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婚約破棄から一週間が経った。父のロスが険しい顔つきで屋敷に帰ってきた。
「どうしましたの? お父様」
「困ったことになった……。例のお前のふしだらな噂をたてた人物を特定した」
「お父様……、もうそのことは……」
「王妃マリージア様らしい」
「え?」
意外過ぎる犯人だった。そもそも王妃マリージアはフェレイラ家との婚姻を積極的に推奨した人物だったからだ。ハシゴをかけておいてそれを外したのだろうか? いや、そのことは分からない。それよりも王妃があらぬ噂をたてたのであれば、これはつまり名誉の挽回は不可能であるに等しかった。王家に逆らう事などできないからだ。すでに私の中ではどうでも良かったのだが、お父様の中では無実が証明されれば再び自分の娘を王家に嫁がせることができると考えていたらしい。私は言った。コーネリアス殿下ではダメなのかと。
「シャーロット、よく聞きなさい。王が後継者(太子)を定めている以上、ヘンリー殿下にミッドランドの継承権があるのだ。コーネリアス殿下ではフェレイラ家に何の旨味もない」
お父様の野望は王家の外戚になりミッドランドを自由自在に操る事にあった。その為には娘は王妃でなければならない。他は旨味がない。それが私の父ロス=フェレイラ公爵の理屈だった。
「そうですか……」
私はそう言ったきり、何も言わなかった。私は宙ぶらりんになった。分かっているのは淫乱な公爵令嬢として蔑みの目でミッドランド中から見られている状態は、永遠に改善できないと悟ったことだった。もうどうでも良くなった。どうせならかつての学友達とイケメンを漁りたいモノだと思った。どうせ評判の淫乱なのだ。そのぐらいしてもバチは当たらないだろうし、かつてのように男が逃げ出すこともないだろう。私は自嘲気味に笑うと友である本物の淫乱令嬢へ向けて手紙を書いた。
「シャーロット様が男を漁りたいと私に手紙を書くなんて、ミッドランドが滅ぶ前兆ではないかしら。なーんて。ヘンリー王太子様の件聞きましたわ。まったく未来の国王の目が節穴であるとは私達は不幸ですわね」
「あなたなりに励ましてくれているのかしらイナンナ」
元々ナイスバディと男に対するあらゆるテクニックを教えてもらう為に伯爵令嬢イナンナ呼んだのだが、自然と話は愚痴となった。私は王妃様が犯人であったことをイナンナに話した。するとイナンナは目を丸くして言った。
「それはおかしくありません?」
私は、何で? と答えた。イナンナは自慢の黒髪を触りながら得意げに続けた。
「だっておかしくありません? 王妃様にどんな得があるというのです?」
「それは思ったわ。でも、お父様の情報が間違っているとも思えないし。きっと私達には分からない都合というものがあるんだわ」
「都合といいますと?」
「都合は都合よ。それが分かれば苦労はしないわイナンナ。例えば……、そうね……王妃様の実家である『サマセット家』が婚姻に口を出したとか。十分にある話じゃない?」
「それでシャーロット様の淫乱な噂話を垂れ流したと?」
「そうよ」
「だとしても、最初に『フェレイラ家』との縁談と推し進めたのは王妃様自身というよりも王妃様の実家である『サマセット家』であると聞いたことがありますわ」
「そうなの?」
「直接お父様にうかがってみてはいかがかしらシャーロット様」
「……そうするわ」
イナンナと数時間楽しく話し、そしてイナンナは帰った。一人残された私はふかふかのベッドに横たわりながら考えた。もしも、イナンナが喋った話が本当であれば、私とヘンリー殿下が結婚すればフェレイラ家はサマセット家に多大なる恩を感じる事になり、恐らくサマセット家の地位が揺らぐ事もない。となると、王妃マリージア様がどんな利益を得る為にこのような噂を陛下と殿下の耳に入れたのか説明がつかなくなる。今回の話がでるまでフェレイラ家とサマセット家もそして王家とも関係は良好だった。
可能性があるのはたった一つだけ。サマセット家の令嬢である『サマンサ=サマセット』をヘンリー王太子に嫁がせる為に私が邪魔になった。王妃の実家であるサマセット家の意向が働いているとするならばそれしかありえない。もしも、それ以外の妃が選ばれたとするならばサマセット家ではなく王妃様個人の都合が働いた事になる。
私は何故かベッドで笑っていた。屈辱にまみれた筈なのに謎を追うのが楽しくなってきたのだ。とにかく妃候補に誰が選ばれるか……、これによって誰が仕掛けた罠なのか見極めるのが一番だった。