美人の保健医など存在しない
春――。
それは出会いの季節。
桜の花びらが舞う校庭で、一人の少年が前を歩く少女に駆け寄る。
「あの……落としたよ、これ」
「え?」
困惑気味の表情で振り返ったのは、大人しそうな印象を受ける小柄な少女。
彼女は突然話し掛けてきた少年を訝しげに見つめたが、すぐに彼の持っているハンカチに気づき、慌てて自分のスカートのポケットを探る。しかし、どうやらハンカチを見つけられなかったらしく、
「あ、ありがとうございます。落としたの、全然気づきませんでした」
少女はペコリとお辞儀し、おずおずとハンカチを受け取る。
「どういたしまして。えっと、君も新入生だよね?」
「あ、はい」
少年に優しげな笑みを向けられ、わずかに頬を赤らめた少女は、控え目に応える。
「あ、自己紹介がまだだったね。俺は――」
そんな運命の出会いに遭遇した少年と少女を横目に、俺は気怠げに校舎に向かう。
あー、ダルい。入学式サボりてぇー。
新入生のほとんどが入学式の会場である体育館に移動している中、生徒たちの集団から抜け出し、俺は保健室を訪ねる。
「すみません。ちょっと気分が悪いんで、休ませてもらえますか」
「あ……」
保健室のドアを開けたら、そこには美人がいた。
なん、だと……
俺は目を疑った。
――保健室の先生って、三十代から四十代くらいのおばさんじゃないのか?
俺の場合は、小学校も、中学校もそうだった。
だから美人の色っぽい養護教諭など、漫画やラノベの中にしか存在しないフィクションだと。
……だが、眼前にいる美女はどうだ。
若い。圧倒的に若い。
というか、可愛い。
美しさと可愛いさを両立させた端整な顔立ち。
スラッと背が高くて、スタイル抜群。
流れるような黒髪がきれいで……ヤバい、好みすぎる!
「先生! 体調が悪いんで休ませてください」
気分が悪い演技をする予定だったが、俺はそんなことはすっかり忘れ、元気よく宣言。
「え、でも、元気そう……」
「いえ、すごい体調ヤバいです。できればこのまま先生に膝枕されたいくらい、ヤバいです」
「え、膝枕……」
「はい、是非。リア充の運命的な出会いを目撃してしまって、胸焼けしてたんです」
「そ、そうなんだ」
と、不意に保健室のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
「おや、新学期早々、二人もかい」
三十代後半くらいのチョイ化粧濃いめの女性だった。
「先生。誰ですか、このおばさん?」
「あ……」
俺が美人先生に小声で訊ねると、彼女は俺よりも小さい声で、ダメと言ってきた。
「え、何がダメなんですか?」
「――聞こえてるぞ、一年坊主」
答えたのは美人先生ではなく、おばさんの方で、
「あと言っておくが、私が保健医だ」
「え……」
恐る恐る俺が美人先生を見ると、
「言うタイミングがなくて……ごめんね。わたしは三年の桜城です」
「……」
先輩のあまりの可愛いさで、俺はどうかしていたようだ。……先輩、普通に制服姿だし。
やっちまいましたよ、みなさん。
「おや、新入生。顔色がよくないな。先生が見てあげよう」
「お、お手柔らかに……お願いします」
「安心しろ。私は寛大だからね」
「は、はは……」
先生、顔怖いです。