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光友四菱

横谷の冷酷非情な政策が、白日のもとについに晒された! いよいよ、プラント談合疑惑は最終局面へと向かっていく…

 談合疑惑のみならず、そこからさらに人間模様の複雑化の様相をも見せていた。

 『立憲明政党』中本行弘の一派に迫ってきた毛利俊就、そして謎の女の“拷問”という単語が頭から離れない北条邦憲、そして議場の壇上近くに座する市長・横谷佳彦と正面から対峙するのは桑島庸介…そんな緊張感の漂う空気をじっと見つつ、記事のためにメモを取る深江友璃子。この状況下、北条照実だけが蚊帳の外と思われがちだが、彼にも東京での役目があることをまだほとんどの者は知らない。

 加えて、談合問題を見れば企業の側にも広がっていく…光友電工、そして四菱電機。さらには、高知工場も深く関わった光友鉄鋼。四菱電機の場合は、技術系出身にして創業者一門の血統を引く社長・武田信伴が鍵を握る。新荘川流域環境総合センターのエネルギー回収プラントは耐用年数に近づき、恒例の更新工事が控える。疑惑が晴れないまま、どんどんと時が流れていく…そんな複雑な事情、横谷にわかるはずもない。空席だらけなので、容易に議場に入ることができたようだ…庁舎内を駆け上がる邦憲は、あっという間に議場に着いた。

「…北条、さん?」

 邦憲の姿を見た深江は、もちろん驚くほかなかった。やや、息があがっている邦憲はすぐさま深江の側の空席にどかっと座った。

「そう呼ぶな。照実と誤解されるだろ…」

「誰も、誤解しないと思いますけどね」

 そう深江が答えると、さすがに沈黙するほかなかった。

(…横谷。どんなに難攻不落を謳う城でも、最後には必ず落ちるんだよ!)

 尼子氏の本拠・月山富田城も、約3年半にも及ぶ攻防戦の末に永禄9(1566)年1月に陥落…尼子宗家当主・尼子義久は毛利元就に降伏した。もっと有名なところで言えば、天正18(1590)年1月より勃発した小田原決戦である。当時の小田原城は、一周すると何十キロにも及ぶ広さを誇り、城下町をも堀で囲い込んだ日本史上随一の“城塞都市”とされ、日本一落とせない巨城として名を馳せていた。その城塞都市たる巨城も、何十万人と攻め込んできた豊臣秀吉方の大軍の前に、同年7月に降伏した。それらの故事にもあるとおりだ。邦憲は、ここまで自らのシナリオどおりに進んでいることの満足感もあるのだろうか、やや表情に緩みもあった。横谷は、そんな邦憲の姿を見逃すはずがなかった…ついに、重い口を開けるかのように自らの市政ビジョンを語りだしていった。

「どうやら、根本的なところからもう1度教えないとわからないのが議員をやっているようですので…」

 再び壇上に現れた横谷は、淡々とした表情を浮かべながら不気味な発言を残した。

「なまじ経済学だの財政学だの、害としか言いようのない学問をかじっている輩どもには一生かかっても僕の高尚な理想に辿り着くことはできないでしょうね…」

 さらに反感を買う発言を言い放ち、議場はさらに荒れる…怒号とも野次とも言うべきものが、議員側から次々と矢や鉄砲のように浴びせられており、横谷の発言を中止して聞き取ろうとする邦憲や深江にとっては迷惑この上なきものだった。その思いは、桑島とて同じことだった。

(うるせぇな…野次しか能がねぇのかよ!)

 野次ばかりでは横谷の思う壺だ…いや、裏を返せば横谷の罠かもしれない。ああやって、敵対しつつも相手に援護射撃を与えているに等しい行為を何度も目の当たりにしている桑島には、おおよそ考えつくだけの状況証拠が揃いつつある。

「どこかおかしいと思わないか?」

「…何がですか?」

 野次の飛び交う中でも、懸命に会話を成り立たせようと耳を立てているのは邦憲も深江も同じことだった…桑島が気付きつつある違和感は、すでに邦憲も察していた。

「さすがに北条家の血統が騒ぐ、と…」

「そんなものじゃない。桑島のヤツ、気付くのが若干遅かった…ズルズルといくと、俺たちの攻勢の手立てはどんどんと縮まるだけだ」

 なんとかしなければならない…下手すると、桑島を除く市議全員が横谷に寵略されているかもしれない。その途中だと信じたいが、手を打たなければ自分たち以外で桑島の味方は誰もいなくなってしまう。そして、横谷から海外のある経済学者の名を聞いたとき、邦憲の耳に戦慄が走った。

「北条さん、ゲッペルスって確か…?」

 素の表情で、深江は邦憲に尋ねる。半ば切れそうな心理に至った邦憲、表情はもう想像にかたくないだろう。

「こんなところでとぼけている場合か?ゲッペルスじゃナチスになるだろ…ゲゼルだよ。シルビオ=ゲゼルだ」

「…聞いたことありません」

「当たり前だろ。経済学はもちろん、財政学でも経営学でもなんでもいい…ありとあらゆる学問から抹殺された、悪魔に魂を売り渡す経済倫理の発信者だったからな」

「もしかして、昨日の夜…毛利さんが話してたのって?」

「そのとおりだ。おそらく、毛利はその経済倫理の真相に迫りつつあるのだろうな」

 実態は成功ではない…むしろ、バランスを崩壊させてしまってどうにもならずに破綻を通り越した破産という形で、子々孫々にまで及ぶツケを遺したと毛利は言及していたと、深江に伝える邦憲。

「横谷さんは、やっぱり戦国時代から続く北条家への恨みを晴らすために…」

「その可能性は、もう否定できないほど高くなっている。だが…」

「だが?」

「いや、まだ憶測にもいかないから言えないな」

 そう言ってまた沈黙する邦憲。いったい、何を言いたかったのだろう?…深江はずっと首をかしげたままだ。

(憶測?…ゲゼルという経済学者の名前も初めて聞いたし、いったいなんなんだろう?)

 そして、横谷は沈黙を保ったと思いきや、さらに言葉を続けた。

「悪魔に魂を売り渡したのは、ゲゼルや僕ではありません。資本主義を信奉する、全ての愚か者たちだ」


 一方、ここは東京・品川…駅の東、新幹線ホームのすぐ向かいにそびえる大きなテナントビル。所有は四菱電機…本社があり、そこの系列会社の本社機能も一部入っている。いわば、旧・四菱財閥の現代型会社組織の象徴である。新興の全国新聞社“日本新聞”政治部デスク・清水耕輔は、ここの主でもある四菱電機の代表取締役社長・武田信伴と1対1で取材をしていた。清水と武田を阻む壁も何もない…清水が得意とする、取材対象への1対1での取材である。そこで本心を聞き出そうとしていた…清水には、大方ながら武田の考えている戦略が読めなくはない。

「新荘川流域環境総合センター?…さて、ね」

「しらばっくれるな。さっき言ったはずだぞ」

「知らない、とは言わせない。ふふ、そうだったねぇ…」

 武田にも、清水の意図は手にとるようにわかっていた。どうにかして、会社の機密を暴露させたい…エンジニアとして関わり、そのような情報の秘匿方法にも長けている武田に対して、そのような戦術で挑む男を見るのは実に久しぶりだ。

「ずいぶんと余裕だな。後ろめたいものはなにもない、とでも言いたいのかよ?…だったら、俺の前でも言えるはずだろ?」

「機密に関わることでもあるんでね」

 プラントに関する技術や運用システムに関しては、武田の言うとおり企業の機密に大きく関わっていることだ。しかし、技術ではなく経済上の問題だとして清水には当然ながら取り付く島がない。

「その台詞は聞き飽きたよ。いい加減さ、あんたも腹割ってくれよな」

「ふふ。発電所に飽き足らず、環境プラントにも我が社が手を出そうとしているとでも?」

「この話はよ、もう何年前になるかな?…漁野市の前の市政のときに1度疑惑として挙がって、結局は闇に葬られたんだ。それをいまさら、また掘り起こす意図が謎でね。環境プラントの開発と市場参入にも興味をもっているあんたには、光友を陥れてそのおこぼれで環境プラントにも進出するための足がかりをつかみたい。そのための足枷…ってとこだろ、武田信伴さんよ」

「やはり、政治部の方はイラチと見てよいね…なぜ結果を焦る?エンジニアの世界に長く身を置いてきた私には、全く理解に苦しむ所業だよ」

「だから、イラチとかそんなんじゃねぇんだよ!あんた、とんでもねぇヤマに首突っ込んでんだぞ!」

次第に清水のほうが、本性を表すかのように武田にすごんできた。それでも、武田は表情を一切変えないまま緑茶をまた一口つけていた。

「よく呑気に茶が飲めるもんだな…今の漁野市長は、あんたが思ってるほどたやすいヤロウじゃねぇんだよ」

「ご心配ありがとう。でも、私に限ってヘマをやらかすことはないよ…エンジニアの世界でそれをやれば、命にも関わる怪我につながりかねないからね。境界線を、誰よりも身をもって知っているんだよ」

「だったらはっきり言うぜ。今すぐ、野望を捨ててでも環境プラントへの参戦は別のところに鞍替えすることを提言する。利権だけじゃない…このままじゃ、あんたもろとも四菱電機も光友電工やらと同じ運命を辿るだけだぞ」

「…漁野市長と何か関係があるとでもいうのかね?彼はプラントに関して素人だ。疑惑に踏み込む気はないだろう。なにをそこまで恐れていると言うのかね?」

 武田の口調は一向に平静なままだ…いや、平静さの中にも焦りの心理が垣間見えるのを清水は見逃していなかった。横谷のことになると、一瞬だが眉が吊り上がるかのような顔つきをしていた。

「光友を追い払って、四菱電機が利権のおこぼれをそのまま拾って我が物にする…けっ、利権談合共産主義者の手練手管そのままだな。見損なったぜ、武田信伴…」

「何を笑止なことを…利権なんて興味はない。違法行為に及ぶことなく、我が社が正当に評価されるときだというだけでしかない。放っておいても光友なんぞに負けているとは思っていないが、時が少々早かったというだけさ」

 頬を緩めた武田…やはり、横谷とは関係が仮にあるにせよ自ら吐露するに等しいような言動は取らないということか。

「漁野市長・横谷佳彦は、あんたが思っているほど味方とは扱っていねぇぞ…」

 押し殺すように、本音に近い感じで清水は武田に言ってのける…またしても、武田は顔の表情を強張らせた。

「市場の流れを見て自社の機を読み取るには敏だが、人の心を読み取るのは鈍いようだな」

 横谷のことを事前に調べ上げたのだろうか…清水に対し、武田は明らかに心中では狼狽していた。隠そうと必死だが、もはや清水には隠しきれないようだ。

「プラント市場もろとも、工業を滅ぼす気でいるんだよ…横谷は。あんた、従業員を何万人。いや、何十万人と路頭に迷わせて、横谷にいいようにボロ雑巾みてぇな働かせ方させられて、その現場を黙って見てられるのかよ!」

 もはや清水の義憤である…保守を自認しながら、自分の身内や仲間たちを容易に守りきれないヤツらに何が保守だと。今あるものの何を保守しようというのかと問いながら仕事に取り組んでいただけだが、それが一気に武田を前に出たということだ。

「わかった。以後のことは社内で検討しておく…」

 そう言って、窓越しに品川駅を筆頭とした社外の景色を眺める武田…横谷に対する恐怖と葛藤しているのだ。はめられた…名家・武田の血統を危うく汚すところだった。

 四菱電機グループをはじめ、旧・四菱財閥系の企業の統一シンボルにして武田一門の家紋が刻まれた旗が、風にあおられてハタハタと音を立てる。その音の余韻に浸ることなく、ビルを急ぎ足で出たのはいうまでもなく清水だ。

 横谷と武田に果たして繋がりがあったかは最後までわからなかった…いや、つかめなかった。ここも結局、うやむやなまま真相は闇に葬られてしまう…清水は思わず、帰り道で目立つように舌打ちをした。


 再び、舞台は漁野市役所本庁…議場では、横谷の発言に対して怒号が飛び交っていた。

「静かにしたまえ!」

 横谷が一喝すると、すぐさま怒号も野次も全てが止んだ。その姿に違和感を感じたのは、他ならぬ桑島である。

(…おかしい。普通なら、ありえないよな)

 まるで、横谷ともう繋がっている議員がいるかのような異様な空気を感じずにはいられなかった。その空気は、邦憲にも容易に読み取れていた。

「…僕の経済倫理に則れば、公的介入もなくなれば税というものも消え去ります。無税国家ならぬ、漁野市は世界に先駆けて無税自治体にもなりますよ。そんなめでたい話はないでしょう?…ただ、金がほしいだけでしょう?…だったら金をやります。家もほしいでしょう?…だったら家もやります。働いた文だけ生活が潤う…全ての欲を殺すのではなく、満たすのが僕の政策です。世界一の自治体にすると、僕は言ったじゃないですか?」

「議長!」

「…桑島庸介君」

 そう呼ばれて、桑島は壇上に向かう。不敵な笑みを浮かべて市長席に戻る横谷が、いかにも憎らしい。

「今、究明すべきことは新荘川流域環境総合センターの新しい環境プラントの建設を巡る談合疑惑に決着をつけることです。無税自治体とかなにより、無税になるということは環境への配慮になるのでしょうか?」

 ついに本丸に切り込んだ…いよいよ、談合疑惑は佳境を迎える。解決するか、闇に葬られるか。このあと、壇上では2人の質疑同士の応酬があった。

「…ふはははは、相変わらず君の無知には笑いそうになります。自然の摂理に習えば、あんな環境プラントなどという発想は笑止千万のものになります。工業もろとも、害を産むだけで過去の遺物になるだけです。企業の私利私欲は消え去るのみですよ…」

「…すると何か?光友鉄鋼も光友電工も、しいては四菱電機もということでしょうか?」

「そんなものに境目があるはずもないでしょう?…光友とか四菱とか、どちらもということです」

「そうやって、逃げてんじゃねぇかよ!…そうだよな、専門じゃねぇもんな」

「何を負け惜しみを…全ては裁判所が明らかにしてくれる」

 そのとき、横谷は不敵な笑みを浮かべていた。まるで、社会制裁という形で自分には向かう者を合法的に始末しようという不気味なオーラを否定していないように。

(四菱の名を挙げてもびくともしねぇ…武田信伴とつながりがあるんじゃねぇのか?)

 情報屋の話では、状況証拠のみの推理でしかないが横谷と武田のつながりは否定しきれない様子だった…2人には、光友電工を追い遣る目的があるからだ。そこに切り込んでもびくともしない…やはり、物証をつかませないようだ。どこまでいっても千日手になる…桑島は、底知れぬ恐怖を感じた。

(やっぱりこいつはダメだ…このままじゃ、漁野市は破綻しちまう!)

 わかっていても、横谷の経済倫理はもはや月山富田[とだ]城に攻め込むかのような状態といってよいだろう。うやむやなまま、結局は疑惑の核心に踏み込めないまま、この話はこののち永遠の闇に葬られることになっていく。

 議場からの帰り道、桑島は恐怖と敗北感に苛まれていた…とても、その姿をまともに見ていられる者はいなかった。肩を落としていたところ、深江が寄ってくる。

「仕方ありません。あれではもう…」

 自らの不徳もあっただろう、深江も責任を痛感していた。直前に、横谷に勝てるとたきつけたのだからなおさらだ。人知れず、桑島は大いに涙していた。邦憲も、怒りの真理を剥き出しにしていた…傍らに、例の女がいるにも関わらず。

「拷問されたんですね?」

「…うるさい!」

「だから言ったはずです。生半可な気持ちで…」

「うぁーーーーー!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーーーっ!」

 頭を抱えて邦憲は落ち込んでしまった…それを傍らで、じっと見ることしかできない女がそこにいた。

 もはや邦憲は持ち味でもある冷静でクールな性格とは、程遠いものになっていた。城門を破れる…そう思っていたが、結果は違う。むしろ、城門さえ破れない状態だった。果敢に攻め込むも、惜しいところで敗れたというものでもない…むしろ、横谷にペースをつかまされたままの大惨敗といえる内容だった。


 その日の夜、再び桑島たちは集結していた。

「…残念な結果です」

「残念なんてものじゃない。惨敗だよ…大惨敗だ」

 毛利に対し、照実が口を開く。仔細を邦憲から聞いていた照実だ…毛利よりも焦燥感に満ちているのは言うまでもない。

「まるで月山富田城ですね…例えるなら」

 毛利は思わず口を開いた。深江は意味がわからず、ふと毛利に質問を投げかえす。

「…月山富田城?」

 毛利はうなづく。それでも、深江には意味が通じていない。

「難攻不落、ってことだよ」

「不落…それって、勝てないってことじゃないですか!」

 意味が違う。それは、確かに正面後方で力攻めをしても落とせないといっているだけのことだ。

「絶対に勝てないというわけではないんですね?」

 深江なりに懸命なのかもしれないが、焦燥しきっている桑島や邦憲にはなんら効果のない言葉だった。

(なぜだ…)

 ずっと、この言葉ばかり頭の中で堂々巡りを繰り返していた。

(負けたのか…)

 ずっと勝ちつづけてきた人生でもないが、横谷が予想以上の大敵だということでもある。

「…その記者さんの言うとおりだぜ」

 扉から、聞き覚えのある声が響いた…そこには、逢沢大介がいた。

「また知らないヤツが…」

 焦燥しきっている邦憲には、追い討ちともいうべきか。しかし逢沢はさっと手を出す。

「俺を疑うなんて、ちょっとは人ができているみたいだな」

「…からかっているのか?」

「そうじゃない。桑島のことは、前から知っているんだ」

「…ついさっきのことだろ?」

「あ、悪いな。でも、手を貸せるところは貸すからさ…俺も、横谷をこのまま放っておくのが危険だと思っている1人なんだ」

 さすがに欧州や米国にかぶれて政治倫理を取り締まるというところもあってか、公安の正義に目覚めているだけ…ただ、それだけのこととしか5人には考えられなかった。

「ちょっとは戦法を考えろよ。あの手のは、ちょっと考えを捻ればいちころだろ?」

「…貴方には、KYという言葉を私から献上します」

 逢沢は、猪突猛進なところに空気を読めないというのがネックになっており、それが刑事部など他の部署や所轄署を短期間で転々としている理由でもある。毛利にズバッと言い渡され、少し逢沢はたじろいだ。

「前総理の中泉さんや、瀧本幹事長と変わりませんね」

 前首相・中泉純三や、現・民自党幹事長にして中泉内閣では外相を歴任した瀧本太郎の名がすぐ挙がるとは…ふと、毛利の顔を見て逢沢は即答した。

「噂は聞いているぜ…毛利俊就、だな?本拠は広島のはずだろ、お前さん。時を越え、“東の北条”と“西の毛利”の謀将たちが手を結ぶほどの大敵ってことなのか?」

「当たり前だろ。もうそれは、この2人が実証済みだ…」

 すぐさま、照実が横槍を入れる。むくれた顔で深江がすぐさま反論する。

「2人じゃありません。3人です!」

「悪い、あんた若いから数えてなかった…」

「やはり貴方には、KYという言葉を私から献上します」

「いい加減にしろ。ぐだぐだとくだらん話ばかりに時間を割いている余裕はない」

 邦憲はすっかり、一連のやり取りのうちに気力を復活させたようだ。一方、桑島だけは焦燥感から脱出できていない…その中でも、横谷に対する次回の策を練って戦いを挑まないとジリ貧になるだけだ。

「さて、今回の反省点だが…」

 6人に増えた部屋の中で、まず深江から議場での仔細が報告される…もはや、いち政治記者というよりは情報屋に近い。

「というわけだ。ありとあらゆる回答を想定して、万全の体制で挑んだが結局はこうなった」

「うーん…それでは、城門すら1つも破ることもできずに敗走したと」

「お前の想像どおりと言っても、俺は否定しない」

 実際にそのとおりだから、なにも反論できない。門は全く破られていない…横谷の態度を思い出すだけでも、怒りの表情が邦憲には隠しきれなかった。

「ただそのとき、横谷さんがゲッペルスの名を…」

「だから、ゲゼルだと言っただろ?」

 ゲゼルという名が邦憲から出た瞬間、一挙に照実・毛利・逢沢の3人が顔をしかめた。

「やはり横谷は…」

「どうやら毛利は気づいたらしい。照実、お前もうすうすは感づいていただろ?」

「…あれの改造版、ってぇとこだな。邦憲」

「改造版?」

「ああ。ゲゼルの経済倫理を表している最も有名な著書に『自然的経済秩序』ってのがあるんだけどな…」

 その著書の中には、横谷が主張している地域通貨のことまでは容認していないということが主張されている。

「日本では、なぜか地域通貨の根拠としてマニアどもの注目を浴びているがな」

 逢沢が言葉を続ける。なぜ、ゲゼルのことをここまで詳しく知っているのか?…邦憲には、政治倫理に首を突っ込む公安のヤツには思えないオーラを逢沢からすでに感じ取っていた。

「実際はそんなところです。北条さんの言うとおりですね」

 毛利が思わず唸る。さすがに東の謀将、といったところか。

「ゲゼルもそうだが…」

 言いかけていた逢沢。思わず、沈黙を再び護っている。

「だが?」

「言わせようとしているだろ?…機密だからな。トップシークレット」

「わざわざ英語で言うな。横谷についてだろ?…早く言えよ」

「ま、幸いにも俺以外のヤツは横谷を恐れてないようだ。でも、この横谷こそが恐ろしいヤツなんだよ…お前らも知らない、横谷のバックの実態だよ」

 逢沢の口から出たのは、聞いたこともないようないかにも新宗教と見られかねない名の団体名だった。

「ヤツは宗教家なのかよ…」

「ふん。新興宗教のトップなんてのは、俺からしたら宗教家じゃないね。ただの欲まみれのクソッタレだ」

「宗教…」

 思わず、桑島はうつむきながらもポツリと言葉を漏らした。

「全く聞く耳もたねぇヤロウだったよ…」

「当たり前だ。ああいうのは、変な方向に考えが凝り固まっている」

「外部からの情報から隔絶されている、とあります」

「そこでさ、お前たち…カルトって言葉、聞いたことあるだろ?…俺が今から定義と、見分けるための成立要件を説明しておく。参考にしてくれ…横谷にも必ず通じる話だ」

 逢沢による即興の講義が始まった。カルトとは、現代では俗に反社会的にであったり、長年かけて築いてきた我らが郷・国を一挙に破壊してしまうような倫理観を持ち合わせる宗教集団のことを指すという。しかし逢沢は、それのみならず政党にも派生しかねない現状があると続けた。カルトを見分けるためには、条件が多く揃っていないといけない…たった1つでは、完全にそれとはいえない。

 横谷は、和平神教という宗教団体の中央幹部だという…それを知らないでいたため、大惨敗もやむをえないとフォローする。和平神教内でも、横谷に対して反感を抱いていた一派を次々と粛清してクーデターも同然に教団内の権勢を全て掌握しており、平和を司る天界のさらに上に存在する宙天界の神々の意思を唯一聞き取れる選ばれし者として、自らが存在していると説き、数々の摩訶不思議な体験ともどもで信者数を激増させているという。逢沢の講義を受けたあと、5人は言いようのない沈黙に身を置いていた。そして、逢沢は最後にこう締めくくった。

「カルトと呼ばれるタイプの宗教団体には、信仰も結社も何もかも自由なんて与えたらいけない。こういうヤツらを滅ぼすのは、合法でもあり合憲なんだ…例外として世界で認められている。そうでないと、郷や国そのものが崩されかねない…」

「今の漁野が、まさにそうなってきているんだな…」

 桑島は、ふと口を漏らした。最も落ち込みがひどかった…しかし、落ち込んでばかりいられないと逢沢は説く。さらに、照実が続く。

「横谷は、やはり俺たち北条家への復讐も…」

「北条を超えるものが必要だ、ということでもあるだろうな…俺たち6人は、相当な覚悟で挑まないといけない。公権力が俺以外、全く宛にならないことが不安要素の1つだ」

「あんたなんか、はじめから宛にしちゃいねぇよ…」

 そう言って、桑島はのっそりと席を立って部屋を出た…もう、時間は深夜になっていた。

「まさに、月山富田城の攻防戦のように…長期戦も辞さず、ですね」

 夜更けの街、ぽつんと薄暗い明かりがついている部屋で5人は各々の決意を固めていた。


 その日の朝…都内のある大学病院。豪勢な個室病棟に1人の女が入ってきた…中浜貴子だ。

「…貴子、か?」

「失礼します。党首、緊急に面会を申し出られた方が…」

 面会だと?…こんな自分に、いったい誰が?…いぶしがっている1人の男、名は長谷川佑次。黎明党党首…とはいえ、権限はもはや横谷によって簒奪されており、もはや傀儡である。

「あんたが、長谷川佑次だな?」

「…誰だ?俺にいったい、何の用だ?」

 現れたのは清水…長谷川の目は、とても病気で身も心も痩せ細ったようには見えない。黎明党の謎に、清水は辿り着きたかった…そして、解剖したかった。それこそが、深江への手助けになると…そして、自らの責任でもあると。

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