第四章 魔獣 part9 (英雄の秘密)
「静音――!」
大木のような魔獣の四肢――その一本に、藤堂が深い斬撃を浴びせると――
魔獣が喉をねじ切ったように悲鳴をあげる。深い切り口から噴出するおびただしい量の出血。重心を崩した巨体がたまらず地面に沈む。その隙を藤堂がさらに狙うが――
――――――ッッ!
魔獣の呻き。それは残った力を振り絞るためだったのだろう――そうしてすぐさま再生させた触手を展開し、自分へのいっさいの追撃を拒絶する。その威嚇を厄介そうに睨む藤堂は警戒は緩めないまま追撃だけは諦めて、その場に立ち留まった。
(なんて力だ……)
光牙は純粋に恐れた。魔獣はもちろんだが、それよりも藤堂の持つ力のほうが問題だった――
彼は獣化をしていない。それなのに魔獣の攻撃を避けて、さらに皮膚を貫くほどの攻撃を実現した。それも老化した肉体で……
(ありえるのか……? そんなことが……)
常識では到底考えられない。そんなことは普通ならば不可能な話だ。いや、だからこそなのか。そういった退屈な概念を覆せるからこそ彼は英雄と呼ばれるのだろうか――
そんな考えを交錯させながら光牙が近くに駆け寄ると、藤堂はすぐに尋ねた。
「今と同じことを再現できるか?」
触手を切り払ったことを言っているのだろう。だが光牙にはそんなことよりも優先して解決するべき疑問があった。
「どうして獣化をしないんだよ。あんたが本気を出せばすぐに片付くんじゃないのか……?」
光牙はあえて付言しなかったが、そもそも彼が初めからそうしていれば無駄に犠牲を生まずに済んだかもしれないのに――
そんな感情のこもった視線を送ると、藤堂はあえて目線を合わさないようにして、くぐもった声で答えた。
「……それができることならばやっている。それくらい、今のおまえにも分かると思っていたが……見込み違いだったか……?」
その言葉に、光牙がはっとさせられる。
藤堂総十郎が最も無駄を嫌う男だということは光牙も知っている。ただそのことを忘れていたのだ。長い年月が記憶を風化させてしまっていた。もし、そのことを正確に思い出せていれば――光牙は自力で答えに到達できたのかもしれない。
「……そういうことかよ……」
「悠長に話している暇はない。一気に畳み掛けるぞ。ヤツの脚が再生しないうちに――」
そう言いかけて言葉を途切れさせたのは――藤堂が急に咳込んだからだった。さらに深刻な支えを失ったようにして、大きな老体が瞬く間に崩れ落ちていく。
「おい! あんた――」
「……構うな……これくらい、なんでもない…………!」
老人が強がる姿を目の当たりにして――光牙の考えは確信に変わる。
時間の流れが止まったかと錯覚させるほど容姿の変わらない横顔――それでも彼は確実に年齢を積み重ねていたのだ。
いくら英雄といえども万物の法則には抗えない。人獣族としての限界を彼は迎えていたのだ。その事実が意味するところは一つだけ――
(先生は……もう寿命が近いんだ……)




