第13話:神の剣、死神の舞(終幕)
-------
騎士団に入団して3ヶ月。
新兵の俺は今日初めて遠征に出た。
剣の訓練は十分に積んだ、腕にも自信がある。
装備の扱いにも慣れてきた。
いざ実戦となれば、仲間と連携して──そう、怖くはなかった。むしろ、どこか浮き足立っていた。
そう、森の向こうから“彼女”が現れる瞬間までは.....
ひとり。
ただひとり、こちらを見据えながら、音もなく歩いてきた。
その姿は……美しかった。黒髪が風に揺れ、黒い奇妙な服を纏っていた。
だが、何かがおかしかった。全身から溢れる“それ”は、俺たちの知っているどんな戦士とも違っていた。
部隊長が馬を進めて「名を名乗れ」と叫んだのが、最後だった。
彼女は音もなく、まるで影のように部隊長の正面に現れた。
次の瞬間、首が飛んでいた。
誰も動けなかった。頭がついていかなかった。
なぜ、どうして、何が起きているのか。
だが、答えはすぐにやってきた。
「斬られた!」
「ギャアアッ!」
「た、助け──ッ!」
仲間の悲鳴が次々に上がり、次々に潰れていく。
見えない。速すぎて見えない。
剣も槍も役に立たない。振り上げる前に、崩れ落ちている。
俺は──逃げようとした。
無理だ、これは敵じゃない。人じゃない。
“神の罰だ”と誰かが叫んでいた。その言葉が脳にこびりつく。
気づけば、倒れていた。
自分がいつ斬られたのかもわからない。
剣は手から落ち、足が動かない。血が流れている。身体が冷たい。
術者も斬られたのが視界の隅に入る。
(死ぬって……あっけないな)
傍らに立つ彼女の姿は、
服の裂け目から覗く白い肌が艶めいて──
まるで幻みたいだった。
あぁ……君はなんて、綺麗なんだ──
意識が、すぅっと遠のいていった。
-------
「術者がまでが──!」
「貴様ァァァ!!」
怒りと恐怖が混ざった残存兵士たちが、剣を振りかざして突撃してくる。
すでに戦術はない。ただの本能と絶望による“死の突入”だった。
リュウは振り返った。
破損したスーツから露出した肩、腿のラインに、血と修復痕が走る。
その姿は、見る者の精神を焼き付ける“戦場の幻”だった。
「……排除対象、接近中」
その一言が、すべての判断を終えた合図だった。
最前列の兵士が剣を振り下ろす。
リュウはすれ違いざまにブレードを閃かせ、顎から斜めに頭部を切り裂く。
血が弧を描き、兵士が倒れる。
槍を突き出してくる男。
腕で払いつつ膝を蹴り砕き、膝をついた瞬間に喉元を断つ。
後続が叫びながら駆け寄る。
リュウは跳び上がり、肩を踏みつけて宙返り。
空中から踵を落とし、脳天を叩き割る。
「う、うあああああ……!」
それは悲鳴ではなかった。
畏怖──崇拝──そして、滅びに向かう歓喜。
斬る。踏みつけ、砕く。
死神の舞踏。
──そして、終わった。
戦場には、兵士たちの亡骸と、赤い血の海だけが残された。
《リュウ、周囲反応数ゼロ──敵性個体、全滅》
沈黙が訪れた。風が通り抜ける。
血と鉄、焼けた肉の匂い、折れた刃が空気を重く染めている。
その中心に、リュウが立っていた。
スーツは所々が裂け、熱と摩擦に晒された繊維がまだ微かに光を帯びていた。
肩口、腿、腹部には返り血が飛び散り、赤黒い点が模様のように広がっている。
ナノマシンが静かに修復を続ける。
カイは、崩れた岩の陰から彼女を見ていた。
言葉が出ない。
ありがとうと叫びたかった。怖いとも言いたかった。
でも、どちらも──言い出せなかった。
彼女はただ、静かにそこにいた。
死の中心に、無表情で──佇んでいた。
「……これが、君なのか」
ぽつりと、カイが呟いた。
リュウは何も答えなかった。
まるで、生まれたときから命令以外に意味など知らない機械のように。
《リュウ。今の“詠唱”とやら……あれは、地球側の技術体系では説明不可能だ。
もしあれがこの世界の“力”なら、俺たちは──未知の原理に晒されている》
「関係ない。この世界の法則がどうであれ、敵を排除する。それだけ」
ゼロは一瞬、沈黙する。
そして、冷静に分析者としての返答を返す。
《……了解。だが今後、詠唱を“戦術対象”として記録する。分析は続ける》
カイの小さな手が、リュウの手を引いた。
「行こう、リュウ。……ここにいても、もう"何も"残ってない」
リュウは無言で頷く。
そして、血に濡れた地を──
骸の山の中を──
少女と、そして少年が歩き出した。
次なる“標的”を探すかのように。
あるいは、かつて命じられた記憶だけに従って。
世界は何も語らない。
ただ、風だけが静かに吹いていた。
次回更新は一週間以内を予定しています。