼女はいつも私にちょっかいをかけてくる。まぁ、根暗でコミュ力もなく、休み時間はいつもスマホばかり弄っているという私のような人間からすれば、世奈みたいな元気で明るい子が構ってくれるのはありがたい事なんだろうけど。

 

 「綾火の考えてる事当てたげよっかー? ……教室の入り口で女子に囲まれてる保津クンに、アタシも話しかけに行きたぁい! ……的な?」

 

 「これっぽっちも思ってまーせーんー。 ……てか、私はもう興味無いって言ってんのに、向こうからグイグイ来られるから、どっちかって言うと困ってんの!」

 

 「うわ、出たよ強気発言……。 アンタさ、保津クンが女子の間でどんだけ人気だか知ってんの? 自分が保津クンのお眼鏡にかなう女子だからって調子こいてたら、いつか始末されるよー?」

 

 「関係ないし。 てか、アイツの絡みはそういうアレじゃないから」

 

 「あっそー。 ……あ、ところでさ、最近久美ちょが近所でプチ整形やって貰ったらしくてー……」

 

 お手本のようなガールズトークを繰り広げる私たちだったが、私の口から漏れるのはため息ばかりだった。ぼんやりと霞んだその視線の先には、別のクラスの女子に囲まれて、楽しそうに話す男子生徒の姿があった。

 保津(ほづ) 陽太(ようた)。うちのクラスメイトで、学年一のイケメン。気さくで明るい彼は、あんな感じでいつも女子に囲まれている。……実を言うと、彼と私とは中学の頃からの同級生であり、以前は、私も彼に恋をしていた。『以前は』というのは、今はもう微妙に冷めてしまっているという事だ。ある出来事があってから、私は彼への恋愛感情を失った。思い出したくもない、あの事件。あれ以来私は、彼の顔を見ることさえも嫌になってしまったのだ。それなのに━━━

 

 

 「━━━おい、サーガ。 お前も、一緒にパン買いに行かねぇか?」

 

 

 ……この男は、何故か私に積極的に声をかけてくるようになったのだ。

 

 「……いい、私もうパン買ってあるから。 ってか、その呼び方本当に止めて!」

 

 「ハハハッ、相変わらずだなお前も。 そんなに嫌か? サーガって」

 

 本当にもう、なんでこの男は私にいちいち話しかけてくるのだろう。さっきまで保津君と話していた女子たちから、殺気だった視線が送られてくる。なんなら、世奈まで殺気だった視線を向けているような気がする。……あぁ、とんだとばっちりだ。私は頭を抱えながら、元凶であるチャラ男をシッシと追い払った。

 

 「チッ……んだよ、人がせっかく誘ってやってんのに」

 

 「いいから、さっさと一人でパン買いに行って」

 

 不服そうな顔をしながら、保津君は私の席を離れていった。その際、他の女子生徒ら全員から『死ねっ!!』というテレパシーを感じとった気がするが、気のせいという事にしておく。ポカポカ陽気の昼休みが一転、これじゃギスギス空気の昼休みだ。

 

 

 「んもぉ~綾火ってば、なーんであんなつっけんどんな態度とっちゃうかなぁ~。 相手はあの保津クンだよ? アレか、古き良きツンデレか?」

 

 「違うし」

 

 「バッサリ切るなぁ。 ……てかさ、あだ名とか付けられてたじゃん。 サーガ、だっけ? 良いなー、流石にちょっと妬いちゃうかもー」

 

 「止めて。 あの名前は本当に聞きたくないの……!」

 

 頭にハテナマークを浮かべる世奈の前で、私は思わず耳を塞いで机に伏せてしまった。

 サーガ……私の苗字が『嵯峨』というちょっと珍しいものであるという所から来ているあだ名であり、他の人もそうだと思い込んでいる。しかし、その名にはさらに、隠されたる秘密があった。私と、他の一部の人間しか知らない秘密。ずっと、焼却処分してやりたいと思い続けている忌まわしき過去。……あの名前は、私にそれを思いださせる悪魔のトリガーなのだ。

 

 「……え、何? 地雷踏んじゃった系? ちょっとあーやーかー!」

 

 ゆっさゆっさと私の肩を揺らす世奈とは、高校に入ってからの付き合いであるため、私の秘密を知らない。というか、今後一切教えるつもりはない。

 ……でも、それで良いのだ。私の秘密を知っている人間は、私と保津君ぐらい。中学時代の同級生がかなり危うい気がするが、そこはそれ。皆とはもう縁を切った、ということにしておく。だから、これで良いのだ。このまま、私の秘密は闇の中へと葬り去られれば、私は普通の高校生活をエンジョイする事ができ━━━

 

 

 

 「━━━おい! 待たないか、お前!」

 

 「きゃっ!? ちょっと何~?」

 

 「あれ、亀山高の制服だよね? どっから入ってきたんだろ……?」

 

 何やら廊下の方で、生徒たちがザワついていた。何だろう……? と、世奈と一緒に喧騒がする方へと顔を動かす。

 と、次の瞬間、私の視界に見知らぬ小柄な男子が飛び込み、立ち塞がった。

 

 「え……?」

 

 理解が追い付かず、目をパチクリさせている私の目の前で、その男子は声高らかに言った。

 

 

 「やっと見つけたぞ……! 覚悟しろサーガ!!」

 

 

 「……は? え?」

 

 迫真のその第一声に、私の頭はますます混乱するばかりだった。いや、こいつ誰? なんで初対面のはずなのに"サーガ"って呼び名知ってるの? というか、何でいきなり宣戦布告されてんの……?

 何一つとして状況が理解できない私に、世奈がヒソヒソ声で尋ねる。

 

 「ねぇ、あれウチの生徒じゃないっぽいけど……綾火の知り合い? 超アグレッシブだね……」

 

 「んな訳ないでしょ! お初にお目にかかる子だってば!」

 

 「そなの? でも、サーガって呼んでたじゃん? サーガって」

 

 「あぁぁぁ頼むから連呼しないでぇぇぇ……」

 

 頭を抱える私に構わず、目の前の男子はフンッと仁王立ちで構えながらこちらを睨んでいる。癖毛っぽい黒髪は短く切られているが、やけにボサッとしている。そして、顔の半分ぐらいを覆う白いマスクが、彼のギラリと光る鋭い目付きを強調させていた。見るからに怖い人だ。どうしよう……やっぱり私に用がある感じだよね? なら、話かけないと仕方ないか……。

 

 「あ、あのー……どちら様?」

 

 当り障りのない感じでそう尋ねると、彼は得意気に鼻をならして、メチャデカい声で、

 

 

 「俺は亀山高からやって来た、大地の化身……"グランディス"だ!」

 

 「━━━っ!?」

 

 沈黙に包まれる教室。……まぁ、どっちかというと、呆然として言葉が出ない、っていう類いの沈黙だけど。

 ……しかし、私はただ一人、彼のその言葉を聞いて戦慄を覚えた。ゾワッと背筋が凍るような感覚に、自然と冷や汗が垂れる。目の前の彼━━━グランディス君は間違いなく、私にとっての脅威だと悟った。

 

 「え……グランディス? 何それ、ちょっとウケるんだけど! ねぇ、綾火! ……ん? 綾火? どしたの、固まって」

 

 おーい、と世奈が私の前で手を上下させるが、私は動くことが出来なかった。他のクラスメイトも、私の様子がおかしい事に気づいたのか、こちらの方に視線を向けている。

 

 「フン、恐れをなしたかサーガ。 ……だが、本当の地獄はここからだ。 俺は大地の精霊回廊とコネクトし、地球の力を手にした。 そして、サーガの力さえをも完全に俺のものにしたのだ!」

 

 「え゛っ」

 

 およそ、若い女子高生が出してはいけないような悲鳴を小さく発しながら、私は我に返った。世奈が心配そうに見つめる中、私は手をブンブンと振りながら彼にコンタクトを試みる。

 

 「ま、待って、一旦落ち着こ! ほら、此処じゃアレだし、場所変えよ! 皆見てるし、ほら」

 

 「構うものか! 俺の姉さんの仇……今ここで獲ってくれるわ!」

 

 そう言って、手を振り上げるグランディス君。あっ……とクラスメイトが声をあげる中、私は為す術なく目を閉じた。そして━━━

 

 

 「━━━深淵の業火よ、我が魂の鼓動に答えよ! そして今こそ、我が身にその力を降ろすが良い!

 ……喰らえっ! 炎帝の灼熱連撃(ヴォルケイノ・デビルブレイク)!!」

 

 

 「ぎゃああああああああああ嫌あああああああああっ!!!!!」

 

 グランディス君が右手を降り下ろし、私の目の前に翳すのと同時に、私は椅子から転げ落ち、そのまま床をのたうち回った。世奈やクラスメイト達が呆気に取られる中、グランディス君だけは不敵な笑みを浮かべて私を見下している。私が苦しんでいるのは、別に物理的にダメージを受けたからではない。……炎帝の灼熱連撃(ヴォルケイノ・デビルブレイク)という、私がかつて生み出した技によって、精神的にダメージを受けたからだ。

 

 

 結論から言おう。私は中学時代、重度の中二病患者だった。その時名乗っていた二つ名が、サーガだ。

 それはもう、腕に変な刻印とか描いて、その上から包帯とか巻いてたレベルの重症っぷり。しかも、それを隠すどころか、クラス中にひけらかしていた。同じ趣味趣向を持つ友達と『サーガ団』なんていうバカみたいなグループも作っていた。おかげで、私は中学時代の同級生からはこぞって"サーガ"という名前で呼ばれるようになってしまったのだ。

 中三の半ばぐらいで、私は己の過ちに気づいた。その瞬間から、私のこれまでの業は全て"黒歴史"となった。だからこそ、私はわざわざ隣町である宮胡市の福野町高校に入学した。髪型とかも変えて、精一杯のイメチェンをして、高校からはキレイサッパリ過去を捨てて……そうして、新しい人生を歩んでいくつもりだったのだ。

 ……もう気づいてると思うけど、保津 陽太という男は、この高校で唯一、私の過去を知る中学時代のクラスメイトである。当初、彼が私と同じ高校に入っていたという事は知らなかった。彼は、中学三年の時に転校していたからだ。だから、キレイサッパリ過去を捨てるという私の計画は頓挫した。幸い、保津君は過去の私の諸行を皆に言いふらしたりはしなかったのだが、かつての名残でずっと私を"サーガ"と呼ぶのだ。というか、"サーガ"という名前を聞くだけでも胸が抉られるようなダメージを負うというのに……炎帝の灼熱連撃(ヴォルケイノ・デビルブレイク)はマズイ。 死ぬ……恥ずかしさと後悔と自己嫌悪で死ぬッ!!

 

 

 「まだ終わらないぞ! 喰らえっ! 業火絢爛(ブレイズロンド)ッ!」

 

 「嫌ああああああああもぉやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 

 ゴロゴロと、頭を抱えて床を転がる私を見下して、グランディス君は愉快そうに微笑んでいた。その一方で、世奈は……いや、クラスメイト皆は、ドン引きしながら冷たい目で私のことを見つめている。

 

 

 「あ、綾火…………?」

 

 「見ないで世奈……こんな私を見ないで……」

 

 「あー、いや、見たくないのは私も同じなんだけどさ……」

 

 正直、もう泣きたい気分だった。たった一瞬で私の高校生活を崩壊させたグランディス君は、依然として瞳に笑みを浮かべている。

 ……というか、本当に一体誰なんだコイツは!? 亀山高の生徒って事は、少なくとも私の居た中学の卒業生では無い筈だし、第一本当に見覚えがない。なのに何故、この男は私が昔考えた中二必殺技をマスターしているの!? なんで私はこんな仕打ちを受けているの!?

 

 

 「貴方は一体誰なの……? なんで……なんでこんな酷いことするの……?」

 

 さながら、窮地に立たされたアニメのヒロインみたいに、弱々しく尋ねる私。その言葉に、彼は掲げていた両手をスッと下ろすと、

 

 「まだ分からないのか? ……仕方ない。 なら、俺の真名を教えてやる」

 

 そう言って、彼はゆっくりと耳に手をやって、白いマスクを外した。その下には恐ろしい化け物の口が……なんて事はなく、キリッとした顔立ちのイケメンの顔がそこに現れただけだった。……というか、あれ? この顔、どっかで見たことある気が……

 

 

 「━━━俺の真名は九条(くじょう) 大地(だいち)だ。 ……どうだ、ここまで言えばもう分かるだろう?」

 

 キメ顔でそう名乗るグランディス君……もとい、九条 大地君。 ……ん? 今、九条って言った? 九条って確か、知り合いに居たような…………

 

 

 「あーーーーーっ!!!?」

 

 その瞬間、私は彼の正体に気づき、さっきの悲鳴にも負けないぐらいの大声をあげた。すっかり置いてけぼりの世奈たちを無視して、私は叫ぶ。

 

 「九条ってもしかして、ウィンディ……じゃなくて、凪沙の? もしかして、凪沙の弟君!?」

 

 「フッ……ようやく気づいたか、サーガ」

 

 「サーガ言うな! ……それにしても、まさか、凪沙の……」

 

 九条(くじょう) 凪沙(なぎさ)。この名前は、私もよく知っていた。何を隠そう、彼女は私が作った『サーガ団』に所属していたメンバーの一人なのだ。

 私が"サーガ"と名乗っていたのと同様に、彼女は自分を"ウィンディ"と呼んでいた。だから、私からすれば、そちらの名の方が馴染み深いかもしれない。ウィンディは、中学時代に出来た私の数少ない友達の一人なのだ。

 ウィン……凪沙とは、私が我に帰った中三の時ぐらいから疎遠になっていた。というのも、ある事件をきっかけにケンカ別れをしてしまい、そのまま別々の高校に行ってしまったからだ。確か彼女は、市立の亀山高校に通っていた筈だが、まさかその弟君が、同じ高校に通っていたとは知らなかった。

 

 「なんていうか……すごいイメチェンしたね? 確か、昔はもっと"冴えない男の子"って感じの見た目だったのに」

 

 「なっ……黙れ! 俺は生まれ変わったんだ! グランディスという名のもと、ガイアの力と一つになってな!」

 

 あー……いわゆる"闇堕ち"という奴か。大地君は、どうやら私や凪沙と同じ道を辿り、中二病を患ってしまったらしい。これから先、その経験があらゆる苦悩を生むというのに……南無。

 

 

 「えーっと……要するにこの男子は、綾火の昔の友達の、その弟って事?」

 

 床にペタリと座り込んだままだった私に手を差し伸べながら、世奈が話を整理する。私は、世奈の手を掴んでヨロヨロと立ち上がりながら、コクリと頷いた。大地君とは、友達の友達、ってぐらいの距離感だったため、大地君とはそこまで仲が良かった訳ではない。だが、よく凪沙の家に遊びに行っていた私は、自ずと彼とも何度か顔を合わせている。彼が私の黒歴史を知っていたのも納得だ。……しかしまぁ、まさかこんな形で再会するなんて思ってもみなかったけど。

 

 「んで、大地クンだっけ? ウチの学校に無理矢理上がり込んで、でもって綾火に何かよく分かんない攻撃して、一体何が目的な訳?」

 

 敵意を含んだ目付きとともに、世奈が問いかける。大地君は、外していたマスクを静かにつけ直すと、

 

 「言っただろう? 俺は姉さんの仇をとりにきた。 ただそれだけだ」

 

 「仇ぃ? 綾火、その凪沙とかいう子に何かしたの?」

 

 「えっ……いやまぁ、ちょっと前に大ケンカはしたけど……」

 

 「とぼけるな! 姉さんをあんな目に遭わせておいて……タダで済むと思うなよ!!」

 

 はぁ、マジ意味分かんない……とボヤく世奈の傍らで、私は彼の真剣すぎる様子に違和感を覚えた。言動こそふざけまくっている彼だが、その態度や目付きだけは、おふざけなんかじゃない。真剣そのものであるように感じたのだ。

 

 

 「ねぇ……凪沙に何かあったの?」

 

 恐る恐るそう尋ねると、大地君はほんの一瞬だけ顔をしかめた。それから、怒りを孕んだ声で、私に衝撃的過ぎる告白をしたのだ。

 

 

 

 「姉さんは今……一酸化炭素中毒で、昏睡状態になっている」

 

 

 「え…………」

 

 

 言葉を失うとは、まさにこの事だと思った。思ってもみなかった旧友の近況報告を、私は事実として受け止められずにいた。頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が、脳内を蹂躙する。

 

 「い、一酸化炭素中毒って……」

 

 「下らない猿芝居をするな! 全部……全部お前がやった事だろう、サーガ!!」

 

 拳をグッと握りしめながら、大地君は悔しそうな表情を浮かべていた。沈黙に包まれていた教室は一変、別の意味での沈黙に包まれていた。

 

 「つい一週間前の事だ。 姉さんは、家に帰る途中で何者かにさらわれた。 ……そして翌朝、家の前で倒れ伏している姉さんを見つけた俺は、すぐに姉さんを病院に連れていった。 医師の診断で、姉さんは一酸化炭素中毒だと言われて、今も病院のベッドで眠っている。 警察も、これを殺人未遂の罪として捜査している」

 

 世奈も私も、彼の言葉を真剣に聞いていた。警察、という言葉に反応して、クラスメイトの何人かがヒソヒソと話をし始める。……そういえば、つい最近、宮胡市内で通り魔事件が発生したという噂があったような気がする。

 

 「警察はまだ犯人の足取りを掴んでいない。 ……だが、俺には分かる。 お前が……業火の使い手であるサーガが、姉さんに手をかけたという事がなぁ!!」

 

 「ちょ、ちょっと待ちなよ! んなもん有り得ないに決まってるでしょ!」

 

 真っ先に抗議したのは、世奈だった。私をはじめとして、この場にいる生徒全員が察した事だろう。私が"業火の使い手である"なんて、中二病の戯れ言。実際にそれで人を襲うことなんて出来る筈がない。

 しかし……

 

 「一酸化炭素だぞ!? 犯行に炎が用いられたのは明らかだ! サーガ以外に誰が考えられるっていうんだ!」

 

 ……彼はどうやら、本気で私が"業火の使い手"であると信じているらしかった。

 未だに現実を受け止められない私に代わって、世奈が大地君に対抗をしてくれている。しかし、大地君は"犯人はサーガだ"の一点張り。もう、埒が明かなかった。

 

 「おい、お前も何とか言ったらどうなんだ、サーガ!!」

 

 もう、サーガという呼び名への抵抗感はどこかへ消えていた。それに加えて、弁明するということすら頭に無かった私は、ボソッと一言、呟いた。震える身体を押さえ、か弱く声を絞り出しながら、言った。

 

 

 「会わせて……」

 

 「……は?」

 

 「……お願い! 凪沙がいる病院に私を連れてって! ウィンディに、会わせて……!!」

 

 震える声は、いつの間にか必死な訴えかけに変わっていた。大地君の両肩を掴んでグワングワンと揺らしながら、私は必死に彼に頼み込む。

 

 「綾火……」

 

 私が犯人かどうかなんて、どうでもいい。それよりも今は、凪沙に会いたい。会って、無事なのかどうかを確かめたい! そんな思いを胸に、私は必死になって彼にすがり付いた。

 

 「…………」

 

 大地君は、しばらく黙っていた。クラスの皆も、私を心配そうに見つめているようだった。やがて、大地君が観念したかのように深く息を吐き、

 

 「……良いだろう。 姉さんを前にして、自分の罪を購いたいというのなら、着いてこい。 姉さんは今、福野町総合病院に」

 

 「福野町総合病院ね! 分かった!」

 

 「お、おい!? 今から行くのか!?」

 

 「ちょ、綾火っ!? 午後の授業どうすんのー!?」

 

 「早退した、って言っといて!」 

 

 病院の名前を聞くや否や、私はすぐさま財布とスマホをポケットに入れて、教室を飛び出した。驚いた様子の大地君が、その後に続く。はやる気持ちを足に伝わせて、一目散に廊下を駆ける私と謎の男子生徒の姿を、廊下にいた生徒たちは物珍しげに眺めていた。

 

 ドンッ!

 

 と、階段を下りる手前で、誰かにぶつかった。パンを買って帰ってきた保津君だった。

 

 「いって、何すんだよ! ……って、サーガ? ちょ、どこ行くんだよお前!」

 

 「ちょっと急用! アンタには関係ない!」

 

 「はぁ? どういう意味だよ、それ……」

 

 捨てゼリフを吐く保津君に、私は見向きもしなかった。風を切って駆ける私の後を追う大地君は、スルリと保津君の肩を避けて、そのまま通りすぎていくのだった。

 

 

 ~~~

 

 

 「ウィンディッ……!」

 

 ノックもせずに、勢いよく病室の扉を開け放つ。室内で仕事をしていた看護師さんがビックリして小さく悲鳴を上げていたが、そんな事はお構い無しで、私はすぐさま凪沙が眠るベッドへと駆け寄る。

 

 「ウィンディ……ねぇ、ウィンディ……私だよ、サーガだよ。 目を覚ましてよ、ねぇ……!」

 

 呼びかけても、返事はない。酸素マスクに覆われた彼女の顔は、当時と変わらない、美しい顔立ちのままだった。しかし、その顔は笑わない。シュー、シューと音を立てるだけで、彼女の目や口は、一向に動くことはない。それを目にした瞬間、私の目からボロボロと涙が零れ落ちた。

 

 「うぅっ……ウィンディ……くぅっ、う、うわあぁぁぁん!!」

 

 吹き出す悲しみは留まることを知らない。意思とは関係なく溢れ出る涙を止めることが出来ないまま、私はただ、動かない旧友の身体に寄りかかって、その布団を濡らしていた。

 

 

 「……あン? 誰だアンタ。 嬢ちゃんの友達か?」

 

 と、ベッドの向こう側から、嗄れた男性の声がした。どうやら、病室に先客がいたらしい。涙を袖で拭いながら顔を上げると、そこには見知った顔の人物がいた。

 

 「……あれ? 西大路さん?」

 

 「お? 何だ、俺の事知ってんのか?」

 

 名前を呼ばれた方は、私の事を覚えていない様子だったが、私は彼の事を知っていた。彼は━━━

 

 

 「━━━ハァッ、ハァッ……やっと付いた……! ……って、刑事さん。 いらしてたんですね」

 

 途中で外したのであろうマスクを握りしめた大地君が、ようやく病室に辿り着いた。彼が言ったように、この人は近くの警察署に勤務する刑事、西大路(にしおおじ) 兼吉(かねよし)さん。見た目からも分かる通り、この道数十年のベテラン刑事さんだ。私は以前、私の友人のもとで起きたある事件で、西大路さんに会っている。その時の印象が強くて、私は彼のことをよく覚えているのだが、彼の方は、私のことはとうに忘れてしまっているらしい。

 

 「おう、ちょいと報告があってな。 ……あれか? この嬢ちゃんは、お前の友達か?」

 

 「違います! コイツが……コイツこそが、姉さんに手をかけた犯人です!」

 

 「だから、私は違うって言ってるでしょ……!」

 

 「そーだなぁ……被害者の前でこんなに泣きじゃくるような奴が犯人だとは、俺にも思えねぇけどな……」

 

 ため息混じりにそう告げる西大路刑事に、大地くんは恨めしそうな視線を向ける。もし刑事さんが大地くんの言葉を真に受けて、署で取り調べなんてさせられたらどうしよう……と少し心配していたのだが、杞憂に終わりそうでホッとした。

 

 「……それで、報告って何ですか?」

 

 「あぁ、実はな……」

 

 のっそりと立ち上がった西大路刑事は、手にしていたファイルから二、三枚ほどの束になった紙を取り出すと、乱雑に大地君の方へと投げた。

 

 「被害者の目撃情報や持ち物、さらには残されていた指紋……これらから、容疑者がある程度絞り込めてきた」

 

 「っ!?」

 

 「あー……だが、まだ証拠が不十分でな。 容疑者の名前を明かすことは出来んし、何より行方が分かってない。 まぁ要するに、もうすぐ犯人が捕まりそうだからもう少し時間をくれ、って報告だ」

 

 目を見張る大地くん。私も、こんなにあっさりと事件の幕切れが訪れるとは思ってなくて、少し驚いた。でも、事件が解決するに越したことはない。私にかけられた疑いが晴れる事もそうだが、それ以前に、どうして凪沙がこんな目に遭わなくてはならなかったのか。その真実を、私も知りたかった。

 

 「詳しく聞かせて下さい! 今の時点で分かっている事を、全部!」

 

 「あぁ、そのつもりだ。 ……嬢ちゃんは、被害者の友人なんだよな? じゃ、一緒に聞くか?」

 

 「……はい、お願いします」

 

 西大路刑事は、さっきの紙の束と同じものをもう一枚取り出し、私に投げた。公民の授業プリントと同じくらいややこしくて細かいその資料に目を凝らしながら、私は、西大路刑事の説明に耳を傾けた。

 

 

 「……まず、被害者は九条 凪沙。 4月29日の午前7時24分、自宅の前で気を失っているところを、弟である九条 大地に保護されて病院に運ばれた。 犯行推定時刻は、前日の午後10時から、翌朝の7時までの間だな。 首もとの火傷、そして一酸化炭素中毒という被害状況。 そっから推察するに、容疑者はスタンガンか何かで被害者を気絶させた後、どこかの密閉した部屋に運び、煉炭か何かの不完全燃焼によって一酸化炭素中毒にさせた。 そうして、意識不明になった被害者をわざわざ自宅前まで運んで放置した。 ……そんなところだ」

 

 「どうして……どうして凪沙が……」

 

 「さぁな。 容疑者はおろか、殺害現場もまだ断定出来る状況になってねぇから、そこは何とも言えん。 ……ただ、被害者の同級生への聞き込みから、被害者はとある闇医者のもとへ足しげく通っていたという事が判明した」

 

 「闇医者……?」

 

 突如出てきた新しいワードに、私と大地君はほぼ同時に反応した。意図しないシンクロに、大地君はムッとした表情を浮かべてこちらを睨んできたが、気にせずに刑事の話に集中する。

 

 「あぁ。 ……正直に言っちまえば、警察はこの"闇医者"が犯人なんじゃねえかと踏んでいる。 奴は数日前から足取りを消していてな、下手すりゃ指名手配するかもしれん」

 

 「あの……その闇医者というのは、どういう人なんですか?」

 

 西大路刑事は、質問した私の顔をじーっと10秒ほど見つめてから、

 

 「あー……嬢ちゃんは知らねぇか? 最近、宮胡市内で"プチ整形"とか言うのが流行ってるらしいんだが……」

 

 「プチ整形…………あっ」

 

 思い出した。確か、世奈がそんな話を度々持ち掛けてきたような気がする。『数万円払えば、顔の気になる部分を整形してくれる』とか何とかで、巷で噂になっているヤツだ。世奈の知り合いがそのプチ整形を受けたらしく、『なんか目元だけ石原やま子に激似になっててさ! チョー羨ましかった!!』と、世奈が言っていたのを話半分に聞いていた記憶がある。

 

 「姉さんが、整形を……?」

 

 「いや、この病院の医者に聞いたが、被害者に整形の痕跡は無いらしい。 まぁ、値段交渉か何かの最中でトラブルになった、って感じじゃねーか?」

 

 凪沙の顔を覗き込みながら話す刑事さんに釣られ、私も凪沙の顔にチラリと目をやった。整った顔立ちは、中学の頃から変わらない。こんなに美人なのに、わざわざ整形なんてする必要あるのだろうか? それが、少しばかり気になった。

 

 

 「……とにかく、警察はその闇医者の行方を追っている最中だ。 とっ捕まえたらすぐに連絡するから安心しろ」

 

 「……はい、ありがとうございます……」

 

 ペコリ、と頭を下げた大地君を見て満足したのか、西大路刑事はそのまま静かに病室を後にした。カタン、という扉の音を最後に、病室の中は重苦しい静寂の空間と化した。

 

 

 「……じゃあ、私もそろそろ戻るね」

 

 しばらくの間、ずっと黙りこくっていた私たちだったが、ずっと病室に居座るわけにもいかないので、結局私が根負けして、病室を後にすることにした。気まずい空気の中、なんとか言葉を絞り出して声をかけてみたものの、大地君は黙ったままピクリとも動かなかった。

 仕方なく、私はスタスタと彼の横を通りすぎて、病室の扉に手をかけた。部屋を出る直前、微かに彼の呟くような声がした。

 

 「姉さん……」

 

 その言葉に、私は何も返すことが出来ず……静かに閉じた病室の扉からは、それ以降、何の音も聞こえてこなかった。

 

 

 

 ~~~

 

 

 そして、あれから三日が経過した。

 例の日の事もあって、昨晩はあんまり眠れなかった。授業にも全然身が入らないし、友達に何か話しかけられても、右から左へと内容が耳を通り抜けていくばかりだった。

 

 そして迎えた昼休み。私は、顔を覆うように机に伏せて、盛大なため息をついていた。

 というのも……

 

 

 「━━━これで勝ったと思うなよサーガ。 まだお前への疑いが完全に晴れた訳じゃないからな」

 

 「そう思ってるのは君だけだよ……」

 

 「フン、口応えが出来る立場か? ……地獄の業火よ、今こそ我に力を! 冥界の紅蓮(インフェルノ・スカーレッド)!」

 

 「あああああああごめんなさいごめんなさい謝るからマジでそれは止めてぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 あの日、クラスを騒がせた件のグランディス君……もとい大地君が、またしても昼休みの教室に姿を現したのだ。初日を含めると、もう四日連続のご登場。先生たちは何をしてるんだろうか……。

 凪沙へのお見舞いとかで会うのならともかく、これ以上私と大地君が顔を合わせる必要はないはずだ。それなのに、この少年は私の席の横で仁王立ちしながら、片時も私を監視下から外そうとしないのだ。……正直言って、メンドくさい事この上ない。

 

 「どーすんのよ綾火。 これ、犯人捕まるまでずっと続く系じゃない? ……ストーカーの被害届とか出す?」

 

 「うん、もうそれが良い気がしてきた……」

 

 心が疲れきっているせいか、世奈の声も頭に入ってこない。一体いつになったら、私はこの状況から抜け出せるのだろう……そんな漠然とした不安だけが頭を渦巻いていた。

 

 

 「……おい」

 

 と、大地君の居る地点から、別の人の声が聞こえてきた。モゾモゾと首を動かして見てみると、そこには保津君が、大地君にメンチを切るようにして立っていた。

 

 「お前、また来てんのかよ。 毎度毎度ここに来て、サーガにちょっかいかけてるらしいじゃねえか。 つーか、誰なんだよオマエ?」

 

 「俺の名はグランディス。 ガイアの加護を宿した大地の化身だ」

 

 「あぁ? ふざけんなよテメェ、サーガに手出したらタダじゃ済まねぇからな?」

 

 「フン、そのサーガにいつか足下をすくわれるかもしれないというのに、呑気な男だ」

 

 「あーもーこんなトコでケンカしない! これ以上綾火に気苦労増やすなっつーの!」

 

 声をかける気力すら無い私に代わって、世奈が二人のケンカを仲裁してくれた。世奈のおかげでケンカにはならなかったようだが、未だに二人の間にはピリピリした空気が流れている。ついには、保津君はフン、と鼻を鳴らして、数名の女子と共に教室を出てどこかへ行ってしまった。

 

 

 「アンタも、問題にならないうちに早いとこ帰んなよ」

 

 「断る。 俺は、サーガと姉さんとの因縁が明らかになるまでは帰るつもりはない」

 

 「まーた強情な……。 綾火どーする? グランディス君はああ言ってるけど」

 

 どうやら大地君は、私から直接話を聞くまではテコでも動かないらしい。本当に勘弁して欲しい……。このまま彼の手によって少しずつ過去の記憶を抉られるか、はたまた、自分の手で過去の記憶を掘り起こして捧げるか……究極すぎる二択に、私はただただ頭を抱えて苦しむしかないのだった。

 

 

 (……でも)

 

 その一方で、私の頭の中にはもう一つ別の感情があった。

 

 (このままずっと"あの事件"から目を背け続けていても、どうしようもないんじゃないかな……)

 

 私は、過去を捨てた。中二病という、恐ろしくておぞましい過去の自分とキレイサッパリ縁を切るためだ。

 ……でも、それだけじゃない。私は逃げていた。事件のことをないがしろにして、凪沙と仲直りする事すらも犠牲にして、私はとある過去を必死に忘れようとしていたのだ。

 このままで良いのかな……。ふと、そんな考えが頭をよぎる。彼がここにやって来たのも、凪沙と(あんな形ではあったが)再会を果たせたのも、全て運命なのだとしたら……。

 

 ……私は、そろそろ自分自身の"過ち"と向き合わなければならないのかもしれない。

 

 

 

 「……分かった」

 

 小さく呟いたその声に、世奈と大地君は「えっ……?」と声を漏らした。

 

 「……あーもーだからっ! 私と凪沙の事、ちゃんと話すって言ってんの! 明日の昼、駅前のMIYAKOカフェに来て! そこで全部話すから! 分かった!?」

 

 ほぼ投げやり状態の私におされたのか、大地君はキョトンとしながら小さく頷くだけだった。それを見届けた私は、世奈や他のクラスメイトが唖然とする中、ズンズンと歩いて教室を後にした。昼休み半ばの教室は、依然として乾燥した暖かい空気に満ちていた。

 

 

 ~~~

 

 「━━━で、なんで世奈も一緒に来てる訳……?」

 

 「いーじゃん! アタシも綾火の昔の話気になるしー。 ……それに、ムードメーカーも必要っしょ?」

 

 「……聞いてもいいけど、明日から絶交だからね?」

 

 「そこまで!?」

 

 土曜日。MIYAKOカフェのテーブル席を陣取って、私は、半ば強引に一緒についてきた世奈と共に、大地君が訪れるのを待っていた。休日という事もあって、店内はいつもより賑やかだ。声を潜めて話さないとマズイな……なんて考えながら店内を見ていると、キョロキョロと辺りをしきりに見回しながら店に入ってくる人影が見えた。大地君だ。

 私がお~い! と手を振りながら呼びかけると、彼は私がちゃんと来ていることにホッとしたのか、強張っていた顔を少しだけ緩めて席に近づいてきた。そして、私と向かい合わせの位置に腰を下ろすと、早速、

 

 「待たせたな。 ……では、話して貰おうか。 お前と、姉さんとの因縁について!」

 

 「ちょ、いきなりかよ!? 何か注文したりとか……」

 

 「……いいよ世奈。 コイツ、何言っても聞かないし」

 

 はぁ……と無意識にため息が漏れる。私としても、過去を語るのなんかパパッと終わらせて、早く大地君を追っ払いたいため、さっさと話したいという気持ちだった。しかしながら、今まで散々目を背けてきた過去だ。いざそれと向き合うとなると、やっぱり躊躇してしまう。……まぁ、私の目の前で目を血走らせている大地君からは、もう逃げられないのだろうけど。

 

 

 「はぁ……じゃあ、どっから話そうかな……」

 

 私はガサゴソと鞄を漁って、ある一冊の古びたノートを取り出した。見るのも触るのも嫌なそのノートを机上に置くと、世奈の口から「うわぁ……」という小さな声が漏れた。そのノートの表紙には、マジックで『サーガ団 深淵の儀式記録』という文字が刻まれていた。まぁ、いわゆる日記である。

 

 「サーガ団は、私が中学一年だった時に結成された悪魔の集い。 そのメンバーは三人だったの━━━」

 

 

 ~~~

 

 「━━━皆揃ったな。 では、これよりサーガ団の集いを執り行う」

 

 「「イエス、マイロード」」

 

 川沿いにあった、中学校が所有する備品倉庫の裏。そこが、私たちサーガ団のアジトだった。倉庫の壁には、私が拵えたサーガ団の旗がコッソリと立て掛けられており、段ボールの机やビニールシートの床も完備された、いわば"秘密基地"のような空間だった。毎日、授業が終わるとすぐにこの場所に集まるのが、私たちサーガ団のルールだった。

 

 

 「今日は、大事な話がある。 ……深淵の魔廊結界の存亡に関わる、重要な儀式の話だ」

 

 「なんと……天地を揺るがすサバトが、またしても執り行われるというのですかっ!」

 

 興奮気味にそう話すウィンディは、いつものように魔力の暴走を抑えるためのマスクを着用したまま、長い前髪の隙間から見える瞳を輝かせていた。

 

 

 ウィンディは、私の配下のような存在だった。風の精霊回廊を体内に宿しているという彼女は、フゥ、と一息吹きかけるだけで、巨大なビルを一つ倒壊させてしまう程の膨大な魔力を持っている。……らしい。

 彼女がこの力に目覚めたのは、夏休みが明けた時ぐらい。それまで彼女は、九条 凪沙という名の、休み時間も一人で読書をするような大人しい生徒だった。しかし、私が教室内でサバトを執り行っている所を偶然見てしまい、それがきっかけで私の力に心酔し、自らも風の魔力を宿す"ウィンディ"となって、私に仕えたいと志願してきた。それ以降、彼女は私の右腕のような存在になったのだ。

 

 

 一方、私の姿を見上げながら、静かに私の話に聞き入るもう一人の配下、"レイヴン"も、「おぉ!」と小さく声を漏らしながら微笑んでいた。

 レイヴンは、私が中学に入学した時には既に、私の左腕として傍に居た。普段は、烏丸(からすま) (みなと)という少年の姿で皆に溶け込んでいるが、いざ集いが始まると、彼は脳内に救う"ダークウィング"という名の悪魔にその魂を委ね、黒翼の化身"レイヴン"としてその真の姿を現すのだ。悪魔の力を借りて戦う彼は、業火の使い手である私と契りを結び、更なる力を得て私に仕えている。

 

 

 そして、その二人を統べるサーガ団の長。それが私……"サーガ"こと、嵯峨 綾火だった。

 ある日突然、深淵世界の業火に触れてしまった私は、自らの人格が焼き払われてしまいそうになる。しかし、運命が私に味方したのか、私の魂は焼失することなく、深淵の業火をその身に取り込むことによって復活を遂げたのだ。そうして、人間を超越する"サーガ"という極炎の化身が誕生した。

 私は、"炎を焼き尽くす炎"を駆使する、業火の使い手だった。私はこの力を使い、人間界の平穏と秩序を影ながら守る傍ら、サーガ団の勢力をさらに広げていくために様々な活動をしたりしていた。

 

 

 「ああ、これは大事なサバトだ。 ……しかし、それ故にこの儀式は非常に危険を伴う。 極炎の化身であるサーガ……即ち私が一人で執り行わなければならないのだ。 ただ、それでも成功するかどうかは分からない」

 

 「そんなっ!? サーガ様ともあろう御方が、そのように弱気になられるとは……」

 

 「どうして私たちは共に行けないのですか? 今までも、私たちは手を取り合い、魔導戦争による地球の危機を救ってきたではありませんか……!」

 

 「許せ、同士たちよ……。 しかし、これは私が……このサーガがやらねばならない儀式なのだ!」

 

 グッ……と悔しそうに歯噛みする(演技をしている)私を見て、ウィンディとレイヴンは黙りこんだ。この儀式の重要性を、二人は理解してくれたのだろう。冷たい木枯らしが、私たちの間を通り抜けていった。

 

 

 「……して、その儀式というのは一体どのようなものなのですか?」

 

 レイヴンが尋ねる。その言葉に、私はどう返したら良いかと悩みながら、静かに口を開いた。

 

 

 「実は、業火の力を手にした者の宿命として、人間界と強い結び付きを得なければならないという契約があるのだ。

 それで、その……わ、我がサーガの力を受け継ぐに値する人間と、……ち、契りを……明日交わそうと思うのだ」

 

 

 「「えっ……!?」」

 

 驚いて声をあげる二人。まぁ、無理もない。

 ……今の言葉を翻訳すると、『好きな子が出来たから、明日告白しに行きます』という意味になるのだから。

 サーガの威厳はどこへやら、若干頬を赤らめて俯く私に、二人の配下は猛抗議した。

 

 「お待ち下さいサーガ様! 人間界の者と契りを交わすなど、いくら何でも危険すぎるのでは!?」

 

 「そうです! 下手をすれば、僕たちサーガ団の存亡にも影響するのですよ!」

 

 「分かっている! ……だが、これは必要なことなのだ。 サーガの宿命として、やらねばならぬことなのだ!」

 

 尤もらしい理由をつけて二人を説得しようと試みる私だったが、二人はなかなか理解を示してくれなかった。……いや、ひょっとするとウィンディは、私の話に少しばかり興味を示していたのかもしれない。中二世界の会話ではあるが、蓋を開けばただの恋バナ。マスクでよく分からなかったものの、ウィンディは私に抗議する一方で、僅かにニヤニヤしていたようにも感じられた。

 

 「それで、そのお相手というのは……?」

 

 それを示すかのように、ウィンディが相手を聞いてくる。私は、顔を赤くしながら小さい声で、

 

 「……ほ、保津君…………」

 

 「なっ……!?」

 

 驚愕するレイヴンの隣で、ウィンディは「きゃーっ!」とでも叫ぶかのように目を光らせていた。

 保津 陽太君は、私のクラスメイトだった。いつも皆に優しくて輝いていた彼は、クラスの中でも人気の高い男子だった。そう、誰にでも分け隔てなく接してくれる彼は、陰キャであった私にも、優しくしてくれたのだ。私は、いつしか彼に惹かれるようになっていた。

 しかも、私は見てしまったのだ。彼が右の二の腕にグルグルと包帯を巻いていたのを。それが、単なる怪我なのか、はたまた邪気を封じ込める刻印なのかは分からない。でも、あの位置にあの包帯。……実は、完全に私とお揃いなのである。中二キャラをひけらかしていた時にも「お前おもしれーな!」と、私を受け入れてくれる彼を、自分と包帯がお揃いの彼を、私は契りの相手にしようと決意したのだ。

 

 

 「ど、どうしてヤツなのですかっ! ヤツは、その……人間界の女どもをたぶらかす悪魔だと、一部では噂されているのですよ!」

 

 「レイヴン! ダメよ、サーガ様が見定めた御方を貶すような事を言っては!」

 

 「……しかし……!」

 

 妙に食い下がるレイヴン。そんな彼の様子に少し違和感を覚えつつも、この時の私は、特に気に留めることはしなかった。

 

 「……とにかく! 儀式は明日の放課後、教室で執り行う予定だ。 お前たちは、私の儀式が無事成功するかどうか、側で見守っていてくれ。 良いな?」

 

 「イエス、マイロード!」

 「……イエス、マイロード」

 

 バシャバシャと、水鳥が川辺で音を立てるのと同時に、その日の集いは終了となった。

 

 

 

 ~~~

 

 

 「━━━光栄に思うがいい! 我がサーガの力の一部を、お前に託すことにした。 人間界とのバランスを保つための特異点として、お前が選ばれたのだ。 ……だから、その……と、共に私と歩んではくれぬだろうか!」

 

 これが、私が一晩かけて考えた告白のセリフだった。私と保津君の二人きりになった教室で、私は、臆面もなくそのセリフを保津君に投げかけた。……今思い返すと、発狂して死にたくなるレベルのクソセリフなのだが、当時の私は何故か、自信満々でこんな事を言っていたのだ。

 

 

 「……あー、えと……もしかして、告白なの?」

 

 当然のことながら、セリフの意図をイマイチ読み取れずに、保津君は困惑していた。そんな状況下であるにも拘わらず、私は、「決まった……!」とドヤ顔を決めていた。儀式は間違いなく成功したと、そう思い込んでいたのだ。

 が……

 

 

 「その……悪ぃ。 おもしれーヤツだな、とは思うけど、付き合うのは……ちょっと無理かな」

 

 

 「……え…………」

 

 その瞬間、私の得意気な顔はひきつって、頭の中が真っ白になった。

 ガタガタと、自分の中のプライドが崩れ去る音がした。この時の私は、まさか保津君が私のことをフるだなんて、考えもしなかったのだ。目の前で申し訳なさそうに頭を掻く保津君の腕には、いつか私が見たのと同じように、白い包帯が巻かれていた。でも、そんな彼の姿はみるみるうちに涙で霞み、歪んでいった。

 

 「……っ!」

 

 「!? お、おい嵯峨っ!?」

 

 堪らず、私は教室を飛び出した。悔しさと悲しみで、胸が張り裂けそうだった。教室の外から様子を窺っていたウィンディとレイヴンが私を引き留めてもなお、私は足を止めようとはしなかった。

 

 「サーガ様っ!」

 

 ウィンディの叫ぶ声で、我に返る私。その瞬間、目の淵に溜まっていた涙が、ボロボロと無造作に零れ落ちていった。業火の使い手であるサーガの威厳は、この時はもう完全に消え失せていた。

 

 

 「……あの、サーガ様」

 

 しばらくの間、困惑した様子で私を見ていた二人。そのうち、レイヴンがおずおずと私の顔を覗き込み、囁くように私に語りかけた。

 

 「アイツは……保津 陽太は、サーガ様の力に見合う器を持ち得ていなかったのです。 彼には、サーガ様と人間界とを繋ぎ止める資格などない」

 

 だから……と、レイヴンは言葉を続ける。

 

 「僕が、その役目を請け負います! 僕は、ずっとサーガ様の下にお仕えしておりました。 だから、その、貴女の力を受け止める事が、僕には出来ると思うのです。 ……いや、出来ます! やって見せます!」

 

 今思えば、これは彼なりの私に対する告白だったのかもしれない。真剣な様子で私にそう語りかけるレイヴンの瞳は澄んでいた。"レイヴン"として、いつも私に話すのとは違う、"烏丸 湊"君の姿がそこにあったのだ。

 しかし、その時の私は冷静さを欠いていて、彼のそんな気持ちを汲み取ることが出来なかった。いつも私の配下として接してきた彼にそんな気持ちがあるなんて、思いもしなかったのだ。……だから、私は彼を突き放してしまった。

 

 「……ふざけるな! お前なんて話にならん! 私が契約相手として見定めたのは保津なんだ! なのに……なのにっ……!」

 

 「……」

 

 レイヴンは何も言わなかった。ただ、茫然とした様子で力なく佇んでいるだけだった。ウィンディが心配そうに私たちを見つめる中、私は彼女の腕を振りほどき、最後にキッとレイヴンの方を睨んで、言った。

 

 「お前は、保津君とは違う……!」

 

 「っ……!」

 

 涙を溢しながら廊下を駆けていく私を、誰も引き留めてはくれなかった。影が差す放課後の校舎に取り残された二人の配下は、言葉を失ったまま、ただ茫然と私の背中を見つめているだけだった。

 

 

 ~~~

 

 

 それから一週間。

 私が学校でどんな風に過ごしていたかは、言うまでもない。正直、この時の記憶はあんまり無いのだ。授業にも全然身が入らなかったし、友達に何か話しかけられても、右から左へと内容が耳を通り抜けていくばかりだった。毎日行っていたサーガ団の集いも、あの日を境にストップしていた。

 

 「皆、おはよう。 今日は大事なお知らせが二つある。 ……どちらも、あまり良くない知らせだ」

 

 そんな状態のまま迎えた、ある朝のHRの事。なんだか意味深な発言をしてから、担任の先生はコホン、と咳ばらいを一つ挟むと、

 

 「まず、一つ目。 突然だが、ウチのクラスの保津 陽太が転校する事になった。 ヤツは若い頃に両親を亡くして、ずっと一人暮らしだったんだが……どうも、親戚の仕事の関係で、宮胡市に引っ越すことになったらしい。 ……まぁ、俺もつい昨日手紙で知って、ビックリしている所なんだがな」

 

 えぇーっ!? と、クラスの女子から悲鳴の声が上がる。私自身も、あまりに突然の事態に目をパチクリさせていた。

 そういえば、保津君は三日ぐらい前からずっと学校を休んでいた。風邪か何かだとばかり思っていたが、まさか引っ越ししていたとは……。少しショックではあるが、あの日以来、私は彼と全く会話もせず、目も合わせずに過ごしていたので、もう彼の顔を見ずに済むのだと思うと、少しホッとしてしまう自分もいた。

 

 

 「そして、もう一つなんだが……つい昨日の事だ」

 

 と、声のトーンをあからさまに落とす先生。なんだなんだ、と生徒たちの注目が集まる中、先生は、衝撃的すぎる知らせを口にした。

 

 

 「昨夜、川原町の一軒家で火事があった。 ……その火事で、2組の烏丸 湊という生徒とその家族が、遺体となって発見された。 ……と、さっき学校に連絡があった」

 

 

 「……………………え?」

 

 先生のその言葉を理解するのに、30秒ほど時間がかかった。……いや、理解なんて出来なかった。烏丸君が……レイヴンが、死んだ……? 嘘だ、そんなの有り得ない。だって彼は……彼は……!

 

 「おい、烏丸って確か……」

 

 「サーガちゃんとよく一緒にいる男子だよね……?」

 

 「火事で死んだ、ってマジかよ……」

 

 生徒たちがヒソヒソと話始める。しかし、そんな皆の声すらも、私の頭には入ってこない。もう、何も考えられなくなっていた。そして……

 

 ガタンッ!!

 

 「なっ、おい嵯峨!? まだHRの途中だぞ、嵯峨!!」

 

 気づけば私は、先生の制止も聞かずに一目散に教室を飛び出していた。

 

 

 

 ~~~

 

 

 「あ、ああ…………」

 

 息を切らしながら、やっとの思いでレイヴンの家に辿り着く。そこで私が目にしたのは、無数のパトカーの列と、跡形もなく焼け焦げた烏丸家の無惨な姿だった。

 果てしない絶望感が、私の胸を襲った。なんで……なんでこんな事に? そう、頭の中で何度も繰り返し叫んでいた。

 

 

 「……ん? おい、そこの嬢ちゃん。 もしかしてアンタも、この家に住んでたヤツの知り合いか?」

 

 と、私に声をかけたのは、仏頂面で嗄れた声のおじさんだった。

 

 「貴方は……?」

 

 「あ? あー、俺は宮胡市警察署で刑事をやっている、西大路 兼吉だ。 見て分かると思うが、ここで起きた火事について捜査をしている」

 

 西大路、と名乗ったその男は、力なく佇む私のもとへゆっくりと歩み寄り、

 

 「火事があったのは、昨晩の22時頃。 火はその30分後には消し止められたが、焼けた家の中から三つの遺体が出てきた。 火事に伴って起きた家屋の倒壊により、遺体は見るも無惨な状態になっていた。 そのせいで、遺体の身元判明がかなり難しい状況になっているが……恐らく、この家に住む烏丸家の三人で間違いないだろうな」

 

 手元のメモに目を落としながら、淡々と事件の概要について語る西大路刑事。それから彼は、チラリと私の顔を覗き込み、尋ねてきた。

 

 「……嬢ちゃん、何か知ってる事はあるか?」

 

 私は、首をフルフルと横に振った。西大路刑事は、小さくため息をつきながらボリボリと頭を掻き、

 

 「そうか……。 ま、念のため後で少し詳しく話を聞かせてくれ」

 

 

 そう言うと、彼はクルリと身を翻し、「すまんな」と一言だけ呟いてから向こうへ行ってしまった。

 私は、どうして良いか分からずにただ立ち尽くしていた。涙を流すことすら忘れ、ただ茫然と焼け焦げた家を見つめていた。着いて5分ほどしか経っていない筈なのに、もう何時間もこうして項垂れていたような感覚だった。

 

 

 

 「━━━家の床から、灯油が検出された。 警察は、家族の誰かが自ら火をつけて、一家心中を図ったんじゃないか、って言ってる」

 

 突如、私の背後から聞こえてきた、聞き覚えのある声。ビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには、ハイライトを失った目で佇むウィンディの姿があった。

 

 「ウィンディ……」

 

 「サーガ様……貴女のせいじゃないんですか?」

 

 ゾクリ、と寒気がするような殺気を、その時確かに感じ取った。ウィンディは、もう既にいつものウィンディではなく、九条 凪沙として、その怒りを露にしていた。

 

 「あの日、貴女がレイヴンに酷いことを言ったから……彼の気持ちを踏みにじったから! ……彼は、自殺したんじゃないんですか?」

 

 「待って、ウィンディ……凪沙……!」

 

 「彼は、炎に身を包まれて死んだ。 ……深淵の業火を操るアンタに! 殺されたんだっ!」

 

 「っ……!!」

 

 声が出なかった。あ……が……と惨めに喉を鳴らす私を、凪沙は殺気だった目で見下していた。その目の下には、無数の涙の痕が残っていた。

 

 

 「……今日、この日を以て、私は……ウィンディは、サーガ様との契りを破棄します」

 

 「まっ……待って……凪沙っ……」

 

 「……さようなら、人殺し」

 

 それが、凪沙と最後に交わした言葉だった。彼女も、警察に事情聴取を頼まれていたのだろう。パトカーから下りてきた若い警察官の男に手を引かれ、凪沙はパトカーへと乗り込んだ。その時、彼女が最後に見せた目を……憎しみと恨みに満ちた目を、私は今でも忘れることが出来ずにいる。颯爽と走り去ったパトカーの横で、ヘナヘナと倒れ込む私。

 こうして、平穏と秩序を守り続けていたサーガ団は、サーガの人殺しによって、呆気なく潰えたのだった。

 

 

 ~~~

 



 「━━━はい、おしまい。 ……どう? 私の黒歴史を聞いた感想は」

 

 「…………えっと、前半はアレだね。 かなーりイタい感じだったね」

 

 「ぶっ殺すよ?」

 

 「じ、冗談だってば! ……それにしても、ね…………」

 

 客足が増えて賑わうMIYAKOカフェの一角で、私たちは非常に重苦しい空気に苛まれていた。まぁ、この話をすると決めた時点で、こういう事になるとは予想してた。誰もが引くであろう重い話を、包み隠さずに全て話してやったのだ。嘘だと思われないよう、こうして日記も持ってきたんだし。これで、少しは大地君の気も紛れるだろう……と、そんな風に思っていた。

 

 「……大地君?」

 

 が、さっきから大地君のリアクションが無い。言葉を返しづらいのは尤もだが、それにしても静かすぎる。チラ、と大地君の方に目をやると、彼は俯いてわなわなと震えていた。

 

 「そんな……。 ……じゃあ、サーガは姉さんに恨みを持っていたどころか……」

 

 「……むしろ逆だね。 私のが、凪沙に恨まれてたと思う。 最初に君が私のところに来た時、「姉さんの仇だ!」とか言ってたでしょ? ……その時私、この事思い出してちょっとゾッとしてたんだよね。 まぁ、結果的には違った訳だけど」

 

 ははは……と乾いた笑いを見せる私だったが、もはや世奈ですら愛想笑いを返してくれなくなっていた。客の一人が窓のブラインドをピシャッと閉めたために、私たちの席は間接照明のみの薄暗い空間へと変わった。

 

 

 「……すまなかった」

 

 そう言って、大地君はペコリと頭を下げた。彼のあまりに突然な行動に、私たちはちょっと驚いて彼を見る。ついこの間までの、私の上に立ってマウント取ろうとばかりしていた"グランディス"君の威勢は、もうそこには無かった。

 

 「サーガや姉さんにそんな過去があったとは知らず……あまつさえ、俺は一番の被害者である貴女を疑ってしまった。 これは、大地の化身にあるまじき愚行だ……だから、すまない!」

 

 「……もう良いよ。 私としては、疑いが晴れてくれたらそれで十分だし」

 

 「綾火……」

 

 これで問題は解決! ……の、筈なのに、大地君も世奈も、なんだか釈然としていない様子だった。別に、同情して欲しくてこんな話をした訳じゃない。でも、過程はどうあれ、関係ない二人にまでこんな話をしてしまったのは反省すべきところだ。それに、今の話を聞いて、二人が私の事を責めたりしないだろうか……なんて、少し不安に思っていた部分もあったのだが、そんな事はなくてちょっと安心した。大地君も、根は優しい子なのだろう。

 大地君の言葉を最後に、私たち三人はすっかり黙りこんでしまった。窓際の席でペチャクチャと喋る若者たちとは正反対の空気感が、私たちの周囲にだけ漂っていた。

 

 

 ━━━ピリリリリリッ!

 

 

 「……あ、済まない。 刑事さんからだ」

 

 気まずい沈黙を打ち破るかのようなナイスタイミングで、大地君の携帯が鳴った。一瞬、外に出ようとして立ち上がった彼だったが、入り口が人でいっぱいになっているのを見て、その場に座り直し、控えめな声で電話に出た。

 

 「もしもし、刑事さんですか……?」

 

 さながら、秘密のやり取りでもするかのような格好になっている大地君を、世奈と共に眺めていた。何か事件のことで進展があったのだろうか? そんな事を考えながら、頼んでいたアイスティーを啜っていた時だった。

 

 

 「━━━闇医者の身柄を確保したっ!?」

 

 ガタンッ! と立ち上がる大地君に、客の視線が集中する。私と世奈、そして大地君の三人は、示し合わせたかのように顔を見合わせ、そしてすぐさま席を発った。

 

 

 ~~~

 

 「━━━離せっ! 私は殺しなんてしていないっ!」

 

 「大人しくしろ。 殺人未遂の容疑云々の前に、お前には"闇医者稼業"っていう立派な罪があんだよ」

 

 大地君についていった私たちは、警察署の前で、今まさに犯人を連行しようとしている西大路刑事と鉢合わせになった。

 

 「コイツが、闇医者……」

 

 意外なことに、連行されていたのは、白衣に身を包んだ女性の医師だった。しかし、その髪はボサボサで白髪が混じっていたり、白衣も、白衣と呼べない程に汚れていたりと、かなり汚ならしい格好をしていた。

 

 「おぅ、早かったな。 ……ありゃ、こないだの嬢ちゃんも一緒か」

 

 「この人が、凪沙を……?」

 

 「あぁ、多分な。 ……有栖川(ありすがわ) 玲子(れいこ)、この町で闇医者として違法に手術なんかをやっていた犯罪者だ」

 

 「黙れっ! 私は殺しなんてしていないっ! 九条なんて女を手術した記憶もないっ!」

 

 「痛っ……おいコラ! 暴れんな!」

 

 荒れた様子のその女……有栖川は、手錠をはめられた両手をブンブン振り回して、警察官に抵抗していた。荒々しいその様子を、私たちはただ棒立ちになって見つめているだけだった。

 どうして彼女は、凪沙に手をかけたのだろう? 怒りよりも先に、そんな疑問が頭をよぎって離れなかった。確かに危険そうな人物だという印象派あるが、彼女が凪沙とどうトラブルになったというのだろうか。そもそも凪沙は、どうしてこの人の元へ行ったのだろうか。

 ……そもそも、この人は本当に犯人なんだろうか。

 

 

 

 「━━━綾火っ、危ない!」

 

 「…………へ?」

 

 

 そんな事をぼんやり考えていた私は、警察官を振り切って、突如私の方へ突進してくる有栖川に気づかなかった。

 

 

 ━━━ドンッ!!

 

 「きゃあっ!?」

 

 鈍い音と共に、後方へと突き飛ばされる私。ズザザザ……と地面を滑り、お腹と脇腹にじんわりと痛みが走る。為す術なく倒れ込む私の上に跨がり、有栖川は狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 「綾火……そうか、お前が綾火か。 ……なら、お前を今ここで殺せば、ヤツの顔を潰せる……! フヒヒッ……悪く思うなよ綾火。 ……今からお前を殺すっ!」

 

 「ヒッ……!?」

 

 「おい、止めろっ!!」

 

 逃げようにも、全身の筋肉が硬直して動けない。助けて! と叫びたいのに、声が掠れて出てこない。どうしよう、このままじゃ……殺される!? まるで針で刺されたかのように動けなくなった私にむかって、有栖川は、両手を大きく振りかざし━━━

 

 

 「━━━ウボァッ!?」

 

 悲鳴を上げたのは、私ではなく、有栖川の方だった。恐る恐る目を開くと、有栖川は白目を剥いて私の横に倒れていた。そして、それを茫然としながら見つめる私を優しく抱き起こしたのは、意外な人物だった。

 

 

 

 「……大丈夫か、サーガ」

 

 「……保津、君?」

 

 そこに居たのは、保津君だった。私の肩に手を回し、彼は心配そうに私の顔を覗き込んでいる。どうして保津君がここに? と尋ねる暇もなく、警察官や世奈、大地君らが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

 「有栖川を取り押さえろ! 気絶してるからって油断するな、二人がかりだ!」

 

 「綾火っ! 大丈夫?」

 

 「世奈……うん、平気。 それより……」

 

 ゆっくりと起き上がりながら、私は、突如現れた保津君の方へ向き直る。彼は、上着を脱いでTシャツ姿になり、右肩から腕にかけてついた引っ掻き傷を、砂埃が入らないようにパンパンと払っていた。

 

 「ったく……たまたま近くを通りかかったら、サーガが襲われててビビったぜ……」

 

 「スッゴいよ保津君! 猛スピードで綾火のとこに駆け寄って、そのままアイツの顔面にストレートかましたんだもん! チョーカッコ良かった!!」

 

 「あぁ……まさに電光石火だった」

 

 ワーワーと騒ぐ世奈と、茫然とする大地君。そんな二人を横目に見ながら笑う保津君に、私は軽く頭を下げた。

 

 「その……助けてくれて、ありがと」

 

 すると、保津君はニカッと笑って私の頭に右手を乗せ、

 

 「気にすんな! てか、お前が無事で良かったよ。 ……これからもずっと、俺がお前のこと守ってやっから」

 

 「っ!」

 

 優しく囁く彼の顔を、その時何故か直視できなかった。不思議と、顔が熱くなっていく。二年前に忘れていた気持ちが、今、少しだけ蘇ったような気がした。

 

 

 じゃあな、と告げてその場を後にする保津君の背中を、私はボーッと見つめていた。なんていうか、一瞬のうちに色々な事が起こりすぎて、脳がそれらを上手く処理できてないみたいな感じだった。いつの間にか、警察官は有栖川を署内に連行してしまったらしい。ポツン、と警察署前に取り残されてしまった私たち三人。ふと、視線を感じて隣に目をやると、大地君が少しムッとしたような表情でこちらを見ていた。

 

 「……どうかした?」

 

 「……いや、何でもない」

 

 そう言って、一人警察署に入っていく大地君を見ながら、私はキョトンと首を傾げていた。

 

 

 ~~~

 

 翌日。

 警察署内のソファで、大地は難しい顔をしていた。サーガが、保津という男に助けられる場面を目の当たりにしてからというもの、何故か、胸が締め付けられるように痛くなるのだ。この感覚は、彼にとって初めてのものだった。

 

 (……って、何を考えているんだ僕は! サーガは、ついこの間まで僕の姉さんの仇だった女じゃないか!)

 

 まぁ、実際には仇なんかじゃなかった訳だが……。そんな問答を心中で繰り返しては、ムシャクシャして頭を掻きむしる大地。目の前を忙しなく通りすぎていく警察署の職員たちの足音がドタバタと響き、彼を一層刺激した。そんな、モヤモヤする彼の頭の中で、ただ一つだけ離れないものがあった。

 

 (……サーガ様、か……)

 

 それは、自分が小学生の時に見た、姉と遊ぶサーガの様子だった。彼自身、サーガやウィンディ、レイヴンといった人物たちは、よく家に遊びに来ていた事もあってよく知っている。意味不明な言葉で話し合って、楽しそうにしていたサーガたちを、大地はよくドアの隙間から覗き見ていたのだ。特に、姉と一番仲が良かったサーガのことは、鮮明に覚えていた。彼女と幾度か言葉を交わした事もある。もしかすると、自分はこの時から、サーガの教えに洗脳されていたのかもしれない、と大地は思った。……というよりもむしろ、自分はその時からサーガという女に…………

 

 

 「━━い、おい! ちょっと良いか?」

 

 「えっ!? あ、はいっ!」

 

 西大路刑事に呼ばれ、慌てて返事をする大地。クスクスと笑いをこぼす職員たちの視線を受けて少し顔を赤くしながら、彼は手招きする西大路に連れられ、人気のない廊下の一角に立たされる。

 

 「……嬢ちゃんたちは?」

 

 「あぁ、今日は来ていません。怪我の手当てをするから、と」

 

 「そうか……まぁ良い。 事件についての情報と、有栖川の供述とを伝えておこうと思ってな」

 

 「……」

 

 ゴクリ、と唾を飲み込む大地。いつものように乱雑に資料を手渡しながら、西大路は淡々と説明を始める。

 

 「ヤツはこの近くの廃病院に身を潜めていてな、そこで身柄を拘束した。 廃病院には手術室みたいな部屋がいくつかあって、そこが九条 凪沙を襲った犯行現場であると思われる。 その部屋から、七輪なんていう医者に似つかわしくない代物が見つかったからな」

 

 「有栖川は、何と……?」

 

 「私はやっていない、の一点張りだ。 まぁ、聴取始めて間もないからまだ何とも言えんが……まぁ少なくとも、ヤツは四年前から闇医者をやっている訳だから、このまま帰れはしねぇだろうが」

 

 「そう、ですか……」

 

 正直、大地は有栖川が素直に犯行を認めるとは思っていなかった。それよりもむしろ、彼は西大路の話を聞きながら、昨日有栖川が叫んでいたある言葉を思い出していた。

 

 

 『お前が綾火か。 ……なら、お前を今ここで殺せば、ヤツの顔を潰せる……!』

 

 (ヤツ、とは一体……)

 

 もしかして、有栖川に犯行を指示した人物が居るのだろうか? あるいは、何か別の……。まるで探偵になったかのように色々と思案に耽り出す大地に、西大路が声をかける。

 

 「どうした? ……何か気になる事でもあったか?」

 

 「あ、いえ。 ……ただ、その……」

 

 歯切れの悪い言葉を返す大地。その頭には、もう一つだけ、気にかかっている事があったのだ。

 

 「ん? 何だ?」

 

 尋ねる西大路に、大地は、意を決して頼み込んだ。

 

 

 「あの……二年前に起きた、川原町の火災事故についての資料を見せて頂けませんか?」

 

 

 ~~~

 

 「…………あった、これだ」

 

 警察署内にある資料室には、職員がまとめた資料や新聞の切り抜き、ビデオテープなどがところ狭しと並べられていた。西大路に許可を得て、特別に資料室に入らせて貰った大地は、サーガが話していた火災事故についての資料をいくつか選び取り、机の上で開いた。

 

 「2016年11月13日の午後10時、川原町の住宅街で火災が発生。 火は30分後に消し止められたが、焼けた家屋から三人の遺体が見つかった。 家屋の倒壊などにより、遺体はひどく損傷していて、司法解剖は困難とされた。 しかし、出火元である烏丸家の一家全員と連絡が取れなくなっていたことから、警察は遺体を烏丸(からすま) 広海(ひろみ)43歳、烏丸(からすま) 奈美恵(なみえ)37歳、烏丸 湊15歳の三人と断定した、か……」

 

 これらの情報は、サーガから聞いた話とほとんど一致している。サーガの話を疑っている訳ではないが、彼は彼自身の目で、サーガの身に起きた悲劇の事件を見ておきたいと思ったのだ。姉さんの……サーガの配下であったウィンディの、その弟として。彼は、半ば義務感のような思いを胸に抱きながら、パラパラと資料のページを捲っていった。

 

 「リビングのカーペットに撒き散らされていた灯油に何者かが火を放った……すなわち、放火の可能性が高い。 警察は、これを烏丸 広海による一家心中と判断。 家族間で何かトラブルが無かったかを捜査している……」

 

 記事はここで終わっていた。別の新聞の切り抜きなども見てみたが、心中の動機が明記されている記事は見当たらなかった。何故、烏丸家が一家心中をしなければならなかったのか……その理由は未だ不明という事らしい。

 レイヴンが……烏丸 湊が、家族を巻き添えにして自殺したのだろうか? そう考えもしたが、それを確かめる為の証拠はもう何も残っていなかった。小さく舌打ちをしながら、パラパラと別の資料に目を通していく大地。と、ほどなくして彼は気になる記述を見つけた。

 

 「烏丸 広海は、あの『宮胡市総合病院』の外科医だったのか!? 焼けたあの家も結構な豪邸だったし、ヤツの家はかなりの金持ちだったのかもな……」

 

 烏丸 広海のプロフィールには、彼が勤めていた病院について、そこでの実績などといった情報も細かく記載されていた。彼はかなりの名医だったらしく、今までに数々の手術をこなし、多くの人を救ってきたと書かれている。そこには添付資料として、彼の職場から見つかったカルテのコピーがいくつか載っており、彼が今までに執刀したのであろう急患たちの名がズラリと━━━

 

 

 「…………え?」

 

 ぼんやりとそのカルテを流し読みしていた大地は、その中にあった見覚えのある名前に、思わず目を疑った。慌ててその患者のカルテを開き、食い入るように見つめる。つらつらと書かれたその患者の情報を眺めるうちに、大地はある矛盾点に行き着いた。

 

 「これは……じゃあ、あの時の違和感は……!」

 

 ハッとして、大地は最初に見ていた事故の資料を再び開いた。火災現場の写真や、遺留品一覧をくまなく調べる中で、彼は"あるもの"の残骸がそこに残されているのを発見した。

 

 

 「まさか…………」

 

 信じがたい事実が、大地の脳に突きつけられる。止まっていた時計が動き出すかのように、ある一つの推理によって、次々と彼の頭の中を渦巻いていた矛盾が打ち砕かれていく。薄暗い部屋で一人、茫然と佇む彼の手元で、パタン、と資料の束が裏返しになって倒れた。

 

 ~~~

 

 

 「はぁ……」

 

 有栖川が捕まったあの日から三日。私の高校生活は、ドタバタから解放されつつあった。

 あれ以来、大地君が私のもとに押し掛けてくる事はなくなった。少し寂しくなった気もするが、まぁ、そこはそれ。事件が解決したのだから、結果オーライという事にしておく。私からすれば、賑やかなのより静かな方が、遥かに心地いいものだ。

 そして、私の生活そのものにも、少しばかり変化が生じていた。それは……

 

 

 「━━━おい、サーガ。 パン買いに行こーぜ」

 

 「保津君! ……うん、いいよ」

 

 あの一件以来、私と保津君の仲が急接近したのだ。

 冷めかけていた気持ちが、あの日から再燃し始めた……んだと思う。保津君のちょっかいのペースは普段通りだったんだけど、それに対する私の反応の変わりようは、端から見ても分かるほどだった。登下校も、昼休みの購買も、彼と一緒に行くのが日課になりつつあった。

 

 「なんか……アイツらいい感じだよね……」

 

 「なんかムカつく~……!」

 

 「うぅ……いーなぁ綾火……アタシも親友のよしみで仲良くしたいのにぃ……」

 

 クラスメイトの羨望の眼差しを背に受けながら、いつものように保津君とパンを買いに行く私。寂れていた私の高校生活に、色がつきはじめたような、そんな感覚だった。

 

 

 「……なぁ、サーガ。 ちょっと話があるんだけど」

 

 と、渡り廊下で唐突に立ち止まり、保津君が渡しに声をかけてきた。

 

 「? どうしたの?」

 

 何やら真面目な顔つきの保津君を見て、思わず胸がトクンと音を立てる。周りには、先生や生徒の姿はない。乾いた風が通り抜ける中、彼は私の目を真っ直ぐに見て、言った。

 

 

 「今日の放課後、俺と一緒に来てくれ。 ……大事な話がある」

 

 

 ~~~

 

 

 放課後、ドギマギして落ち着かない私を連れて、保津君は宮胡市を離れ、私が元居た中学の敷地へと足を踏み入れた。どこへ行くの? と私が聞いても、保津君は「まぁ良いから」とはぐらかすだけだった。そうして、案内されるがままに進むと、ある見覚えのある場所に辿り着いた。

 

 「ここって……」

 

 流れる川の音に、古びた倉庫の壁。……そう、私がかつてサーガ団の集いを執り行っていたアジト、まさにその場所だった。

 

 「……お前、昔放課後によく此処に居ただろ? 俺、遠目にお前のこと見てたから知ってるんだぜ」

 

 「あ……そう、だったんだ」

 

 なるほど、それで彼は私をこんな場所に連れてきたのか。また過去の黒歴史を暴かれるような事態になったらどうしようと思っていたが、彼はそんな事をしにやって来た訳ではないようだ。……でも、遠目からずっと見られてたってのは、相当恥ずかしいな。

 サラサラ……と穏やかな川のせせらぎが響く中、保津君はキュッと唇を結んで真剣な表情になった。微かに緊張した面持ちの彼に釣られるように、私にも緊張感が走る。

 

 

 「……単刀直入に言う。 俺は、お前のことが好きだ」

 

 トクン、と胸が高鳴る音がした。予想通りすぎる展開に、胸の鼓動はどんどん早まっていく。

 

 「好きだった、って言った方が良いかな……。 実は俺、中学の時からお前に惹かれてたんだ。 だから、その……あの日突然告白されて、ビックリして思わずフッちまったけど……本当は、あの時もずっとお前に惚れてて……」

 

 「嘘……そうだったの!?」

 

 衝撃的な告白の連続に、私は思わず目を白黒させていた。まさか、昔からずっと好きだったなんて……それなら最初から、ふらなくても良かったのに……。そんな思いが目まぐるしく回って、今までとは違う意味でどうにかなりそうだった。

 

 「……だから、頼む。 俺と付き合ってくれ!」

 

 「保津君……」

 

 そう言って、深々と頭を下げる保津君。こんな真剣な保津君を見るのは、今までで初めてかもしれない。

 でも、ここに来る前から、私の心はもう決まっていた。すぅ……と息を吸い込み、一歩、保津君の元へと近づき、そして━━━

 

 

 

 「━━━ごめんなさい」

 

 

 「…………え?」

 

 そう言って、保津君以上に深々と頭を下げた。ポカンとする保津君の前で、私は静かに彼に語りかける。

 

 「保津君の気持ちは、すっごく嬉しいよ。 本当は、OKしちゃいたいぐらい。

 ……でもね、私はここに来るまでに、二人の人生を目茶苦茶にしてしまっている。 二人が苦しんでるのに、私だけが幸せになる事なんて出来ない。 ……だから、ごめんなさい」

 

 それが、私の出した結論だった。

 

 確かに、保津君があの時私を助けてくれたのは嬉しかったし、これまで彼と行動を共にしてきた時も、ずっと幸せな気持ちで溢れていた。こんな幸せがずっと続けば良いな、と心のどこかでそう願ったりもした。

 でも私は、過去の罪と向き合うと決めた。私一人が罪から逃げて幸せになってはいけないと、そう思ったのだ。私のせいで死んだレイヴンも、私とケンカ別れしちゃったウィンディも、きっと、私が幸せになる事を許さないと思うから。私が感じていた幸せは全部、彼らの犠牲のうえで成り立っていた紛い物だから。だから……私は本気で、今までの罪とキレイサッパリ縁を絶とうと決めたのだ。

 

 「保津君なら、きっと私よりも良い人に巡り会えるよ! だから、私のことは忘れて、これからは━━━」

 

 

 

 「━━━何だよ、それ」

 

 「……え?」

 

 ドスの効いた声に、思わずキョトンとした。もしかして、怒らせちゃったのかな……? 慌てて彼を宥めようと近づいた時、不意に、両肩をガシッと掴まれ、そのまま後方に押し倒された。

 

 「え、ちょ、保津君……?」

 

 いきなりの彼の行動に戸惑っていると、彼はブツブツと呪文のように何かを呟き始めた。

 

 「幸せになっちゃダメ? ……ふざけるな。 僕が今までどれだけ君のことを見てきたと思ってるんだ。 何のためにここまでやってきたと思ってるんだ……!」

 

 「保津君っ、ちょ、離して! 痛いよ……!」

 

 私の声は、まるで保津君には届いていなかった。一体どうしたというのだろう……。 今の保津君は、なんだか変だ……。

 両腕をガッチリと押さえ込まれて、動けない。この前有栖川に襲われた時と同じ状況に、私はいつの間にか陥っていた。まるで獲物を捕らえた狼のように、私の上にのし掛かって馬乗り状態になる彼に、この時私は初めて"恐怖感"を覚えた。

 

 「サーガは僕のものだ……他の誰にも渡さない……僕だけのものだッ……!」

 

 「やっ……離して、お願い! 保津君っ!!」

 

 バシャバシャッ! と、川の方で水鳥が立てた音に、私のか弱い声は呆気なく掻き消された。彼の目にはもう、正気はない。むしろ、そこに宿っていたのは狂気だった。怖い……嫌だ、来ないで……! 声にならない叫びは、涙となって私の目尻から溢れる。そんな私に目もくれず、保津君は私の方へとゆっくり迫ってきた。もう駄目だ……本能的にそう感じて、私は目をキュッと瞑った。

 

 

 

 「━━━そこまでだ、黒翼の悪魔」

 

 

 「うぐっ……!?」

 

 突如、保津君の体がグワリとバランスを崩して、倒れた。頭を何かで思い切り突かれて倒れたらしい。ゆっくりと目を開けると、そこには、サーガ団の旗の支柱を構えて立つ、見覚えのある男子の姿があった。

 

 「だ、大地君……!?」

 

 「違うな。 今の俺は、大地の化身グランディスだっ!」

 

 声高らかにそう叫ぶ大地君。やっと身体の感覚が戻った私は、慌てて立ち上がり、そのままフラフラと彼の背中へと回り込んだ。

 

 「お前の友人の園部 世奈とかいう女から、お前たちが此処に来ていると聞いた。 ……それですぐに駆けつけたんだが、どうやらギリギリ間に合ったみたいだな」

 

 「どういう事……? 一体、何がどうなってるの……?」

 

 状況が全く理解できずに混乱する私に、彼は重い口調で語りかける。

 

 

 「結論から言うと……アイツは保津 陽太ではない」

 

 「…………え?」

 

 彼は何を言っているんだ……? またおふざけが始まったのだろうか、と勘繰る私の前で、保津君がゆっくりと身体を起こした。

 

 「貴様……何でっ!」

 

 「……二年前、烏丸家が一家心中をしたとされた火災事故。 あの日、家族と共に死んだと思われていた烏丸 湊は、実は生きていたんだ」

 

 「どういう事……?」

 

 訳が分からない。大地君の言っていることを何一つ理解できないまま、私はただ声を震わせて尋ねることしか出来ずにいた。

 

 「二年前、保津 陽太は突如としてサーガの居た中学校を転校した。 そして、烏丸家の火事はそれとほぼ同時期に起こっている。 ……つまり、火事で死んだのは烏丸 湊ではなく、保津 陽太だったという事だ」

 

 「ま、待ってよ! そんなの有り得ない! だって、保津君は今ここに……」

 

 「言っただろう、ヤツは保津 陽太ではない。 闇医者による整形手術を受け、保津 陽太の姿となった悪魔……烏丸 湊だ!」

 

 「っ!?」

 

 嘘だ……まさか、そんな事って……!?

 有り得ない、と頑なに重い続ける私の脳裏に、大地君の言葉を裏付けるようなシーンが浮かび上がった。

 入学して間もなく、何故か私にちょっかいを出すようになった事、急に私を"サーガ"と呼ぶようになった事、私の事が好きだと言った事、『サーガは"僕"のものだ』と、そう言った事。……頭に浮かぶ全てが、大地君の言葉に説得力を持たせていく。でも……それでも、今目の前にいる保津君が、湊君だったなんて……そんなの、信じられる筈がなかった。

 

 

 「事実、あの事件による焼死体は、司法解剖がちゃんと行われていない。 現場の状況や、烏丸 湊の行方が分からなくなっていた事から、警察が勝手にそう判断しただけだ。 ……烏丸 湊は、あの日から保津 陽太と入れ替わっていたんだ」

 

 「黙れ……黙れェェェェッ!!!」

 

 いつの間にか立ち上がっていた保津君が、目を血走らせながら大地君に殴りかかる。咄嗟に縮こまった私を庇うようにしながら、大地君は持っていた支柱を巧みに操って、保津君の攻撃をいなしていく。

 

 「……二年前のあの日、お前は何らかの方法を使って保津 陽太を家に呼び寄せた。 保津は、かつて烏丸 広海の手術を受けたことがあったそうだから、そのつてだろうな。 そうして、家に呼んだ保津を殺害したお前は、証拠隠滅を図る為に、自らの家族をも巻き添えにして、家に火を放った。 ……死体の解剖が行われないよう、家屋をメチャクチャに倒壊させて、死体をグチャグチャにしながら」

 

 そうか……と、私は頭の中で彼の話を整理しながら思った。確かに、地震ならともかく、火災だけであれほど家屋の倒壊が起きるのは不可解だ。その事が、かねてから少しばかり気になっていたのだが、それが意図的に倒されたんだとしたら、納得がいく。……あの湊君がそんな惨たらしいことをしたとは、考えたくないけれど。

 

 「そうして、親と共に保津を殺害したお前は、有栖川という闇医者に頼んで、自らの顔や身体を整形し、保津 陽太の容姿を手に入れた。 西大路刑事から聞いたが……有栖川は、かつて烏丸 広海と共に働いていた外科医だったらしいな。 そして、医師免許を剥奪された自分と対称的に、どんどん実績を上げていく広海を恨んでいた。 ……お前は、その広海を殺す事と引き換えに、有栖川に整形手術を頼んだ。 違うか?」

 

 「……貴様ァァァァァッ!!!!」

 

 殺気だった保津君は、休むことなく大地君に殴りかかる。対して、大地君はいたって冷静に彼の攻撃を交わしながら、彼を、私に近づけないように立ち振る舞ってくれているらしかった。私は……ペタリと腰を抜かして座り込んだまま、一歩も動けずにいた。

 

 

 「そうしてお前は、二年もの間、誰にも気づかれる事なく保津 陽太として生き続けた。 もともと保津は、両親を幼い頃に亡くして一人暮らしをしていたようだから、それも手伝って上手く隠し通せたんだろう。 

 ……ただ、二年経ってから、お前が烏丸 湊であるという事に気づいた人物がいた」

 

 「…………それって、まさか……」

 

 

 「ああ。 ……俺の姉さんだ」

 

 

 思わず、言葉を失った。凪沙は、湊君が生きている事を知っていた……? 信じがたい事実の連続に混乱する私を、保津君は殺気を孕んだ目で睨んでいた。

 

 「有栖川が供述したそうだ。 姉さんは、整形手術を頼もうとしていた訳じゃなく、烏丸 湊のことについて話を聞こうとしていた、と。 それで、ヤツは姉さんの事を鬱陶しく思っていたそうだ。 ……ただし、自分は殺そうとしていない、と言っていた」

 

 「……」

 

 「お前は、有栖川からその事を聞いていた。 そして、自分の正体がバレるのを恐れて、姉さんの口を封じようとした。 ……保津の時と同じ、"サーガの火"を用いた殺しの方法によって!」

 

 「黙れっ!!」

 

 「警察の調べで、お前が事件の三日前に、ホームセンターで七輪と煉炭を購入していた事も判明した。 もう言い逃れは出来ないぞ」

 

 「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!!」

 

 「ぐっ……!!」

 

 保津のパンチで、大地君が持っていた支柱が弾き飛ばされた。素手同士となった両者は、拳を構えながら睨み合う。お互いの手は、かすり傷や痣で赤くなっていた。

 

 

 「……ねぇ、何で否定しないの?」

 

 堪らず、私は保津君に問いかける。話を聞いてくれる様子じゃないとは分かっていても、そう聞かずにはいられなかったから。違うのなら違うと、そうハッキリ言って欲しかったから。

 

 「ねぇ……違うって言ってよ保津君。 大地君が言ってた事全部嘘だって。 保津君は保津君だって!! そう言ってよ……!」

 

 涙声の私に、保津君は……いや、保津君だった人は、もう見向きもしなかった。ただ怒り狂った目で、大地君を睨んで動かない彼に、私はこれ以上何も言うことが出来なかった。

 ふと、大地君がポケットから一枚の紙を取り出し、私の方に投げた。四つ折になっていたその紙は、私の目下に落ちると同時に開き、何枚かの写真を私の目に飛び込ませた。

 

 「……かつて、保津は烏丸 広海の手術を受けたと言ったな。 ヤツは、小学生の時に交通事故で負傷したことがあって、広海の手術を受けて一命はとりとめたものの、右腕に大きな傷が残っていた。 だから、右手にいつも包帯を巻いていたんだ。 

 ……今、目の前にいるヤツの右腕には、包帯どころか傷跡すら残っていない。 代わりに、火事の現場には包帯の切れ端が残されていた。 これが証拠だ」

 

 「……じゃあ、やっぱり…………」

 

 「……ああ。 コイツは黒翼の悪魔━━━レイヴンだ」

 

 信じられなかったのに……疑いたかったのに……気づけばもう、疑う余地すらなくなってしまっていた。

 目の前で私たちを睨む、保津君の顔をした湊君を、私はただ茫然としながら見つめていた。

 

 

 

 「どうして……?」

 

 口から漏れたその言葉は、震えていた。

 

 「どうしてこんな事を……?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐに彼を見つめる。一瞬、彼の殺気が和らいだかと思うと、彼はそのまま構えていた拳を下ろし、しかしその手は固く握りしめたままで、小さく呟いた。

 

 「僕は……保津君とは違う」

 

 「っ……!」

 

 その言葉には、聞き覚えがあった。

 ……そう、私が保津君にフラれた後、私を慰めようとしてくれたレイヴンに、私が言い放ったあの言葉。彼は、それをずっと覚えていたのだ。

 

 「サーガ様に認められるのが保津君だけなんだったら……僕はもう要らない。 ……僕が保津君になるしかないっ! そうすれば、保津はサーガ様の前から居なくなる。 僕は、サーガ様の側に居られる」

 

 「そんな事をしても、サーガがお前自身を見ている事にはならないだろうっ!」

 

 「黙れェッ!!! ……そんな事はどうだっていい。 僕は……サーガ様の側に居られたらそれで良い。 全ては、サーガ様の為に……!!」

 

 「湊君……」

 

 こんな言い方したくないけど……湊君は、狂っていた。

 私が感じた"恐怖"は、形を持って私の前へと現れ、私の過去の罪と共に私の心を飲み込もうとしていた。『全てはサーガ様の為』というのなら、これは全部、サーガである私が引き起こした悲劇ではないのだろうか。……そんな風にさえ思えて、嗚咽が走る。私は……私は一体どうすれば……!

 

 

 

 「……深淵の業火よ、我が魂の鼓動に答えよ。 そして今こそ、我が身にその力を降ろすが良い……!」

 

 その呟きは、大地君の口から発せられたものだった。馴染みのある詠唱をブツブツと呟いたかと思うと、彼は目をカッと開いて、そのまま湊君の方へと殴りかかった。

 

 「おおおおおおおおァァァァァァッ!!!!!」

 

 「ごはッ……!?」

 

 今まで防戦一方だった大地君の急なカウンターに、為す術なく吹っ飛ばされる湊君。ガンッ! と、倉庫の壁と湊君とがぶつかり、激しい音を立てる。唖然とする私の目の前で、大地君は、両手を強く握りしめて、怒りの表情を見せていた。

 

 「お前は……お前は今までサーガの何を見てきたんだっ!? サーガの配下として、姉さんと一緒に活動しながら、ずっと楽しい毎日を過ごしていたんじゃないのか!?」

 

 よろめく湊君の胸ぐらを掴みながら、大地君は大声で怒鳴る。

 

 「それなのに……お前は、お前自身のエゴでそれをメチャクチャにした! 保津を、姉さんを……何よりサーガを、こんな苦しい目に遭わせておいて、何がサーガ様の為だッ! ……お前の化身は、悪魔そのものだ!」

 

 「うるさいっ! 黙れっ! ほざけっ! ……僕はただ……ただっ!!」

 

 すっかり覇気を失った湊君の首を締め付けながら、大地は何度も、何度も、何度も彼の顔を殴った。その仮面を剥ぎ取らんとばかりに。保津君の顔の裏に隠れた、湊君の顔を殴らんとばかりに。彼の怒りは頂点に達し、我を忘れる勢いで、抵抗すらしなくなった湊君をひたすらに殴り続け━━━

 

 

 

 「━━━もう止めて、大地君」

 

 

 そんな彼を見ていられなくて、私は彼の赤く腫れた拳をギュッと掴んだ。

 

 「サーガ……」

 

 ビックリした様子で動きを止める大地君を、湊君からそっと引き離した。川のせせらぎと、両者の荒い息づかいだけがその場に響く。そうして、息絶え絶えになりながらこちらを見つめる湊君を、私は優しく抱き締めた。

 

 「……サーガ、様…………?」

 

 「……レイヴン。 貴方が保津君や凪沙にやった事は、許される事じゃない。 私も、その事は絶対に許さない。

 ……でもね。 それ以前に私には、貴方にもう一度逢えた時に、ずっと伝えたいと思ってた事があるの」

 

 涙が、頬を伝って湊君の肩へと落ちる。ヒュウ……ヒュウ……と、掠れた彼の息が私の髪にかかるのを感じながら、私は彼に囁いた。

 

 

 「……あの日、私は貴方に酷いことを言ってしまった。 『お前は保津君とは違う』なんて、酷いことを。 ……私ね、この二年間それをずっと後悔してた。 どうにかして謝りたいって、そう願ってた。 

 

 ……だから、ね……ごめんなさい。 貴方を傷つけてしまって、ごめんなさい……! 貴方の思いを踏みにじってしまって、ごめんなさいっ……! ごめんなさいっ……!!」

 

 最後の「ごめんなさい」は、ほとんど声にならなかった。涙を流し、しゃくりあげながら、私は何度も何度も湊君に謝った。初めは棒立ち状態で、どうすれば良いか分からず困惑していた湊君も、私が「ごめんなさい」を重ねていく度に、だんだんと脱力していった。そうして、私に体重を預けるようにしながら、わなわなと喉を震わせ、彼は私と一緒に泣いた。

 

 「サーガ様……うっ、ぐ……サーガさまぁ……う、あっ……! ぐ、うっ……!」

 

 「ごめんね……ごめんねっ……!!」

 

 倉庫の壁に寄りかかりながら、中学生の子供のように泣きじゃくる私たち。湊君を巣食っていた狂気は、いつの間にか消えていたような気がした。チラリと目をやると、一人立ち尽くす大地君の目にも、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。夕暮れ空の下、川沿いのひっそりとしたサーガ団のアジトの中に集まった三人の高校生の涙が、夕日に照らされ、キラキラときらびやかに輝いていた。

 

 

 ~~~

 

 

 「━━━5月12日、午後5時24分。 暴行、及び傷害の罪で、保津 陽太……もとい烏丸 湊を現行犯逮捕する。 ……詳しい話は、また署で聞かせてもらおうか」

 

 あれから数十分後、けたたましいサイレンの音を響かせ、アジト近辺に数台のパトカーが停車した。現れた西大路刑事によって、湊君の身柄は拘束されたのだが、その時にはもう、彼は抵抗する意思すら見せなかった。

 

 

 「綾火っ!!」

 

 と、西大路刑事の乗っていたパトカーから、世奈が降りてきた。驚く間もなく、彼女は私のことをギュッと抱き締めると、そのまま泣き崩れた。

 

 「良かった……よかったよぉ……! 大地と刑事さん達から事情聞いて、綾火の身に何かあったらどうしよって心配で……!」

 

 「世奈……ありがと。 私は大丈夫だから、安心して」

 

 「ううっ、ぐすっ……綾火ぁ~っ!!」

 

 「あぁもう……よしよし、泣かないの~」

 

 さっきあれほど泣いた筈なのに、わんわん泣きながら抱き付く世奈を見ていると、なんだか私まで涙ぐんでしまう。心の奥底から"安心感"の涙が沸き上がって、悲しみでポッカリ空いた私の心の穴を埋めているようだった。

 

 

 「さて、と。 ……今回はお手柄だったな。 警察としては頭が上がらんばかりだが、お前のお蔭で未解決事件が二つも片付いた。 感謝する」

 

 「いえ。 ……あの、それで……」

 

 「んぁ? ……あー、ケンカの事は気にすんな。 ありゃ立派な正当防衛だからな。 ……まぁ、にしてもちとやり過ぎな気はするが」

 

 「すみません……。 じゃあ、後の事はよろしくお願いします」

 

 「おぅ」

 

 向こうで、刑事さんと大地君が何やら話しているのが聞こえた。詳しいことは分からなかったが、二人の表情には安堵の色があるように見えた。一週間弱の騒動も、二年前の事件も、これで本当に一件落着だろう。そう思うと、今度は涙の代わりに笑顔が溢れた。

 その後、西大路刑事はパトカーに乗り込み、湊君と一緒に警察署まで帰っていった。一時は騒然としたサーガ団のアジトだったが、今はもう、私と世奈、大地君の三人しか残っていない。そんな中で大地君は、湊君の乗ったパトカーの背中を、見えなくなるまでじっと見つめ続けていた。

 

 

 「…………大地君」

 

 落ち着いた世奈を宥めてから、大地君の方へと近づく。名前を呼ばれた彼は、目に浮かんでいた涙をコッソリと袖で拭ってから振り向いた。傷だらけになった彼の顔は、一週間前に出会ったあの時よりも、ずっとたくましく見えた。

 

 「……ありがとう、助けに来てくれて。 それに、事件も解決しちゃうなんてスゴいね」

 

 「フン……俺はガイアの力と一体化しているからな。 ……それに、俺も必死だった。 事件の真相を知って、サーガの身に何かあったらと心配になって、それで……」

 

 「そっか。 ……ふふっ、この前までは"仇"だなんて言われてたのにね」

 

 「そ、その話はもう良いだろう!」

 

 ムキになる大地君の姿があまりにも愛らしくて、思わず笑みが溢れる。保津君の顔をした湊君と一緒に居た時とはまた違う、穏やかな幸福感が胸を包み込むような、そんな感じがした。翼をはためかせて飛んでいた水鳥たちが、川辺へと戻ってきて、静かに水面へと降り立った。辺りには相変わらず、サラサラという川の流れる音だけが響く。

 

 

 「……なぁ、サーガ」

 

 静寂を破るようにして、大地君が静かに口を開いた。よくよく見ると、今日の彼はマスクをしていないな、と今更ながら気づく。

 

 「……お前は、罪を一人で抱え込み過ぎていると思う。 二年前の事件でも、姉さんの事件でも、サーガは犯人扱いをされてきた。 姉さんの件については、お前を勝手に疑った俺に落ち度がある……それは重々理解している。 ……でも、それも含めてお前は、それらを"自分のせい"と思い続けてきた」

 

 「…………」

 

 「俺だったら、きっと耐えられない……。 胸が張り裂けそうになるくらいの罪悪感を抱えながら生きるなんて、俺には出来ない。 ……改めて、サーガの強大さを思い知らされた気がする」

 

 買い被りすぎだ、そんなの。私はずっと逃げてきただけなのだから。過去を捨てて、自分と向き合わないようにしてきただけなのだから。……そんな私のことを"強い"と言ってくれる、そういう存在が居るというだけで、私にとっては大きな救いだった。

 

 「だから、お願いだ。 俺を……大地の化身グランディスを、サーガの配下にして欲しい。 

 お前が……いや、貴女が罪を抱えながらこの先も生きていくというのなら、その重荷を、俺にも分け与えて欲しい。 一人で背負うんじゃなくて、共に前へ進んで欲しいんだ」

 

 「大地君……」

 

 湊君に、私はこう言った。『私は、幸せになっちゃいけないんだ』と。……でも、目の前にいる大地君は、私が幸せを求める事を肯定してくれているようだった。私の罪を、共に背負うと言ってくれた。

 ……どうしよう。私、もうこの時点で幸せだ。大地君や世奈、湊君、凪沙……私の周りには、こんなにも私の事を大切に思ってくれる人たちが居たのだ。サーガの威光は、きっとまだ潰えていない。サーガの……私の未来は、きっと幸せに溢れている!

 

 

 「……光栄に思うがいい」

 

 口から出たのは、そんな傲慢な言葉。……でも、私にとっては運命の言葉。過去を捨てたつもりでいた私だったけど、今だけは、その身に"サーガ"を宿す。世奈の前だからちょっと恥ずかしいけど……でも、今はそんな事どうだって良い。そうして、悠々と笑みを浮かべながら、私は同士たるグランディスに、契りの言葉を交わした。

 

 

 「我がサーガの力の一部を、お前に託すことにした。 人間界とのバランスを保つための特異点として、お前が選ばれたのだ。 だから、共に……私と歩んではくれぬだろうか」

 

 

 「はい、喜んで。 ……サーガ様」

 

 

 ~~~

 

 

 

 夏休み真っ只中という事もあってか、病室の中はいつも以上に蒸し暑かった。

 いつもは分厚い布団にくるまれている患者さん達も、今日は薄手のタオルケットへと使用変更がなされている。凪沙の病室は比較的風通しが良い為、他の病室よりは若干過ごしやすいのだが、それでもやっぱり蒸し暑い。お気に入りのピンクのベストも、今日ばかりは脱ぐべきだろうか。

 

 

 「……というか、こんな過酷な状況の中でよく寝れるね、アンタらは」

 

 凪沙のベッドに倒れ込むようにして、グースカと呑気に眠る二人の友達。両者とも、涼しげな格好をしているからか、暑さを気にせずぐっすりだった。なんか平和だな……と、二人の間抜けな寝顔を見ながら、そんな事を思う私の前を、ヒュウ、と穏やかな風が流れていった。

 

 

 「……ほーら、グランディス、セーニャ。 もうそろそろ帰って宿題やるよ」

 

 ユッサユッサと二人の身体を揺するも、なかなか起きる気配がない。だからゲームのし過ぎは良くないって言ったのに……。

 やれやれ……とため息をつきながら、いつでも帰れるように荷物だけまとめておく私。このツケは、後でジュースにして返してもらおう。あれこれと、二人の私物なんかを鞄に放り込んでいきながら、最後に、机の上に置いていたノート……魔導書に手を伸ばす。

 ……と、その時だった。

 

 

 

 「………………ん、ん……」

 

 

 「…………え?」

 

 サァッと吹き抜ける風に煽られ、魔導書がパラパラと捲られていき、白紙のページで止まる。それとほぼ同時に、ずっと眠り続けていた凪沙の瞼が微かに動き、うっすらと……開いたのだ。

 

 

 おしまい

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