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しらないところで Annex  作者: 南 紅夏


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命日、あの人の好物だったケーキを食べながら その2

 次の週末は横浜までドライブデートだった。

 車の中は、人目を気にせず色々な話が出来ていい。

 私は仕事の話、出会ったきっかけにもなったマンションのモデルルームの話などもした。

 光輔は、一緒に起業した二人の同級生の話などをしてくれた。

 そして、父親が幼いころに事故で亡くなった話と、女手一つで育ててくれた母親も、彼が大学を出て間もなく風邪をこじらせて亡くなったという事も話してくれた。


 ふと、最初からずっと気になっていたことを聞いてみた。

「どうして私を誘ったんですか?光輔さん、モテそうなのに」

 光輔は少し驚いたような顔で助手席に座る私をちらりと見ると、すぐに視線を前方に戻した。

「うるさくしてごめんなさいって謝りに来た京子さんが、とても素敵だと思ったんです。…それと」

 少し、彼の口角が上がった気がした。

「透明って言われたのが、何か嬉しかったみたいです。自分でもよく分からないんですけど。白いってのはよく言われるんですけどね。

 逆に…京子さんは、どうして僕の誘いに乗ってくれたんですか?」


「初めて会った日、バーでマスターにペン借りたでしょう?あの時の光輔さんの物腰がいいなって思ったんです。よく店員さんとかに向かって横柄な態度取る人いるじゃないですか。私ああいうのがホント無理で」


 その時私の頭の中には、無理代表の父親の顔が思い浮かんでいた。

 父は「お客様は神様です」、なんていうCMをまんま真に受けた、残念な世代の生き物だ。

 店と客は、サービスと金銭を等価交換しているのだ。どちらが上なんてない、お互いウィンウィンでなければ商売ではないだろう。そこにお互いに対する少しの尊敬があれば、なお良いと私は思っている。


「僕たちみたいなベンチャー企業は、常に腰低くいかないとダメなんですよ。出る杭にならないように」

 照れ隠しなのか、光輔はおどけてそう言った。




 その日の帰り、私は光輔から、結婚を前提の付き合いを申し込まれた。




 翌週の火曜日のランチは、先日の飲み会の後はじめて、何人かの同窓の人間が集まっていた。

「あいつ、見た目ああだろ?目立ってたし、在学中に起業したからまあまあ有名人だったんだよ」

 あの時私にサムズアップして見せた小森が、定食の味噌汁椀を手にしながらそう教えてくれた。彼は光輔と同期の入学だったそうだ。

「京子ちゃん4つ下か、じゃあ在学中会う事はなかっただろうなぁ」


 会社のビルからほど近い、サラリーマンに人気の定食屋で、私は焼き鳥丼を頬張りつつ先輩の話を聞いていた。

「あいつは全然関係ない学部だったと思うけど、パソコンのサークルがあってさ。そこのメンバーと…あと、この間一緒に飲んでたごついヤツいただろ?あいつはコンピューターの知識はないんだけど、岩城と高校同じで、顔なじみで引っ張られたらしい。その3人で起業した。で、岩城のファンだった女性。あの時もう一人いただろ?あの子が押しかけてきて、無理やり入社したらしい」


「なになに最後の一文、聞き捨てなりませんなぁ」

 同じモデルルーム担当部署の先輩女性の斎川が、ちらりと小森を睨んだ。彼女はあの飲み会の時、1次会で帰っていたので、バーでの出来事を知らなかったのだ。

「私も岩城君は知ってるわよ、何かの雑誌にも載ってたし。若き起業家、コンピューターの未来を先取りする、みたいな見出しで、まあそりゃカッコよく書かれてたわよ」

 斎川は、お冷の入ったグラスを握りしめたまま、隣に座る私の方に顔を向けた。

「わが社の起業一家のご令嬢なら、負けないとは思うけどどうなのよ、その女とは。二股とかなら許さないよ、小森が」

「俺がかよ」


 あの時、光輔の隣に座っていた女性も、そんなに変な感じはしなかった。

「勝ち負けじゃないと思いますけど…」

 ざわりとしたイヤな感じが胸に湧き上がるのを押さえつつ、私はそう言葉を濁した。


 飲むと異常なレベルで明るくなる、小森と同期の占部が記憶を辿る様に目を閉じた。

「岩城のファンは多かったよな、でもあいつあんま女っ気なかったと思うんだよ。京子ちゃん一家の財産でも狙ってんじゃないの?」

 すかさず斎川が、占部の少し広い額にグーパンを入れ、すぐにその拳をおしぼりで拭いた。

「色々と酷い」

「ひどいのは占部でしょうが。…何にしても、岩城君周辺の情報収集ね!」

 一番年上の斎川の一言で、小森と占部は

「姉さん、了解っす!」

 と背筋を伸ばした。




 OB会の結束とは、なかなかに強くてあなどれない。その後OB会の先輩たちは、光輔の情報をあれやこれやと仲間内に聞いて持って来てくれた。探偵も真っ青の情報収集能力だ。


 生まれは瀬戸内海の風光明媚な島。

 役場で観光を担当していた母親は英語が得意だったため、海外からやってきたジャーナリストの観光案内を任され、その人と結婚した事。

 光輔が幼い頃、事故でその父親が亡くなる。その後母子家庭となると、田舎でハーフの子供は変に目立ち、好奇の目にさらされて居辛くなり、都会に出た。

 光輔の会社は、彼の営業能力と企画力の高さで持っているという話。

 一緒に起業したパソコンサークルの男、古川は、コミュ障だがプログラミングに関してものすごい技術を持っているという事。

 光輔を追いかけてやってきた坪井真奈美という女は、彼からは全く相手にされていないという噂。


「OB会の情報収集能力が怖い…」

 私がそう呟くと

「みんな京子ちゃんが心配なのよ」

 斎川がそう言って肩を竦めた。




 私が間取りを提案したマンションは、高めの価格設定の最上階の部屋もすべて売れ、完売御礼となった。

「モデルルームは、家具ごと買い取ってくれたらしいよ」

 そんな噂が流れて来て、私は小さくガッツポーズをした。




 光輔と付き合い始めて半年が過ぎていた。

 そんなある日のデートの時、家を出てすぐの角に、光輔が立っていた。

 今日は車じゃないのか、と思うのと同時に、歩いてここまで来たのかと不思議になった。

「駅から歩いてここまで来たんですか?」

 駆け寄ってくる私の手を、いたずら少年の様な笑顔で光輔は掴むと

「今日は買い物に付き合って欲しいんだ」

 と言って歩き出した。


 完売したマンションの前に差し掛かった時、光輔はくるりと向きを変えエントランスに向かって進み始めた。

「えっ?」

 光輔がポケットから出したキーを差し込むと、入り口の自動ドアが開いた。

「えっ?えっ?」

 エレベーターに乗り、迷わず最上階のボタンを押す。

「ちょっと…これって…」

 上手く言葉が出てこない私を、光輔は楽しそうな笑顔のまま何も言わずに見つめ続けている。


「まさか…」

 最上階に着いて、彼は一番奥の部屋へ向かった。モデルルームだった部屋だ。

 鍵の外れる音が響き、カシャンとその扉が開いた。


「おかえり、京子さん。二人の家だよっ」

「なんで?どうして?」

 驚いている私を見て、光輔は嬉しくてたまらないと言った笑顔で部屋へ招き入れた。

「買っちゃった」

「はあああ~!?」

 新しい服でも買ってきたくらいの軽い言い方に、持っていたカバンが手から滑り落ちた。


「だって、京子さんが理想詰め込んで考えた間取りで、気に入った家具並べたんでしょ?」

「そう!そうだけど!そうじゃなくってぇ…!」

 部屋には私が選んだ家具たちが、そのまますべて残っていた。

「僕もいいなって思ったからさ。そのまんまぜーんぶ買わせてもらった」


「うああああ…」

 言葉にならない何かを意味不明に叫びながら、私は床にぺたりと座り込んでしまった。そして意味不明に涙が出て来た。

「え?あれ?嬉し泣き?」

 ニコニコと笑顔のまま、光輔は私の目の前にしゃがみこんだ。

「違います!驚きすぎてワケわかんなくなったの!うそでしょ?メチャクチャ高いのにー!ローン?組んだの?」

「即金だけど…」

「意味わかんない!」


 理解を超えるほど驚くと涙が出てくることを、私はその時はじめて知った。


 光輔は私の手を掴んで引っ張り上げると、

「だから、食器とか歯ブラシとか買いに行こう?冷蔵庫とか洗濯機はモデルルームの分買い取ったけど、炊飯器は買わなきゃだよね?焼肉しようよ、ホットプレートも買わなきゃ」

 と買いたいものをずらずらと並べて、またいたずらっ子の笑顔を見せた。






「え?おばあちゃんがデザインした部屋を、おじいちゃんが買い取って、おばあちゃんにプレゼントしたの?それってこの家の事だよね?」

 美雨の手に握られていたフォークから、刺さっていたケーキの欠片がぽろりと落ちた。

「しかも全額現金払い?すごっ」


「今だったら分かるけど、企業用のプログラムとか、システムエンジニアなんて言葉も聞いた事なかったと思うのよね。当時は本当に珍しかったと思うのよ。かなり儲かってたみたい」

「ふえぇぇ…そっかぁ…でも…そうか、透明って言われて嬉しかったんだ…私もそう言えば嬉しかった気がするな」

 美雨はティーカップを両手で包み込むように持ち上げながら、揺れる水面に視線を落とした。

「なになに?美雨も誰かに言われたの?」

「入学式の日に誰かに言われたんだけど…誰だったっけ?知ってる人のような気がするんだけどな。あの時は、多分まだ知らなかった人」

「…美雨ったら、まだそんななの?三者面談の度に『クラスメイトの名前憶えて』とか『先生の名前くらい覚えて』とか言われるのも辛いのよ?」

 私が軽く睨むと、美雨は慌ててカップで顔を隠した。

「それよりおばあちゃん、それでいつ結婚ってなるの?許婚問題は?」


「私のお父さん…あなたのひいおじいちゃんね。面倒な人だったのよ。だから言えなくて、最初にひいおばあちゃんの方に相談したの」

「でしょうね!」

 笑いながらそう言うと、美雨はミルクティーをくいっと飲んだ。




 日曜日、父親がゴルフに行っていない午前中を狙い、リビングでソファに腰掛けてテレビを見ていた母親の目の前に私は立った。

「お母さん、会って欲しい人がいるんだけど」

「…最近よく一緒に出掛けてる人ね?」

 何となく察していたのか、驚きもせずに母はそう返してきた。


「まあ、座りなさいよ。…それで?お相手は倉田さんのところのお坊ちゃんじゃないわよね?」

「…まさか。顔も覚えてないのに」

 すっかり忘れていた、いや、忘れたふりをしていた許婚問題を引きずり出され、心臓がばくんと跳ねた。

「大学の先輩で…起業してる社長さん」

「ふぅん?」

 母はテレビのリモコンを手に取ると、ぷつんと消して私の方に向き直った。

「まあ、私は許婚とか反対だったから、あなたが幸せになるんだったら全然いいのよ。ただ、お父さんよねぇ…」

 大きくため息をつきつつ、母はリモコンを卓上に戻した。


 光輔の買った、例のマンションに隣接する土地が全て倉田家の持ち物だったのだ。そこを手に入れて、一大マンション群を作る構想があるらしいことは何となく聞いてはいた。

「それを、私を売って手に入れるのっておかしいじゃない。娘を質入れ?江戸時代なの?」

「そうよね、お父さんがちゃんと交渉して買い取ればいい話なのに、あなたと引き換えにタダで手に入れようって考えがおかしいの」


 その日の夜、母から父にこっそり話した時、父は烈火のごとく怒り狂っていたそうだ。

 しかし外で店員さんに横柄な態度をとるくせに内弁慶で、社員に嫌われるのが怖い性格だった為、大学OB会のみんなが応援しているのを知って、次第に、しかもかなりの短時間で折れて行ったのだった。




 光輔の両親が他界していたこともあり、披露宴などは行わず、二人だけで海外に行って挙式した。

 そして多くは語らなかったが、彼は祖父母に何か嫌悪感のようなものを抱いていたらしく、縁を切りたいと言って鈴川の苗字になることを選択した。

「仕事では、面倒だからこのまま岩城を使うよ。ま、芸名みたいなもんだよ」

 光輔はそう言って笑っていた。


 1年後、可愛い女の子が生まれた。光輔の喜びようはものすごく、産後はすぐ近くの実家に帰っていた私のところに、出勤前と仕事帰りに毎日やってきては、赤ん坊を抱きかかえていた。

「京子さんの子だから、東子かなあ?都子かなあ?」

「東京都?ダジャレじゃない!」

 浮かれまくっている光輔が提案する名前は本気なのか何なのか分からなかった。






「それでお母さんは都子になったんだ!ダジャレ採用したんだ」

 ティーポットからお替りの紅茶を注ぎながら、美雨がけらけら笑った。

「でもあれ?おばあちゃんとお母さんで、京都になっちゃったんだ。へえぇー面白っ」

「そうなのよ、縁もゆかりもなかったのにね。二人目が生まれたら、絶対に東子だって言ってたのよ」


 しかし二人目は、なかった。

 その時の私の表情から何かを読み取ったのか、美雨からもふっと笑顔が消えた。




 都子が生まれてから、最初はどこか光輔を避け居ていた父も、孫可愛さにすっかりいいお爺ちゃんになっていた。

 光輔も仕事帰りに実家に寄り、一緒に食事をとってからマンションに帰る事が普通になっていた。


 産後一か月がたち、私は昼間はマンションに帰れることもあったが、まだ実家に頼っていたある日。


 その日の朝、マンション前のインターホンで、光輔の事を未だに好きだったという真奈美が、私達の部屋のチャイムを鳴らしていた。

 嫁が家に居ないと知っての訪問だったらしい。

 しかし出勤前よりかなり早い時間だというのに、光輔も家に居なかった。当然のように、すぐ近くの私の実家に、私と都子の顔を見に来ていたからだ。


「あれ?坪井さん、どうしたの、こんなところで」

 実家からそのまま出勤しようとしていた光輔は、マンション前でばったり真奈美と鉢合わせたらしい。

「一緒に出勤しようと思いまして」

「…そう言うの困るから、ホントやめて?冗談でも、京子さんやミヤちゃんに疑われるとか嫌だもん」

 光輔は、足を止めることなくそのままマンションを素通りして駅に向かった。


「お子さん、可愛いですか」

「そりゃあもう!」

「奥さん…大事ですか」

「当たり前じゃん?一番大事!」


 そう答えた直後、光輔の背中にはナイフが刺さっていた。


「私のがずっと前から好きだったのに!ずっとずっと好きだったのに!何で!?」

 真奈美はナイフを抜き、その後数か所刺した。


「ぎゃあああああー!誰か電話、救急車!警察呼んでー!」

 ゆっくり崩れ落ちる光輔を見て、向かいの、当時そこにあったタバコ屋のおばちゃんが、金切り声を上げて周囲に助けを求めた。

 彼女はその時店の前を掃き掃除していて、一部始終を見ていたそうだ。


「誰かその女捕まえて!危ない、刃物持ってる!あんた…しっかりしなさい!」

 通りすがりのサラリーマンたちに声を掛けながら、おばちゃんは持っていたタオルで光輔の傷口を押さえた。


 おばちゃんの叫び声で、近所の人たちが出て来て真奈美を取り押さえてくれたそうだが、光輔の出血はどうにもならなかった。

 救急車が到着する頃には、もう動かなくなっていたそうだ。


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