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最近になり父ロス=フェレイラはようやくヘンリー王太子殿下と私との結婚を諦めた。当初お父様は噂さえ撤回できればもう一度ヘンリーと私が婚約できると考えていたようだが、風向きが一変した。ヘンリー殿下が子爵の令嬢に熱をあげ、エドワード陛下やマリージア王妃に逆らっても正室の座にすえると息巻いているからなのだそうだ。その様に流石の陛下と王妃も手を焼き、その令嬢との婚姻を進めるらしいとのことだった。
――私は何だったのだろう?
虚しくなってきた。少なくともヘンリー殿下も12歳ごろから(シャーロットが8歳の時、ヘンリーは12歳)私という婚約者が決まっていたのだから、もう少し私自身に愛情を向けて下さってもよいでしょうに。どこの馬の骨だか分からない女を瞬時にして燃え上がるほど好きになるなんて……。それぐらいなら私に執着してくれても……。私は溜息を吐いた。もう婚約破棄から何度溜息を吐いたか分からない。正直なところ、既にヘンリー殿下のことはどうでもいい。だが、女として圧倒的に負けたという屈辱感が胸を支配した。ふとある疑問がよぎった。
――そんなに美人なのかしら……?
自分で言うのも何だけど、私は結構美人だと思う。目だって大きいし。まつ毛だって長い。殿下の為に食事を節制してきたからちゃんと痩せているし、肌だって毎日手入れしているからきめ細やかだし。胸は……、……まぁいいわ。すると、横から突然男の声が聞えた。
「ファウスト子爵令嬢アイシャ……彼女に会いたそうな顔をしているね。レディ・シャーロット」
そこにいたのは白い肌で筋肉質の美男子『コーネリアス殿下』だった。私は驚きヒステリックな声をあげてしまう。
「ちょっ……、本当にビックリしましたわ。この屋敷に勝手に入ってくるなんてどういう了見でしょう?」
「勝手になんて入ってないさ。君の父君の許可をいただいている」
この発言に私は大きく目を見開いた。
――お父様ったら! 事前に言ってくれても良いでしょうに!
私がややヒステリックな頭でそんなことを思っていると、顔に出ていたのか……、コーネリアス殿下は私を諭すように声をかけてきた。
「そう父君を責めるな。俺が屋敷に入れてくれと言ったのだ。フェレイラ公の立場では王子である俺を訳もなく追い返すわけにはいかないだろう?」
言われてみればその通りだ。私はコーネリアス殿下の顔を見た。
「殿下は読心術の達人でいらっしゃいますの?」
「ん?」
「私の心をお読みになるのが大変にお上手なので」
この私の発言に、コーネリアス殿下は大笑いした。
「ははは! シャーロット。君は感情が顔に出やすいタイプだと自分で気づいていないみたいだな」
「え?」
「あははは!」
私は顔を真っ赤にさせた。この人と会うたびに気恥かしさに包まれる気がする。不思議な男。私はコーネリアス殿下のことをそう思った。コーネリアス殿下は私に訊いてきた。
「会いたいか? 子爵令嬢アイシャに」
「お知り合いですか殿下?」
「何を言っている。君の学友だぞ?」
「!??」
そんな子いたかしら? 私は全く覚えてなかった。コーネリアス殿下が私の顔をのぞきこんできた。
「その顔は忘れている顔だな。よろしい。見に行こうじゃないか。顔は覚えていても、名前を記憶できないということはままあるだろうし。よほど君の印象に残らない子だったのかもしれない」
コーネリアス殿下はそう言い終えると外に待たせてある馬車に私を無理やり押し込んだ。行先はもちろんファウスト子爵邸だった。馬車はほどよい地点まで来ると止まった。私とコーネリアス殿下は馬車の中で息を潜めた。コーネリアス殿下は手招きした。私は殿下にそっと近づく。殿下は私にいたずらっ子のように笑いかけた。
「レディ・シャーロット。窓のカーテンを少しあけてごらん」
私は言われるがまま馬車の小窓のカーテンを小指でそっとあけた。20mほど先には一目見て貧乏だと分かる簡素な邸宅があった。
「ここがファウスト子爵の邸宅ですか殿下?」
「そうだ。あ、来たぞ。ちょうど良かったな」
私は窓に顔をつけて外を眺めた。高級な馬車が簡素な邸宅の前に止まり、中から二人の若い男女が出てきた。1人はヘンリー王太子、そしてもう1人が……。二人はキスをし始めた。
「……あれがアイシャ?」
「見覚えがないのか?」
「ええ」
――ん?
私は激しくキスをするアイシャの胸を注視した。学校に行っていた時のイナンナの言葉を思い出した。
『ほら見てシャーロット様。あそこで男漁りをしてるのがデカパイだけが取り柄の女アイシャよ。何を聞いても何も答える事のできない殺人的に頭が悪い生物……、きっと脳みその養分の全てがあのデカパイにいってるんでしょうね』
私は小さく呟いた。
「あのデカパイか……」
「ん? 何?」
「あ、いえ何でもありませんわ。えーと確か1度校内で見かけたことがありますわ。ただ特に話したことなど無かったですわね」
「ふーん。なるほど……」
「すいません。ちょっと気分が悪いので屋敷に引き返してくれますか?」
「ふふふ、了解ですレディ」
私は帰り道の馬車の中で怒りを募らせていた。胸だけの女に負けた。その事実は激しく私を傷つけた。それにコーネリアス殿下の見せた含み笑いも気になった。アレは何を意味していたのか。コーネリアス殿下が訊いてきた。
「まだヘンリーのことを引きずっているのか?」
全く引きずっていないと言えば嘘になる。将来の自分の夫として8歳の頃から妻になるのだと思っていたからだ。だが、激しく愛しているかといえばそんな事は全然なかった。宙ぶらりんな気持ちだった。
「いえ、特には……」
「なら俺を愛してほしい。俺はすでに母上にも君と結婚する旨を伝えてある」
「え? いえ……、その……お父様が……」
「フェレイラ公はここ数日反応が劇的によくなったよ。俺と君を婚約させてもよいとお考えのようだ」
「え!?」
――初耳だった。
私は思い切って訊いてみた。
「コーネリアス殿下は私のどこをそんなにお気に入りになったのですか?」
「どこと言ってもな……。好きだからだ。君と結婚するヘンリーをずっと羨ましく思ってきた。だが思いがけず君はヘンリーの手から離れた。だから俺はどうしても君を手に入れたかった」
私はまた自分の顔を赤くなっていくのを感じた。この世に生まれおち17年。ここまでハッキリと愛の告白を受けたことがなかったからだ。