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新富田城

前編終幕…“桑島・北条・毛利”三連合軍、狼煙の時。真に我らが郷・国をよみがえらせるため、いざ泥沼の決戦へ…

(これが、政党の党首と言える姿なのか…?)

 清水耕輔は、ベットに横たわる長谷川佑次を見て思わず絶句した。もはや、末期癌にでも冒されて余命いくばくもないというふうにしか見えないほど、長谷川佑次の体は病人の典型のように痩せ細っていた。鼻のチューブが実に痛々しい。

「どうした…この姿が怖いのか?」

 横たわる長谷川の姿に、清水はただただ沈黙するほかなかった。

「いつから、そうなったんだ?」

 重い口を、清水はようやく開ける。しかし、その言葉は何か物がつかえたかのような細さだった。

「…1年も前の話だ。よくもっているなと、医者から呆れられるほどだ」

 若いうちに末期癌を患うと、進行はとても速い…長谷川ぐらいの年齢だと、いつ死に直面してもよいような状況になってもおかしくはないのだという。

「横谷に実権を奪われてからすぐ、か…」

「ふっ、そういうことだな…」

 長谷川はただ頷くほかなかった。

「まるで、戦国時代だと俺は毒で殺されているような人間だからといわんばかりだな」

 目線を鋭く察した長谷川…清水は、ただひるむほかない。

(なんて目つきしてやがる…死人目前のヤロウの目じゃねぇ!)

 長谷川の眼光は、まだ眩しく光っていた。少なくとも清水にはそう見える。

「何のために、俺は黎明党を発起したのか…」

 うわごとのように、突然言葉を発する長谷川。

「あのような愚か者を信じた俺が、所詮は馬鹿だったということか…」

 横谷のことだろう…愚か者、とはやはり何かがあるに違いない。清水はそう直感した。

「あいつは何を言われようとも折れない…いや、無敵の男といったところか」

「無敵なんて存在しねぇよ。神様じゃあるまいし…」

「あいつは自身を神だと思っている。いや、正確には神の代弁者…だな」

「何を言ってんだ?…神の言葉がどうとか、頭がおかしいんじゃないのか?」

 横谷に宗教家の側面があったとは…ただの政治活動家ではないのは、数々の取材や深江友璃子から得る情報でおおよそ感づいていた。さらに長谷川が言葉を続ける。

「ただ、立憲明政党…それも、中本行弘と交渉して同盟を結ぶとはな。世も末だ…」

 黎明党と立憲明政党は、公式サイトを見る限りには政治的にも経済的にも互いに逆方向を向いているとしか言えない。いや、黎明党はインターネット上では少なくとも良い評判など何も聞こえない。むしろ、立憲明政党をも凌駕する怪電波[デムパ]を放っているとさえいわれているほどだ。

「お前さんがどう思っているか知らんが、少なくとも中本などという男は信用に全く値しない」

 …言い過ぎではないのか?中本を取材したことのある清水には、さすがに長谷川のこの発言には顔を曇らせていた。

「認めたくないだろうが、中本に確固たる倫理なんてものを求めるほうが笑止千万…」

「中本さんに逢ったことがないから、そんな暴言を恥も外聞もなく吐けるんだ」

「お前さんは、新人記者のような純朴さだな。だから、あんな下衆な中本に騙されるんだよ…あいつは、政治家には向かないね。詐欺師だ…それも、B級以下のC級のな」

 これはいわば、よほどの大馬鹿か精神を患ってでもいなければ騙されることはありえない、という長谷川なりの皮肉の言葉である。しかし、清水はそんな長谷川の発言の真意など知る由もなく、ますます目つきを強張らせて半ば長谷川を今すぐにでも殺したいほど憎いという表情を見せていた。

「じゃあ、なぜ立憲明政党と同盟が組めたんだ?」

「知ったことじゃない。もうその頃には、俺は党首としては傀儡も同然だ…何も知らない。ただ、俺が党首ならそんなシナリオは微塵も考えてはいない。そもそも、中本は自分の身を守るためなら簡単に他人を裏切って、培った倫理観をもいとも簡単にかなぐり捨てる卑怯者だ。そんなヤツが政治家だと?…ふん、笑止千万。そんなヤツに日本を変える力なんてない」

 もはや押し問答…いや、やはり長谷川は只者ではないのか。すでに気圧されているのか、清水はじっと長谷川を見るほかなかった。ただ、中本行弘に関する発言はかつて自らも1対1で取材した相手であるがゆえ、贔屓目に見ている心理が働いているのだろう…とても長谷川の発言を受け入れられるような状態ではない。

「だが、これだけは言っておこう…横谷をもって黎明党を語るな。あれが我々の姿だとすれば、甚だ遺憾だ」

「現実にはそうなっちゃいねぇよ。あんたもまとめて、カルト宗教集団の一味ってことだ」

「それは民自党も自平連も、同じことではないのか?…その楔のために結成したようなものだ。だれかが何とかしないと、横谷による売国と内部破壊の道は永遠に続く…そして、ぺんぺん草さえ生えない地獄絵図が待っていることだろう」

 長谷川の目つきは終始厳しかった…清水は、この男がいったい何を望んでいるのか。まるで横谷を倒してほしいと懇願しているのか、それとも…いまだに真意をつかめないまま、いたずらに時間は過ぎ去っていく。


 一方、同じ東京都内の別の場所では全国47人の都道府県知事が一挙に集結して会合をもつ“全国知事会”が催されていた。もちろん、高知県知事も出席するために東京にいた。休憩室の傍ら、県知事は1人くつろいでいた。

「すみません、ちょっと時間…宜しいですか?」

 馬鹿みたく丁寧にあいさつし、ひょうきんな顔つきを隠していない1人の男が県知事に近付いてきた。巷で有名な宮崎県知事である。

「これはこれは…」

「就任のあいさつにと思いまして…」

 丁寧なところは、初々しい姿と言えよう…宮崎・高知の両県知事が1対1で相対する。かたや新県政の担い手として、かたや今期限りで県政を退くと宣言した男。差は歴然としていた…宮崎県知事のその輝かしき目つきは、かつての自分のように映って県知事には他人事でいられなかった。

「さ、どうぞ」

「いやいやいや、それでは…」

 宮崎県知事の手招きに乗るように、県知事はソファーに腰掛ける。ごたいそう丁寧に、茶まで用意されていた…宮崎県知事がソファーに腰掛けると、県知事は思わず会釈で返礼した。

「しかし、無駄に会議ってのは長いものなんですねぇ~!」

 宮崎県知事にとっては、全国知事会は初出席になる…毎度のことだと言わんばかりに、県知事はさらっと流す。

「とはいえ、そちらは変な市長に悩まされているとか?」

 そちらとは、当然ながら高知県のことなので横谷のことだ…あっという間に、西土佐地方を経て宮崎まで噂が流れついたのだろうか?…いや、今はインターネットも一般に広まっているので別に不思議ではないのだが、県知事にとって横谷のことはこの場では蒸し返されたくないタブーであったのは言うまでもない。

「…何を奇遇な。そんなことはないよ」

 必死に平静を繕うも、宮崎県知事はさらに言葉を続ける。

「…そうやって、逃げ通してどげんかなるとでも?」

 急に表情が険しくなる…その目つきは、誰よりも真剣だった。

「あんなヤツは、宮崎では絶対に台頭させませんよ。私の目の黒いうちはね…」

 急に野太く、かつ力強く宮崎県知事は言葉を続けた。県知事は次第に、そんな宮崎県知事の姿に気圧され始めてきた。

「貴方は、無事に平穏に県政が終わればと思ってこのまま逃げ通す気ではありませんか?」

宮崎県知事のこの言葉は正確だった…もはや任期は間近で切れる。それまではもちこたえたい…一瞬の気の緩みだ。

「そんな気の緩みを、ヤツは読んでいたかもしれませんね。私がヤツの立場でも、漁野市は恰好の標的にしている…」

 もはやマシンガントークという以前に、宮崎県知事が豪速球を次々と繰り出すかのような話の進み具合だ。

「失礼…」

 そう言って、すっくと県知事はソファーから立ちあがってその場を去ろうとする。そのとき、宮崎県知事もすっと立って県知事の後ろ姿に向かってこう言い放つ。

「今の漁野市長のようなヤツを野放しにしたら、貴方の今までの輝かしき県政の実績に最後の最後で泥をつけられるだけです!…それを懸命に阻止したいのか、彼らの愛郷心かは知らないが、漁野市議や国会議員の中にはヤツに敢然と抗う男たちがいる!…彼らを見殺しにする気ですか!…宮崎をどけんかせんにゃならん、なんとかせんにゃならん、生まれ変わらんにゃならん!…私は県議会の議場で、所信表明演説でこう言いました!…そう言わねばならないのは高知も同じことではありませんか!…放っておけば、あの市は滅亡しますよ!そうなってからでは手遅れなんですよ!」

 宮崎県知事の絶叫は、休憩室の外にまで響いていた…その後、メディアが2人に向かっていったのは言うまでもない。


 同じく、ここは京都…現在は東京・日本橋に総本部が移ったものの、かつて総本部が置かれていた政党があった。そう、立憲明政党だ…中本のおかげで完全に株を貶められ、風前の灯かと言われるほど転落している立憲明政党である。

「中本のヤロウ、ふざけてんじゃねぇぞ…」

 ここは、中本派とは別の派閥の会合らしい…やや強面と言えよう面々も一部にいる。

「静かにしろ」

 口を漏らした1人の男を、強烈な目線ですごむ男がいた…名は赤井直稔<あかい・なおとし>、兵庫県ひかみ市の出身。地元の公立高校から、関西の名門私立大学を経ている。新右翼系の学生運動にも従事していたため、関西ではカリスマ的な存在でもあった。学生時代を終えてからも仕事の暇を見つけては活動を続けていた…その結果として、有力政党の牙城である日本の政治の現状に憤りを覚え、立憲明政党の結成に至ったのだ。赤井はその初代党首…結成以来、15年もの長きにわたって君臨している。

「しかし、党首…もう黙ってられませんよ!」

「止めたって無駄っすよ!」

 15年もの長期体制とは裏腹に、年を追うごとに赤井の持つ権限は縮小され、次第に党首の存在は傀儡も同然になり下がっていった。まるで鎌倉幕府での北条高時や北条(赤橋)守時、ほかにも室町幕府の足利将軍家の末期と似たようなものだ。“中本派”に対して、言うなればこの派閥は確かに“赤井派”だろう…そして、赤井派は立憲明政党の中では他を圧倒する最大の人数を誇る勢力であり、党内ではずっと本流であった。

「筑紫派も許せねぇけどよ、あいつらは…」

「ああ。誰が勝手に高知に行けって指示したんだよ!」

 勢い余って、1人の男が柱を蹴る。巷の情報では、赤井派と中本派の仲は比較的良好であったはず…まあ、筑紫派とは九州での新たな派閥結成の動きでもあり、そちらは何年も前からの話なので赤井派とはそのころから対立関係にある。まして、微妙な点しかずれておらず大枠ではほぼ同一の倫理観の持ち主同士であるため、その対立は年を追うごとに深刻化していた。

「こうなってしまったことは、後の祭りだ」

「だから今こそ…このままでは、党そのものが滅亡してしまいますよ!」

「必死になって俺たちの人脈で支持を広げてきたのに…」

 中には涙ぐむ男たちもいた…中本が憎い。そういう心理に至るのも、当然のことだ…あれ以後、急速に支持層は変わってしまっている。古参の支持層は総逃げにも等しい状態になってしまっている。

「あんな同盟、俺たちは認めねぇ!」

「そうだ!」

「中本を追い出せ!」

「あいつら、声明をなんだと思ってやがる!」

「党首、今こそ絶好の機会です!」

 しかし、赤井は全く動こうとしない。公式声明を何度も踏みにじってきた中本たちの行動に対して、もはや赤井派の面々の我慢は限界に達しているというのにだ。

「いったん仲間として受け入れた者を、安直に処分することをお前らは恥と思わんのか?…日本を売るなと言っている口や手で、お前らは仲間を外に向かって売り渡すと言っているのと同じなんだぞ!」

 処分ありき、追放ありきではなく中本派との和解こそが党再生の道…党として結束はできる。変なところだけは“性善説”の持ち主、それが今の赤井だ。

「研修なんかでどうにかなるとでも思っているのですか!」

「何度でも言います!今のままではダメです。黎明党との同盟は、一刻も早く破棄することが第一です!」

「あんなヤツらと同盟なんて、頭が狂っているとしか思えない!…選挙でのマイナスイメージは必至です!」

「そうだ!なんで俺たちがあんな極左と…」

「それに、なにが集団ストーカーだ。なにが電磁波攻撃だ…そんなヤツらばっか拾い上げてったら、せっかくの支持基盤が崩れることぐらいわからないのかよ!」

「黎明党と絶縁し、中本派も1人残らず党から追放してやる!…あいつらの罪は大きい!」

 もはや赤井の制止も無意味なほど、ブレーンをはじめとして赤井派の面々は血気が盛んだった。中には高知入りを目指す者らもいる…さらなるカオスの世界へと、漁野市を導くだけでしかないというのにその深慮さえ浮かばないほど、怒りが込みあがっている状態だった。そんな中、誰もいなくなった部屋では赤井が1人だけじっと座ったまま動かないでいた。自らが傀儡も同然に、党員らの暴走をもう止められないほどにまで権威を貶めてしまった…ここに来て初めて、赤井は自らの限界を悟った。

(もう、党首など務まらない…これが俺の限界なんだろうな)

 赤井は党首として、もちろん参院選に参戦歴がある…中本と共同して立候補した時のほかにもう1回、それでも前回は中本より個人得票を獲れなかった。中本派の統制がとれなくなり、筑紫派との対立激化に拍車をかけた原因でもあるという。もはや立憲明政党は、中本派・赤井派・筑紫派と大きく3つの派閥に分かれたといってよいだろう。赤井体制が長く続き、党首権限の傀儡化が進むにつれて赤井派と筑紫派の確執があったのだが、そこに全く異質の“利権談合共産主義者”の一味が加わって、結成当初の理念などもはやどこ吹く風の状態になってしまっていた。


 場所はまた戻って、桑島の事務所…桑島のほか、北条照実と北条邦憲、毛利俊就、深江友璃子は当然集まっていた。

「おお、お疲れ~」

 そう言って入ってきたのは、こないだの非常に小柄でギターを背負う女である。

「いったい何の真似だ?」

 傍らにいた邦憲が、すかさず桑島に小声で話しかける。

「どうもこうもねぇよ」

「こんな場に呼ぶべきヤツじゃないだろう?」

「心配するな。余計なことは言わせないから」

 それでも、邦憲らしからぬ不機嫌な表情を消さないまま、邦憲は桑島から目線をそらした。何度も言うが、他の誰よりも“反・横谷市政”を掲げている桑島だからこそ、横谷の配下の者らが桑島を私刑も同然に監視しかねない…いや、独裁志向の横谷にとってそんなことは朝飯前。まして、邦憲のほか照実と分家とはいえ北条家の血統を引く者らが桑島の味方についているとすれば、なおさらのことだ。

 そして、今回はそれだけではない…桑島のほうから反撃として、いよいよ漁野市の累積赤字の圧縮と解消に向けて、かつ赤字財政の慢性化を食い止める方策を練るための集まりでもある。面々が集結し終えたようだ…ついに会合が始まる。カーテンも鍵も、すべてかけられて厳重警戒する中で始まった。どこに横谷の放ったスパイが潜んでいるか…邦憲が不安に思ったのは、横谷方の工作員がすでに情報を察知して、情報屋を寵略している可能性もあるからだ。

「でも、横谷にその責任がほとんどないのは確かだな」

「そうですね。その点で横谷に責任をぶつけても、簡単にかわされるだけです」

 横谷市政どころか、岡村前市政…いや、漁野市の50年もの市史をたどらなければならないほど途方なものだろう。過去の詮索は日本人の美徳に反する…むしろ、結果として生まれた巨額の累積赤字に潜むものがどこなのかを探り、的確に突いて解決することが至上命題だ。

「光友鉄鋼に外国人労働者が増えたことには?」

 素朴にギター持ちの女が質問をぶつける。光友鉄鋼は、中国やASEAN諸国などから優秀な技術者を来日させ、プラントの現場たる高知工場などで勤務させている。

「…お前はなにをいきなり、中本みたいなことを言い出すんだ?」

「いや、雇用にも直結するじゃない?」

「…日本人の雇用を奪っていると?」

「もっともなようで、全くの的外れですね」

「彼らをすべて追放したところで、日本人にだけ雇用状況が改善するなんてありえません」

「雇用なにより、ほら…漁野市って、物価が東京とか大阪より低いじゃない。だからかな、失職手当とか生活保護とか…」

「一般に、特定の外国人にだけ有利な条件で生活保護がもらえるなどというデマがはやっているようですね」

「聞いたけど、漁野市じゃ絶対にありえねぇってさ」

 1つの意見から、たとえ忌避に値する内容でも討議に発展していく…確かに雇用問題からすれば笑止千万のことでも、他の目線に向ければ問題が徐々に垣間見えることもあるからだ。照実や邦憲、そして毛利…桑島も交じって、こういうことが勉強になると深江もメモを逐一とる。

「前に生活保護の全廃を漁野市で先行するとか言ってたヤツがいたな…」

「なにそれ。ありえない…」

「ああ、もちろん落っちまったけどな」

「当然です」

「救われる者さえ救わず、飢饉も同然に餓死者を出すことが是と言える時代では、ますますなくなっているのにな」

「でも、議員だとか役所でも課長だ部長だ局長だとか、そのあたりが絡んでくるとややこしいんだよな…」

「生活保護だけじゃねぇよ。もっと深刻なのがある」

 桑島がさらに釘をさす。すぐさま、反応したのは毛利だ。

「…国民健康保険ですね?」

「大当たり。あっちのほうがもっと深刻だぜ…企業で勤める会社員まで、裏抜けでまわして想定外の事態だからもう…」

「ちょっと待て。どういうことだよそれ!」

「知らないんですか?…中小企業で政府管掌だとか、それが当たり前だとでも?」

 照実はそれを知らなかったようだ。労働法に違反していると指摘されても、何らおかしくないはずだ。

「北条さん。個人事業主だとか、雇用形態を巧みに騙して採用する中小・零細企業も少なくありません」

「ふっ、毛利の口からそんな証言が出るとは意外だ。民自党の連中は、総じて労働者を使い捨ててるのかと思ったがな」

「労働者と使役者、果たしてどちらが多いと思っているのですか?…多数派を敵にまわすほど、私は阿呆ではありません」

「国保の話に戻ってくれ。で、あとは地域間格差が激しくなってんだよな?」

「漁野市の負担は四国でも指折りだよ…年間だと軽く7万、いや。8万近くだったかなぁ?」

「年金を踏まえたら、お年寄りには厳しすぎますね…」

「厳しいなんてものじゃない。放っておけば確実に破綻する…なにせ、利用する主力は高齢者。医療費を最も要する…齢を重ねるごとに体や心に限界をきたしてくるから、その負担も計り知れない。誰もそのメスを入れようとしないがな…高齢化時代の真っただ中なのによ」

 邦憲が厳しい目を毛利に向けながら、暗に国会での民自党の取り組みを批判しているかのように答えた。

「黎明党は、年金もろとも国保も廃止するとか…公約にそう書いてやがったな」

「立憲明政党も承認とまではいかねぇが、中本派の連中は全く同じことを言っていたぜ」

「それはひどい。平均寿命を人為的に下げるよう仕向けるなど、北条家の慈愛とは逆を行く愚かな方策ですね」

「おじいちゃんやおばあちゃんは、働けなくなったり病気にかかったら死ねって?…冗談じゃないよ!」

 女たち2人、深江とギター持ちの女が憤慨する。義憤とはいいえている。そこで、さらに邦憲が毛利を挑発する。

「民自党も、民間による福祉とか言って経費を削減していった内閣があったくせに何を言うか」

「中泉前総理のときですね。新自由主義そのものの理念は、私は間違っているとは思えません」

「間違っているね。中泉のもとに利権を集中させるための手段だ…社会主義・共産主義の枠内から脱け出していない」

「オイ邦憲、落ちつけよ!」

「黙っていろ照実。お前がやらなきゃいけないことを、俺が代わりにやっているだけだ…民自党も、中泉内閣のみならず福沢内閣でも何も本質は変わっちゃいない。“改革”の呪縛から逃れられなくなっているんだよ…医療費を抑える?そんなのは売国の徒だ…医療は勤労の対価だよ」

 中泉内閣…当時の中泉純三首相は、昭和38(1963)年の衆院総選挙で民自党が勝利して政権を掌握した日から数えて丸45年の歴史の中でも無類の長期政権。平成時代では最長にあたる、ありとあらゆるインパクトをふりまきつつ進んでいった内閣だ。

「毛利さんを糾弾してぇだけだろ?…話を戻せよ、国保に」

 桑島が、どすの利いた声で邦憲をにらみながら言い放つ。国保の話から途切れて、邦憲からの毛利への口撃が始まろうとしていたからだ。

「分母を減らすって選択肢もあるんだよね?」

「公的介入で人口を減らす、ってことだろ?…人道に外れてる選択肢だけどね」

「立憲明政党の中には、言いかねないのも何人もいますけどね」

「民自党のほうが、数としては多いのだがな…」

 日本の人口がそもそも多すぎるから、人為的に人口減少を引き起こすべきだという、冗談とも取られかねない政策を採用しかねないところもある。漁野市の場合、5.7万人の人口で高知県内では第2位とはいえ、その人口が適正かを討議対象にする連中も本当にいる。

「みんな、とりあえずこのビデオを見てほしいんだけど」

 ギター持ちの女がそう言って、miniDVテープを片手にビデオカメラをテレビにつないで、そのテープを差し込んで再生させた。そのテープの中身は、桑島はもちろんのこと、部屋の中にいた全員が背筋を凍らせたり、または怒りに震えるものも少なくなかった。

「完全に、彼らは支持層を開拓する場所を間違えましたね」

 さり気に毛利が答える。さも知っているかのように聞こえて、邦憲は一瞬ながら毛利を見た。

「そうっすね。なんだよ、電磁波攻撃とかさ…」

「本当なら、俺たちもとっくに被害が出てるはずだぜ」

 桑島、そして照実も毛利に相槌を打つ。

「言うこと言うこと、政治家どころか人間失格っすよ!」

「完全に、教育の失敗作ですね。その見本市と化してしまった」

 とある宗教団体から集団でストーキング行為をされており、またその一環で毎日のように電磁波を照射されているのだという。そんな主張を流す者らが、中本や巽の周囲を取り囲んでいた。そして、彼らの受けた被害の全容究明に立憲明政党は次回選挙の公約として公費を大量につぎ込んででも解決を図るというものだ。そして、外国人の排斥も同時に果たして雇用環境を大幅に改善できるという…これは先ほど、照実や毛利らに一蹴されたことなのでしれっと流すほかなかった。それ以外、経済・内政に踏み込んだ具体的政策内容は何もなかった。

「湯水のごとく、金がジャブジャブ湧くもんだと思ってねぇか?」

「資金源を深く掘り下げたいよね。たぶん、すごいのが出ると思う…警察も黙っていないかもね」

 逢沢あたりの仕事だとして、邦憲は言葉を続けようとする…すると、インターホンが鳴る。いったい、こんな夜遅くに誰が?…いぶしがる邦憲は、ドア越しに小さな穴を覗く。すると、邦憲の目線の前に現れたのは見覚えのあるロリータファッションの女が手を組んで立っていたのだった。

「あなたがたの幸せと健康、そして…勝利をお祈りさせてください。お願いします…」

「…仕方がない。入れよ」

 そういって、女を部屋に入れた…その渋々な顔つきは、ありありと皆に分かるものだった。実に邦憲らしからぬ態度だ。

 女は、桑島たちを横一列に並べ、1人ずつに自らの右手を桑島たちの額にかざしていく。いったい何の真似だ?…神秘の力が宿り、何者にも負けぬものをもたらすのだという。横谷を打ち破ってほしい、ということか?

「私は、横谷に拷問を受けていました。あらゆる意味で…」

 手かざしは、横谷の教義には含まれていない。ゆえに、横谷から迫害された…そう考えるのが筋だろう。漁野市の財政赤字の根もとを突き、かつ抜本的な立て直し策を提示して実現に至る。同時に横谷を追い払わねばならない…桑島たちの果てなき戦いは、まだ序章に過ぎないのだ。

 その後も部屋に戻り、彼らは夜通し、今後の作戦を練っていくのだった。全ては、漁野市を再生させるために…そして、横谷の矛盾を撃破するために。


「向こうに先手を打たれる前に、こちらも動かないといけない」

 一方、横谷のアジト…取り巻きの女たちに漏らす。横谷も、桑島たちの反攻をすでに想定していた…あくまでも自分に逆らうのならば、徹底的に叩き潰す。その研がれた牙を、剥きだすときは近づいている。横谷の方針で、臨時議会の開催はもうなくなった。

 時は流れ、翌年の3月。定例議会が迫る。横谷と桑島、2人が再び対決するときが来た。来年度予算も絡んだ大事な議会…そこでいかに攻め、そして守るか。果てなき、月山富田城攻防戦にも似た長期戦の幕が本格的に開いた。数ある財政赤字の根もとに斬りこんでいく、途方もない戦でもある。

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