第1話:天より舞い降りたもの(前編)
《LYU-Type00、戦術転送準備完了。目標座標:G-04宙域・敵制圧区画──》
《転送プロセス正常。3、2、1──》
リュウの意識が薄れ、光に包まれる。
本来なら、次に目を開ける場所は──敵中枢、戦闘区域のはずだった。
だが、現れたのは、違う空だった。
空が……割れた。
雷鳴ではない。紅の天に、黒い裂け目が走る。
そしてその裂け目から、ひとりの女が降り立った。
ボディスーツに包まれた肢体。深く下げられたジッパーの隙間に、谷間が覗く。
艶やかなのに、殺気を孕む。
それは、戦うために生まれた“兵器”──《リュウ》。
《──異常検知。ここは……座標不一致、データ不整合! 接続不能、通信完全遮断──おい、これは……事故か!?》
声が、彼女の意識の奥から響く。
機械的でいて、困惑した声は、彼女の内蔵AIのもの。
「一体なにが……」
リュウは、戦術通信に接続を試みた。
だが、応答はない。すべての回線が沈黙していた。
リュウの眉が、わずかに動いた
「ゼロ、ここはどこだ……?」
リュウは静かに視線を巡らせた。地平線には塔のような建造物。風はどこか硫黄のような臭気を含み、微かに肌を刺すような粒子が流れている。
植物、地形、空気……すべてが未知。
《!?──リュウ、前方──生体反応多数。構造、異常。該当種なし》
「未知の……生物」
そして──
轟音。
遠方の丘の向こう、地面が揺れ、爆ぜるような衝撃が走る。
《戦闘音。武器使用反応と、熱源複数。群体……接触中》
リュウが目を凝らす。
煙の向こうに、人影──金属音とともに、重装の兵士たちが剣を振るい、荒れた大地を駆けていた。
「……戦闘?」
その言葉と同時に、遠くから呻くような咆哮が響いた。
丘の向こうから現れたのは、角を持つ人型と、四足で駆ける異形の獣たち。
どちらも、生体データベースには存在しない、完全な未登録種。
《な、なんだありゃ!?──
て、敵性反応、高。全個体、こちらを認識。警戒、敵意、興奮──》
リュウは、一歩前に出た。
重力に支配されながらも、空気を裂くような軽やかな動作。
その瞬間、ボディスーツの表面が微細に変色し、攻撃モードへと切り替わる。
「排除対象、確認。ゼロ、支援開始」
《了解。前方三体、左後方に高速接近体──ナノブレード、展開》
シュン──と音もなくリュウの手首に銀色の刃が走る。
右手に一振り、左手に一振り──漆黒の女神にして、死神の儀式。
突撃してきた獣が牙をむいた瞬間、彼女は跳んだ。
──風が走る。刃が舞う。
空中で回転しながら首筋へ蹴りを叩き込む。そして着地と同時にブレードで喉を切り裂く。
さらに振り向きざまに、太ももをしならせ、放たれた回し蹴りが、獣の頭部を鈍い音とともに吹き飛ばした。
《背後、三秒後に接近。回避経路E-2、ブレード軌道C-4推奨》
ゼロの支援に応じ、リュウは跳ぶように後方へ身を翻した。
伸びやかな足が空中を裂き、黒髪が風に流れる。
──そして、一閃。
斜めに振り下ろされたブレードが、異形の頸部を断ち切った。
「……次」
声と共に駆け出す。
矢のように飛び出し、相手の懐に滑り込む。
肘で鳩尾を打ち抜き、膝で顎を跳ね上げる。
流れるような美しき連撃
──刃がなくとも、殺せる。
《四方から包囲。左下方、回避限界──ゼロフラッシュ起動まで3秒》
「──間に合う」
声と共に、彼女は舞う。
背筋を反らせ、両腕を交差、そして──
──閃光。
ゼロが放った強制光干渉が敵の視覚野を白く焼き、次の瞬間には刃が間合いに入っていた。
胸の谷間に流れる汗が、紅く染まりながら雫となり、静かに滴る。
照り返す肌。太ももに張りつくスーツの光沢。
指先すら艶を放ち、舞う姿は女神か天女そのもの。
《……この世界、すべてが未分類。生物、物質、構造──我々の知る何ものでもない》
「理解した。ならば──」
赤みを帯びた瞳を細めるリュウ。
黒髪が風に流れ、ボディスーツが粛然と光を反射する。
「──全てを、排除するまで」