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今日は、私とコーネリアス王太子の結婚式の日。新たな王太子と公爵家の1つフェレイラ家との結婚式とあり、国中から有力者が集まった。私の体をきらびやかな装飾品が包み、金色の髪はアップになり美しく整えられていた。鏡の前で私は自分の手先を見た。少し震えているのが分かった。控室の鏡にお父様の顔が映った。お父様はいつの間にか私の背後にいた。
「シャーロット。我が娘よ。お前にはいつも苦労をかけた」
「いえ……」
「ようやくここまで辿りつくことができた。だが本番は……、いや。おめでとう。今日は晴れ舞台だ。余計な話をする必要はあるまい」
お父様はそういうと何かを納得するように何度か頷いた。余計な話とは何であるか……、私は想像がついてしまった。早く子供を作り、お父様の操り人形となる王家の血を引く男子を産む事。そんな話をしたかったのだろう。私の結婚式の当日に。私は溜息をつきそうになった。権力とはかくも恐ろしいモノなのかと思った。お父様は私を愛してくれている。そこは間違いない。だが、権力という光を前にすると愛よりも大事な物があると言わんばかりにお父様は怪物となる。お父様にとって何よりも大事なのはフェレイラ家の名誉と権威なのだ。ドアをノックする音が聞えた。外から係の者の声がした。
「お時間です」
私は振り向いた。お父様と目があった。
「行きましょう、お父様」
「ああ、我が娘よ」
私は手を差し出すとお父様はそれを優しく握った。私は椅子から立ち上がりお父様と並んで歩いた。扉を出るとそこにはいつの間にひいたのか……赤い縦長の絨毯が敷かれてあり、それはドルレント大聖堂の広間へと繋がっていた。広間には既に貴族達が所狭しと集まっていた。もちろんエドワード王も新王妃ウルスラもいる。私はお父様の腕に手を絡ませ一歩一歩ゆっくりと進んだ。私の視線の先には神の銅像と神父と……、私の夫となるコーネリアス=ミッドランド王太子がいた。私とお父様はコーネリアス殿下のところまで辿りつく。そして私は手をお父様からコーネリアス殿下に移した。コーネリアス殿下と目があった。私はコーネリアス殿下の腕に手を絡ませ再び歩いた。私とコーネリアス殿下の二人は神父の前までの僅かな距離を歩いた。神父の前に辿りつくと神父はお決まりの言葉を並べた。
「それでは誓約をしていただきます。みなさまご起立ください」
「ミッドランド家のコーネリアスとフェレイラ家のシャーロットは今結婚しようとしています。この結婚に正当な理由で異議のある方は今申し出てください。異議がなければ今後何も言ってはなりません」
会場に異議のある者など居る筈がなかった。
「どうぞお座りください。ミッドランド家のコーネリアス、あなたはフェレイラ家のシャーロットを健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか?」
コーネリアスは凛々しい声で言った。
「はい、誓います」
次に神父は私を見た。
「フェレイラ家のシャーロット、あなたはミッドランド家のコーネリアスを健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか?」
私は言った。恐らくこれは生涯で最高の言葉になるだろうことを思って。
「いいえ、誓いません」
数秒、時間が止まった。
会場がザワついた。エドワード王と王妃ウルスラも訳の分からぬ顔をし、お互いを見ていた。私は目の前の男コーネリアスの顔を見た。コーネリアスは狐につままれたような顔をしていた。私はその顔を見て口を開けた。
「私……、ようやく分かりましたの。私の不埒な噂を流した犯人を……。全てはあなたが仕組んだ事でしたのね。コーネリアス殿下」