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しらないところで Annex  作者: 南 紅夏
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中学受験

湊太と秀人、由梨香の出会いのお話です。

湊太目線で。

 中学受験なんて、興味がなかった。

 普通に地元の中学校でいいじゃんって思ってた。

 私立だのなんだの、お受験する子は確かにクラスに何人もいたけれども、俺としては別に受けたいとも思ってなかったのだ。


 しかし、ある日突然、親から「受験しない?」と言われた。

 小学6年の夏休み前だった。

 最近、親たちの間でまことしやかに語られている噂のせいだ。


「先生を殴って大怪我させた、関西の伝説のヤンキーが中学校に転校してきた!」


 と言う内容だ。とにかく中学校が荒れて、えらく大変なことになっている…らしい。


 でも、お姉ちゃんとかお兄ちゃんがその中学にいる友達から話を聞くと

「そんな話聞いた事ないよ?嘘じゃない?」

「3年のちょっと目立ってた先輩がシめられて、トイレで土下座させられたらしい」

 みたいな感じで、言うことが皆違う。

 真実が分からないまま、色々な噂だけが出回っていた。


「私立は学費高いから、公立の中高一貫校ね。人気高いから競争率高いけど、ほら、今受かっとくと3年後にラクだよ~?」

 やんわりと親が誘導してくる。

 制服が6年間使えるというのも親としてはいいらしい。恐ろしくぶかぶかのを買わされそうだけど。


 実際ヤンキーとか、そういうのは俺も避けたい。

 漫画でそういう話を読むのは大好きだったけど、自分が殴られるとかまっぴらごめんだ。

 …面倒だったけど、受験のため、塾に行くことになった。




 夏期講習から入った塾で、たまたま隣の席になった、ひょろっとした大人しそうなヤツ。

 それが秀人…「シュート」との出会いだった。


「俺、塾とか初めてで。よろしくな」


 学校では、見たことのないヤツだった。

 大人しくて、自分からは目も合わせて来ないので、俺から声を掛けた。


「俺も…塾、初めてで。…でも、君の顔知らない。見たことないよ」


 とても声が小さい。

 向こうも俺を知らない?ということはひょっとして、学校が違うのかもしれない。


「俺、神木湊太。湊太でいいよ。西小だよ」

「ああ…それでか…俺、第一小。吉沢秀人。…みんな俺の事、シュートって呼んでる…」


 正解だった。小学校が違うから、お互い見覚えがなかったのだ。

 それより、あだ名がちょっとカッコイイ。


「サッカー強そうだな!」

「よく言われるけど…運動、苦手で…あんまり、好きじゃない」


 シュートはぼそぼそっと喋る。

 こちらから話しかけないと喋らない、とても静かなやつだった。


 そして、どちらも志望校は同じ。

 シュートの通う第一小も、普通に進学すると同じヤンキー問題の第一中学校に入るエリアと言う位置関係だった。

「受験するのって、やっぱ例のヤンキーの噂のせい?」

「それもあるけど…兄貴が、あそこの附属中学校行ってたから。設備とか良かったから、親が行けって」




 次の日の塾の、最初の休憩時間の時、最近学校で流行ってる…いや、流行っていたといった方が良いかもしれない。自分が好きなゲームの話をしてみた。

「ランディングファイターって知ってる?」

「知ってる!」

 めっちゃ食いついてきた。はじめてシュートの顔が明るくなった。


「ホントは塾なんて来たくなかった。ずっと家でゲームやってたかったんだよ。でもうちのお母さん怒ると怖いんだ。ゲームしたいなら塾行けって。塾から帰ってきたらやっても良いって言うから」


 うわ、こいつゲームの事になるとめっちゃ喋るじゃん。

 俺は慌ててカバンの中を漁った。前にフレンドコードを書いたメモを入れてたはずだ。


「だったらフレコ交換しよーぜ!フレコメモして入れてたんだ。

 …うちの学校、なんか親のカードで勝手に課金した子がいたって問題になっちゃって、ランファイ禁止ってなっちゃってさ。話も出来ないんだよ。そいつん家の問題じゃん?なんで学校から禁止って言われなきゃいけないんだよ」

 カバンから切れ端のようなメモを出して、シュートに渡した。


「湊太はやってもいいの?怒られない?」

 ちょっと心配そうにシュートが俺の顔を見た。


「俺は課金しないもん。強くなるわけじゃないし、見た目だけじゃん?うちはゲームは1時間、それ守れば親は文句言わないよ」

「よかった!今日帰ったら、早速やろう!」

 俺のフレンドコードのメモを受け取ると、嬉しそうにシュートは笑った。




 ヤンキーの噂が消えないまま、冬休み。

 受験も目の前と言う段階で、塾に冬期講習で何人か新しく入ってきた。

 一人、ちょっと目立つ女の子がいた。

 見たことない子。でも、カワイイな、と思った。


「…白石だ…」

 シュートがぼそっと呟いた。

「知ってる子?」

「話したことないけど…児童会の会長だった。スゲー頭良いって噂」


 シュートと同じ学校の子らしい。どおりで見憶えないはずだ。

「入るのかな、塾」

 俺はちょっとわくわくしてしまった。


「…ライバルが増えても、いいことないよ」

 シュートのいう事はごもっともだ。




 休憩時間に、また二人でゲームの話をしていた。

 シュートはクリスマスプレゼントで課金アイテムを買って貰えると言って喜んでいた。


「ね、それランディングファイターの話?」

 二人の目の前に、ぐいっと入ってきたのは、さっきの女の子。

「私もやってるんだ」


「…え。…意外」

 元気な女の子に、ぼそっと返すシュートの温度差がやばい。


「私、遠距離射撃得意だよ?一緒にやろうよ!」

「白石さんは、他に友達多そうなのに。別に俺らじゃなくても」

 とことん、シュートが冷たい。

「無理だね!私がガチすぎて、みんな引いちゃうから!」


 さっき聞いた「児童会会長」「賢い」の情報に「ゲームガチ勢」の情報が加わって、初見の俺は情報処理が追い付かなくてクラクラした。


「弱かったら切り捨てまーす!強いなら一緒にやろ?はい、フレコ」

 俺たち二人に、フレンドコードの書かれた可愛らしいカードを渡してきた。

「白石由梨香だよ。ゲームでは黒百合、よろしくっ!…えーと…シュートくんは知ってる。きみは?…違ってたらごめん、ソータ君?」

「え?うん…何で知ってるの?」

「あはは、覚えてないか!保育園でちょっとの間だけど一緒だったんだけど。じゃあ、今日塾終わったら早速ログインで!」

 それだけ言うと、さっさと席に戻って行った。


「え、すげ…記憶力ヤバ。俺保育園行ってた記憶すらないのに」

 親から、妹の朝海が生まれる前後に一時的に保育園に預けてた、と聞いたことはあるが、自分では全く覚えていない。

「…強引だなあ…学校では猫かぶってんのかな?全然違う人みたい」

「まじかー!…でも、これでスリーマンセルのやつ、ちゃんと組んで出来るかな?」

 今までずっとソロの協力プレイだったけど、3人いればチーム戦に参加できる。

 それはちょっと楽しみだった。



 その日の夜。

 ユリカとシュートと、3人で組んでやる初めてのスリーマンセルのバトルは、異常なほど楽しかった。

 得意分野が完全にバラバラで、バランス型のチームになった。

 そしてユリカの指示が的確だ。遠方からの援護射撃もぴたっとハマる。

 俺が目立つように大暴れして、シュートがフォローする。

 最強になった気分だった。

 ボイスチャットで、3人ずっと笑いながら戦っていた。


 冬休みが終わると、由梨香は塾に来なくなった。やはり短期講習だけだったのだ。

 でも、その後も3人でのゲームは続いていた。




 受験が終わって、合格発表。

 俺と、シュートは落ちた。

 誰よりも、塾の先生がキレまくっていた。

「湊太が落ちるわけないだろう!」

 って。俺もそう思ってた。

 自己採点でも行けたと思っていた。でも、落ちたのだ。


 受験の点数が何点だったか、聞きに言ったら教えて貰えるらしい。

 塾の先生に、すぐに行ってこい、とかなり強めに言われた。

 塾に置いてあった受験要綱を確認すると、確かに要求すれば、「本人にのみ受験の点数の開示をする」と書いてあった。




 翌日、電車に乗って、落ちた中学校にシュートと行った。


 学校につくと、50音順だろうか。まず俺が別室に通された。

 一番得意だと思っていた算数が、まさかの0点だった。


「…名前がね、なかったんです」

 接見した事務員か先生か分からないけど、その人は申し訳なさそうにそう言った。

「名前が書いてなかったら、そこでもう0点、採点をしないんです。…だけど、一応、採点しました。ちゃんと…名前が書いてあったら、10位以内で合格だったんですよ」


 その時、俺はどんな顔をしていただろう。

 落ちて悔しかったはずなのに、理由を知ってしまうと、何だか自分のドジさに笑いが出そうだった。

 名前があったら10位以内だった。そこはちょっと嬉しくて、満足もしてしまった。

 ここで笑ったら、ショックのあまりおかしくなったと思われそうだったので、何とか耐えた。


 部屋を出て、シュートと入れ替わる。

 外で待っていると、大きなマフラーで顔の半分が隠れたユリカがやってきた。


「ユリカも点数聞きに来た?」

「…うん」

「合格、おめでと」

「…うん」

 何だか元気がない。

 どうしたんだろう、と様子を見ていると、急にユリカは顔をゆがめて、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。

「バカぁ…何で落ちてんのよ…二人してっ」

「え?なんで?なんでユリカが泣くの」


 一緒にゲームを始めて、たった1か月くらいの友達。それなのに。

「うええん。やだよぉ…何でだよぅ…」

「…ごめん。ごめんな」

 どうしていいのか分からなくて、ひたすら謝った。

 ああ、もう。そんなに泣かれたら、こっちも泣けてくるじゃんか。


「…何泣いてんだよ、二人して」

 シュートが出て来て、目の前の惨状に苦笑した。

「あんたたち二人が落ちたからじゃん!もう、何やってんのよ!」


 その後3人で中学校近くのショッピングモールのフードコートに寄って、ポテト1つととドリンク3つを注文した。

 学校からは買い食い禁止とか言われているが、地元じゃないので知り合いもいない、構うもんか。

 Lサイズのポテトを3人でつつきながら、算数の名前を書き忘れていたみたいだと報告したら、ユリカからはメチャクチャに怒られた。なぜかシュートにも怒られてしまった。




 帰りの電車に揺られながら、

「今日はログインできそう?」

 と、ちょっと不安そうにユリカが聞いてきた。


 俺とシュートは顔を見合わせて、二人とも大きなため息をついた。

「今から塾に寄って報告して、それからだよな…あーあ、ズタボロに怒られそう」

「うん、特に湊太がね」

 シュートが人ごとのように楽しそうに笑う。


「おー、たっぷり怒られて来い!」

 いつも通りに戻ったユリカが、ニカッと笑った。


 まだ目の周りは少しだけ、赤かったけど。

ええい ああ

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