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律儀なタコ

男は外に出ると強烈な日光に思わず手で光を遮り目を細めた。外に出たのは何十時間振りだろうかと更けながら街を歩き始める。

周りにはいかもに柄の悪そうな若者達やホームレスが屯していた。

その誰もが興味と畏怖の混ざった眼差しを彼に向けていた。

それもそのばす、ここアメリカ合衆国のとある貧困街。この貧困街一帯は合衆国の中でかずある貧困街と比べて特異な性質を持っていた。正式な地名はなく、悪党と敗者の吹き溜まり。元々は他の貧困街と同様であったが、禁酒法時代にこの一帯は賄賂を受け取る警察署長のおかげで規制を免れていた。その結果、この場所にいくつかのアメリカンマフィアが支部を作り、いつの間にかシチリアマフィアやメキシコのカルテルも地区の周りに支部を構えた。警察所長の不正が発覚した際は既に後の祭りで一帯は手のつけられない悪党の街となっていた。政府も存在は認知しているが、その犯罪組織の多さに強硬手段を取りあぐねていた。そんな悠長な事をしているうちにチャイニーズマフィアも参入して来て、ついに政府はこの一帯の浄化を諦めた。そして、その隙間に入り込む様にギャングやその他の小さな犯罪グループが居を構え、現在のこの街の姿になった。この街は軽蔑と嘲笑の意味を込めて、「ウェイスト・バスケット」と呼ばれる様になった。そんな街ででスーツにロングコートを羽織って黒のビジネスバックを持っている者はそうそういない。しかも黄色人種ときている。

周りの者から見れば、夢を求めてこのアメリカに来たが、この街に流れてしまった敗北者か裏社会の人間のどちらかにしか見えないのだ。しかし、男はその様に見られた方が都合が良かった。

流石に地の果ての様な荒れた場所でも文無しを襲おうとする者は少ない。そして、裏社会の人間に無差別に手を出す馬鹿もいない。襲うリスクとリターンを考えれば真っ先に対象から外れる出で立ちなのだ。

男はそんな視線を浴びながら少し歩いた所に止まっていたタクシーに乗り込み、運転手に3メーターぐらいでいける距離のファミリーレストランを指定した。


車が出発すると男は外の荒んだ街並みを見ながら一層憂鬱な気持ちになっていた。今日は仕事のクライアントと会う約束をしていた。しかし、それは既にご破算になることが確定してた。しかし、それでもケジメをつけるためには出向かなければならなかった。

あっというまにタクシーは目的地であるファミレスに到着し、男は運転手に20ドル札を渡して釣りを請求することなく下車した。

男はファミレスの駐車場から見える幾つかのビルを見渡していた。

そして、タクシーが走り去ったのを確認してスマートフォンを取り出し、電話をかけた。

「俺だ。今ついた。そっちは?」

ぶっきらぼうに電話先の相手に訪ねた。電話先から強い風の音が聞こえる。

「あぁ、こっちから見えてる。合図があればいつでも大丈夫だ」

電話先の男の声を確認して、じゃあよろしく。とだけ告げて電話を切った。

ファミレスに入ると男は窓際のボックス席に向かった。

そこには中年男性が一人で座っていたが、男がその向かいに座ると黙って中年男性は席を立った。

そしてウェイトレスを呼び、テーブルの片付けとコーヒーを注文した。

少し経つとすぐにコーヒーが出てきた。男はコーヒーに砂糖だけを入れて一口飲み、スーツの胸ポケットからタバコのキャメルを取り出して火をつけ、タバコの箱をテーブルの上に置いた。


タバコの煙を目で追っていると、ファミレスの中に黒人の男が入ってきた。その黒人は暫く店内を物色しながら彷徨いていると、キャメルのタバコの箱を見つけて男の向かいにどっしりと腰を下ろした。黒人はガタイがよく、身長は190cm、体重は100超えていたが決して風格はなく、チンピラという印象を男は受けた。

ジャクソンと名乗った黒人に対して男はタロウと名乗った。

「さっそく、成果をみせてくれ」

ジャクソンの威圧するような言葉にタロウはタバコの火を消して、鞄の中からクリアファイルを取り出して机の上に置いた。ファイルの中に入っている紙には<アーリアン・ギャング>の文字が見える。

「見る前に金を払え」

タロウの言葉の静かな圧力にジャクソンは一瞬たじろいだがすぐに体制を立て直し、机の上に紙袋を置いた。中身を確認した所でタロウはクリアファイルをジャクソンに向けてテーブルの上を滑らせた。

男がファイルの中身を見ると、ジャクソンは溜息をついて、ファイルを鞄にしまいタロウを睨みつけた。

「やはり、あんたら情報屋は下衆野郎だな」

睨みつけるジャクソンに対して、タロウは落ち着いてテーブルの上のタバコケースに手を伸ばしタバコに火をつけた。

「情報を買っておきながら随分な言い草だな」

「ついこの間、情報を買いに来たグループの情報を売るなんて下衆以外の何者でもないさ。あんたらは人の家の中に油を撒いていく。外から火をつけるよりよっぽどタチが悪い」

ジャクソンの目はじっとタロウを見つめている。タロウはゆっくりとタバコをふかしながら

「それが情報屋の仕事だからな。情報は持つべき者が持って始めて黄金の輝きを放つ。だから求める者へは情報を与えるさ。ある組織に利益になる情報と不利益になる情報が両方あれば片方はその組織に、もう片方はそれを黄金と見る組織に売る。その先のことなど知ったことではない。不利益な情報…癌を作り出し、それを俺に流した奴が悪いんだ」

悪びれることなくタロウは答えた。

ジャクソンの顔は茹で蛸のようになっていた。

それでもタロウは続けた。

「ちなみに俺はお前が何者であるかもしっている。マーキス・ジャクソン、ブラック・ゲリラギャングの構成員。年は28。つい10日前に俺がアーリア・ギャングに対して売った情報を元に壊滅状態になったファミリーの仇討ちをしたがっている」

そこまでいったところでジャクソンの歯ぎしりの音が聞こえた。

そして、タロウはテーブルの上を二回、指で軽く叩いた。

すると、窓ガラスに穴が空くのと同時にジャクソンはソファから通路に向けて人形のように倒れた。

ジャクソンの倒れる音に気づいた他の客がジャクソンを覗き込み、頭から漏れ出すドス黒い赤色の液体を見て悲鳴を上げたがタロウが目線を声の主に向けると途端に声を殺した。タロウは落ち着いた様子でタバコの火を消して、男の鞄から先ほど自分がジャクソンに渡したファイルを回収して席を立った。ウェイトレスや客は動くことも、声も出すことも出来ずにただただタロウが外に出て行くのを見守った。

外に出るとファミレスの前に止まっていた黒のワンボックスの助手席に乗り込みファミレスを後にした。

運転席にはドレッドヘヤーの黒人が乗っていた。

「ケイタ、散々だったな」

ドレッドヘヤーの黒人が先ほどまでタロウと呼ばれていた人物に声をかけた。

「いや、そうでもなかった」

ケイタは半笑いの状態で返した。

それをみた黒人は同じく半笑いになりながら「なんだ。イカした辞世の句でも聞いたのか?」

「それに関してはよく分からない戯言を小便小僧みたいに垂れ流していただけだ。見ろよピーター」

笑いながら答えると、ケイタは鞄の中から紙袋を取り出して中の金を見せた。

「なんだ、その金は?」

ピーターはその金の出処を知らなかった。

「ジャクソンが情報料を出したんだよ」

ケイタが答えるとピーターは声を出して笑った。

「あのタコ野郎、律儀に金を渡したのか?これから殺してやろうとしている相手に?傑作だな」

「恐らく、俺を殺した後に金は取り戻すつもりだったんじゃないか?ともかく、マヌケなタコのおかけで俺たちは骨折り損のくたびれもうけにはならずに済んだ」

いつの間にかケイタも大声で笑っていた。

ひとしきり笑った後にピーターが切り出した。

「で、その金はどうするんだ?」

ケイタはニヤついたまま言った。

「2500ドルあれば今日はいい酒が飲めるな」

ピーターはその言葉を聞くと、口笛を一回吹いた。


その夜、ロサンゼルスのとある酒場にケイタ達はいた。

店内は西部劇を思わせるような内装で、木の床の広い空間にいくつかの木製の円テーブルと椅子がセットで規則性なく置いてあり、奥にはカウンターがあった。

ケイタ達はカウンターに席を取った。真ん中にケイタ、右にピーター、左にガタイのいい白人の男が座った。黒人、白人、黄色人種の三人の組み合わせにその場にいた誰もが不思議と違和感を感じることはなかった

ケイタはカウンターの向こうにいる

イタリア系で白髪の初老の男性に話しかけた。

「アロルド、あれもらってもいいか?」

ケイタが指刺した先には<レア・パーフェクション>の25年物があった。

それを見たアロルドは笑いながら

「グラスでかい?」と言った。

「ボトルに決まってるだろ?俺たちはそんなにケチ臭くない」

ピーターが陽気な仕草でアロルドに突っかかった。

「よくいうよ。いつもはテーブル席でコロナやジムビームばかり飲んでる奴らが」

「思わぬ小銭が入ってね。あぶく銭はすぐに使わないとツキが逃げる。それにたまには高い酒を飲んでやらないとこの店が潰れてしまうだろ」

アロルドの皮肉に白人が皮肉で返した。

「言うようになったじゃないか、トーマス」

アロルドはトーマスに笑みを向けてから、ボトルとグラスを3つカウンターの上に置いた。


三人の話題は自然と今日の出来事になった。

「相変わらずだったなトーマスの腕は」

「当たり前だ。それより今日の狙撃の合図のタイミング、中途半端じゃなかったか?」

ケイタの言葉にトーマスが質問で返す。

すると、ケイタはウイスキーを煽ってグラスを置いてからタバコを咥えて、少し大げさな動作でジッポーに点火した。

「ノッチ音だよ」

ケイタの言葉にトーマスは納得がいったのかゆっくり頷いた。

「相変わらず耳がいいんだな」

ピーターの言葉にケイタは少し赤くなった顔を緩めて職業病みたいなものだと答えた。


暫く談笑した後にボトルが空くと、ケイタはテーブルに500ドルを置いて席を立った。

「さぁ、戻って次の仕事の話をしよう」

ケイタのその言葉に続くように他の二人も席を立った。

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