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還る日

作者: 神山 備

蒲公英様主催、「かたつむり企画」参加作品です。


※雨の中傘を差さずに歩くシーンを入れた短編。梅雨明けまで……

 ショッピングセンターから出たとたん、右のほうの空が光った。

(やばい、一雨くるかもしれない)私は慌てて自分の車に乗り込む。激しいにわか雨の中、ハンドルを握るのもそうだが、今日は寝ているからと3歳半の娘、清香さやかを置いてきてしまった。雷で起きてわたしがいないと知ったら、まさか表に飛び出すことはないだろうが、大泣きは必至だ。

 大体、田舎の雷は半端ない。都会から嫁に来た大人の私でさえ、最初は度肝を抜かれた。


 案の定、家に帰ったとき、清香は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら私にすがってきた。私は、

「ごめんね、怖かったね」

と清香を抱きしめた。


 それから私は、清香に手伝わせて夕食を作り始めた。お手伝いは清香のマイブーム。実際問題、ほとんど役には立たないのだが、やらせると彼女の細い食が少しは改善されるのもあり、最近は毎日手伝わせている。今日はハンバーグだ。ひき肉とたまねぎパン粉をあわせたものをビニール袋に入れ、清香に渡す。

「じゃぁ、コレもみもみしてね」

「はーい」

 そして、その姿をほほえましく見ていたとき、リビングの広域無線が鳴った。広域無線というのは、お年寄りが多く、一軒ずつの間の広いこの町で、危険などを知らせるために、町が無償で町民に貸し出しているものだ。ただ、普段は天候のはっきりしないときの運動会などの室外行事の有無や、子供たちの修学旅行の途中経過を伝えるなど、ほほえましいものが多い。だが、今日は違った。

『こちらは広報です。本日、午後3時半ごろ、坂田字上の師岡泰造さんの姿が見えなくなりました。見かけられた方は、役場または、師岡さんまでご連絡ください。繰り返します……』

師岡さんというのは、近所に住む92歳のおじいちゃんだ。かくしゃくとした人だったが、年には勝てず最近では誰かがついていなければならないと言っていた。それに確か息子のお嫁さんが動けなくなっているので、お孫さんが(それでも私より年上の40歳だが)看ているはず。行方不明だなんて、大事に至らなければ言いなぁと思いながら少し顔を歪めると、清香はビニール袋をもったまま、

「ママ、もおっかのおじいちゃんどうしたの?」

と聞いた。まだ3歳半の娘には、師岡はちゃんと発音できないのだ。

「うん? 迷子」

迷子と聞いた清香は、

「おじいちゃん、まいご? ちゃやちゃんもさがす」

と、持っていたビニール袋を放り出して立ち上がる。

「大人の人が探してくれてるから、さやちゃんは良いよ」

どうせ、娘のは半分ぐらい表に出たいのが混ざっているのだから。

「えー、ちゃやちゃん、いく」

「それより、さやちゃんはコレ作って」

「うん、ちゃやちゃんかえってきたらもおっかのじいちゃんにこれあげる」

「そうだね、そうしようか」

そういって私たちは作業に戻った。


 師岡のおじいちゃんが見つかったのは翌朝だった。小学校の裏山に、ずぶ濡れで倒れていた。すでに息はなく、警察を経て自宅に戻ったと、広報は伝えた。


 葬儀に参列した私は、泣き崩れる孫千代子さんを見た。千代子さんは周りが

「じいちゃんはもう、92だで、大往生じゃねが。千代ちゃんのせいやねが」

と言うのも聞かず、

「じいちゃんは私が殺した」

と言い続けていた。


 確かに、普段面倒看ていたのは千代子さんだ。だけど、千代子さんにも用事がないわけではない。そんなときは千代子さんの妹の和歌子さんが、隣県から助っ人にやってくるのだ。あの雷雨の日はそういう日だったらしい。

「じいちゃんは私が雷が鳴ったらよう動けんで泣いとったげに、私を探しに行ったんじゃ。雷の鳴ったときに私がおれば……」

千代子さんはそう行って悔やみ続けた。師岡のじいちゃんの中ではいつまででも千代子さんは、小さい庇護すべき千代子さんだったのかもしれない。そう思うことのできた彼はいい人生を送ったのだと思う。清香もそんな人生を送ってほしいと。

 ただ、私自身はそうして「還る日」を迎えるまでいて、迷惑をかけたくないとも思う。

 なんとも勝手なことだと、私は苦笑した。

この広域無線、たくさんの地域で使われているかどうかは知りませんが、私の町では活躍しています。


ちなみに、拙作「ピカルとコルロ」を娘に語ったきっかけが、田舎のどえりゃー雷雨。ちりつもで改稿している際に広域無線と結びついて、降りてきました。

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