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しらないところで Annex  作者: 南 紅夏


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命日、あの人の好物だったケーキを食べながら その1

新年1発目は、別館から。

本編ではすでに亡くなっている、美雨の祖母「鈴川京子」のお話しです。

 秋が深まる頃、あの人の命日が来る。

 ここにあの人がいる訳じゃない。そう分かっていても、この日はあの人の写真に手を合わせて、ここ最近の事を心の中でそっと報告する。


 仏壇が似合わない部屋なので、書棚の一角に飾られている写真だけが手を合わせる場所だ。

「おばあちゃーん!ハンカチがないー!」

 学校へ行く前の慌ただしい孫の声に邪魔をされ、私は仕方なく手を下ろした。

「もう!昨日他の洗濯物と一緒に渡したでしょ?」

「でもないんだよぉ~!里菜子に貰ったやつ!あーあった!行ってきます!」

 弁当の入った保冷バッグをお手伝いロボの「ロボ太」の手から受け取りながら、ひょこっと孫娘が私の部屋を覗き込んだ。

「覚えてるよ、今日はおじいちゃんの命日!ケーキ買ってくるから、夜おじいちゃんの話してね?出会いから!じゃ、ホントに行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい、気を付けて」


 孫を送り出した後、再びあの人の写真の前に座り込む。

「何ででしょうね、あの子最初は私か母親似だと思ってたのに。最近はどんどんあなたに似てきた気がします…」

 早くそっちに行きたかったのに、今は手のかかる孫がいるせいで当分そちらに行けそうにありません。私がいなくなったら、あの子一人になっちゃうから。

 でもこれ以上遅くなったら、昔のまま、若いままのあなたの隣にんなんて、立ちたくなくなっちゃう。

 色々な思いを心の中で写真のあの人にぶつけて、私も仕事に行く準備を始めた。




 その日の夕食後、美雨が買ってきたレアチーズケーキを皿に載せ、アッサムティーにホットミルクをたっぷり注いだティーカップを二つ、卓上に並べた。

 私の二人いた旦那さんのうち、最初の旦那さんの命日。

 そしてそれは美雨の実の祖父の事なのだ。

 この日だけは彼の写真を卓上に移動させ、一緒にデザートタイムを過ごすのがここ3,4年はルーティンになっていた。


「おじいちゃん、ほんとイケメンだよねー」

 レアチーズケーキをフォークで切りつつ、美雨が私の顔を覗き込むように首を傾げた。

「おばあちゃん、面食いだったの?」

「違うでしょ、おじいちゃんが面食いだったのよ」

「…なるほどね?」

 そう言うと、美雨はふふっと小さく笑った。


「えー、そろそろ教えてよ、おじいちゃんとの出会いとか」

「聞きたいの?年寄りの思い出話なんて長くて面倒なだけでしょ」

「レアチーズケーキが好きだった、すごく若くして死んだ、しか知らないんだもん。髪とか肌とか、私と色そっくりじゃない。気になる、聞きたいよ」


「じゃあ…どこから話そうかしらね…」

 私は、はるか昔の記憶を探った。




 私には、小さい頃から「許婚」がいた。

 親が決めた結婚相手など、時代錯誤もいいところである。

 それも、相手は近所の土地持ちの倉田さんという家の長男だ。ほんの少し年上らしいが、体が弱いらしく滅多に姿を見せない、寝たきりに近いと噂されている病弱な男だ。


 一度だけ小学生の頃、そうとは知らずに親に連れられて、その人の家に遊びに行った事がある。

 細く、頼りない感じの、雰囲気は優し気な人だった、という曖昧な記憶しかない。

 後からその人が自分の将来のお婿さんだと知って、

「はぁ?」

 と親に対して随分な態度で睨みつけて、父からかなり怒られた事を覚えている。

 だって、いくら私が気が強くて可愛げのない子だったとしても、やはりいざという時には頼りになる、守ってくれるような男性に憧れがあるのは仕方がないと思うのだ。


 あれはない。


 しかし、その結婚を条件に、その家の土地全てが親たちの経営する建築会社に譲渡される約束になっていたらしい。言ってみれば「政略結婚」だったのだ。

 つまり広大な土地と引き換えに、私には病弱な男を押しつけられるという事だ。

 昔気質で上から目線の父に、それもこれも勝手に決められていたのだ。


 成長していく間にもこの件に関して何一つ納得できないままだったので、許婚の事など誰にも話さず、学生の間は色々な男と付き合った。

 いつの間にかその許婚の話も誰もしなくなっていたので、私はもうその話は消えたのだと思うことにした。




 大学の卒業時、私は就職活動はしなかった、というか必要なかった。

 その頃親たちの会社は急成長中を遂げていて、そこへ入る事が最初から決まっていたからだ。

 会社を戦略的に見る目を持つため、大学では経営学を学んでいたのだ。


 しかしどこか政略結婚の事がずっと頭の中で引っかかっていて、いっそのこと違う会社にでも就職してしまおうかと考えた時期もあった。

 もやもやした反抗心を抱えたまま学生生活は終わりを迎え、結局は予定通り、私は「鈴川建設」に就職したのだった。


 苗字で経営者一族という事はバレてしまうだろうが、それでも最初はぺーぺーなのだ。特別扱いなどされるのは気持ちが悪い。

 たまたま同じ苗字なんです、みたいな顔をして、私は新卒の平社員として社会人デビューした。


 色々な部署で研修ののち、大学で学んだこととは全く関係のない、モデルルームのインテリアコーディネーターの様な事をする部署に配属になった。

 セレブな部屋、シンプルモダン等々、その都度テーマを決めて家具やカーテンなどを選ぶ作業は楽しかった。

 お客様によってはモデルルームの家具ごと買い取って下さる方もいて、自分のセンスが認められたようでとても嬉しかったのを覚えている。




 入社して2年が経った頃、マンションの間取り案の社内コンペが行われることになった。設計や建築の資格の有無関係なく、社内の全員に広く募集の掛けられた企画だった。


 そのコンペで、私が提出した間取り案が採用された。

 名前は伏せての選定だったので、経営者一族に贔屓があったなどという事ではない。

 結果、私のアイディア通り、実際に新築のマンションの中に高級物件として、最上階だけその通りに作られることになった。


 そのマンションは、実家のすぐ近くにある、親族の持っていた土地に建てられた。

 そしてモデルルームに置く家具も、当然私の部署での選定だ。

 セレブ向けの広々とした間取りだったので、家具も遠慮なく、理想の気に入ったものを詰め込んだ。




 マンションが売り出され、売れ行きも好調なある週末。

 成功祝いという事で、関係者含めかなりの人数を集めての飲み会があった。

 居酒屋で散々飲み食いした後、同じ大学のOBたちが集まり、その大学の卒業生のみが入れる会員制のバーへと移動しての二次会となった。

 そのバーは卒業式後に先生たちと飲みに行くなど、大学関係者からはよく使われている店だった。就職後、社内のOB会から誘われて何度か行った事はあったのだが、いつも予約しての貸し切りだったので、今までそこで他の客と会う事はなかった。


 その時は予約なしでの飛び込みで行ったため、カウンターに3人組の先客がいた。

 バーにしてはかなり広い店なので、少々他の客がいても困る事はないのだが、賑やかな酔っ払いを引き連れて飛び込んでしまったので、静かに飲んでいる先客の3人に少し申し訳ない気持ちだった。


 奥の席で騒いでいる仲間たちから離れ、私は先客の3人の元へ向かった。

「静かに飲んでらっしゃったのに、騒がしくしてしまってごめんなさいね」

 挨拶がてら近くまで行き、取り急ぎ謝った。

「いいえ、全然大丈夫ですよ。気にしないでください」

 端に座っていた女性が、穏やかな笑みで応じてくれた。


 ふっとこちらに顔を向けた真ん中の男性は、マイケルジャクソンのような黒の中折れ帽を目深にかぶっていて顔が陰で見えなかった。しかし私を見ると、帽子を被っているのは無礼だとでも思ったのか、中折れ帽を掴んで脱ぎ、

「楽しそうでいいですね。見ていてこちらも楽しくなるので全然構いませんよ」

 と微笑んだ。


 帽子からぱさりと肩に落ちた少し長めのこめかみの髪は、透き通るような銀髪で、

「わあ…綺麗。透明ですね」

 と反射的に言った後、慌てて

「あ、すみません!私ったら…失礼な事を」

 と口を押さえて謝った。


「ふふっ、透明ですか。いや、別に全然失礼じゃないですよ。謝らないでください」

 その男性は日本人離れしたとても白い肌で、顔の造形は整っていたが特別鼻が高いわけでもなく、ただ綺麗でやや女性的な顔立ちの人だった。


「少し話しませんか?」

 その男性から誘われて、私は彼と共に少し離れたテーブル席に移った。

 後から考えるととても不思議なのだが、その時の私は不思議とイヤな気もせず、警戒心もなく二人きりになった。ここに居る以上、同じ大学の卒業生だ、という安心感があったせいかもしれない。

 離れた席で騒ぐ会社の先輩男性の小森はちらりと私の方を見ると、一瞬面白いものを見たような興味津々の笑顔になり、サムズアップをこちらに向けると、何事もなかったかのようにくるりと背中を向けた。


「何か飲まれますか?」

 その銀髪男性は、優し気な笑みを湛えたままテーブル席の壁際に座った。

「あ、ウチの会社のボトルありますから…すみません、ロックで」

 私はマスターにブランデーをお願いして、彼の斜め前に座った。


「同じ会社の皆さんですか?」

「ええ、そうです」

「差し支えなければどのような会社かお伺いしても?」

「建築系の会社です」

「…建築系ですか!」

 若干驚いたような顔で、その透明な男性は自分の懐に手を入れ、名刺ケースを取り出した。


「実は私、こういう仕事をしておりまして」

 そう言って差し出された名刺には、『岩城光輔』という名前と共に『企業用各種プログラム作成』という見慣れない言葉が書かれていた。

「企業用プログラム…ですか?」


 当時はまだインターネットは黎明期で一般的ではなく、パソコンもウィンドウズというものが部署に一台だけあったが、今の皆が知るようなものではなかった。その時の私には企業用のプログラムが何なのか分からず、ただ首を傾げた。

「いずれ、各社が手でやっていた業務を、機械に任せる時代がやってきます。私達は、その制作を請け負っています」


 よくよく見ると、肩書に『代表取締役社長』と書かれていた。

「あら凄い、社長さんでしたか」

「いやいや、たった4人の小さな会社ですよ。ほとんど全員が肩書付きです」

 岩城という男は、何の含みもない無邪気な笑顔を向けてくる。

「建築会社でしたらCADはありますよね?もし、御社にそれ以外の業務をパソコンに任せたいとお考えでしたら、是非私共にご用命ください」


 営業だったか。

 ちょっと残念な気持ちになりながら、会社員の顔を崩さないよう心掛けた。

「ふふふっ、そういう事でしたか。上の者に伝えておきます。…あ、ごめんなさい、私今日名刺とか持ってなくて」

 ただの飲み会に名刺など持って来ていなかった。外回りの営業からは怒られそうだが、仕事柄、勤退後に名刺を持ち歩く習慣などない。


「ああ、でしたらもう一枚渡しておきます。あなたにはこちらを。…おっと、ペン忘れた。マスター、何か書くものありますか?…ありがとうございます」

 カウンターに戻り、丁寧に礼を言ってマスターからペンを受け取って戻ってくると、光輔はもう一枚名刺を取り出し、その裏にさらさらと電話番号を書いた。


「私の個人の電話番号です。もし私と話すのが嫌でなければ、ご連絡ください。こういう飲みでもなければ、20時以降は大体家に居ますので」

「こ、困ります、そんな…掛けませんよ?」

 営業だと一旦思わせておいて、今度は堂々と誘ってきた。

 落して上げられたみたいな気持ちになり、こちらも感情が忙しい。


「そう…ですか…」

 光輔は、怒られた子犬のようにしょんぼりと眉を下げた。

 こういう表情はずるい。断った私が悪者のような気分になる。

「えっと…このままもう少し、話すだけならいいですけど」

「本当ですか?」

 また、光輔は少年のような笑顔を向けてきた。

「では改めて。何とお呼びすればいいでしょう。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「鈴川…京子です」

「きょうこさんですね。漢字は?」


 ああ、この品があるのに、時々無邪気な感じはずるいなぁ。

 間違いなくモテそうなのに、なぜこの人は私に興味を持ったのだろう。


 そんな事を考えながらも、なんだかんだと話しているうちに、翌日の土曜に二人で映画に行く話になっていた。




 翌日、気合いが入っていると思われない程度にお洒落して出かける私に、母親は夕飯がいるかどうかだけ訊ねて来た。

「多分食べて帰る。行ってきます」

 私はかかとの低めのパンプスを履きながら、そう伝えて玄関の引き戸を開けた。


 昨日のバーの近くの駅で待ち合わせて、約束通り二人で映画を見に行った。

 二人で一つの大きいポップコーンを買い、食べながらの映画鑑賞は楽しかった。


 その後、ゲームセンターで遊んだりしたが、UFOキャッチャーで一喜一憂する、無邪気な笑顔にはいちいちやられてしまう。


 学生のようなデートの最後に、隠れ家のような小洒落たイタリアンレストランでディナーをご馳走され、何だか分からない高級そうなスポーツカーで家に送り届けてくれた。


 私は家に帰ってから、初めてまともに社会人とデートしたことに気付いた。

「最初と最後のギャップが凄い」

 部屋で一人、ベッドに大の字になって天井に向かって呟いた。ごろりと横を向くと、彼がUFOキャッチャーで取ってくれた競走馬のぬいぐるみと目が合った。

 夕食からは学生ノリとは違うおしゃれなデートで、思い返すと夢のような時間だった。そしてそれを重たく感じさせない、彼のスマートさは見事だと思ったが、女性の扱いに慣れているようで、もやっともした。


 帰り際に、来週も会う約束をしていた。

 ふわふわとした幸せな気持ちで、次の1週間はただひたすら週末が早く来る事を願っていた。


やっと書ける環境が戻りつつあります。

こっから飛ばしていくぜー!

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