第五章 嘆きの森 part5 (対話)
足元で革のブーツを踏み鳴らし、光牙は待ちくたびれたように立ち上がった。
「待ってたぜ、あんたが来るのを」
「金峰……」
ブロンドの長髪に大きな両翼。夜空を背負って登場した見覚えのあるシルエットはやはり忠孝であった。
(予想通り、一人で来てくれたな……)
そう胸中で漏らし、光牙がそのことに安堵する。
霧はすっかりと薄れていた。その分、森一帯の明るさも増し、木々の枝先はいずれもくっきりと月光に照らし出されてるほどだった。草むらに落ちる影は三つ。対峙する忠孝と光牙、そして光牙の後ろにかばうようにして琴子――
忠孝は彼女の姿に気がつくと、途端に安堵した表情を浮かべた。
「どうやら作戦は失敗したようだね」
「……失敗?」
短い黒髪を揺らして、光牙が首を傾げる。
「とぼけないでくれよ。僕らを出し抜いて、その子を魔獣に捧げるつもりだったんだろ?」
「おいおい……賢いアンタまでそんなバカな台詞を口にするのか? だったら、さっきの場面でそうしていたさ」
「なら、どういうつもりで逃げていたんだ……?」
「さてね――」
様子を伺うように光牙がつぶやく。すると忠孝は背中の翼で空気を強烈に押しはたいて警告した。
「君も分かっていると思うけど……逃げようとしても無駄なことだよ。この森には彼らがいるんだから」
彼の言葉に呼応するように――まるで群衆が道を早足に歩くような音をさせて、無数の羽音が森の天蓋を覆った。真っ黒い群影。それらの数に圧倒されて、光牙がひきつった笑いを浮かべる。
「さすがだな。これだけの鳥を従えているなんて」
「……ぼくには君の狙いがまるで分からない。どうして、わざわざ樹海に留まるような真似を……?」
「カンタンなことさ。俺は……アンタに頼みたいことがあったんだ」
「……頼み?」
意外そうに眼を見開いて、忠孝が驚いた仕草を見せる。
光牙は琴子の肩を掴むと、彼女の華奢な体を自分の目の前に移動させた。そして事前に打ち合わせていたことを口にする。
「この子は返す。だから、その代わりに忠孝さんの眼を貸して欲しいんだ」
頭上の鳥達に視線を送って、忠孝が訝る。
「彼らを……? いったい、何のために……?」
「……静音と決着をつけるためだよ」
そう光牙が答えると――忠孝の碧眼の瞳がさらに疑惑に満ちた。
「金峰、いい加減にしろよ。ぼくだってあまり冷静な気分じゃないんだ。まさか、さっきのことを怒ってないとでも思ってるのか? ぼくらが魔獣をあれだけ弱らせるのにどれだけの犠牲を出したと思ってる。そのチャンスをきみは自分だけの我儘で無駄にしたことを分かってるのか?」
「……そうじゃない。そういうことじゃないんだ。俺たちは静音を殺そうとする前に……まず確かめないといけないことがあるはずだ」
「なにを言っている?」
心臓の鼓動が強くなる。そうして全身の血の巡りが早くなるのを感じながら、光牙はゆっくりと告げた。
「俺の考えでは……彼女は魔獣になんかなっちゃいない」




