第4話:スキル、『廃棄収納』の真価
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それでは、本編をお楽しみください。
──眠れない。
いや、眠れたとしても、どうせ悪夢だった気がする。
テトラのことが、頭から離れない。
あの銀髪の、無邪気で笑う少女の姿が。
「……くそ、俺がこんなことで悩む歳かよ」
いや、そもそも今の“見た目”は五歳の子どもで、
“中身”は二十七の廃人。
合計三十二……いや、年齢の計算しても仕方ねぇ。
どっちにしても、子どもに心を乱されてる構図は──どう転んでも、アウトだ。
──けど。
(守らなきゃって、思っちまってる)
アレシアも。テトラも。
この異世界で出会った、俺にとっての最初の“家族”で──
たぶん、最初で最後の繋がりだ。
「……眠れねぇ」
もう、いい。
眠れないなら眠らなきゃいい。
こういう時は、夜の散歩が定番だ。
テンプレ通りの選択肢。
アレシアを起こさないよう、布団を抜け出して、足音を殺して外へ出る。
夜の空気が、肺を刺すほど冷たい。
でも──それが心地いいと思える程度には、俺もこの生活に慣れてしまったらしい。
「……夜の村も悪くねぇな」
そう思った、その時だった。
「……ん? なんだ、あれ」
光だ。
畑の方角に、ぼうっと淡く、青白い光が揺れている。
(……まさか)
胸がざわついた。悪寒。
俺の本能が、やばいと告げている。
「野良熊でも出たか……?」
──だったら、どれだけマシだったか。
「っ──うわ、うわあああああっ!!?」
見た。
いや、見てしまった。
あれは……熊なんかじゃない。
熊に似ている、なんて表現すら、生ぬるい。
三つの目。
赤黒く濁った毛並み。
筋肉の塊のような躯体に、歯と爪だけが異常に発達している。
「ガルゥゥゥゥゥ……」
喉奥から響いた声は、地鳴りのようだった。
腹の底が凍りつく。
脚が震える。
心臓が跳ね上がる。
逃げろ。逃げなきゃ。
でも──
「アレシア──!」
最悪の光景が脳裏に浮かぶ。
寝ているアレシアに、こいつが這い寄る姿が。
(駄目だ、それだけは……絶対にさせねぇ!!)
身体が、勝手に動いた。
家とは逆方向へ。
獣を引きつけるように、走り出していた。
背後から迫る音。
足音なんてもんじゃない。
大地そのものが、唸りながら追いかけてくるような──そんな音。
「はぁ……はぁ……っ……!」
心臓が壊れそうだった。
肺が焼けるように痛い。
視界が揺れる。
五歳児のスペックで、ここまで走れた俺を褒めてやりたいが──
「速ぇ……速すぎんだよ、クソ化け物が!!」
どんどん距離を詰めてくる。
月明かりの下、三つの目がぎらついた瞬間──
【ユニークスキル:廃棄収納を発動可能です】
「うるせぇ!! 今それどころじゃねぇよ!!」
脳内に響いた機械的な声。
このタイミングでのスキル通知……悪意しか感じない。
逃げろ。逃げろ。逃げろ──!
「……っ!?」
振り返った瞬間、“見えた”。
アイツの──三つ目の一つに、
何かが、深々と突き刺さっていた。
「あれって……」
錆びた、釘。
ただのゴミ。
俺が村の片隅で拾った、誰にも価値を見出されなかった、それ。
その釘が──あの化け物の目を、潰していた。
(俺が、やったのか? いつの間に? どうやって?)
疑問が渦巻く。
──けど、今は考えるな。
「今しかねぇ!!」
再び、前を向いて走った。
足が痺れても、息が切れても──走った。
---
「っ……ぜぇっ……は、ぁ……っ」
肺が焼ける。
脚も、もうまともに動かせそうにない。
──でも、逃げ切った……のか?
「……マジかよ……」
へたり込むと、地面の冷たさが掌に伝わってくる。
その感触でようやく、現実に戻された気がした。
「……助かった、のか、俺……」
死ぬと思った。
殺されると、心の底から確信していた。
それでも今、こうして生きている。
けど。
「…………なんでだよ」
無意識に握っていた拳を開く。
中にあったのは──古びた、錆びた一本の釘。
あれは間違いなく、俺が拾った“ゴミ”だった。
誰も見向きもしない、朽ちた鉄の塊。
だけどそれが──
あの化け物の目を、潰した。
(……スキルが、発動してた?)
──いつだ?
記憶にはない。
だが、無意識に叫んだ“生きたい”という思いに、スキルが応えたのかもしれない。
生きろ、と。
助かれ、と。
──でも、それよりも気になることがある。
「……なんで、奴は追ってこない?」
アイツはそんなタマじゃなかった。
目を潰されただけで引くような獣とは思えない。
(あいつは……“狩り”を楽しんでた)
そう。
逃げ惑う俺を、まるで玩具のように追っていた。
けれど──追ってこなかった。
理由は──ひとつしかない。
「……アレシア」
──俺が、獲物じゃなくなったから。
だから、アイツは向きを変えたんだ。
新しい獲物へと──
「やべぇ……!」
立ち上がろうとする脚が、言うことを聞かない。
動け。動け、動け、動け!!
今、動かなきゃ──間に合わない。
「っ……ああもう、動けよ俺の足ぃ……!」
焦りで呼吸が浅くなる。
心臓が早鐘のように鳴っている。
頭に浮かぶのは──アレシアの顔。
優しくて。
ちょっと抜けてて。
だけど、あたたかくて。
俺に“家族”という言葉を思い出させてくれた、たったひとりの人。
(守らなきゃ……)
今度こそ、守らなきゃいけない。
この二度目の人生で、ようやく手にしたものを。
絶対に、もう失いたくない。
たとえこのスキルが、ただの“ゴミ拾い”だったとしても。
それが俺に与えられた力なら──
「……廃棄収納。お前が俺の力になるって言うなら──今、使わせろ」
叫ぶように、祈るように。
闇夜の中、俺は再び走り出す。
家に向かって。
アレシアの元に向かって──
お願いだ。
どうか、間に合ってくれ。
ご覧頂きありがとうございました。
異世界初戦闘の五歳児。勝てるのか……?
次回もお楽しみに!