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From: ゴミから始まる異世界生活 〜拾い集めて世界最強〜  作者: 水無月いい人
第二章 ヴァレシア王国 『少年編』
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第7話:呪われし血を継ぐ者──ダスト・ヴァレンシア

 化獣との戦闘を終えた直後、俺はすぐさまアレシアの元へと駆け戻っていた。


「母さん! 大丈夫か!?」


 焼け落ちた獣の臭いが鼻に残っている。その焦げ臭さの向こう、アレシアの姿を確認した瞬間──安堵と不安が同時に胸を打った。


「……ダストちゃん。え、ええ。なんとかね。……どうやら外してくれたみたいね」


 外した……?


 確かにあのとき、化け物の爪は彼女を直撃したように見えた。俺の目の錯覚だったのか……? それとも──


「にしても何もなくて良かった、母さん」


「…………そう、ね」


 ……なんだその顔。

 ほっとするどころか、まるで何かを隠すような……いや、隠されてる?


「どうしたんだよ?」


「いえ……とにかく家へ帰りましょう」


 なんだそれ。こんな時ぐらい、戦った俺をちょっとぐらい褒めてもいいんじゃないか?

 化け物を倒して、家族を守った。それなのに──どうして、そんな悲しそうな顔をするんだよ。


 アレシアは傷ついた胸元を無言で押さえ、ふらりと家の中へと消えていった。


「……なんで心配してくれないんだよ、母さん……」


 まるで、何かに怯えるような……拒絶するような眼差しだった。

 俺は、それを追いかけることができなかった。


 ──数日後。


 いつものように、ゴミ拾いの“日課”をこなし家に帰って来た。


 あの夜、化け物を焼き殺して以来、テトラとは一度も会えていない。


「……テトラ……どこいっちまったんだ」


 たった数日。それだけの時間なのに、胸が苦しくてたまらなかった。

 会いたくて仕方がない。あの笑顔を、もう一度見たかった。


 ──俺が、何か……したのか?


 思い返しても、あの夜テトラは笑っていた。

 俺は何もしていない。

 していないはずなのに……なぜか、胸の奥がざわついて仕方なかった。


 そんな折だった。

 俺たちの家に、見知らぬ訪問者がやってきた。


「はーい」


 扉を開けたアレシアの声は、いつもと変わらないように聞こえた──だが。


「失礼します。こちら、アレシア・ヴァレンシア様のお宅で間違い無いでしょうか」


 低く、硬質な男の声。

 その瞬間、アレシアの動きがぴたりと止まった。


「…………いいえ、違います」


「……そうですか。なら仕方ありません──」


 男は胸元に手を伸ばし、何かを取り出そうとする。


 その動き。……直感が叫んでいた。危険だと。


「動くなっ!」


 思わず右手を男に向けていた。

 体が先に反応した。俺の中の全神経が、そいつを“敵”と認識していた。


「……なんの真似だ少年」


「お前こそなんの真似だ。今、何を取り出そうとしていた」


 声は震えていなかった。むしろ、静かだった。あの化獣と比べれば、人間なんて怖くない。


「……少年。君がその手を私に向け、何をしようとしているのかは知らないが、君は何か勘違いしているようだ」


「勘違いだと?」


 胸元に向けた右手が、汗ばんでいるのが分かる。だが、下ろすつもりはなかった。


「だからその右手を下ろしてくれないかね? 私はただ、こちらに用があってきただけだ。揉め事を起こそうという意図はない」


「……信じられるかそんなこと。なら、今取り出そうとしていたものをゆっくりと見せろ」


「……いいだろう」


 男は、胸ポケットから手帳のようなものを取り出した。


 黒い革張りの、どこか重々しい──それは身分証か、あるいは……。


「これで分かっただろう少年。私は揉め事を起こしに来たのではない」


「じゃあ何しに来たんだよ」


 沈黙のあと、男は名を名乗った。


「私は『ヴァレシア王国』からやってきた、イデア・レディアスと申します。君は……彼女の子供か。……なるほど。血は受け継がれたということか」


 帽子の奥に隠れた視線が、じりじりと俺の内面を覗いてくるようだった。

 ──“血”ってなんだよ。


「ここへ何しに来た? 俺の母さんに用なのか?」


「……ああそうだ。……そのつもりだった」


 ──だった?


 今の言い方、どういう意味だ……?


「ここへ来る道中、Sランクに相当する魔獣の死骸を見つけた。そいつの名は、『グラズ=モール』。特徴的なのは、目が3つある事、知恵と残虐性を持つ事。そして、特に厄介なのは──」


 ……あ。


 ──あいつだ……!

 あの獣が“Sランク”……?

 よく分からないが、そんなに大層な存在だったのか? だったら、なんで俺なんかに──


「……どうした少年。何か心当たりでも?」


「えっと──」


「イデア。やめて」


 二人の会話を遮ったのはアレシアだった。


「どうしたんだ、母さん? こいつを知ってるのか?」


 だが、アレシアは何も答えない。


「……この子は何もしていないの。私に用があるんでしょう? なら行くわ」


 ……え?


 何を言ってる?

 どこへ行くって──どういう意味だよ?


「……いえ、その必要はありません」


「どうしてっ!? 私に用があったのでしょうっ!?」


 そのときのアレシアの声は、どこか必死で、どこか悲痛だった。


「私の目をごまかせるとでもお思いですか、アレシア様。……『グラズ=モール』を倒したのは、あなたではない事くらい、私にはわかります。……少年、君がやったんだろう」


「違うっ! 違うのイデア!」


 なんでそこまで否定するんだ、母さん……

 俺は命を懸けた。必死に戦った。

 それなのに、なんで──なんで俺を認めてくれないんだよ……。


 ……だったら、俺から言ってやる。


「……そうだ。俺がやった」


「……そうか。なら一緒に来てもらおう」


「断る」


「いいや、君に選択肢は無い」


 は? こいつ……何様のつもりだよ。


 なんだこいつ。人の家にズカズカと上がり込んで、勝手に連れていこうとして──


 ていうか、“アレシア様”って……なんだ?

 母さん、まさか昔は貴族かなんかだったのか?


 だとしても、今は俺の母親であることに変わりはない。


「失せろ。母さんはまだ傷を負って──」


 ──パンッ。


 突如、家の中に銃声が響き渡った。


「……は?」


 弾丸が俺の頭上をかすめたかと思うと──


 次の瞬間、アレシアの胸に真っ赤な血が咲いていた。


「お、お前……何して……何してんだああああああああああ!!」


 視界が血の色に染まる。

 思考が、怒りと混乱に塗り潰されていく。


 許さない……こいつだけは絶対に許さない!!


「うがああああああああっ!」


 腕が勝手に動いた。

 釘を──殺意を──右手から放つ。


 だが──


「落ち着け、少年」


「んがっ……!?」


 撃ち放った釘はあっさり弾かれ、次の瞬間には背後を取られていた。

 気付いたときには、首を締められ床に押さえつけられていた。


「まったく……この子はまるで、獣のようです。ねぇ、アレシア様」


 くそっ……! こいつ、絶対に──!


「落ち着け少年。……()()()()()()()()()


「……何を言って……え?」


 ……信じられなかった。


 アレシアは、何事も無かったかのように立ち上がっていた。

 白い衣服には確かに赤が滲んでいる──だが、傷はない。


 イデアは俺の首から手を離した。


「ゲホッ、ゲホ……母さん……無事、なのか?」


「……ええ」


 信じられなかった。

 確かに撃たれた。血も流れていた。

 それなのに、なんで……。


 俺はアレシアに駆け寄り、身体を確かめる。

 触れると、温もりがあった。

 ちゃんと、生きていた。


「……これは“呪い”だ、少年。彼女の一族によるな」


「呪い……?」


 アレシアは答えず、ただ黙って俯いていた。


「彼女の血を継ぐ者は皆、例外無く──”特殊な力”を有している」


(まさか……俺の廃棄収納(トラッシュボックス)も、それなのか……?)


 イデアの声は、妙に静かで、そして決して逃れられない事実を告げる重みを持っていた。


「彼女は、ある冒険者の男と子を作った」


 ……この世界での、俺の父親ってことか。


「”呪われし血”を継ぐ子供は皆、“魔族討伐”の兵器として育てられてきた。そこに、例外はない」


 ゾクリと背中を冷たいものが這った。


 それって──つまり、

 俺と同じ“血”を持つ奴が、他にもどこかで戦ってるってことなのか……?

 そして、その血を継ぐのが俺で、俺は兵器として育てられるってか?


「……全く。傷つくのは自分だけでいいと。だから私はあれ程、”あの男”と会うのは辞めるように申し上げたというのに……」


 イデアの声は、どこか憐れむような響きを帯びていた。


「それを彼女──君の母親は私の言葉を守らず、こんな人気の無い町まで逃げてきた」


「……それがなんだよ。俺は魔族討伐なんてしねぇぞ。俺にそんな力はない」


 俺にあるのは──

 ただゴミを出し入れするだけの力。役に立たない、ハズレスキルだ。


「……『グラズ=モール』」


 イデアが再び、あの化獣の名を口にした。


「やつの最後の特徴を言っていなかったな、少年」


「……どうでもいい」


「まぁ聞け。『グラズ=モール』がSランクに相当されているには理由がある。

 一つ、目が3つある事。

 二つ、知恵と残虐性を持つ事。

 三つ──“学習能力”がある事だ」


「……学習……能力?」


 そういえばあいつ、最初俺を狙っていたのに、いつの間にかアレシアを追いかけるようになった。

 まさか──それが“学習”ってやつか……?


「『グラズ=モール』。あれは冒険者が10人がかりでも倒せるかどうかの魔獣だ」


「……は、はぁ? 嘘つけよ! 俺は一人で倒したぞ!?」


 この世界の冒険者ってそんなに弱ぇのか!? それとも……。


 俺が強いのか、なんて言えるはずもなかった。


「……だから言っている。”呪われし血を継ぐ者”しか、不思議な力は持ち合わせていない。冒険者が全員、君のような力を持っているわけではない」


 血を継ぐ者を除いて──と。


「君はこの世に生まれた以上、これから先ずっと“戦う使命”にあるのだ」


「……俺以外にも、その呪われた血とかいう奴らが居るんだろ!? ならそいつらに頼めよ! 俺はそんな危ねぇ事、もうしたくねぇ! 俺のスキルは……ゴミだ!」


「スキル……? フンッ……」


 イデアは鼻で笑った。そして、決定的な一言を放った。


「だから言ったろう。君に、選択肢はない」


 背筋が凍る。

 この男は──本気だ。


「待ってっ! イデア! その子を連れて行かないで! お願い!」


 アレシアの悲鳴のような声が響く。

 だが、男の瞳は冷たく揺るがなかった。


「がはっ……母……さん……」


 体が、沈んでいく。

 視界が暗転する。


 アレシアが、手を伸ばしているのが見えた。


「ダストちゃん──!」


 その声が、最後に聞こえた。


 ──意識が、途絶えた。


* * *


「……イデア、あなた。……許さないわ」


「許して貰わなくて結構です。元々はあなたが起こした罪。……あの時、私はこうなる事を予期して止めたのですから」


「…………」


「この世界を救えるのなら──

 例えあなたに恨まれようと、構いません。

 ……私は、あなたさえ生きていて下されば、それでいいのですから」


「…………」


「……言いたいことが無ければ私はこれで失礼します」


 イデアは、気を失ったダストを抱え、夜の帳の中へと消えていった。


 アレシアは──

 その場に膝をつき、崩れ落ちた。


「…………ごめんね、ダストちゃん……ごめんね……ごめんね……ごめんねぇ……」

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