第6話:神の剣、死神の舞(前編)
朝の光が、静かに森を照らしていた。
夜明け直後の世界はまだ眠っており、霧に包まれた木々の隙間から差し込む陽光が、微かに湿った空気をゆるやかに撫でていた。湿った土と苔の匂いが微かに香り、遠くで小川のせせらぎが細い音を立てている。
草葉の露を踏みしめながら、リュウはただ前を見据えて歩いていた。その歩みに迷いはない。戦場を進む時と何一つ変わらぬ足取り。感情を交えぬ無駄のない軌跡。まるで死神の影が、朝靄の中を滑るかのようだった。漆黒の髪が霧に濡れて艶めき、ぴったりと密着したボディスーツが、朝陽を跳ね返すように鈍く光る。昨日まで彼女を包んでいた傷の痛みや疲労の気配は、もはや表情のどこにも見えない。淡い光を帯びていたナノマシンの修復は夜のうちに完了し、戦場に立つ前の研ぎ澄まされた完璧な姿に戻っていた。
その後ろを、ひとりの少年──カイが、小さな足音で追っていた。リュウの背を見失わぬように、ただ必死についていく。彼の呼吸は浅く、鼓動は速い。昨夜、焚き火の光の中で見た“眠る少女”──肩を晒し、淡い光に包まれて傷を癒す神秘的な姿は、夢だったのではないかと思えるほど遠いものに感じられた。
今、彼の目の前にいるのは──
あらゆる命を、無慈悲に断ち切る、“戦闘の女神”。
その背中は揺るぎなく、腰のしなやかな曲線は緊張を保ち、目線の奥には何ひとつ余計な感情がなかった。
森の奥を進むふたりの前に、突如、風が変わった。空気の密度がわずかに変化し、気配の断片が霧の中で形を成す。鳥の囀りが途絶え、葉擦れの音さえも遠のく。リュウの赤い瞳が、その気配に反応してわずかに揺れた。
前方──薄い霧の向こうに、銀に輝く列が現れる。それは、槍と剣を構えた武装兵たち。鎧の擦れる音が静けさを破り、空気を鋭く震わせる。朝の光を反射する槍先が、無数の光の矢のように霧の中に浮かび上がる。
歩兵小隊だった。整然とした陣形が森の細道を塞ぎ、彼らの背後には荷馬車や旗指物まで見える。金属の匂いと汗の匂いが朝の湿気に混じり、戦場の緊張を運んできた。
先頭、馬上にいたのは若き男。長く伸びた金髪を赤いマントが風に翻し、その鋭い眼光には歴戦の気迫が宿っていた。彼はこの部隊を率いる指揮官であり、その碧い瞳は、霧の奥に立つひとりの黒髪の少女を正確に捉えていた。
「……なんだあの娘は…..」
彼の声は低く、だが鋭く発せられた。部下が剣の柄に手を添えたまま口を開く。
「怪しい格好の女ですね、捕えますか?」
部隊長は答えず、わずかに眉を寄せた後、馬上から声を放った。
「貴様、名を名乗れ!」
鋭く掲げられた剣。その切っ先はまっすぐ、リュウに向けられていた。
「魔族か、ヒトか!」
だが、リュウは何も答えない。口を開くことなく、静かな視線だけを彼らに向ける。その瞳は凍てついたように冷たく、まるで言葉そのものを拒絶しているかのようだった。
──その瞬間、内なる音声がリュウの意識に響いた。
《リュウ。武装構成:剣装兵15、弓兵2、後方に非戦闘装備の個体1名。戦術支援の可能性あり。敵意レベルは高め》
《敵性判断、進行中──カイを後退させ。戦闘、推奨》
「下がってろ….」
リュウは、視線を外さぬまま、静かにカイへと命じた。その声は、感情の欠片すらない。だが、そこには絶対の確信があった。カイは息を飲み、ただ頷いて半歩後ろに下がる。
「──奴め、答えんのか…..」
部隊長が苛立ちを押し殺すように低く唸る。
「部隊長、どうなさいます?」
問われた彼は、一拍置いて吐き捨てるように命じた。
「構わん、ひっ捕えろ。手足の腱を断て」
その命令が届いた瞬間──空気が裂けた。
リュウの影が地を蹴り、音もなく宙を翔けた。朝の霧を切り裂きながら、その身体はまっすぐ小隊の中心へと跳ぶ。
「なっ……!?」
部隊長の瞳が見開かれる。次の瞬間には、リュウは彼の真正面──馬の頭上に、黒い稲妻のように現れていた。
そして── 一閃。
展開されたブレードが銀閃を描き、馬上の男の首元を横薙ぎに切り裂いた。頸動脈と脊椎が断ち切られ、頭部が宙を舞い、赤いマントが血煙を引きながら風に舞う。首を失った胴体だけが、しばし馬の背に揺れていたが、やがて大量の血を噴き上げながらずるりと地に崩れ落ちた。
「……っ!?」
沈黙が支配した。周囲の兵士たちは言葉を失ったまま、信じられないものを見ているような顔で目を見開く。たった一撃。彼らを率いた指揮官が、まるで玩具のように殺された。地に倒れた死体が、なおも血を噴き上げている。
「ば、馬鹿な……!」
「部隊長──!!」
誰かの悲鳴が上がった。それは、地獄の始まりを告げる合図だった。
カイは、その場に立ち尽くしていた。あまりの出来事に、思考が追いつかない。目の前で、現実とは思えない光景が展開された。人の首が跳ね、生々しい血肉が地面にも葉にも容赦なく飛び散る。生温い鉄の匂いが風に混じり、少年の鼻腔を突いた。
リュウの姿は──昨夜、共に眠った少女ではない。まるで感情のない刃。流れるように、無慈悲に殺す。彼の目には、それが人でも獣でもなく、“死”そのものの具現に映った。
カイは、喉の奥から湧き上がる叫びを、唇を噛んで飲み込む。震える脚で後ずさりながらも、視線だけは逸らせなかった。──怖い。でも、見なくちゃ。目を逸らしたら、彼女が何者なのか、わからなくなる。二度と戻れない気がした。
「構えろッ!こいつは魔の化身だ!!神の剣で討て!」
叫びとともに、兵士たちが一斉に駆け出した。怒声と金属音が混ざり合い、森の静けさを切り裂いていく。
だがリュウは、構えることすらしなかった。両腕をだらりと下げたまま、ゆっくりと歩を進める。その様はまるで、生けるものを“刈り取る”ために造られた存在。
──殺すために、生まれてきた。
先頭の槍兵が、吠えるように槍を突き出す。だがその刃がリュウの肉体に触れることはなかった。
「──ッ!?」
雷光のように右手が閃き、槍の中心を素手で両断。硬い金属がまるで紙のように裂けた。返す手で繰り出された肘打ちが、男の喉元に突き刺さる。気管と骨が砕ける鈍い音が響き、男は声も上げられぬまま絶命した。
「この化け物が──ッ!」
別方向から剣兵が斬りかかる。だがリュウはわずかに一歩踏み出し、剣を折るように完璧な角度の蹴りで叩き折った。そして、動きは止まらない。踏み込みと同時に身体を跳ね上げ──「がッ──!!」鋭い膝が男の顔面を撃ち抜いた。鼻骨と頭蓋骨が内側に凹み、男の身体は弧を描いて吹き飛び、地面を転がる。
《左前方の弓兵から矢が射出──》
音よりも速く、警告がリュウの中枢に走る。彼女はその声に応えるように、瞬時に地面に落ちていた騎士の剣を拾い上げた。無駄のない動作。迷いはない。剣を半身で構えたかと思えば、次の瞬間にはそれを投擲していた。
矢と剣が、空中で交差する。刃と刃──だが、勝ったのは鋼を貫く鋼。リュウの投擲した剣が、弓兵の胸部を貫通し、肺と心臓を一瞬で裂いた。
「ッぐ──あああ……!」
呻き声とともに、血液が混じった液体が弧を描いて地に降る。肉を引き裂いた音が、遅れてカイの耳に届いた。その間にも、次の矢が放たれる。リュウは即座に姿勢を低くし、回転しながら軌道を読み──一歩引く。矢が右肩を掠め、微かな痛覚信号が走る。だが彼女は、艶やかな無表情すら浮かべない。その手が、空を裂いた矢を──空中で掴み取った。
《再投擲、可能。距離4.3メートル、風なし。命中確率92%》
冷徹な解析が脳内に表示される。リュウは一切の逡巡なく、腕を引いてその矢を投げ返した。疾風のごとく放たれた矢が、まっすぐに弓兵の眉間を貫いた。弾け飛ぶ脳漿の微粒子。鋭く放たれた一撃は寸分の狂いもなく命中し、男はその場で動きを止める。糸の切れた操り人形のように、力なく崩れ落ちるその身体。
《弓兵2名、無力化完了。反応なし。》
岩陰からそれを見ていたカイは、まるで夢の中の出来事のように呆然と立ち尽くしていた。恐怖と畏怖。その肉体的な破壊の光景に、声にならない感情が、喉の奥で震えていた。
《背後、二名接近。右斜め45度、岩壁あり。誘導して反射蹴り推奨》
内なる声が告げる。リュウは即座に動く。足元の岩を蹴り、身体を反転。鍛え上げられた太腿にしなやかな力を溜め、迫りくる兵士の顎に踵を叩き込む。頭部が歪む凄惨な音。歪む首。兵士の身体が無様に崩れ落ち、動きを止める。続けて振り下ろされた剣に対し、掌底の一撃。兜が割れ、顔面の骨が内側にめり込んだ。
「囲めッ!一気に潰せ!」
怒号が響く。残された兵士たちが、隊列を組んで包囲を狭めていく。その中に、ひときわ大きな斧を構えた兵士の姿があった。刃は光を反射し、ずしりと重みを感じさせる金属の質感。
《リュウ。斧兵、特殊金属製。衝撃強度高。転倒→背面投げに誘導可能》
戦術判断に従い、リュウはわざと足元を崩すように一歩を滑らせた。相手は好機と見て、全力で斬撃を振り下ろす。だが──それこそが罠だった。リュウの身体が反転。重力と遠心力を味方に、斧を躱しながら腰を抱え──
「うっ……がっ……!」
兵士の巨体が宙を舞い、後方へ叩きつけられる。背中が地面に激突し、内臓が破裂したような衝撃音が響いた。砂煙が上がる。息が止まるような瞬間。
その時──鋭い金属音が、リュウの左肩を裂いた。
「……っ」
わずかに苦悶の息が漏れる。艶やかな黒いボディスーツに細く刻まれた裂け目。そこから一筋、血がにじむ。だが、次の瞬間。リュウの身体を覆う繊維が、淡く光を放ちながら自己修復を開始した。ナノマシンによる再生処理。まるで神聖な儀式のように、傷を縫い、肌を閉じていく。
《軽微な裂傷。修復中。戦闘続行に支障なし》
冷たい報告を受けながら、リュウはわずかに目を細める。彼女の瞳が、一層冷たく、蒼氷のように輝いた。
「……排除」
その一言が、死神の宣告。
そして──死の舞踏は、なおも続いていく。
返り血に彩られた完璧な肢体が、霧の森の奥で朝の光を浴び、血と鉄と呼気を照らし出し、世界が再び沈黙を取り戻すまで、その動きは止まらなかった。
──
空気が変わった。
森の湿った匂いに混じって、血と金属と火の匂いがゆらりと流れ込む。風が一瞬、ざらついた質感を帯び、葉の擦れる音が低くなったように感じられる。緊張が空気そのものを硬質に変える、そんな瞬間だった。
リュウのボディスーツに走った裂け目から、鍛え上げられた白磁のような肌が覗き、赤黒い血と朝の光が重なり合う。冷たい光と熱を孕んだその一瞬は――完璧な美しさが残酷な破壊を内包する奇跡だった。吐く息が白く霧散し、そのたびに血の滴が地面に黒い点を刻む。
ナノマシンが放つ微細な輝きが、損傷した滑らかな肌を濡れたように艶めかせる。戦場に咲いた“死”の化身は、女神の神聖さと死神の冷酷さを同時に纏い、そこに立っていた。微細な光粒は肌の上で流星のように移動し、繊維を縫い、血管に沿って消え、再び現れては光の回路を描く。それは見ている者に“生命の再構築”という言葉を嫌でも思い起こさせた。
兵士たちは、声を飲んだ。目の前の光景が、理性と本能を軋ませる。誰もが逃げ出したい衝動に駆られるが、長年の訓練と誇りが彼らの膝を押さえつけていた。恐怖を押し殺し、剣を握り直し、じりじりと歩を詰める。その瞳には――畏れと敵意、相反する感情が交錯していた。鎧の継ぎ目から汗が滴り落ち、鉄と革の匂いが周囲に立ち込める。
《リュウ、背後──三体、接近。全員剣装。C-2推奨。》
ゼロの声が、刃のように脳裏を走る。リュウは振り向くより速く、地を蹴った。濡れた大地を裂くように疾走。その足音はまるで雷鳴を刻むかのように連続して響き、朝の霧を切り裂いた。
その両手に、ナノブレードが展開される。霧の中、斬撃ルートが赤いラインとして視界に描かれ、彼女の動きと完璧に同調する。ゼロによるゼロ距離演算。視界に浮かぶラインが、彼女の刃を導く。
一撃――最前列の兵士の首を斬る。血が霧に溶け、頭部が胴体から離れて地面を転がる。甲冑の間から飛び散った血潮が、朝の陽光に透けて紅い雫となって降り注ぐ。
すぐさま横に流れ、二人目の側頭部へ回し蹴り。完璧な軌道を描いた踵が側頭部を捉え、甲冑の下で骨が潰れる鈍い音が響き、「ぐっ……あああああっ!!」と悲鳴が割れる。折れた兜がくの字に歪み、歯が飛び散る。
三人目は袈裟斬り。鋼の鎧を紙のように断ち割り、肉を裂く凄絶な音とともに無言のまま崩れた体が土に吸い込まれる。刃は相手の心臓部に届く前に鎧の支柱を砕き、骨を断つ。
足元に残ったのは、ただ命を失った肉の山。霧が血で濁り、まるで赤いベールの中にいるかのように世界の色が変わっていく。
だが、そのときだった。
後方――沈黙の中に立つ、一人の男がいた。ローブを纏い、剣も槍も持たぬ姿。その唇だけが、何かを刻むように動いていた。視線はまっすぐリュウに注がれ、その目は異様な光でぎらついている。
「……ル・セント……ファリオ……エル・ディア……」
周囲の兵士たちが、あからさまに距離を置く。まるで、そこだけ空気の層が異なるかのような沈黙。濃密な“異質”が、男の周囲に渦巻いていた。地面の草が逆立ち、空気が光の粒子になって男の周囲を回転している。
《……リュウ? 後方にて非戦闘個体、口頭による一定リズムの反復音声。何らかの行動準備か?》
ゼロの声に、わずかな焦りが滲む。男の両手に、微細な粒子が集まっていた。空気そのものが収束し、赤い光に変じる。まるで世界のルールを違えるかのような、異常な現象だった。
次の瞬間――
「……爆ぜろッ!!」
咆哮と同時、虚空に火球が現れた。それは、存在してはならない“無”から生まれた紅蓮の塊。空気の層が振動し、耳鳴りのような高周波が兵士たちの鼓膜を刺す。
《な、何だこれは!? リュウ、急速接近する未確認エネルギー体! 避けろっ!》
ゼロの叫びとともに、リュウが跳ぶ。火球が彼女のいた場所を貫き、背後の岩壁に叩きつけられる――
爆裂音。
熱波が肌を焼き、火が、風が、大地を灼いた。地が震え、葉が焼け、森の空気が悲鳴を上げる。破裂する倒木。舞い上がる土煙。炎が木々を走り、光景は一瞬で地獄に変貌した。大地に埋まっていた鉱物が熱で膨張し、ぱん、と小さな破裂音を連鎖させる。
「うわぁぁ! 魔法だぁ……!」
岩陰のカイが叫び、身を伏せる。熱と轟音が重なり、世界が破れたような錯覚に襲われる。恐怖に凍えながら、彼の目だけはその先を――リュウを、探していた。
そして――煙の中から、リュウが姿を現した。
肩口のボディスーツが焼け、太腿に赤黒い煤が走っている。露出した肌は熱で赤く染まり、だが、ナノマシンが既に再構築を始めていた。肌を這うように光を放ち、修復の閃光が彼女の輪郭を照らす。光は幾筋もの糸となって傷口に吸い込まれ、焼けただれた繊維と血肉を縫い直す。
その姿は、まるで儀式を終えた神の化身のようだった。破壊の中で一人だけ秩序を帯びた存在、傷つきながらも艶やかに立つ姿。
《熱源が瞬間的に出現──エネルギー発生源は特定できなかった……音声と視覚効果の因果関係、未確定。“何か”が、この世界にはある。》
ゼロの声には、はっきりとした“未知への恐れ”があった。リュウの瞳が、術者を捉える。「ゼロ。」
《ああ、わかってる。“あいつ”は最優先で排除すべき危険な存在だ。》
リュウは踏み込んだ。脚が疾風のように駆け、黒髪が火の粉の中で舞い上がる。ナノブレードが閃光を放ち、全身が殺意の結晶となる。炎に焦げた葉が舞い、彼女の背後で尾を引くように落ちていく。
「な、なんなんだやつは!」
「あれは“神罰”だッ!!」
兵士たちが悲鳴のような言葉を吐く。リュウは空を裂いて降下し、術者の首へ――だが、横合いから投げられた剣が彼女の軌道を逸らす。リュウは静かに着地し、体勢を崩さず次の動作へ備える。
頬に伝った汗が、鎖骨を伝い、濡れた胸元の谷間に消える。その一滴でさえも、戦闘の美を際立たせた。
《戦術モード再展開。あいつら……また“あれ”を使ってくる。リュウ、慎重に。》
「問題ない。全て排除する。」
リュウの声は、氷のように静かだった。情も怒りも通さない。そこにあるのは、“対象”を処理するための明確な意志。
「魔性の女……あれは神の罰か!」
剣を握る手が震える。それでも、兵士たちは前に出る。背後では、再び詠唱の響きが漏れ始めていた。
「……レグニア……アス・フィン……!」
《リュウ、今度は熱反応じゃない。振動波の増幅……? ナノスキャン反応不能。これは……異常だ。》
「次こそ斬る。」
リュウは再び、重力を蹴り飛ばすように飛翔する。術者のもとへ、風より速く――
「……ル・ファ“魂を裂け”──」
その言葉が終わる前に。
ナノブレードが、男の胸を真一文字に裂いた。ローブに走った鮮血の赤い線が、体を軋ませる。「がっ……!」
リュウは止まらない。回り込み、無言のまま、ブレードを頸椎へと突き立てた。骨が砕ける乾いた音と共に、脊髄を断ち切る。男は、音もなく崩れ落ちた。
それは、神話の終焉。神に祈り、術を操ろうとした者の、静かな死だった。リュウは、一歩も乱さずそこに立つ。血と煤、そして自己修復の光に彩られたボディスーツが、なお鋭い光を返していた。
女神のような神聖さ。死神のような無慈悲。カイは、岩陰から拳を強く握った。リュウを見つめる視線に、もはや恐怖はなかった。
(この人は、絶対に……倒れない。)
鼓動が高鳴る。恐怖を超えた――憧れ。焼けた空を背景に、黒髪が舞い、世界の理をねじ伏せる“それ”に、カイは目を奪われていた。
この存在は、もう“人”ではない。それは、この世界の“理を凌駕する”者だった。
森に再び沈黙が戻ったとき、風と炎の匂いがまだ空を漂っていたが、その中心に立つ少女は一切の揺らぎもなく、ただ次の標的を見据えていた。




