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第三章 脱走劇 part4 (人獣族の土地)

「そ、そもそもですね。部屋の中で帽子なんか被ってる方が悪いんですよ。どう見たって不審者じゃないですか」

 浴室で着替えを終えてきたばかりの琴子が目を左右に泳がせて顔いっぱいに冷や汗を垂らしながら必死に弁明をする。近くの椅子に腰掛けた光牙はこめかみにできた青痣を抑えながら、何も言わずに彼女をじろりと睨み続けていた。

「まあ、なんですかね。その……悪気はなかったんですよ。ホントに――」

 左右の人差し指を突き合わせながらごにょごにょと話す琴子に光牙ははっきりとした声で言いつけた。

「いっとくがな。普通の人間なら即死レベルの攻撃だったからな……」

 出血はすぐに止まってくれたが、脳の奥まで響くような鈍痛はまだわずかに残っている。いくら頑丈な人獣族だからといってべつに痛みを感じないわけではない。ましてや無防備でいるところに急所部を鈍器で不意打ちともなれば、それ相応の痛みは当然ながら生じることになる。

 彼女は両手を落ち着きなくあちこちに動かして、さらに言い訳がましく続けた。

「でもセンパイ、わたしの状況も少しは想像してみてくださいよ。わけもわからず軟禁されていた上、いきなり部屋に現れた怪しい男。しかもこっちはすっぽんぽん。心麗らかな乙女であれば、これはもう身を守るため相手を撲滅するしかないって考えになりますよね。いいえ、きっとなるに決まってます。おそらく、どこの裁判所に駆け込んだって正当防衛、情状酌量の余地ありで満場一致の無罪判決になること請け合いですよ」

「まあ気持ちは分からんでもないが……心麗らかな乙女っていうなら撲殺とかすっぽんぽんとか低俗な言葉を遣わないように。……というか、大人しく謝ったらどうなんだ?」

「はい。すみませんでした」

 即座に頭を下げる琴子に、光牙は軽く嘆息してぼやいた。

「ったく……こんな元気そうなら放っておいても良かったか」

「あはははは……でも、そういえばセンパイはどうしてここが分かったんです?」

 もう少し苛めてやりたい気分ではあったが、光牙はひとまずそのことはさておいて、琴子の質問に答えた。

「べつに難しいことじゃないさ。オマエを襲った連中にはちょっと心当たりがあってな――」

 言いながら光牙は先ほどの彫像を手に持って眺めた。四枚の翼を生やした美しい女性。淡い光に反射して、くすんだ輝きを揺らめかせている。よく見ると、顔の周りは特に彫りが細かく――その隅々に先ほどの自分の血が染み付いてしまっている。光牙はそれを掲げて琴子の視界に見せびらかした。

「オマエがさっき凶器に使ったこの彫像はな、人獣族の密教で神獣様と呼んで祀っている神の彫像でな。人里でお目にかかれる物じゃない」

「ってことは……ここはもしかして人獣族の里ですか?」

「惜しい。正確には劣性人獣族の隔離施設だ」

 琴子は丸い目をさらに広げて不思議そうにあたりを見渡した。

「ここが――?」

「意外だろ。まあ隔離施設っていっても、この屋敷自体は中の収容所とは少し離れた所に建設された来賓用の宿泊施設でしかない。たまに視察に来る役所のお偉いさんが泊まるだけの場所だから、なんてことはない。現に、ほとんど人だっていないだろ。普段は用途をもてあまして閑古鳥が鳴いているだけだ」

「……そうですよね。だって、隔離施設っていえば……そのう……」

 琴子が気を遣ってか言葉を濁した。だが彼女の隠したことは光牙にはすぐ分かった。

「もちろん、そういう本格的な場所は樹海の最奥に用意してある。いわゆる……処刑場ってやつがな」

「……ですよね」

 ごくりと喉を揺らして、琴子の顔つきが青ざめる。

「まあ俺も実は内部のことまでは詳しく知らないんだが――隔離施設は段階的処刑という制度に従って構成されているらしくてな。劣性人獣族の理性の具合に応じて監禁する場所を階層づけている。処刑場の手前は監獄場、その手前は拘束場――そういう風に、段々と自由の幅を削っていくんだ」

 かつてのおぼろげな知識を拾い上げて説明すると、琴子は首を傾げた。

「でも……そんな場所に、どうしてわたしが?」

「それは俺にも分からない。だからこそ事情を聞き出そうとわざわざ乗り込んできたんだが――オマエを攫った奴は留守なのか?」

「はい。今朝はいたんですけど。わたしの知る限り、それから帰ってきてないですね」

(なるほどな……)

 腕を組んでしばらく考え込むようにしてから、光牙が尋ねた。

「……なあ。オマエはこっから逃げ出したいよな?」

 その問いかけに、琴子はほとんど予想した通りの嬉々とした表情を浮かべて答えた。

「もちろんです!」


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