信じることは貴族の美徳ですわ
「殿下のお仕事をお手伝いできるなんて、光栄ですわ」
侯爵令嬢アデリア・ローゼリアは、机の上に積まれた書類にペンを走らせていた。
署名欄には王子レオンハルトの名。もちろん、本人は姿を見せない。
「光栄って……姉さん、それ全部殿下の仕事だろ」
呆れた声を上げたのは義弟カイルだ。冷静な眼鏡越しの視線が、書類の山を測る。
「代筆だなんてお優しいにもほどがある。利用されてるって気づいてる?」
「まあ。殿下はわたくしに“成長の機会”をお与えくださっているのですわ」
アデリアは微笑み、インクを乾かす。仕草は優雅だが、内容は致命的にズレている。
「……成長の機会ね」
「ええ。殿下はお忙しい方ですもの。きっと民のために奔走なさっているのですわ」
信じ切った笑顔。悪評すら善意に変換する魔法の笑みだった。
その夕方、学院の帰り道。カイルは馬車の窓から見てしまった。
花街を進む王子の馬車。その隣には、派手なドレスの令嬢――フィオナ・ブランシュ。
「……見間違いじゃない。あれ、絶対フィオナ嬢だ」
「まあ。殿下はあの方にご助言をなさっているのですね」
「助言じゃなくて浮気だ!」
「民の意見を聞く“慈悲深いご交流”ですわ。立派なお務めです」
アデリアは本気だった。信じることこそ淑女の務め、そう育てられたのだ。
「姉さん、それ、どんなに最低でも信じ続けるつもり?」
「当然ですわ。殿下のお心は崇高ですもの」
「……崇高な怠け者ね」
翌朝、学院に噂が流れた。
「殿下、終業式で“何か発表”をなさるらしい」
「きっと王国の未来に関わる大切なお話ですわね」
「いや、婚約関係のことだろ」
「まさか。殿下は誤解を招くようなことはなさいませんわ」
彼女の無垢な笑顔の裏で、風は少し冷たくなっていた。
この発表が、彼女の運命を変えるとも知らずに。




