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第五章 嘆きの森 part1 (逃走)

 祈りが届いたのか――月が西に傾き始める頃には霧はすっかりと深まっていた。淡いもやのようなものだったのが、今ではまるで雲のようにふくらんで嘆きの森を埋め尽くしている。

 ただでさえ足場の悪い樹海の中、視界までもが悪くなり、さらに琴子まで背負っているものだから移動は大変だった。そのため普段に比べてずいぶんと遅い速度になっていたが――それでも人間の琴子にとっては十分に素早い速度らしく――

「ひゃっほーぉぉぉっ! センパイ! これ、どんなアトラクションよりも楽しいですね!」

 そう琴子は無邪気にはしゃぎ倒していた。ずっと背中で暴れられている光牙はなかばうんざりとしている。

(……なんでコイツはこんな状況で楽しめるんだ……?)

 真剣にそんなことを思い浮かべてみるが――きっと考えるだけ無駄な徒労に終わることはまちがいない。そう考えついて光牙はすぐに疑問を放棄した。

 そんなことより、やるべきことは山ほどある。

(まず彼らを撒いて静音だけを追わせなくちゃいけないんだ。そのためには――)

 絶対に霧から離れてはいけない。ぶあつい霧に囲まれているうちは、空からの監視を無効化できるからだ。つまり、厄介な忠孝の追跡を防いでくれることになる。

 しばらくして光牙は立ち止まると、走ってきた道を振り返って、その奥の方へ耳を澄ませた。目立った音はせず、静まった夜の気配が浸透しているだけ――さらに光牙は琴子を一旦降ろして、近傍の樹木のてっぺんへ駆け上ると、霧の合間から空の夜闇に目を凝らして忠孝の姿がないことをきちんと確認した。そのことに軽く安堵する。

(やっぱりな。追跡はしてこなかった……こうなれば忠孝さんは霧が晴れてからしか動かないはず……)

 嘆きの森にいる限り、彼らは琴子がいなくても構わない。なぜなら鳥たちを使った監視で魔獣の居場所を簡単に突き止められるからだ。おそらく今頃は藤堂や傷ついた隊員たちの治療を行っており、討伐の態勢を再度調整しているのだろう。逆にいえば、それまでは自分達の居場所がばれることはない。

(静音も姿を消したか――)

 階下の森をくまなく観察するが、あれだけの巨体は動いていればすぐに分かる。どうやら魔獣がいる気配はないようだった。途中まで追跡してきていたのは確認していたのだが――おそらく彼女もまた傷の治療を優先したのだろう。彼女からしても、琴子の追跡はさしあたっての優先事項ではない。そのことは光牙にも分かっていた。

 もともと静音は嗅覚に優れる豹の人獣族である。ずっと屋敷にいたはずの琴子のいる場所を突き止めてこれたのは、その特性が魔獣になった今も残っていたからだ。玉響動物園の時も同様である。つまり、少しばかりはぐれたところで彼女も琴子への追跡は容易に行えるのである。

(……今のところは順調だな……)

 一通りの状況を確認し終えて――物足りなそうにしている琴子のもとに戻ると、光牙はふたたび彼女を担いで移動を始めた。


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