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第五章 嘆きの森 part4 (約束)

 耳を撫でる風のうねり――それが光牙をおぼろげに目覚めさせた。

 あたりが明るく感じたのは、空からの月明かりによるものだ。光に照らされて濃霧が青白く光っている。風はやがて葉々のざわめきと共にそれらの輝きも運び去ってしまうだろう。

 そのことを危惧し、さっと身を起こす。肉体が軽く感じるのは、わずかな睡眠でもそれなりに疲労が取れてくれたからだろう。

「あれ……センパイ……」

 傍らに眠っていた琴子もすぐに目を覚ました。おそらく浅い眠りしかできなかったのだろう。こんな樹木の密集した樹海で平然と眠れるほどの図太い神経というわけでもないらしい。

 光牙は夜空を仰いで大気の流れを確認すると、その風下の方を眺めてつぶやいた。

「……移動するぞ」

「はぁ……またですかぁ……」

 ぼやく琴子だったが、彼女の意志は尊重されない。再び光牙が琴子をおぶり――

 今度は獣化して走るわけではなく、人間の姿のまま慎重に歩を進める。できる限り力を温存しておきたいのが光牙の本音だった。

 樹海のより奥深く、屋敷のあった場所からはさらに遠ざかっていき――そうして植物ばかりの変わり映えしない景色が連続すると、琴子はいい加減に楽しむことに疲れたのか、はたまた飽きてしまったのか――いずれにせよ、いよいよ辛抱ならなくなったらしく、

「センパイ。わたし、隠しゴトされてるのって一番嫌いなんですけど……」

「……隠しゴト? なんのことだ?」

 とぼける光牙に、琴子はさらに怒った。

「してるじゃないですか! もう……いったい、なんなんです。なんでこんなに延々とグルグルグルグル…………どんだけ森林浴したいんですか!」

「んー……あと一時間くらい?」

 大雑把にそう答えると、わなわなとふるわせた両手で琴子が頭を一気に掻き毟る。

「そーじゃなくてっ! せめて理由くらい教えてくださいってことですよ!」

「ああ理由ね……うーんと……まあ、安心しろよ。オマエに危害が加わるような真似は絶対にしないから。ちゃんと家にも帰してやるし」

「それ……また話をはぐらかしてません?」

「んー……」

「センパイ? 聞こえてますよね?」

「あー……」

 かたくなに光牙が返事を渋る。光牙としては、そうして会話が終わることを望んでいたのだが、もちろんそんな態度は逆効果でしかない。

「聞 こ え て ま す よ ね~~~?」

 さらなる怒りを抱いた琴子が光牙の皮膚をぎゅっとつねる。さすがに悲鳴をあげるほどではないが――

「……おい、なにすんだ。地味に痛いだろうが。今は獣化してないんだぞ、俺は」

 わずかな痛みと結構な苛立ち。それで不愉快そうに光牙が眉根を釣り上げるも、琴子はそれ以上に機嫌が悪い。

「だったら話してくださいよ。考えてることを」

「いや、まあ……こうやって言わないことで察して欲しいとこなんだがな……」

 ごにょごにょとつぶやく光牙に、琴子は深く嘆息してから続けた。

「それじゃあ、センパイ、それはもういいですから代わりに一つだけ約束して下さいよ」

「約束?」

 聞き返すと、琴子は――今度はやけに真面目な表情に戻って言った。

「今回の一件が終わって玉響動物園に戻ったら、ちゃんと夜勤の方法を教えてください」

「……」

 またしても光牙が黙る。ただし、さっきの沈黙とは意味合いが違う。黙秘でなく、冷汗。唾を飲み込んでからしばらくの沈黙を挟み――そしてようやく光牙が口を開く。

「……そのあからさまなフリ……。まさかオマエ、俺を殺したいのか?」

 それはまさにいわゆる死亡フラグってやつなのでは――そんなことを光牙は考えた。

 だが琴子は続ける。真剣な表情のまま、

「お願いです。ちゃんと約束して下さい」

 普段はぼーっとしたようなくりくりの瞳が、今は金属のように硬く引き締まっている。そんな琴子の強い視線に追い詰められると、光牙はたじろぎながらやむなく答えるしかなかった。

「わ、分かったよ」

「……ホントですか……?」

 いまだに嫌疑をかけて目を細める琴子に、光牙は半ば諦観して答えた。

「ああ。分かったって。ちゃんと教えてやる。……こんなこと改めて言うと余計に危ない気もするが……まあ……とにかく無事に落ち着いたら、ちゃんと教えてやるよ――」

「それならいいですけど……」

 まだ納得いっていないように琴子。それでも琴子は一応は満足したらしく、それまで引っ張っていた皮膚をようやく手放してくれた。そうしてつっぱった痛みから解放されて――光牙はふと一人ごちる。

(無事に終わったらな――)

 悲観的になったわけではない。ただ、そういう可能性を考慮しておくことはいざという時に余計に落胆せずに済む。

 相手は魔獣――せめて自分に彼女を圧倒するほどの十分な力でもあればいくらか気も楽になるのだろうが――

(いや、だからこそ……俺は自分にできることをひたすらやるしかないんだ――)

 目的を掲げ、その実現に向かって動く。ただ、それだけのことを考えれば良い。

 そのためにやるべきことを思い出し、光牙が告げる。

「そういえば俺からもオマエに頼みごとがあるんだが……」


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