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第四章 魔獣 part1 (戻った二人)


「わたしたち……まんまと騙されてません……?」

 しばらくして琴子がベッドの上で転がりながら不満そうに漏らしたのは、屋敷に戻るなり忠孝が再び出払ってしまったからだった。

 あいかわらず豪壮な調度の寝室で、光牙は深く腰の沈むソファに座りながら、書棚にあった本をオイルランプのおぼろげな光を頼りにぼんやりと読んでいた。それは連番になった聖書のうちの分厚い一冊であり、かつて神獣が地上に現れた誕生譚を綴ったものである。こんな時でもないとまず目を通さない退屈の凝り固まった文章に疲れた目をしばたかせると、光牙も少し苛立ったように壁時計を見やった。

「……まだ約束の時間じゃないからな」

「そうかもしれないですけど。すっぽかされるかもしれませんよ?」

 煉瓦色の煤けた天井を見上げて、光牙は確信めいて答えた。

「いや、あの人はそういう人じゃないさ」

「でも――」

「それに。もしもの時はまた勝手に逃げ出せばいい。そうだろ?」

 琴子は観念したようにため息をついた。

「はあ。このまま行くと四日目に突入ですかねぇ――」

 光牙よりも四日分、退屈を味わっている琴子にとって、そこにいることはもはや苦痛でしかなかった。彼女の着ている絹生地の衣装はすっかりとしわだらけになっている。

「そういえばセンパイ、動物園を抜け出してきて大丈夫だったんですか?」

「ああ。オマエを連れてくるまで絶対に帰ってくるなって園長にこっぴどく追い出されたからな……」

「へ? でも、あの――さっきの忠孝さんって人から連絡はあったんですよね? わたしが保護されたって」

「知ってるよ。ただな……急にオマエが攫われて、その後に電話一本で保護しましたなんて話をされても園長が信じるわけもなくてな。絶対に誘拐に違いないって俺を焚きつけたんだよ」

 その際、園長から琴子を連れ帰るまで戻ってくるなとケツバットされたことを思い出して、光牙が顔をしかめる。

「そうだったんですねえ」

 琴子が頷いた時、ちょうど寝室の扉を叩く音がした。

 待ち侘びていた二人がすぐに視線を向けると――しかし現れたのは期待していた人物ではなく屋敷に常駐している給仕の女であった。彼女は長い茶髪を揺らしてぺこりとお辞儀をして入室すると、部屋の中央にある丸い卓台まで移動して、湯気の沸き立つ茶を注いで、その脇に焼き菓子を添えようとしているようだった。おそらく忠孝に言いつけられていたのだろう。

 光牙は思わず目を奪われていた。その女が美しいから――そういう理由もなくはないが、光牙の興味を強烈に惹きつけたのはまるで別の物だ。

「アンタ……どうして、ここに――?」

 女は光牙に一瞬だけ視線を送ったが――質問に答えるような素振りは見せず、無言のまま作業を続けた。まるで機械のようである。全体的に彼女には冷ややかな静けさが漂うだけで、生気のようなものは一切感じられない。そのことに光牙は背筋を小さく震わせた。

(いったい、どうなってるんだ……)

 彼女が退室していなくなると、琴子は機会を伺っていたかのように小声ですばやく訊いた。

「センパイ、あの人と知り合いなんですか?」

「いや、そういうわけじゃあないが――」

 すると琴子は光牙のまさに自らも疑問に思っていたことを口にした。

「わたし、あの人のおでこについてた石――どっかで見たことあるような気がするんですけど……なんだったけな?」

 光牙にはその答えも分かっていた。

「……つい四日前じゃないか」

 琴子は半身を起こすと、口に手を当ててはっとしたように驚いてみせた。

「そうそう! そうですよ、思い出しました! あの日の――」

 琴子がそこで口をつぐんだのは、光牙を気遣ってのことだった。

「でも……どうして同じ物を彼女がつけてるんです――?」

 事情を知らないでうろたえる琴子に光牙は秘密を打ち明けるかのように教えた。

「あれは『獣の楔石』っていってな。その者が劣性人獣族であることを示す目印なんだよ」

「えっ……わざわざ、おでこに石を埋め込むんですか……?」

「そうだ」

 光牙が頷くと、琴子は額を切り裂いて石を無理矢理にねじ込む光景を想像してしまったのだろう。痛々しそうに表情を歪めた。

「ど、どうして、そんなことをするんです――?」

「それは――」

 そう言いかけて、光牙はかつて自分が初めてその緋色の石を見た時のことを思い出していた……


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