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第二章 止まった時間 part7 (謎の追跡者)


 残りの海岸線を抜けた先の峠道を走っていると、光牙は突如として機首を切り返してそれまでの進路を急転させた。なにやら琴子が叫びながら光牙の作業服を強く掴む。せっかく来た道をどうして戻るのか、そういうことを主張したいのだろう。気持ちは分かるが、しかし光牙には目論見があった。

(やっぱり……誰かに尾けられている……?)

 光牙がそう訝ったのは、サイドミラーの鏡面に自分達の背後でたえず追跡している丸いヘッドライトの光が見えたからだ。自分よりも大型の黒々とした機械的なフォルムの単車。操縦者はフルフェイスのヘルメットを被っていて、顔が良く見えない。

 とはいえ、光牙はさほど心配しているわけではなかった。人獣族の彼にとって、恐れる相手などさほどいない。その気になれば警官相手だって屈服させることは容易なのである。ただし、どんな強者とて尾行されて気持ちが良いワケはないだろう。光牙も同様だった。

 しばらく戻った山道の拓けたところまで到着すると、光牙は相手を待ち構えるようにバイクを停車させた。エンジンの高鳴りと風の音が止むと、琴子はすぐさま尋ねた。

「あのう、センパイ。どうしたんです?」

「さあな。俺にも分からんが――」

 やがて追跡者も姿を現した。単車を降りる姿を見やって、光牙がつぶやく。

「――お客さんの登場ってわけだ」

 道路灯で白く照ったアスファルトの上に男は立った。身長は光牙と同じくらいだろう。いかにも怪しい男だった。真夏だというのに、風の通る隙間が微塵にもないような肉厚なボディスーツを身につけている。そのまま背後の夜闇に溶け込めそうなほど、全身黒ずくめの扮装だ。固いブーツの音を踏み鳴らし、男はメットを被ったままのくぐもった声で、きわめて端的に要求を告げた。

「娘をこちらに渡せ。そうすれば見逃してやる」

 光牙は横目を滑らせて琴子に尋ねた。

「一応聞くが。あのワイルドそうに決め込んだのはオマエの知り合いか?」

「センパイ。どうみても不審者ですよ、あれは……」

 彼女の確認を得て、今度は光牙がメットの男に質問した。

「だそうだ。……あんた、誰だ?」

「……邪魔をするなら容赦はしない――」

 男には会話をするつもりはないらしい。そう駆け出すと、光牙に向かってすぐさま殴りかかった。

(なっ――)

 次の瞬間、光牙は後方に吹っ飛ばされていた。反応できなかったわけではない。ただ完全に油断していたのだ。予想していたものより男の拳打の速度は遥かに速く鋭かった。それだけに当然のことながら威力も申し分ない。地面に転がった体を半身だけ起こすと、光牙は口の中に広がる血の味をべっと塊にして吐き捨てた。痛覚で疼くほおを片手で抑えて男を睨みつける。

「この力。オマエも人獣族なのか……?」

 男は質問には答えず――琴子の腕を掴みバイクから引きずり下ろそうとしていた。その光景を見た光牙はたちまちに頭に血を沸きあがらせて、自身の体を獅子の姿へ変貌させた。

「てめえ……シカトしてんじゃねえぞ!」

 獣化した光牙の拳はその気になれば鉄板をも簡単に砕く。それほどの力を揮うことは滅多にないが人獣族が相手なら話は別だ。人間よりも遥かに強靭な肉体は、たとえ三階のベランダから飛び降りたところでろくに怪我一つ負わない。そもそもの根本的な規格が異なるのだから手加減する必要などはなかった。

 だが男はどうやら戦いに熟練しているようだった。光牙の拳を回避できないことを見切ると、頭の角度を変えて頑丈なヘルメットの額部分で器用に受け止め、うまく衝撃を緩和させて力を分散させたのである。その咄嗟の機転により、幾何学的な亀裂の跡をヘルメットに残す程度の損害で終わらせた。ただ光牙の攻撃は終わっていない。

「その子を離せ」

 琴子から引き剥がそうと、もう片方の振りかぶった手刀で男の腕を狙う。彼は回避するために手早く琴子を掴む腕を解放した。そうして自由になった琴子はすぐさま二人から離れたところへ避難した。

 男はばっと後ろに跳躍して間合いをとると、ひびの入ったヘルメットを左右に揺らして首を鳴らした。そして真っ暗なアイシールドの下から強い視線を放っている。

「どうやら……邪魔者を倒すのが先のようだな……」

 彼のつぶやきと共に、上半身のボディスーツがみるみるうちに膨らんでいく。おそらく獣化をしているのだろう。

(こいつは厄介そうだ――)

 光牙は一瞬の立ち合いで、そう直感していた。

 生物界最強といわれる人獣族の中にも強さの順列は当然ながら存在する。各人の主だった資質は生まれ持った動物的特性に応じてほとんど決まるが、こと体術の戦闘においては人獣族の中でもとりわけ最強の部類に入る獅子の特性を持つ光牙に比べて、彼もまるで見劣りしない。それはつまり、彼も自分に匹敵する猛獣タイプであると予想できる。

「久しぶりだな。全力でやりあうなんて……」

 緊張を走らせながら、光牙はそんなことをつぶやいてみた。

 しかし、状況は一人の男の登場によって急転した。

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