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第六章 獣の楔石 part4 (決着)


 人生の大半を犠牲にすることでだれよりも超越した力を獲得できるのならば――すがるように光牙が願ってみる。

 しかし、そんな夢みたいなことが当然起きるわけもなく――現実はただ無情なだけだった。流血の止まらない肉体はただ衰弱していくだけで普段通りの力さえも発揮することは難しい。体温もどんどんと下がっており、やがて肉体は活動を停止してしまうのだろう。

 どう都合よく見繕っても、動ける時間はあとわずか――現状を打開するような必殺の武器も策もない。ほとんど絶望的と呼んでも良い。

 ただ不思議なことに――そんな状況でも光牙は心のうちに妙な自信を抱いていた。

(……意識だけはやけに鮮明だな……)

 膨大な情報が一瞬にして頭の中に飛び込んできていた。

 風に揺れてちらつく葉影、湖の周辺をちろちろと飛び交う幻光虫、そして目の前で静かに呼吸する老人――視界はおぼろげにかすんでいる。それでも、それらの動きを見逃すようなこともない。光牙の眼はそういった細かい動きのすべてをはっきりと捉えていた。

 さらに時間までもが遅く感じた。彼らがわずかに動く間に、光牙はいくつものことを考えることができた。自分の体調や周囲の状況を整理し、それから現状を打破するための手段を企てることも――

 もしかしたら単に死が迫っているだけなのかもしれない。いずれ過去の記憶といった走馬灯が浮かび始めたら、いよいよあらゆる希望を諦め捨てるべきなのだろう。そんなことを考える余裕すらもあった。

(どうすれば倒せる……考えるんだ――)

 異様な速度で逡巡する思考。そのすべてを結集して光牙が探す。自分よりも優れた相手を打ち伏せる方法を――

 そして光牙はふと気がついた。手の平に残った殴打の感触に――自分は間違いなく藤堂を一度は吹き飛ばしたということに――それは疑いようがない事実だった。自分の放った反撃はまちがいなく彼に命中したのだ――

(……咄嗟の反応では俺の方が上……つまり、実際のところ、まったく手も足もでないってわけじゃない――)

 光牙は認めた。絶対的に敵わない存在――少なからずそう信じ込んでいたことを。そして振り払う。どの記憶にも付き纏っていた圧倒的な敗北感を――

(あとは……やるだけ……)

 覚悟を決めて、光牙が駆け出す。風の抵抗。それを全身に浴びながら。

「――ッ」

 藤堂の息吹。それと同時に舞い上がった砂土が二人の間に広がる。藤堂の手元ですばやく回転した長槍が足元の地面をえぐりあげたのだ。

 光牙は構わずに突進を続けた。たかが泥の弾幕にダメージなどない。視界を奪うような煙幕の働きにも程遠い。ならば脚を止める理由もない――

 だが、それは失策だった。

 光牙は舌打ちした。そしてようやく理解する。藤堂の狙いが別にあったことを。

 地面に槍を突きさしたのは土台を作るためだった。それを踏み台に藤堂の黒装束が一瞬のうちに空中にはためく。まるで放物線みたいな弧を描いて光牙の頭上に飛び上がった藤堂はそのままの態勢で鋭く蹴りを繰り出した。

「ぐっ……!」

 骨にひびくような激しい痛みをくらい――それでも光牙は倒れそうになる体をどうにか堪えてみせた。しかし、反動は抑えられない。傷口がさらにうずくと、たちまちに腹の底から抗いようのない気持ち悪さがこみあがる。たまらず光牙は血と胃液の入り混じった液体をその場に吐き出した。

「トドメだな――」

 冷ややかなささやき。着地した藤堂が懐からいびつな刃形をした短剣を取り出す。おそらく、それも獣殺刃なのだろう。

 死――それは間違いなく自分に訪れようとしている。光牙はそう確信した。そう確信して――瞬間、ある映像が頭の中に思い浮かぶ。

 腐敗した肉片の大きな塊。それは魔獣試験の結末を記録した写真だった――

(静音を殺す……?)

 そのイメージが光牙に最後の力をもたらした。

(さんざん静音を好き勝手にコキ使っておいて――)

「勝手なことばかりぬかしてるんじゃねえ!」

 わきあがる怒りをそのまま叫び――ほとんど窮地に追い込まれた光牙がようやく閃く。彼を確実に打ち倒す術を。それは――

(俺の命なんていくらでもくれてやる……でも静音だけは――!)

 やることは簡単だった。己の肉を献上して刃の勢いを骨で受け止める。そして今度は刈り取る。忠告通り、確実に――

 ――――――――

 夜闇の底で、にぶい音が二つ響いた。


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