とある初夏の昼休み
大牙の日常回。
研究所構成員(この時点での年齢)
今回の登場人物
橋内 澪(30)…静岡出身。若手の育成担当。
小野寺 冬馬(28)…埼玉出身。
楠井 和真(26)…大阪出身。大学は一浪して入った
森 千明(25)…滋賀県出身。若干不思議ちゃん。
東雲 大牙(24)…東京出身、ここでは一番のぺーぺー。
「今日、昼何にするー?」
就職して1月半ほど経った5月、ゴールデンウィーク明けのある日の事だった。帰省を終えて今日から出勤の橋内さんが、若手全員が集まっている会議室を覗き込み、声を掛けて来た。
勤め先の研究所は、とある製薬会社の工場敷地内にある。製薬会社側に行けば社食があるのだが、残念ながらこの研究所からはまあまあ遠いのだ。
橋内さんがこういう質問をしてくるときは、大体外に食べに行かないか、というお誘いの事が多い。
「僕、今日バーガーの口です。なんで月見って秋だけなんだろ。月見バーガー食いてぇ…」
俺は思いついたままの事を口にした。
「アホか!そんなん言われたら、俺も月見の口になるやんか!」
2個上の先輩、楠井さんが卓上に突っ伏した。
「じゃあ私買ってくるよ。無いものじゃなくてちゃんと選んで」
そう言いながら、橋内さんはスマホでモバイルオーダーの画面を開いた。
「いや、僕が行きますよ」
先輩をパシリに使うのは気が引ける。一番新人の俺が行くべきかな、と挙手した。
「ええー?東雲君の運転、まだちょっと不安…」
「そこのマックでしょ?近いし平気ですよ」
白衣を脱ぎながら俺が立ち上がった瞬間、楠井さんがバン、と机を叩いた。
「なんや、マックって。マクドやろ」
「…マックでしょ?」
「はぁぁ~!?『マクドナルド』言うてんねん。略したらマクドやろーが!どこにも小さい『つ』入ってへんわ!」
時々、この楠井さんは面倒臭い。若干兄の氷牙に通じるところがあり、正直イラっとする。
「じゃあ、あそこのフライドポテトの正式名称知ってます?」
「…そんなん、マックフライポテトやろ…あ…」
そこで俺は、にやりと笑って楠井さんを見下ろした。
「ほら、本家本元さんがマックっておっしゃってるんです。マックでしょう?」
「やかましわ、アホ!あんなん商品名や!店の名前ちゃうわ!」
叫びながら、楠井さんは立ち上がった。
「私、チキンフィレオにしよ。鳥好きやねん。セットやのぉて、単品で、ナゲットつけてな?」
楠井さんと同期入社の森さんが、急に会話に割り込んだ。彼女は何かいつもタイミングがおかしい人だ。悪い人ではないのだが、会話のキャッチボールが難しい。どうやら今の今までずっとメニューを見ていたらしい。
「うん…鳥、おいしいよね」
生暖かい目で橋内さんが相槌を打った。
森さんのマイペース発言で毒気を抜かれ、楠井さんは静かに椅子に座りなおした。
「前も何か揉めてたな?あー、アレだ。東雲君、ユニバーサルスタジオジャパンだ、略したら何になるのかって」
若手男性陣では一番年上の、小野寺さんが俺の方を見てネタを振ってきた。
「USJでしょ?」
「ほらぁ!ユニバやゆーてんのに!」
楠井さんがいちいち立ち上がる。そのキレのいい動きに思わず
「ひな壇芸人…」
と、口をついて出てしまった。
「森さん、ちょぉ…東雲君になんかゆーたって!こいつ関西人バカにしよるで」
立ったまま、ひな壇芸人は同じ関西人の森さんに協力を仰いだ。
「バカにするわけないでしょ、するとしたら楠井さんだけですよ」
俺はホワイトボードにここに居る全員の名前を書き込みながら、軽く反論した。名前を書き終わったところで、森さんの名前の横にチキンフィレオ・ナゲットと書き込む。
「なんやとコラー!」
そこまで言うと、楠井さんはすとんと椅子に腰かけた。
「あー、東雲君の彼女、大阪生まれゆーてたもんなあ。関西弁喋ってるー?」
「ほぼ標準語ですよ」
森さんの質問に答えつつ、俺もスマホでメニューを確認する。
「え?標準語なん?関西弁出ぇへんの?」
「なんか、キレた時だけ関西弁になってました」
「ん-?何か、ジャンプの漫画でいたなあ、そういう人」
小野寺さんが、まばらなあご髭を撫でながら笑っていた。
「…じゃなくて、早く決めようよ、休憩時間終わっちゃうでしょ」
橋内さんに急かされ、俺たちは慌ててメニューを決めた。
結局買い出しは小野寺さんの運転で、俺が荷物の受け取り要員として同乗して行った。
「東雲君、仕事は慣れた?こっちの生活も…」
「お陰様で。まあまあ楽しくやってます」
「GWは、里帰りはしなかったんだっけ」
「逆に母と姉が押しかけてきましたけどね…小野寺さんは、埼玉でしたっけ」
「そ。まあ、俺も帰らなかったんだけどね」
ある意味、若手5人の中で一番まともで常識人だと思うのがこの小野寺さんだ。でも、この人こそプライベートが読めない。趣味とか、そう言った個性が全然見えないのだ。
GWは何してたんですか、と聞きかけて、何となくやめた。
昼食後、橋内さんがお土産を会議室の机に広げた。うなぎパイと「こっこ」だ。
「おー、静岡と言えばこれだね」
小野寺さんが、うなぎパイを手に取った。
「…そっか、橋内さん静岡か!」
俺の中で、こちらへやって来るときの疲労感がどっと思い出された。
「…長いですよね、静岡…」
「長いよな、静岡」
俺のため息交じりの発言に、小野寺さんが同意してくれた。
「…長いて、何がです?」
不思議そうに首を傾げる森さんに、
「…横幅…?」
俺と小野寺さんは顔を見合わせつつ答えた。そして、全員見るとはなしに橋内さんの方を見た。
「私の家はね、かなり神奈川寄りなのよ…だから」
お茶を一口飲むと、橋内さんはものすごく長い溜息をついた。
「大阪に向かうと、めっーちゃ長い!のぞみ停まんないのよ?県内6駅あるのに、のぞみはドコにも停まんないの!」
「…おう…」
唸りつつ、小野寺さんがのけぞった。
「あー…なんかスンマセン、余計な事言って」
とりあえず俺も謝る。
「ま、帰る方法は新幹線だけじゃないからね。東雲君もそのうちラクな帰省方法見つかるよ」
ふふん、と笑いながら橋内さんはうなぎパイを齧った。
その3か月後、研究所の所長室に、移動のSSRアイテムがある事を知る。
そんなチートを知る前の、新緑まぶしい初夏の出来事だった。
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