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「王太子殿下は何かを勘違いしていらっしゃる」


 私の父、ロス=フェレイラ公爵は手紙を開いたままそう呟いた。私は訊いた。


「お父様……、勘違いとは?」


 父は、娘の私――シャーロット=フェレイラの顔を見た。父は、いやそのような筈はない、とだけ呟き、急ぎ参内の準備を整えた。私も父に促され参内用の服に着替えた。一体何だというのか……。お父様の胸ポケットに閉まってある不吉な一通の手紙は、胸にしまって尚、禍々しい雰囲気を放っていた。私達はフェレイラ家の馬車にて王宮に向かった。私は馬車の窓から空を見た。曇っていた。いつもどおりの曇り……。


 ここミッドランド王国は年中曇りの天気が続く憂鬱な国。私はその王都『ウェンブラン』にて暮らしている。私の……、いえ父ロスの領地はミッドランドの東を占める土地『フェレイラ』、故にこの土地の領主は『フェレイラ』と名乗った。現在は父がフェレイラの土地を継ぐフェレイラ公を名乗っており、娘の私は公爵令嬢といったところだ。そうそう、肝心な話をしなければならなかった……。私と王太子殿下との縁談の話がもちあったのは私が8つの時だった。どんな経緯でそんなことになったのかは知らないが、ミッドランド王エドワードと父の間で娘の私が17になると同時にヘンリー王太子殿下と(めあわ)せるという約束がなされたらしい。そして、17歳の誕生日まであと一ヶ月と迫ったのが今日だった。


 ――本当に何事だと言うの?


 心配するうちに私と父を乗せた馬車が王宮についた。父は今日に限り早足だった。険しい顔で素早く馬車を降り、娘の私を置いて行きそうな速さで階段を足早に昇る。私は何やら不思議な気持ちだけを持ち、父の後に続いた。私と父が参内すると、玉座に座るエドワード王とその傍ら立つヘンリー殿下が重い表情をこちらに向けてきた。お父様と私が膝を折り、拝謁の姿勢をすると、エドワード王の口が開く。


「のこのこやってきたのかロス」

「陛下、この手紙の話、どこから聞いたか知りませんが真っ赤な偽りにございます。私の娘がこの手紙に記してある様な恥知らずな行いをする筈がなく」

「黙れ!」


 ――恥知らずな行い?


 私はエドワード王と父ロスの繰り広げる会話の内容の意味をつかめず、首をひねった。恥知らずな行いとは何か? 私はエドワード王の傍らに立つヘンリー王太子殿下の顔を見た。殿下は私を睨んでいた。それに少し涙ぐんでいた。一体何だというのか、恥知らずとは一体何の事を言っているのか。

 ここでヘンリー王太子は声を荒げた。


「父上! 私は、私と婚約しているにも関わらず複数の男と平気で交わるような『この女』と結婚する気はございません! どうか婚約破棄を!」


 私は一瞬何を言われたか分からなかった。そして『この女』が私を指していると脳がようやく認識し始めた時、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。頭の中に沢山の『?』が浮かんだ。


 ――複数の男と……交わる?


 それは私から最も遠い出来事だった。そもそも私は処女だ。男と交わった経験などある筈がない。私は幼い頃から王太子殿下の婚約者である為に、国内では有名な存在だった。そのため、私を口説こうとする命知らずはついに現れなかった。そのせいもあり、令嬢のみが作法を学ぶために通う貴族学校では『天下一の身持ちの堅い女』と私は言われていたのだ。他の令嬢の性に対する奔放ぶりは凄まじく、イケメンをつかまえてはベッドに引き込む愚か者もいた。性は彼女達の楽しみでもあった。もちろん彼女達には婚約者などいない。ゆえに学友である彼女達は私が名乗るだけで男が去って行く様を見て大いに笑った。


『シャーロット様はまるで武術の達人のようでございますわね。あたなを口説こうとした男は、あなたの名前を聞くや皆臆病者の姿を現しますわ』


 性の達人であるベイラー伯爵令嬢イナンナからの言葉だ。私はその時、自嘲気味に笑ったことを思い出した。そして、今は更に笑わねばならない。私は『天下一の身持ちの堅い女』と言われ、一身に殿下の妃になることだけを夢に見ていたのに、あろうことか私とは全くかけ離れた嫌疑を受けているのだ。未来の王の女に手を出す……、どこにそんな勇者がいるというのだ。イナンナの言葉を思い浮かべると、心が落ち着いて来た。そして、この状況がなにやらおかしく思えてきた。少し考えれば分かる事だろうに……。人間、頭から湯気が出ていると、こうも知性を曇らせるのかと思った。私は口を開いた。


「殿下、陛下よろしいでしょうか?」


 陛下は怪訝な顔を浮かべた――が、よい、とだけ言った。私は息を整え、そして吐き出した。


「私には全く身に覚えがございません。複数の男と交わるどころか私は今までただの1人とも交わったことがございません。私が交わるのは将来にわたり殿下だけであると8つの頃から決まっていたからでございます」


 この私の態度が気に入らないらしく、ヘンリー王太子は声を荒げた。


「黙れ! このふてぶてしい態度こそ何よりの証拠!」

(わたくし)が多少なりふてぶてしいのは、このような身に覚えのない疑いをかけられたゆえとご理解くださいませ」

「……」

「それに私は自分の潔白を証明できます。私の体は未だ純潔にございます。いっそお確かめになってはいかがにございましょう?」

「よくも私と父上の前でそのような卑猥(ひわい)な言葉を吐けたものだ! 今すぐ出て行け! 顔も見たくない!!」


 当たり前だが、エドワード王以上にヘンリー殿下の怒りは凄まじく、父と私に向かって罵倒の言葉を吐いた。言ってる事がめちゃくちゃだ、と私は思った。100年の恋が冷めた気分だった。とりつく島がないと悟った父ロスは私に目配せし、王の間より退室した。


 それより数日後、王太子ヘンリーと公爵令嬢シャーロットの婚約破棄の文言が記された王家の書状がフェレイラ家の屋敷に送られてきた。


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