殿下が婚約破棄を望まれるなら
王立学院の講堂はざわめきに包まれていた。
壇上のレオンハルト王子は珍しく真剣な顔をしている。
アデリアは最前列で手を組み、うっとりと見つめた。
「殿下、ついに国の未来を語られるのですね」
「……姉さん、違うと思うぞ」とカイルはため息をついた。
咳払いののち、王子が声を張り上げた。
「アデリア・ローゼリア。そなたとの婚約を、この場をもって破棄する!」
講堂が凍りつく。だがアデリアは、にこりと首を傾げた。
「まあ、殿下。ついに学びの段階を終えられたのですね」
「……は?」
「わたくしとの婚約を通じて、信頼と責任を学ばれたのでしょう? これからはご自身の力で国を導かれるのですわ」
会場にざわめき。王子の顔が引きつる。
「い、いや、そういう意味では……」
後方から声が上がった。
「殿下、黒薔薇亭に通ってたって本当?」
「お相手はフィオナ様らしいわよ!」
「まあ。殿下は現場を見て民の声を聞かれたのですね」
「ち、違う!」
「視察とは立派ですわ」
笑いが走る。王族席でさえ顔を背けた。
王子の原稿が震える。
「そ、それに! お前の態度も問題だ! 私の仕事を勝手に進め、怠けていると誤解を招いた!」
「まあ。殿下のご指導のおかげですわ。いつも君の字が一番読みやすいと仰ってくださいましたもの」
囁きが連鎖する。
「やっぱり彼女が全部やってたのか……」
「殿下、何もしてなかったのね」
フィオナの顔が青ざめた。
「殿下は、わたくしを通して学ばれたのです。責任の重さを」
「そ、そんなつもりは――」
「まあ、照れ隠しですのね。お優しい方ですもの」
もはや逃げ道はない。
アデリアは一歩前へ出てスカートを持ち上げた。
「長らくのご指導に感謝いたします。わたくしにとって大切な“試練”でしたわ」
その笑顔には皮肉も怒りもなかった。
だが、その素直さこそが最も鋭い刃だった。
拍手と笑い声の中、彼女は堂々と退場する。
廊下でカイルが駆け寄った。
「……姉さん、本気であれを感謝の挨拶だと思ってるのか?」
「ええ。殿下にお礼を申し上げましたの」
「いや、あれは殿下の社会的葬式だよ……」
その夜、王家の紋章を押した封書が届いた。
「まあ。殿下、今度はどんな学びをなさるのかしら」
アデリアは微笑み、風が静かに幕を開けた。




