第6話:小さな体と大きな決意
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それでは、本編をお楽しみください。
俺は、来た道を必死に駆け戻っていた。
脳裏に焼き付いているのは、あの“異形”の姿。
三つの目。裂けた顎。皮膚の下で蠢く筋肉。
くそっ……あの野郎……!
なぜ俺じゃなく、無関係なアレシアを──
狙いがずれてんだろって? 違う。あいつはわかってやってる。
目だけじゃない、頭も回る野郎だ……!
(待ってろ、アレシア……今すぐ行く)
心の中で叫ぶ。
足がもつれても、息が切れても、止まる理由なんてどこにもない。
だからお願いだ。どうか──
せめて、それまで生きていてくれ。
……必ず、俺が。
そう言いかけたところで、俺の足は、不意に止まった。
(…………俺が行って、何ができるってんだ?)
その問いが、背骨に突き刺さる。
あの時の“奇跡”は、まぐれだ。
俺が意図して出したわけでもなければ、狙って撃ち抜いたわけでもない。
じゃあ今度も?
またスキルの……こいつの奇跡を期待するのか?
自分の無力を棚に上げて、都合よく世界が動いてくれるとでも?
「……次死んだら、今度こそ終わりなんだよな」
口の中に、血の味がした気がした。
あれは記憶か、現実か。
前の人生は、ろくでもなかった。
誰にも必要とされず、誰からも期待されず。
ただ“呼吸”を繰り返して、死ぬのを待つだけの、ゴミみたいな日々。
それでも今、ここにあるこの命は──
どうしようもなかった俺に、与えられた“もう一度”の人生だ。
誰がくれたかなんて知らない。
でも、生きているのは事実だった。
(……なら、無駄にしちゃいけないはずだろ)
そう、思った。はずだった。
でも。
「……いいじゃねぇか。二度目の人生くらい、自分のために生きたって」
アレシアは俺の母親じゃない。
ただの“異世界の母役”。
そもそも俺はまだ五歳のガキだ。
子が親を守るなんて、本来はおかしい。
だったら、アレシアが俺を守って死ぬのが筋……そうじゃないのか?
──そう思った時。
また、あの記憶が。
『いいか、聡。親は子を守るもんだ』
父の酒臭い声が、頭の奥から這い上がってくる。
『お前が閉じこもっても、俺が生きてる限り、死ぬまでお前を助ける』
──なんで、こんな時に。
『親孝行なんて考えるな。ただ、お前は自分の事だけを考えておけ。お前の人生はお前のものだ。でもな……一つだけ覚えとけ』
『親が死んだ時、子は必ず後悔する』
『俺がそうだった』
もう、やめてくれ。
聞きたくない。
今さらそんな言葉、今の俺に突き刺してくるなよ、親父。
『いつかお前も親になったとき、分かる日が来る。だから……後悔だけはするな。俺の、息子』
今思えばあの夜、酔っ払っていたはずの親父の手には、酒瓶がなかった。
気づくには、あまりにも遅すぎた……。
「……アレシアは、母さんじゃない。ただの他人だって、そう言い訳してきたけどよ」
俺は、誰かに聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。
「五年も、ずっと一人で俺を育ててくれてた」
家事が完璧なわけでもない。
料理だって、よく焦がす。
でも、それでも。
たった五年。
だけど、その五年は……俺の前世の二十七年より、ずっと温かかった。
彼女は……アレシアは正真正銘、俺の母親だ。
理由は至ってシンプル。なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。
自分が嫌になる。
童貞だった俺が、若い女の乳見ても何も感じなかった理由?
……答えは、最初から決まってた。
「……俺は、アレシアを“母”として見てた。この世界に生まれてから、ずっと」
それだけのことだった。
でも、それがすべてだった。
止まっていた足が、静かに、前へ進み始める。
俺は──帰る。
あの人のもと。母さんの元へ──。
---
「……ダストちゃん? どこに行ったの……?」
夜の帳が村を包む中、アレシアは、不安そうに息子の名を呼び続けていた。
(夜は危ないって、何度も言ったのに……あの子ったら)
「ダストちゃーん! 返事してー!」
声がかれるまで叫び続ける。
その声に応える者は、いない。
(まさか、あの子……!)
胸に染みついた嫌な予感を振り払うように、彼女は首を振る。
「違う……あの子は賢い子。そんな危ないことを──」
その言葉が、途切れた。
目の前に“それ”が現れたからだ。
黒い影。
重たく湿った足音。
近づくたびに、巨体が闇の中からその姿を晒していく。
そして──その特徴的なのは“目”。
赤黒い血を流しながら、何かに貫かれていた。
彼女は察した。その目を潰したのが誰かを。
「……ダストちゃん……どこにやったの……! 私のダストちゃんをどこに──」
その声に、獣は答えない。
ただ、喉を震わせ、不気味に笑う。
「グルルルル……ギャガガガ……ララァアアアアッ!」
「──おい化け物」
声が重なった。
「何がそんなにおかしいんだよ」
震える足を押さえ込みながら、俺は戻ってきた。
息は荒く、体は重い。
それでも──間に合った。
「くっそ……遅かったか」
アレシアは、血を流し倒れていた。
「ダスト……ちゃん……逃げて……!」
俺は、こいつを許さねぇ。
「逃げないよ。逃げられないんだ、母さん」
俺は、彼女を見て。
そして、そいつを睨み据えた。
「……母さん。ここで終わらせるから、少し休んでて」
【ユニークスキル:廃棄収納が発動可能です】
……ああ、やっとその気になったか。
スキルってのは気まぐれなのかね。……いいや、こいつはずっと俺を待っていた気がする。
それに応えなかったのは、俺の方かもしれない。
だったら──今応えてやる。
「おい、化け物。片付けてやるよ」
今ここで終わらせる。
「スキル、廃棄収納発動」
その瞬間、頭の奥に膨大な情報が流れ込んでくる。
構造。応用。出力限界。変形。投擲。複合。
──まるで、生まれたときから知っていたかのような自然さ。
歩くように。
呼吸するように。
俺は、それを“使えた”。
拾い集めたガラクタを、手元に出現させる。
「逃げて! ダストちゃん、逃げてぇ!」
「逃げないよ。……ああ、逃げねぇとも」
息を吐き、俺は叫んだ。
「はああああああああっ!!」
俺はそのまま化け物へと突っ込む。
このちっぽけな体で、全てが俺を上回る圧倒的な化け物へ。
「食らいやがれええええええっ!!」
俺は化け物の股下を潜り抜け、錆びた刃で化け物の足元を斬る。
──が。
「……流石にダメか」
異常なほどに硬い。それもあるが、何より錆びた刃なんて切れる訳がない。しかも俺が持っているのは折れたものだ。
まさにゴミ。
目の前の化け物は笑っていた。
赤い液を垂らしながら、化け物は──嗤っていた。
(……マジかよ)
火力が足りねぇ。
小手先じゃ、どうにもならねぇってことかよ。
「だったら!」
錆びた釘を取り出し、目を狙う。
「これならどうだッ!」
──弾かれた。
固い。鉄の鎧みたいに。目以外、弱点なしってか。
「……そりゃ、二回目はねぇよな」
咆哮。
「グアアアアアアアアアッ!!」
俺は、化け物に背を向け走る。
だが、今度は逃げの為じゃない。
誘導だ。
策は、すでにここに来る前から撒いてある。
奴の足元に絡みついた“縄”。
それは、かつて俺が拾った『折れた剣』だ。その柄に結わえつけた油を吸った布で繋ぎ合わせた縄。
そして、その刃にも──たっぷりと油が付着した布を塗っておいた。
(……最後のピースも、もう拾ってある)
それは、空き瓶だ。
アレシアの失敗作。カビだらけのジャム瓶。
火種は、アレシアが野菜を直火で焦がした“燃え残り”。
それらを、俺はひっそりとスキルで保存していた。
──普通なら、保存すらされない“ゴミ”を。
「まさかあのときの失敗が、こんな形で役に立つとはな……。母さん、あんたやっぱり只者じゃねぇよ」
空き瓶の中身には、油を染み込ませた布を詰め込む。
蓋なんていらない。中身が飛び散れば、それでいい。
これが、俺の“火炎瓶”。
世界で一番、ゴミくさい即席の爆弾。
「……お前は、もう逃げられねぇ」
奴の足元は、俺の火の回路の中だ。
「喰らえッ!!」
俺は、即席“火炎瓶”を縄に向かって叩きつけた。
空き瓶が砕け、炎が火花のように撒き散る。
火は、油を吸った縄を伝い──
そして、かろうじてつけた傷にも、染み込んでいく。
──さぁ。終わりだ化獣。
「ギャアアアアアアアアッ!!…………テ………ラ………ルイ」
耳を裂くような悲鳴が、暗闇に響き渡る。
燃える。肉が焼ける臭いが、鼻を刺す。
のたうち、吠え、喚きながら、ついに巨体が倒れ込んだ。
──そして。
「……終わった、か」
異世界での、初めての戦い。
命を賭けて挑んだ、最初の一歩。
それは、俺の“仕掛け”が、火を灯した勝利だった。
だが、この業火の夜が、
俺とアレシアの心に、確かに小さな“影”を落とした。
──そのことを、この時の俺はまだ知らない。
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