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第四章 魔獣 part8 (戦いの疑惑)

「静音! 俺の声が聞こえないか!」

 だが光牙の叫びに応じたのは魔獣ではなく触手だった。先ほどに人獣族たちを一掃したように――黒い繊維がぶわっと視界に広がる。

(くそっ――やるしかねえのかよッ――!)

 光牙が意識を集中させる。

 ほんの小さなわだかまり――右肘の先端に生じるその感覚をさらに肥大化させるイメージを思い描く。するとジャケットの袖が破れ、赤い硬質の塊がみるみるうちに突出していった。さらに塊は変貌を続けて――無骨でいびつな――それでいて鋭利な刃面を兼ね持つ鎌のような刃物となった。

 高等技術である細胞制御の硬質化――コツさえ掴めば難しくはないが、そのきっかけが分からないまま一生を終える人獣族も数多い。光牙はそれを幼少期には体得している。そういう意味では、自分は同族の中でも比較的に優れている存在といえるのかもしれない。

 光牙は神経質に息を吸うと、細胞の刃をそっと構えた。

 ある種の才能に恵まれたことにうぬぼれるわけではないが――この場において無力でいるよりは遥かにマシなことだ。そうした力を持つことに今は素直に感謝ができる。

 切れ味は悪くない。少なくとも魔獣の触手を切り落とす威力は十分に秘めている。そう確信しながら、光牙が次々に触手をばらばらに切り落としていく。そうして軽く二呼吸ばかりしたところで、あらかたの攻撃を捌き終えたことに光牙が肩を休めると――

(――――ッ!)

 ふぬけようとしていた身体にすぐさま緊張を滑らせて――ほとんど直感に任せて背後に跳躍する。

 直後、光牙は息を飲んだ。もし反応が後れていたら、自分もまた四肢に深刻なダメージを負ったかもしれなかったと――。

 それまで光牙のいた空間を何重にも突き刺していたのは、地面に落ちた触手たちだった。魔獣の本体から切り離してもなお残った生命力と殺意で再び攻撃を仕掛けていたらしい。ただ、一応はそれが最後の力だったようだ。一時の硬直を見せた後、あっという間にしなやかな繊維に戻って地面に落ちていく――

(バカ野郎……油断なんかして良い相手じゃないだろう……)

 心のうちで自らを叱責し――改めて警戒を強めた光牙はざっと戦況を見渡した。

 魔獣はまだ傷口を完全に塞げてはいない。だからこそ触手で牽制している。

 先ほどにやられた共生特課の隊員たちは地面に昏倒しながらも細胞制御で回復に取り組んでいる。とはいえ、それらは戦力復帰のためというよりは救急措置といったところで、まず戦力としての計算はしないほうが利口だろう。

 残った人獣族の二人は白兵戦に自信がないのか、未だに銃火器による援護を主体に立ち回っている。本来ならば猛獣をも圧倒する銃弾なのだが、それでも魔獣相手にはとうてい期待はできない。現状の光牙の見積では――魔獣の頑丈な皮膚を破く唯一の手段は、鋭利な密度を圧倒的な力で押し付けること。つまり、人獣族の強靭な肉体による接近戦のみが有効な策である。

(……深刻な戦力不足だな……)

 やや悲観的になって、光牙。

 どう都合よく見繕っても――その場においてまともな戦力として期待できるのは自分と藤堂だけである。あとは琴子を保護しに行っている忠孝も戦力になってほしいところだが――先ほどの会話を聞いている分には、彼は琴子の護衛の役割を専任するだろう。

 だが、そこに藤堂が残っていることは今の光牙にとって頼もしいことだった。彼は魔獣を相手にしても一向にひけを取らず――重槍を軽々と扱って触手を切り崩しながら、なんとか魔獣の肉体に一撃を見舞わせようとぎらついた視線で隙を探っている。しかも人間の姿のまま――

(老人のままだって……?)

 そのことにようやく疑問を抱いた光牙はたまらずに叫んだ。

「あんた! どうして獣化をしないんだ!」

 それは言ってしまえば手加減に等しい行為である。

 人獣族が種族的な強さを最も発揮できる状態は獣化している時に他ならない。いくら強靭な人獣族といえども普通の人間の姿でいる場合には実力の半分すらも発揮できない。もし光牙も獣化していない状態であれば、おそらく魔獣の一撃を喰らうだけで致命傷になってしまう。

 逆に……人間の姿のまま魔獣とやりあえている藤堂が獣化してしまえば……?

 その考えにたどりつくと、光牙は過剰な期待を抱いた。それは同時に恐怖でもある。もしかすれば決着は一瞬でつくかもしれないと――

 しかし、光牙は戸惑いを覚えた。不思議なことに藤堂が一向に獣化をしないからだ。戦闘に夢中で声が届いていないのか――いや、そうだとしても、そもそも獣化をしないことはおかしい。

 彼らの目的は迅速かつ秘密裏な魔獣の処分のはずだった。だからこそ保護などと称して神林琴子を誘拐し、魔獣を人里から引き離して人獣族の土地である嘆きの森に誘い込み、人知れず暗殺を目論んでいた。そこまで戦局を進めておきながら、わざわざ手を抜く意味が分からない。ましてや被害者だって出ているはずなのに――

(……なにか策でもあるのか? いや……そんなわけはない――)

「この……返事ぐらいしやがれッ……!」

 たまらず光牙が駆け出すと――魔獣はその行動が自分に向けられたものだと認識したのだろう。たちまちに触手の大半を操って、光牙の動きを制圧しようと試みる。まるで驟雨のように降り注ぐ魔獣の攻撃に――だからといって怯む光牙ではなかった。

(……この程度で俺をやれるって? あまり、ナメんじゃねえぞ……!)

 少なからず光牙には自負がある。それは彼が人獣族の遺伝で受け持った獅子の本能によるものかもしれない。一旦、相手を圧倒する気になれば――自らの力でねじ伏せられないものはそう多くない。光牙はそういう確信を己の能力に抱いている。

 走る足を止めて――息を軽く吸い、心臓の鼓動をはっきりと感じるくらいに神経を研ぎ澄ませる。その感覚が肝心なことだった。

 猛々しく脈を打つ肉体。それとは裏腹にやけに冷静になった五感のすべてが触手の動きを一つずつ丁寧に見極めていく。後は簡単なことだった。自らが認識した相手の動きに対して反応する肉体の信号に忠実に身を委ねるだけ――

 時間にして数秒ほどだろうか。光牙が生成していた細胞の刃を体内に戻したと同時――襲いかかっていた触手が地面にばらっと落ちる。そうして魔獣は失った。密林のように盛り上がっていた触手の大半を――

 そして、その隙を藤堂は見逃さなかった。

「……よくやった」

 そう一言つぶやきながら――光牙の真横を通り過ぎた老人が巨大な重槍を魔獣に振るう。

 風を切るような轟音――その一閃が魔獣の悲鳴を夜の虚空に響き渡らせた。


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